596:橋探し
ケルピーを探しながら川を下るように南へ向かっていく。緩やかな流れを見せるその川の底にはモンスターがそこそこ居ることが索敵によって判明しているが、ど真ん中まで行って雷撃してすべてがまとめて襲い掛かってくるような事態はさすがに対処不能だし、こちらが水中に居ることのペナルティは大きい。
なので出来るだけこっち側によっているケルピーだけを雷撃で誘い出して戦う、という形に自然と収まる。芽生さんも無理に攻撃に乗り出そうとせず、来る攻撃を躱してスキができたら突き返す、という風にシフトしていった。こちらも雷撃でダメージとしびれを与えた後に攻撃するほうがローカロリーで確実に倒せるのでそのやり方で戦っていく。毎回長期戦になるとモンスターとしてそんなに美味しくないからな。毎回ヒールポーションをくれるとかなら別だが。
雷撃、出てくる、雷撃、痺れ、倒す。おおよそこの五行動でケルピーを楽に倒すことが出来ている。雷撃する回数が相手の数だけ必要だが、ここで一つ面白い仮説が発生した。
「甘い……ふおおおおおお」
いつもの疲労回復のファイヤーを体験している途中である。全身を熱くみなぎらせているのに汗をかくわけではないという不思議な状況の中、眩暈を起こしかけている最中の自分も何処かへ消え去って、ただこの熱さを体験する事に集中できている。
どうやらこのドライフルーツ……というかトレントの実には、スキルの使用に関しても効果があるのではないか?
「これ、スキルの使い過ぎにも効果が有るかもしれない」
「二日酔いに効くシジミ汁みたいなもんですかね」
「似たような作用かもしれないな。後で詳しく調べよう。さすがにここでスキル打ちっぱなしにして眩暈を起こしている状況で襲われるということはやりたくない」
流石にマップのど真ん中で試すことはできないので二十八層に戻ってからになるが、スキルを打ちっぱなしにした後ドライフルーツを食べて、それからまたどれだけ打ち続けられるかをカウントしようと思う。
またケルピーが近くに二体いる。雷撃で釣りだし……なんかこれ二十二層ぐらいで同じようなことしてたな。向こうからやってきてくれれば楽なんだけどな。それともこっちが索敵広げ過ぎたか……いずれにせよ安全距離は保てている。ゆっくり挑発して確実に仕留めていこう。一撃がそれほど重くはないと解っているものの、油断して水中に引き込まれると、ケルピーは尻尾をヒレに戻して水中を引き回し、伝承通りなら肝臓以外を全て食われてしまうだろう。
いくら【物理耐性】があるとはいえ水中で呼吸は出来ないし体の自由も利かない。引きずり込まれたら俺はかろうじて無理やり放電してケルピーを引きはがし何とかなるかもしれないが、芽生さんはかなり危ないと思われる。そうならない立ち回りを心がけ続けるのが良いだろう。
よし安全に今回も呼び寄せることができるぞ、と二体のケルピーを呼び寄せ……たつもりだった。
「奥にもう一匹いましたが、それも来ちゃったみたいですね」
「そっちに確認するべきだった。呼んだものは仕方ないか」
結果的に三体を相手にする羽目になった。奥の一匹を時間差で叩く……いや、結構素早いから同時に来る可能性のほうが高いな。一匹は雷撃で完全に動きを止めさせてもらう。最高出力で雷撃を放ちケルピー一体を戦闘正面から脱落させる。残りは一対一、時間がかかれば脱落したケルピーが復活して襲ってくるからな。できるだけ時間がかからないように対処しなければならない。
最初の呼び寄せ雷撃だけでダメージ的にはそんなに入っていないケルピーが真っ直ぐこっちへやってくる。ケルピーはそのまま突撃の姿勢に入り、こっちを跳ね飛ばすつもりのようだ。距離に余裕を持って雷撃を放つ。雷撃は当たるが突進の威力はそれほど落ちず、全身で受け止める羽目になった。
俺がガシッと前脚を抑え込むと、ケルピーは顎を下げて噛みつきに来る。肩口を噛みつかれ、俺が両前脚を抑え込んでいるにもかかわらず首を上に振って俺を投げ飛ばそうとする。多分そのまま背中に乗せて水中に引き込む算段だったのだろう。ただ、こちらが両足を抱え込んでいるおかげでうまくいかないらしい。手を離したら負けだ。そのまま足を通して雷撃。ケルピーは噛みつくのを止めて俺が抱えたままの両足を離させようともがいたり【水魔法】を打ち込んだりしてくる。
だが、こちらも我慢勝負だ。そのまま雷撃を与え続けてケルピーの両足を雷撃で焼き続ける。腕がつかれるのが先か、雷撃で焼き切るのが先か。その勝負は割と早めに付き、力を入れ続けることが出来なくなったケルピーが先に横たわる。そこから首を刎ねてケルピーを倒す。一体は芽生さんに完全に任せる形で最初に脱落したケルピーの相手をしに行く。最大出力の雷撃でかなりの消耗をしていたケルピーはそのまま動けない形で俺に止めを刺されることになった。
さて芽生さんは……今回は手早く終わらせたようで、俺が両方を倒す間に戦い終わったらしい。さすがに今回はあちらを見ている暇はなかった。どういう手順で倒したかまでは解らないが、何かしら方法を見つけたことは間違いないらしい。
「ちょっと手こずったな……二対多はまだちょっと戦闘経験が足りないな」
「弱点は解ってますし、相手が最終的にどういう形に持っていきたいかは解ってきましたからもうちょっとですかねえ」
「やっぱり伝承通りに水中に引きずり込むってほうに引きずられてるのかなあ」
「多分。探索者倒すだけなら体当たりして踏みつぶすだけで充分ですから、水中で食べる事が第一目標なんだと思います」
「相手の前脚を先に潰せれば頭はがら空きになるからそこを狙っていくのが楽に倒すための第一歩になるのかなあ。雷撃に頼るのも良いけど肉弾戦だけでも倒せるようになりたい。その為には動きのパターンをもっと見ておかないと」
「一日二日で身に付くならダンジョン探索はさぞ楽な事でしょうね。今日は実質初日ですし、もうちょっと試行錯誤していきましょう」
三匹相手でもなんとかなることは解った。だからと言って無理に三匹相手にする必要はないが、これが四匹になった時にどう動くべきか。二匹が相手になっていたとしても、四匹を相手にしているという空想上でどう動くか、それをシミュレーションしていこう。
◇◆◇◆◇◆◇
確実に二匹相手になりそうなところを対処しながら戦っていく。その過程で一本ヒールポーションのランク4も得ることが出来た。が、これも換金せずに保持しておく。予備は最低でも一人分ずつ、という考えからだ。次からは査定に回すようにしよう。
馬肉のドロップも順調だ。どうやら四割ぐらいの確率でドロップしてくれるらしい。今のところケルピーから確認できるドロップは馬肉と魔結晶とヒールポーション。魔結晶は必ずくれる。収入としては悪い方じゃない。カメレオンのほうが楽に倒せた分だけ苦労のわりにそこそこの収入、という所だろう。
川と森から少し離れた、周りを心配するところがない広場みたいなものに出たところで休憩兼昼食兼ファイヤーの時間を取った。索敵は切らないようにしているが、反応はない。芽生さんに聞いても反応は無いので、ここは安全なキャンプ地として確保しておきたい場所だな。良い所があってよかった。
昼食のカツカレー……さすがにカツは自前ではなく出来合い品を買ってきたが、まだ出来立ての状態の物を保管庫に入れておいて、温めなおしてサクサク感を取り戻した後からカレーに放り込んだため、まだサクサクの状態を保っている物をこうしてダンジョン地下深くで頂く。誰にも遠慮する事は無いので気楽な食事である。
「よくもまぁここまでサクサク感を残したまま持ち込みましたね」
「レンジで温めなおす時にコツがあるんだ。大事なのは水分を衣から飛ばす作業」
「ほうほう……帰りにでも教えてもらいましょう。とりあえず今からどうしますか」
カツを衣だけむいて中の肉だけを味わったりしながら今後の相談をする。ケルピーもトレントも戦闘回数の少なさに起因する戦闘慣れに関してはまだまだ足りてない。が、それよりも問題は……
「まずは橋を探すところからかなぁ。まさかかかってないという可能性は無いとは思うが、その場合でも橋の残骸みたいなオブジェクトは残っているだろうし、川で挟まれているからって浅瀬を探して横断してる間にケルピーに囲まれるなんてこともあるかもしれない。橋を見つけたら渡ってその先を確認。目の前に階段があればベストだがそうそううまくいくことのほうが少ないだろうし、今日は橋を見つければ八十点。渡って戻れば百点、ぐらいで行こう」
「無理に時間いっぱいまで潜らずに必要なら途中で帰るのも選択肢ですか」
「もう一度川をさかのぼって道を探して道なりに戻る……という可能性も考えると、そんなに時間かけられないからね。良い感じに小道に合流出来たらいいけど、それまでは足場のあまり宜しくない森を抜けることになるから戦闘するにも移動するにもあまりお勧めできないし、移動距離と方向から考えると後二時間ぐらいしたら階段より南に行ってしまうから自分を見失う可能性が高くなる。その場合の迷っていい時間も残しておきたいな」
「じゃあ一時間ぐらいこのまま南下して、何もなかったら真西に向かって小道を探しに行きますか」
「そのほうがより確実に帰れると思う。宿泊だったらゆっくり探索できるんだけど、それはそれで休憩場所の確保が問題になる」
「ここみたいな場所がそうそうあるとも思えませんからね……ごちそうさまでした」
一足先に食事を終えた芽生さんが食後の軽いストレッチを始める。遅れて食べ終わると食器を片付けまとめて保管庫へ放り込む。今日の昼も中々食べ応えがあった。また作ろうカツカレー。
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