58:試運転
オッサンは物覚えが悪いのでサイレント修正しておきました。
朝だ。筋肉痛は無い。どうやら、ほぼ毎日のダンジョン生活に体が慣れてくれたようだ。
代わりに、頭がまだボーっとしている。昨日身体能力を無理やり向上させるために脳を使いすぎたからか、フラフラしている。きっと一時的に糖分不足に陥ってるんだろう。
いつもの朝食に加えて牛乳に少しだけ砂糖を入れて、お手軽チャイ粉末とコーヒーを混ぜ込んだバリキドリンクを作る。チャイは髪の毛にもいいらしい。なんでも、インド人でチャイが好きな人はみんなフサフサなんだそうだ。俺もそろそろ生え際を気にする時期に来ている。山の木はいたずらに切ってはいけない。
お手製チャイコーヒーにいつもの朝食をとる。今後、炭水化物は少し多めでもいいかもしれないな。
優雅に朝食を済ませると、軽くニュースをさらう。毎日ダンジョンの情報が更新されてるわけでもなく、目に付く情報はない。例の研究者はまだ探してる最中のようだ。早く見つかるといいね。スライムの増殖方法とかいう論文が発表されるのが早いか、彼が営業妨害で捕まるのか、どっちが先だろう。
出かける前に持ち物の整理だ。
研ぎ直されたマチェットは完全に曲がった部分が直ったわけではなかったが、ゴブリン相手には十分通じるだろう。棍棒とたたき合いでもしない限りは折れないはずだ。昨日買い物した装備を身に着けてみる。
盾の見た目が変わった以外は特筆すべき問題ではない。ツナギも体にフィットしてくれた。全身防刃仕様なので、うっかり刃物で切りつけられても多少は防いでくれるだろう。盾はやはり少しまだ違和感がある。重量が増えた分取り回しが変わるだろうが、いずれ慣れるだろう、グレイウルフ相手にでも練習をしてみることにするかな。
ダンジョン内はある種ISSと同じ環境であると言えるかもしれないことを考えると、やはりウルフジャーキーは常備しておきたいところだ。今度コッソリ買いに行ってみよう。
久々に装備チェックだ。
万能熊手二つ、ヨシ!
マチェット、ヨシ!
グラディウス、ヨシ!
遠距離攻撃用の玉、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
食料水、色々種類あって、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。
安全靴とヘルメットは同じものを使いまわしているが、今のところダメージらしいダメージは受けてないので初期に潜っていたころと変更はない。ヘルメットが交換されるシチュエーションは、ゴブリンやソードゴブリンに脳天叩かれるか頭を切られた時になるだろうが、それまでは保ってくれるだろう。
変に鎧兜なんてものを装備した日には通勤する道中でヒソヒソ言われることは覚悟しておかなければならない。手袋はスライムに溶かされないためにという保険だったが、今のところで言えば手袋にダメージを負ったことはない。
よって、現状で最良の装備で挑むことになる。
ショートソードと盾は目立つので、保管庫に入れずにバッグに直接突っ込んでおくことにする。
あと、俺と言っては外せない熊手もカラビナで腰からぶら下げておく。
スキル対策も荷物が増えると隠蔽工作が大変だが、そのおかげで大量のドロップと荷物を大幅に、しかもほぼ邪魔にならない形で持ち込めるので、これもスキル様様である。
昨日、スキルに頼りすぎるのもどうかと考えたが、結局スキルに頼ることにした。せっかくのメリットを潰す理由はないからな。リスク管理さえ気を付けていれば大丈夫だろう。
今日も探索に行く準備は万端だ。まだ電車とバスに向かうには時間がある。もう少しダンジョンの情報を集めておこう。今後行く四層と、行くであろう五層について知識を詰め込んでいることに越したことはない。
小西ダンジョン四層は一~三層に比べて少しマップが広く、五層への道はほかに比べてちょっと遠いらしい。
ダンジョンのマップ構成はダンジョンごとに違いがあるらしい。最寄りの清州ダンジョンでは七層にセーフエリアと呼ばれるモンスターどころかスライムすら一切出ないエリアがあり、八層以降に潜る探索者は七層で一泊し、それから八層に挑戦するのが基本だそうだ。
清州ダンジョンの七層セーフエリアにはワイルドボアを使った料理の店が存在しているらしく、持ち込みも可で調理をしてくれるらしい。わざわざそこまで潜って商売するなんて商魂の逞しい事だ。
調べてみると、小西ダンジョンのマップは六層までが公開されていた。多分人不足・パーティ不足で深く潜る探索者が居ないんだろう。Eランクの俺には五層までという制限がついているので、実際に七層以降まで潜るためにはもう一つランクを上げなければならない。
探索者ランクについては、ランクのつけ方は非公開らしい。ただ、一定の条件を満たしたものが昇級する、とだけ書かれている。これは全国共通のものらしく、おそらく探索者証に紐づけられた何らかのデータとギルドにとって不都合な行動をとらないことが条件なんだろう。
有体に言えば、ギルドに利益をもたらしてくれる人、探索を進めて下層に行くものほどランクは上がりやすいのかな。そう考えると、D・Eランクというのは「ここまでの実力はありますよ~」という指標でランク付けされているのか。基準は何だろう?
ランクを上げたければスライム素材以外の素材をできるだけ持って行って、職員の手間を減らしてあげるのもランクアップへの道かもしれないな。Dランクぐらいまでは目指しても問題ないだろう。
そのさきのCランク以上に上がるためにはそれこそ数泊かけて行う深層探索で大量のドロップを持ち帰るとか、ダンジョンギルドからの依頼があればそれを受けるとか、色々査定項目はあるんだろうなぁ。
そこまでする余裕はないし、なにより現状は二人パーティなわけで、ギルドランクが今より上がることはまず無いだろう。それに、三層周回で現状の目的である生活するための資金は得られる可能性が十分高いわけで、奥へ奥へ向かう理由は探求心以外にはない。まぁ、もっと奥の層でどうなってるのかを確認したい気持ちは無いではないんだが。
とりあえず今日は一人なんだ、気楽に三層を回って新しい武器に体をなじませることが先決かな。
二層で少しウォーミングアップしてから三層、という手順で行こう。一層は途中見かけたら駆除するぐらいでいいかな。
◇◆◇◆◇◆◇
電車を降りてバスに乗り換える前に、周辺の有料駐車場を探してみる。残念ながら満車表示のところが多い。バスが一時間に一本しかない関係上、周辺に職場がある人の中には電車を使わずに契約駐車場を使ってここまできて、それから職場に向かう人が結構いるようだ。さすが田舎、車社会。
仮に借りられたとしても料金は電車を毎日使う料金と大差ないところが多い。バス停近くにすら無かったので、おそらくここに無ければどこにも無いだろう。自動車使いたい……
バスに乗りバスを降り、いつものダンジョンへ向かう。と、ここまで来て気づいたが清州に一度行ってみるという選択肢もあったな。今度家で気づいたときは清州へ向かってみよう、余所のダンジョンとの違いも確かめてみたいしな。
清州ならダンジョンの有料駐車場もあったはずだ。電車のほうがはるかに便利だが、荷物のことを考えると清州まで車通勤というのも悪くないからな。
昨日のうちに清州に寄っておくのも選択肢だったか?と思いつつ入ダン手続きを済ませる。
「今日は一人なんですね」
「基本一人ですよ。出てくるときに二人に増えてる事もありますが」
「正式にパーティ組んで活動してるわけじゃないんですね」
「えぇ、会って目的が同じだったら、って感じです」
「なるほど、ではお気をつけて」
もうすっかり顔なじみの受付を済ませると、ヘルメットをかぶりなおしダンジョンに向かう。
◇◆◇◆◇◆◇
まず、一層から二層へ降りる。道中の相棒はいつもの熊手だ。スライムの湧き具合は標準……と言っても初めて潜った時だが、あの時と比べて大差ないように見える。完全に落ち着いたようだ。
二層へ降りて熊手を腰にカラビナで引っ掛けると、昨日買ったばかりのグラディウスを取り出す。握りは昨日あわせたので違和感はあまりない。握った分だけ力が入り、真っ直ぐ刃筋を立てられる気がする。
さて、被害者第一号を探すとするか。二層をただフラフラする。実際の所相手は誰でも良かった。ただ、昨日のウルフ肉のチャーハンの事を思い出していたらグレイウルフでいいか、とそう思っただけだ。
第一被害者発見!思わず力が入る。落ち着こう、素手でも勝てるかもしれない相手だ。俺はグラディウスを握りなおすとゆっくりと歩いて歩幅を詰めていく。
グレイウルフはこっちに気づくと全力で走り寄ってくる。被害者さんいらっしゃい。ちょうど首に噛みつく高さでジャンプすると、噛みつき攻撃を放ってくる。それを待ってた。
俺はグラディウスを上に掲げたままグレイウルフの下を滑りくぐる様に前方へ一気に走り抜け、前足の下から尻尾に向けて一気に切り裂く。グレイウルフは消滅した。あれで一発だったらしい。
切れ味は前のマチェットよりも上かな。グラディウスの様子を確かめるが、骨に当たらなかったのか、欠けも何もない。これは一方的に戦えるな。次は盾のほうを試してみよう。
新しく買った小盾を身に着けていると、第二被害者がカップルでやってくる。さぁ、爪でも牙でもどっちでもこい。このあたらしいたてできみらのこうげきはふせぐぞ。
しかし、前と違って半透明ではないせいで盾を構えると向こう側が見えない。これは考えてなかったな。相手の攻撃に向けて盾で殴りつけるイメージでいこう。
残念ながら盾を持ってないほうから爪が飛んできたため、グラディウスでそのまま前足を斬り飛ばす。三本脚になってしまったグレイウルフはその場で体勢を崩したので、その間に近寄って首を飛ばして終了と相成った。むぅ、盾使いたかったなぁ。
考え方を変えよう。こっちから盾で殴りに行けばいいのだ。盾を胸元に寄せるように構えると、第三被害者に向けて走りこむ。自分の走る速さより速くたどり着くようイメージする。
脳に脳汁が流れ込む感覚とともに、俺は加速しグレイウルフの目の前までたどり着く。そしてそのイメージを保ったまま盾で思い切り頭を振りぬいた。ゴツッといういい音とともにグレイウルフは吹き飛ばされ、壁にたたきつけられる。いわゆるシールドバッシュだ。
頭に全力の一撃を受けたグレイウルフはその場で昏倒する。俺はそっと優しく刃を向けると、首筋を切断してさしあげる。粒子と消えた。魔結晶が残った。
ふむ……盾も威力が増した感じだ。前はペラッペラのポリカーボネートだった盾と比べて金属も木材も使っているから、重量がおよそ二倍になっている。厚みも二センチぐらい増した。攻守一体とまでは行かないが、これでソードゴブリン相手でもなんとかできそうな気がする。
自信をつけるためにもこのまま二層で少し体を慣らして、それから三層へ行こう。三層でゴブリンを相手にする時が今日の本番だ。四層は……怖いからまだいいや。
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