583:戦力評価
一本だけ生えている……生えている、でいいのだろうか。そもそも、トレントの数え方は一本二本なのか一体二体なのか。ここは一体と表現しておくか。一体だけオブジェクトである木に紛れて佇む直径六十センチメートルほどの幹を持つトレントを相手に戦ってみて、どのくらい強いのか、どうすれば戦いやすいのかを試していく。
さっきは俺がやったので次は芽生さんの番だ。ウォーターカッターで切りつけてはいるものの、事前情報通りあまり効果がないらしい。切り傷をピッピッと付けてはいるが、傷をつけた先から黒い粒子が少し漏れ出すが、すぐに止まってしまう。芽生さんは【水魔法】で戦う事をあきらめたのか、槍で肉弾戦を始めた。
トレントは十センチほどの太さがある蔓を振り回してくるが上手く回避しながら槍で薙いで行く。切り込みが入る回数が増えるほどにトレントから黒い粒子が噴き出していく。結構な回数の切りつけを行った後、トレントの真ん中を完全に突き切る。体内の黒い粒子を使い果たした、言い方を変えればヒットポイントがゼロになったらしきトレントは全身を黒い粒子に変えながら倒れた。ドロップは魔結晶のみ、魔結晶は必ずくれるようだ。大きさはカメレオンと同じかな。
「これ、大変ですね。出来るだけ一発で殴り倒す方法を見つけませんと」
「トレントのうまみか弱点を何か見つけないとなかなか厳しいだろうな」
「もうちょっと戦ってみましょう。必勝パターンを見つければもうちょっとこうやり様はあるはずです」
芽生さんがやる気を出しているのでしばらく芽生さんに任せてみる。今のところトレントは森の中で木に紛れて良い感じに立ってくれているので、一体ずつ雷撃で焙ってこちらに来るように釣りだして、戦う。この階層で慣れておかないと森全部がトレントになっている……みたいなエリアがあった時に大変だからな。
芽生さんは槍を主体にすることに決め、素早く近寄って蔓を避けては全力で殴るか突き通す方向性で行くらしい。俺は念のため芽生さんが戦っている間に他のトレントを刺激して乱入しないように気を配っておく。
二体同時に攻撃し始めるのは一対一の形でもっていけるならば相手に出来る。でもまあ念のためだ。おそらく芽生さんのほうが戦いづらいであろうこの環境と敵、早めに慣れないと先に進むのは厳しいかもしれないな。
暫くトレントとやり合った後、蔓を槍で短くしてやった上に槍で本体を切り刻んで無事に倒した。時間はかかるがいい味です……となればいいんだが、ゴーレムよりも下層の敵だけあって手間はかかる。
さて、今度は俺の番。雷撃がどのくらい効果があるかを試してみよう。適当に選んだ一体に対して強めの雷撃、トレントの表皮を黒く焦げさせ、その場所から黒い粒子が漂う。もう一度雷撃、こちらに向かって伸ばしていた蔓が黒い粒子に変換されていく。これで相手の攻撃手段は奪ったな。更にもう一回、都合三回目の雷撃を行うと、トレントは黒い粒子に還って消滅する。後には魔結晶と、実みたいなものが残されている。強めで二発までは耐えるのか、結構硬いな。
とりあえずトレントの実と呼ばれている果実を得ることが出来た。黄色くてリンゴっぽい見た目をしている。実の硬さもなんだか質のいいリンゴのような柔らかさだ。全力で握ればジュースが作れそうではある。
「それがトレントの実ですか。食べてみます? 」
「後で二十八層に戻った時に調べて、それからかな。保管庫のおかげで新鮮さは保てるし、急いで食べる必要はないと思う。とりあえず食べるにしろ売るにしろ、もう少し数が欲しい所だな」
「ならもう少し頑張ってみますか。もうちょっとで弱点が見つかりそうなんですが」
「弱点、多分あれだよ。トレントの上のほうに着いてる顔」
視界内のトレントを少し見上げれば、地面から二メートル半から三メートルあたりのところにくぼみと出っ張りがついている。あれはおそらく顔だろう。さすがに顔をぶん殴られて痛い目を見ないモンスターは居ない。そこを直接狙うというのも立派な攻撃だと思う。
「気づかなかった……なんでもっと早く教えてくれないんですか」
「あえて狙わずに戦ってるのかと思って。どう、届きそう? 」
「ジャンプすれば届きますが、空中で私が殴られたらどうしましょうねえ。蔓の勢い的に吹き飛ばされそうな気がします」
「トレント……こいつもスキルオーブくれるんだよな。さすがに擬態とまではいかなくても隠密みたいなスキルオーブはくれそうな気がする。データにはなかったが」
「どうせなら【物理耐性】をポロッと出してほしい所ですが……願ってる間は落ちませんよね。次は顔を狙ってみましょう」
ふぅ、と仕方がない的なため息をつきながら次のトレントへ。今度は芽生さんがやる。トレントを目ざとく見つけると、こっちに合図。多分呼べという事だろう。軽い雷撃を加えてトレントを呼び寄せる……と、ついでに感電したのかもう一体も付いてきた。一対一で早速戦うハメになったようだ
こっちが接敵するまでに少し時間があるので芽生さんの動きを見る。近寄って蔓が向かってきたところでウォーターカッター。どうやら蔓を切断する事は出来るらしい。相手の攻撃手段の一つを潰したところで顔まで飛び上がって顔に一撃、二撃。そして口に当たりそうな部分に思いっきり突き刺す。トレントは早めに黒い粒子に変わっていった。これは黄金パターンを見つけたらしい。
さて、移り変わってこちらはどうやって戦おうかな。顔を狙うのは定石としてとっておき、直刀に帯電させて雷切状態にして。六十センチある幹はこっちの直刀の幅よりもちょっと太い。そこで、帯電させる範囲を長く伸ばすイメージを作る。
直刀よりも雷で出来た刃のほうが長くなり、八十センチほどになる。これだけあれば……斬れるか? トレントの蔓を打ち払ってそのまま密接して、一気に直刀を振り切る。直刀一発、トレントを真っ二つに出来た。スキルの消耗はそれなりにかかるがこれで倒せるならパターンは一つ増えたと言っていいだろう。
トレントは実と魔結晶、芽生さんのほうは魔結晶と小瓶に入った樹液を落とした。
「今度は樹液が出ましたが何に使うんでしょう? 」
「これからの研究次第じゃないかな。世界の研究レベルに期待しよう」
樹液と一言に言ってもいろんなものに利用される。アラビアガムもゴムもメープルシロップも元は樹液だし、香水にも樹液が使われる事もある。応用範囲は結構広いかもしれないな、止血なんかに使えるかもしれない。研究促進のためにも、大量の枝と樹液、それからまだまだ数の少ない実。魔結晶はとりあえず純収入としてカウントできるのでダーククロウの羽根みたいに金額程儲けられない、という事にはならないだろう。
まだドロップはしていないが、トレントの枝は香りが良いらしいからな。もしかするとダーククロウに代わる新しい香りの素材として面白い事になりそうだ。
「とりあえず一対一なら問題なく戦えそうですね。【物理耐性】があれば言う事なしですが、無しでもなんとか戦えることは解りました。ケルピーのほうはどうなるかは解りませんけどトレントならいけそうです」
「じゃあワシワシとトレントを狩っていくか。実はとりあえず確保しておいて、何か特殊な効果があるかどうかのチェックだ。食べたらどんな効果があるのか。少なくとも魔素の詰まった美味しい実であることは解ってる。それ以外には体にどんな作用があるかは解らないからな」
トレントとの戦闘のテンポを加速させる。一体ずつ相手にしていたトレントを二体ずつ、それぞれ一対一でバラバラに戦い始める。運のよい事に道すがらにトレントが良い感じにポップしてくれている。
少し道を進むと、見慣れたぽよんぽよんと跳ねて動く赤い物体を見つけた。スライムである。
「みろ、あそこに居るのはわが友スライムではないか」
「そうですね、洋一さんのお友達のスライムですね」
早速熊手を片手にスライムに近寄る。このスライムは他のスライムより元気がいい。やはり赤いと三倍速く動くのか。動いている様を確認して、着地点を見定めるとそこに熊手を差し込む。いつもの感覚と共にスライムに熊手が通ることを確認すると、そのままプツッと核を引っ張り出しコロンと転がり出る。そこをパンと核を踏み、黒い粒子に還っていく。おそらく強さもかなりの違いがあるはずだが、スライムを大量に狩り尽くしてきた俺なら感触で解る。このスライムはちょっと強い。きっと体当たりを喰らったらワイルドボアぐらいの攻撃感触は得られるだろう。しかし、このスライムは何を主食としてここに生存しているのだろうか。スライムは赤い魔結晶の非常に小さい粒を一つくれた。この赤い魔結晶は大きさ的に千円分ぐらいが妥当だろうか。それと同じくスライムゼリーみたいなものもくれた。しかし、色合いが違う。スライムゼリーは無色透明であったが、このスライムゼリーは黄色く透き通っている。その分高級という事なんだろうか。強さのわりには非常に換金効率のいいモンスターと言える。スライムがもっと大量に湧く魅惑のスライムゾーンがあればより楽しい事態だったろうに、それを見込めそうにないのはちょっと残念である。
「スライム語りは終わりましたか」
「お、おぉ……大体スライムの事は理解したぞ。もっと大量に湧いてれば時間効率は良いはずだが、口直し程度のモンスターとして位置付けておくのが一番かな」
「なら、トレント相手でスライムはおまけ程度でいいですね」
「充分だ、欲しい戦闘データは取れた。トレントのほうに集中しよう。さすがにドロップ品を横取りされるほど多く湧いてるわけでもないようだし、その時は雷撃で先に手を出して仕留めることにする」
戦うのはトレントに集中することにする。同時に三体四体来ても相手を出来るように徐々に戦闘の無駄を削ぎ落していく事にした。
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