59:危うさを感じたら素直に帰りましょう。
グラディウスと盾の重量が変わったことで体の動作に対しての微妙なズレを治すまで、二層を徘徊することになった。実際に戦わなければクセが抜けていかないため、二層をジョギングしながらの戦闘になる。あまり速く走って息切れした状態で戦う、という縛りプレイを自分に課す気は無いので無理しない範囲でだが。
それでも二層の半分を周りきるころには違和感は消えてしまっていた。さぁ、そろそろ三層を目指すか。三層への階段についたらちょっと休憩入れよう。
体を慣らすのにかかった時間は一時間半ほど。その間におよそ百四十匹のグレイウルフが犠牲になった。討伐数を数える事よりも体の動きに神経を向けていたため、ドロップ品の内訳からおおよその数を出しただけだ。魔結晶が四十二個ドロップしているので、三倍強の数を倒しているだろうというただそれだけであるが。
三層の階段に着くと、水といつものカロリーバーを出して、粉ジュースで味をつけて
いただきます! ごちそうさま! 十分体育座り! 以上!休憩終り!
実際体に疲れを感じてはいないが、感じないところで疲労がたまっている事だってある。休めるときに休んでおくのが仕事にもダンジョン探索にも通用する鉄則だ。
休憩も終わったことだしと、早速三層へきた。
他にも三層に人が居るのか、入ってすぐに戦闘、という事にはならなかった。
ここは巡回ルートを決めていこう。
まず、四層の階段までの道を真っ直ぐ行き、そこから横道へ逸れて行くパターン。
次に、横道に入ってぐるぐる回りながら四層へ行く階段まで行く。
ここはコインの裏表で決めよう。早速五百円玉を取り出すと、弾いて手の甲で受ける。
開いた結果は表だった。
……事前にどっちがどっちか決めておくのを忘れた。
よし、表が出たら四層への道、裏が出たら横道だ。
再びコインを弾く。出たのは……表だ。四層への道へ行こう。
四層への比較的真っ直ぐな道を歩くと、まもなく三匹連れのゴブリンが目に入った。ゴブリンたちはまだこちらに気づいていない。ここは先制攻撃のチャンスだな。
昨日買った中玉を試してみるか。保管庫から中玉を取り出し、いつもの高速度で投げる(ふり)。
玉はゴブリンに当たってゴブリンの頭部の一部をそのまま消し飛ばした。この距離ならもうちょっと速くてもよかったな。ゴブリンはそのまま消滅する。
残りのゴブリンがこちらに気づく。今度こそ盾の出番だ。
ゴブリンに走り寄り、攻撃を盾で受けるつもりで挑む。ゴブリンが振りかぶった棍棒を盾で受け止めた瞬間に前へ弾き飛ばす。しっかりと重さは伝わったが、盾はビクともしていない。買い換えた甲斐があった。
よたついたゴブリンの首元に一閃。ゴブリンはそのまま黒い粒子となって消える。後一匹だ。
落ち着いて対応しよう。ゴブリンの棍棒を片手で受け止め、グラディウスを腹に刺してグリグリと動かす。うん、マチェットよりも刃の入りがいい。柔らかい感触が手に伝わってくる。やがてゴブリンはダメージが蓄積され切ったのか、消滅した。
三匹倒して前の装備よりも余裕が出たことを感じた俺は、さっき投げた中玉を探し始める。何処飛んでったかな……次からは使わないようにしよう。バンバン使うのはもっと個数に余裕が出はじめてからだ。しばらくは保管庫の肥やしになる事を祈る。中玉は二分ほど探し回って見つけた。
ここからは久しぶりのタイムアタックだ。三匹連れでも問題ないことを確認した以上、もはやこの階層はすべて俺の狩場であり生活費だ。装備が摩耗するまでの利益はすべて俺の雑所得になる。さぁ楽しい時間が始まるぞ。
◇◆◇◆◇◆◇
三時間ほどたった。少し疲れを感じ始めたところで俺は一旦休憩を取りに二層側の階段へ行く。グレイウルフとゴブリンで合計二百二十一匹の成果を得た。
ドロップはグレイウルフの魔結晶は三十四個、ゴブリンの魔結晶が三十三個。
グレイウルフの肉が七個、ヒールポーションランク1が三本でた。
ヒールポーションいっぱい出たな。ざっくり計算して四万五千円ほどの所得になるだろう。時間はまだある。もうすこし稼いでもいいと思う。稼げるときに稼ぐのだ。
二層の階段に着くと、ちょうど休憩してる人に出会った。というか、この間スライムの大群から一緒に脱出した人の一人、大木さんだ。
「大木さんじゃないですか」
「あれ、安村さんだ。こんにちは」
「こんにちは、大木さんも休憩ですか」
「休憩と言いたいところなんだけど、みてこれ」
うん、ざっくり噛まれている。グレイウルフの仕業かな。
「上で?ここで?」
二層で受けた傷なのか三層で受けた傷なのかを確かめる。
「三層でです。ちょっとゴブリンとグレイウルフがリンクしちゃいまして。なんとか倒しはしたんですがこの有様ですよ」
「このまま帰るんですか?」
「そうしたいところなんですけど……安村さんポーション持ってません?」
持ってる。けど大事なのはそれを譲る事じゃないはずだ。
「ギルドの査定価格でお譲りしますよ」
「じゃぁ一本売ってください」
「あいよ、百万円」
「百万円丁度だ。十万円札十枚で済まないね」
「いいってことよ」
お互い駄菓子屋のおばあちゃんみたいな冗談を吐く余裕があるうちは大丈夫だろう。無事に二層から脱出することが出来そうだ。
大木さんはポーションを受け取ると、一部を患部に直接かけ、残りを飲んだ。見る見るうちに傷が治っていく。不思議な光景だ。
「カロリーバーをおやつにどうぞ」
「おぉ、助かります。ポーション使うとお腹が空いて大変なんですよ」
「食べ物にはそれなりに余裕を持って持ち込んでますので」
実際保管庫にはカロリーバーが箱で常備してある。ゼリーもある。なんだったらレトルトカレーが暖かいまま入ってるぜ。
「そういえば、装備新しくしたんですね」
「ソードゴブリンにいろいろぶっ壊されまして」
「あー、あいつですか。やっぱり前の装備では無理でしたか」
「一匹相手にしたら盾が割れてマチェットも曲がっちゃったので、もう新しくしてしまおうと」
「気を付けてくださいね。新しい装備にすると体の動かし方に違和感出るんで」
「えぇ、慣らすのにちょっと時間かかりましたね」
とりあえずブンブン回してもう問題ないことをアピールしておく。
「じゃぁ、俺もう少し休憩したら今日は帰ります。ポーションありがとうございました。お礼はまた別にいずれ」
「お気になさらず。探索者は助け合うもんでしょ」
大木さんと別れる。話してる間に体力も回復した。さぁもう一周頑張るか。
◇◆◇◆◇◆◇
まずったかな。ゴブリン三匹との戦闘中にグレイウルフ二匹とさらにエンカウントしてしまった。一対五の状況は初めてだ。
神経を研ぎ澄ませる。相手の攻撃を何個いなして何匹目に攻撃を仕掛けるか冷静に考える。
周りを見渡す。細い道はないか。ないな。さっき大木さんがやられたパターンがこれか。
順番に来ることを祈りつつ、一旦相手達から距離を取る。真っ先に追いかけてきたのは二匹。グレイウルフ同時二匹なら行けるぞ。俺は自分の速度を上げるために神経を集中する。相手までの距離をみて、そこへの最短距離を最速で駆け抜けるイメージでもって、グラディウスを握りしめる。
速度を最高速に上げながら、わずかに後から追いかけて来ていたグレイウルフに接近する。こちらの動きに驚いたのか、一瞬グレイウルフの足が止まる。残念そこはもう俺の射程だよ。サックリ首を切り落とすと踵を返して後ろからもう一匹を後ろ足を一本切断する。グレイウルフの足が止まると、俺はもう一度振り返ってゴブリンの動きを見る。
ゴブリンとの距離はまだある。俺はパチンコ玉を用意するとゴブリンに向かって射出する。ゴブリンの眉間に当たったパチンコ玉はそのまま突き刺さり、ゴブリンはそのまま黒い粒子に還る。残りのゴブリンには当たったものの、ショックで目をつぶらせる程度で済ませたようだ。でもこれでスキが出来たぞ。
ゴブリンの消滅を確認した俺はグレイウルフを完全に沈黙させるべくもう一度後ろを振り向くと、グラディウスを握る手に力を籠め、今度は胴体を輪切りにした。魔結晶を残してグレイウルフは消える。
これで一対二。攻略法が確立された対処が出来るぞ。
一匹はようやく目を開けたが、その眼前にはもう俺が居る。俺の姿に驚いている間に眉間にグラディウスを突き立てる。残り一匹。
グラディウスで受けて弾いてゴブリンに隙を作らせることにしよう。
グラディウスで受けた瞬間に腕を振りぬき、相手の胴をがら空きにする。さすが新装備、欠けも曲がりもせずにいてくれた。グラディウスで受けた衝撃をそのままがら空きの胴に突き刺しグリグリしながら前進する。いつもの傷口グリグリで無事ゴブリンは昇天してくれた。
「危なかったんだからポーションぐらいくれよな」
五匹との戦闘が終わった後、パチンコ玉と魔結晶二個を回収する。ポーションは出なかったが、危険分のドロップは出たな、と一息つく。
その後は危なげなく三時間ほど狩りを続けることが出来た。前半三時間との合計は以下の通りだ。
ドロップはグレイウルフの魔結晶は七十四個、ゴブリンの魔結晶が六十三個。
グレイウルフの肉が十三個、ヒールポーションランク1が六本だった。
しめて税抜き九万三千円というところか。昨日の出費を一日で取り戻したぞ。
もういい時間だ、戻るか。
真っ直ぐ三層から出口へ向かう。道中の敵を狩りつつだが、他の階層に居たかもしれない人たちが露払いをしてくれたのか、出会うモンスターはほとんど居なかった。実に順調な帰り道だった。
◇◆◇◆◇◆◇
退ダン手続きを済ませるとまっすぐ査定カウンターへ向かう。
「今日はスライムですか?グレイウルフですか?ゴブリンですか?」
「三層だったのでゴブリンとグレイウルフですね」
「それは楽で有り難いですね」
「まぁ、しばらくは下手にスライムが増殖しない限りは三層四層あたりに居ますよ」
「精算と査定が楽で助かります」
「いえいえ」
五分ほどで査定は終わった。早いものだ。やはり二、三、四層での狩りに集中するとしよう。
査定額は九万三千四百二十円。それに大木さんに一本売った分を足せば一日十万の稼ぎになった。過去最高記録だ。
っと、スマホが鳴った。文月さんからだ。そういえばレインを交換したのをすっかり忘れていた。
「?」とだけ書かれていた。
「!」とだけ返信しておいた。
イイネ!という感じのスタンプが送信されてきた。全部伝わったようだ。
口笛を吹きながら帰途につく。今日は牛肉を買って帰ろう。
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