579:七層で一休みを
七層はここ二ヶ月で探索者の流入によって様子はすっかり変わっている。俺が設置したポールとテントがかすみそうな程度に色々なテントやタープによってもはや無人に近い荒野だった俺が初めて七層に来た時の光景は過去のものとなってしまっている。
エレベーターが出来て以来七層および十四層にキャンプを構えて七層から十五層にかけて広く探索者に開放され、他所のダンジョンでゴブリンキングをいったん倒してから通過の厳しい十層を通らずに直接十五層に乗り込んでボスを倒し、そのまま十四層に逗留してオークやスケルトンを倒している探索者が四分の一ぐらいになったらしい。
また、十四層を使わずに七層を休憩所として利用する探索者が残りのパーティーで、さっきの七層便に乗らなかった探索者は十五層行きのエレベーターを利用したのだろう。誰が持ち込んだのか、台数はないが自転車も何台か増えている。少なくとも七層側に四台ある時点で、全体では何台あるかは把握できないな。
これは余談だが、エレベーターと便宜上呼んでいるこの移動システムは正しくはエレベーターではない。エレベーターならば本来接続されている箱は一つ。だが、このダンジョンに設置されているエレベーターは箱が同時に複数存在し、それぞれ決まったルートを通って進んでいる訳ではないらしい。ただ出入口は一つしかないので、他の誰かがエレベーターを利用している場合エレベーターの出入口が空くまでの待ち時間が発生する。いつまでも人が乗ったまま燃料を入れずに放置しているとどうなるのか、というのは非常に気になる所である。出入口の空きを待っている間にエレベーターの燃料が尽きたら中に乗っている人は一体どうなってしまうのか。個人的に非常に気になるが、エレベーターに対する実験や解析、その他諸々運用に関するいたずらはギルドとして禁止しているため、そういう異常現象に居合わせた、という話は聞いていない。余談終わり。
何にせよエレベーターのおかげで人口が倍以上に増えた小西ダンジョンだが、昔から利用していた人たちと新しく引っ越してきた探索者とのトラブル、という話は今のところ聞いていない。元々利用ルールがあるわけでもなければ自警団が居るわけでもない。お互い様の精神で七層を運用されているようだ。
別に他称管理者代理である田中君が統率して扱いやすいようにしている……という訳ではない。田中君自身も仲が良くなった他の探索者と臨時パーティーを組んでオーク狩りに勤しむことが増えたらしく、ウルフ肉やボア肉に加えてオーク肉の納品が出来るようになって会社からの報酬も増えたと聞く。
田中君だけではなく、他のダンジョンから来た探索者もエレベーターのおかげでドロップ品、つまり魔素の搬出も良い感じに出来るようになりダンジョン運営としてはうまく回っていると感じる。ミルコもエレベーターをつけた甲斐があったと思っていると良いな。
テントが増えすぎて自分のテントがどこにあるか解らなくなりつつある。確か中央のテントの近くにあったはずだが、最近は茂君するにもわざわざテントに戻らずエレベーターの近くで椅子を用意して雑誌を読んでいることが多くなったのでせっかく設置した自分のテントに戻る機会がない。たまには戻らないといけないな。
ひとまず中央のテントまで来て、そこから自分のテントを探す。ペグが打てないテントという事でみんな似たようなテントを運用している事が多いため、色と大きさで判別するしかない。五分ほど自分のテントを探して、ようやく自分のテントを発見する事が出来た。やはり「外出中、安村」と皿を貼り付けておいたのが効いたらしい。
テントはそれぞれのプライベートスペースなので、勝手に他人のテントに入り込む探索者は探せばいるんだろうが、小西ダンジョンに限ってはそういう探索者はいないらしい。自分のテントに入って一服。テントで視界が切れてる間に冷えたコーラを飲み、買って来た飯を食う。やはり体を動かしたときにはたんぱく質だな。サラダチキンを開けて軽くほぐすと、少しバーナーで温めてからペペロンチーノに乗せる。これで昼食は完璧だ。もし追加で欲しくなったらその時はカロリーバーを胃に詰めればお腹の膨れ具合も充分だろう。
ペペロンチーノも最寄りのコンビニチェーンの麺類は量が多めなので、一つで充分満足できる。炭水化物がちょっと多めになっているが、サラダチキンでバランスを取る。サラダもついていればそれで栄養バランスは良いかもしれないが、今回は野菜ジュースを摂取しておく。
ちょっと久しぶりにゆっくり七層で休憩をする。いつもならせこせこと八層と六層を往復して羽根を集めつつ、ボア肉やボア革、魔結晶を納品する事で少量ながらダンジョン税を納めているが、普段高額なダンジョン税を納めている事で息抜きの分の七層付近での格下狩りを大目に見てもらっているところもある。
ダーククロウの上位種なんかが出てきた際にはどうなるんだろうという今後モンスター情勢について考えてはいるが、今のところ三十三層以降の情報を閲覧していないのでどんなモンスターが出て来るかは情報としてインプットしていない。もしかしたらダーククロウより快眠作用の強いドロップ品を入手する事が出来るモンスターが出てくるかもしれないが、いずれにせよ深い階層でのモンスターだ、より強力な奴が出てくることに違いは無いだろう。
上位種の空飛ぶモンスターか。スキルでしか攻撃できそうにないが、少なくともスキル一発で落ちるほど弱いモンスターが出て来るとは思わないでおこう。スキルで地上に縛り付けてその間に攻撃というパターンになるだろうな。
空飛ぶモンスター……やはりワイバーンとか出てきて肉は美味いんだろうか? その前に馬肉がどのくらい美味しいのかが気になるな。馬肉である以上筋肉質の赤身肉で、かなりのうまさなんだろうが赤身肉で生で美味しい、というのは多分初体験なので楽しみである。
さて、腹も膨れた事だし今後は八層だ。八層を回ったらそのまま六層へとんぼ返りでもう一度茂君へ行く。今日はのんびりするぞ。
シェルターへ来ると、ちょうどノートが新しくなっていた。一杯になった前のノートをぱらぱらとめくる。ほんの二ヶ月でここまで話題が増えるのか。
「エレベーター代金高くない? 」
「時間を金で買うと考えたら安いよ」
「六層行って帰ってきたらもう黒字になる。安い安い」
「エレベーターと言いつつ、同時に一層と七層で乗り降りできるみたいですね。どういう仕組みなんでしょう」
「清州みたいに店できるのかな」
「一層までの時間的距離を考えると出来ないと思う」
「近くにコンビニとかできると良いのに」
「しばらくお世話になります」
様々な意見がある。コンビニについては実際に出来たな。店が出来てないというのもあってる。エレベーターを使うには鬼殺しの称号が居るからな。そこまで腕のある探索者なら店に立ち寄るよりは外のコンビニを使うだろうし、やはり商売としては成り立たないらしい。ちょっと残念ではある。
暫くパラパラとページをめくる。それ以外にもやはりエレベーターへの疑問が多い。
「なんでここだけエレベーターがあるんでしょうか。他のダンジョンにももしかしてある? 」
「余所から来たけど聞いたことない。なぜ小西ダンジョンだけあるんだろう」
初鬼殺しの称号を持ってる人はそう多くない。ダンジョンマスターについての知識がある人は限られているという事だろう。その人が皆一度に小西ダンジョンに立ち寄ることは無いだろうし、あったとしても口止めされているからこんなノートに記述する事は守秘義務違反になるだろうな。
「経緯はよく解らんが損はないみたいなのでいいんじゃないか」
「このノートは何時からあるんだろう」
「最初は紙皿が雑に置いてあったぞ」
なんかスレみたいな進行具合になってるな。ここでノートの中身撮影して外で戻って書き込み……とかしてる人もいるんだろうか。そういえば最近スレも見てないな。たまには見て盛況ぶりを確認するのも悪い事じゃないな。
腹もこなれて来たし八層へ行くか。ダーククロウ湧いてくれてると良いな。ちょうど運よく一台だけ残っている自転車を見つけると、颯爽とまたがり八層側へ。階段を下りると木まで直行する。つい最近誰かが通ったんだろう、ワイルドボアは湧いていない。駆け足で木まで近づくと雷撃を乱射して空を飛んでいる手の届く範囲のダーククロウを片っ端から落として羽根に変えていく。
八層は一本しか木が無いためここで折り返しだ。さっさと七層に戻ってまた六層で茂君と出会おう。湧き直してくれていると良いんだが。
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