593:森と泉に囲まれて
小休止の一日……実際は働いていたが休みを取り終わり、また二十六層へのこのこと向かってはゴーレムかカメレオンが【物理耐性】を落とすまで戦い続ける日々が始まった。
休みの日、芽生さんは一日ぐっすり寝ていたらしいが寝すぎて疲れたらしく、休みあけて開口一番が「おはようございます、ドライフルーツください」だった。どうやらクセになったらしい。本当にやばい成分とか入ってないだろうなこれ。
その後十日間、ひたすら二十六層に籠り続け、やっとのことで【物理耐性】を拾い上げることが出来た。その場で芽生さんに覚えてもらい、ゴーレムと対峙しパンチを受け止め、すごく喜んでいた。これでようやく二十九層に挑む準備が出来たという事になる。
という訳で今日からは二十九層探索を始めることになる。トレントの実の加工はしばらくしなくて良さそうなのでのんびりとトレントを倒しながら階段への道を探すことにしよう。
行きのエレベーターに乗りながら今日の行程を説明する。同乗者は居ないので好きなだけ深層の話を出来る。
「というわけで今日からは二十九層を攻略していく。目標は森を抜けて川に出るところまでだ。ケルピーにも是非会いたいところだがまずは森の広さを把握するのが先かな」
「川まで片道二時間、なんてことになれば日帰りではとてもじゃないけど進めませんからね。どのくらい彷徨うか悩む所ですね」
「いくら広めに作ってあるマップと言っても一層分抜けるだけで数時間かかるような状態にはならないと思う。多分前回二十九層を巡った時は発見できなかったが、小西ダンジョンは他のダンジョンより狭いという法則があるから、川を越えたら案外近い所に出てくれるかもしれない。それを確かめるためにも、まずは前回通った小道をそのまま進んでみようと思う。二時間進んで何もなかったらその時は引き返して別のルートを模索してもいいかもしれない」
実際に広いフィールドというとサバンナ、草原マップがあるが、そのくらいの広さで済んでくれることを願う。ただ広さのわりに必要な移動距離というのはそう長くはなかった。この森と川のマップもそうであることを祈る。
「トレントの実、どうするんですか、またドライフルーツにして配ります? 」
「あれはもうやめとこうかなって。自分らが使って問題が発生するなら責任はとれるけど、探索者以外に流出して変な麻薬みたいな扱いになっても困る。それなら数を納品してギルドに成分解析なりしてもらって、一般流通に問題がない事を確認してもらうのが先かなと。なので優先的に査定に回して、ギルマスに一言添えてもらうほうが効果的だと思うんだよね」
もし食用禁止なんて事が通達されたらアレを楽しむことも無くなってしまうし、もしかしたらドロップ品として持ち帰るのも禁止、査定も中止、なんてことになるかもしれない。それはうま味が薄くなってしまう。
仮に値上がりの様相を呈したとしても、元がそんなに高くない上に高くても二割ずつ、という価格改定の内部ルールに従うとしても、一年経っても七千円強。その頃には他のダンジョンでもエレベーター設置やBランク探索者の増加も含めて供給が増えているであろうことに期待を寄せるところ大である。
勿論その頃には自分たちは……自分たちはどの辺を潜っているんだろう。どこかで詰まったりしない限りはもっと先へ潜っているはずだ。そこまで心配するところではないか。
「とりあえずまたトレントを倒しながら川を目指すって事で良いんですよね」
「あの小道が本当に川につながっているか、の確認からだな。ダメだった時のその後は……方位磁石が通じるかどうかまでは解らないが、それを基準にうろうろする事になるだろうな」
「もしつながってないなら、あの小道は探索者向けのトラップって事になりますね。それもかなり嫌らしい部類の」
確かに。道が続いてると見せかけて何処にもつながっていないというのは充分なトラップとなりうる。そんないやらしいトラップを仕掛けてくるダンジョンでは無いとは思いたいが、もしかしたらマップを作っている最中にミルコがミスをしたか、もしくは嫌になって投げ出した可能性だってある。もしトラップだったらダンジョンマスターにもミスはある。そう思っておくことにしよう。
二十八層に到着し、そのまま二十九層へ。久しぶりの森に囲まれてなんだか爽やかな雰囲気を感じる。そしてすぐさま周囲を索敵してトレントが即座に攻撃範囲に入るような部分に生えてない事を確認する。
俺もこの十日間【索敵】を日々鍛えながら生活してきた。さすがに満員電車の中で【索敵】を使った時は反応の多さに頭痛が起きたが、ダンジョン内では一層を通り抜ける間付けっぱなしでも身動きが十全に取れるようにはなってきた。
芽生さんと比べて使っている時間の差はかなりあるので追いつくことはなかなか難しいだろうが、それでも徐々に範囲が広くなってきているのは体感できている。
最初は五十メートルもいかなかったが、今なら更に二十メートルぐらい先まで見通すことが出来ている。この二十メートルの差は大きい。七十メートル先まで見通せるなら、茂君の茂り具合も確認できるということだ。これはこれで使い道がある。尤も、茂君の茂り具合は目視で確認するほうが早いし、何羽集ってようと一撃で黒い粒子に還すので何も変わりはしないのだが。
ひとまず一呼吸おいて、そのあと小道に沿って移動しながら進むと、小道を遮るように木が立っている。もちろん索敵に感知はある。少し目線を上にやると、一つのでっぱりと二つの穴。何処からどう見ても明らかにトレントである。これがトレントでなければ一体何であろうか? というぐらい立派なトレントだ。
「もう少し隠れる気ぐらい持ってくれてもいいようなものだが」
「トレント的には隠れる気が無いのかもしれませんよ。勝手にこっちが勘違いしてるだけでトレントはトレントとして生息しているのかもしれません」
「なるほど。森にトレントが居るから擬態していると勘違いするのは探索者の都合という事か。それは中々興味深い」
トレントの生態について議論しつつ、雷撃を放つ。やはり立っている木は電気を良く通すらしい。ギェェェエエエエと叫び声をあげたトレントはこちらに向きなおり、蔓の鞭を放ってくる。素手でつかみ取るともう一度雷撃し、蔓を焦がして本体から切り離す。その間に芽生さんは懐に入り、顔に向けて槍を突く。トレントが激しく自分を揺さぶり、もし実が成ってるなら衝撃で落ちそうなものだが別にモンスターとしてのトレントに実がついているわけではないようだ。
ただひたすら痛みから抗おうとしている、そんなそぶりを見せる。木の癖に人間臭いその動き、他のモンスターとは違いちょっと表情豊かに見えるな。
芽生さんがそのまま、目ッ、鼻ッ、と順番に槍を突きこんでトレントの顔をかわいそうなことにしていく。しばらくしてトレントは黒い粒子に還った。今回は魔結晶だけのドロップとなった。
「もうちょっとスマートに戦いたいですね。手数を少なくする方法を何か考えついた方が、三体四体相手にする場面になった時に戦いやすいと思います」
「いつも通り雷撃で数を減らして正面戦力を減らすってのはだめなの? 」
二人ろくろを回しながら周囲に警戒しつつ、戦い方について意見を言い合う。
「それでも良いんですが、他にもう一つぐらい戦術があったほうが安心感は増しますね」
「ふむ……なんか考えるか。こう、木の間を飛び回りながらそれぞれを突きにかかるとかは? 」
「見た目のパフォーマンスは抜群だと思いますが、観客も居ませんし疲れるだけかと」
「そうか、もっと楽になんか出来る方法は無いか動きをよく研究する必要がありそうだな」
トレントを手早く倒す方法か……やっぱり焼き切るのが一番早そうだが、蔓を伸ばしてきたのを切断して向こうの攻撃手段を減らしておくのが最も楽か。そうなると向こうに先に殴らせる必要がある、ということになる。【物理耐性】のおかげでそれほど肉体負荷にはならないものの、先に殴らせるという事で一つテンポが遅れるという点についてどう考えるかだな。そのテンポを経由してその後を短縮できるかどうか。もしくは、無傷で突破できるようにするか。
とりあえず、戦う回数を重ねて色々考えてみるか。まだまだトレントは戦い足りない。戦闘回数という経験値が足りない。まずは回数を重ねて相手の戦闘データを蓄積しよう。それから新しいパターンを見つけるのでも遅くはないな。
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