574:出るときは出る
おはようございます、安村です。現在午後十時、一泊しないなら眠る準備バッチリで自宅で布団にくるまっている時間かもしれないがここは小西ダンジョン二十八層。一泊二日でスキルオーブ狙いの探索真っ最中である。
ぐっと伸びをして拳を高く上に掲げ、気持ちよく起床したポーズをとると、いつも通りタオルを濡らして体を拭いてさっぱりする。やはり体がしっとり汗で濡れているのとしっかり汗を拭いてさっぱりしたのでは気分も違うしやる気にもつながる。出来るだけベターなコンディションを維持するためにも適度なケアは必要だ。
隣のテントをガサガサ揺らしてタオルを放り込むと、いつもの準備。寝る前に飯は食べたのでコーヒーを沸かすだけだ。カロリーが欲しいなあと思った時はカロリーバーを胃に入れる所だが、今日のところは補給しなくても問題ないらしい。
暫くするとぴっちり着こなしてきた芽生さんが起きて来たのでコーヒーの配布。受け取ると少し冷ましつつコクコクと飲み始めた。俺は熱いのはだめなのでもう少し冷ましてからだ。
「おはようございます。体調は今日もバッチリ芽生ちゃんです」
「お腹は大丈夫? 空いてない? 」
「そうですね、ちょっと物足りない感じがするので念のため入れておいたほうがいいかもしれません」
カロリーバーを一本渡す。早速ムシャムシャし始めた。ダンジョンでお腹が空いているという事はスキルやステータスブーストを使用している間にガス欠を起こす可能性があるかもしれないからな。
「さて、コーヒー飲んだらまた出発するか。今日も一千万稼いで帰ろうな」
「ですね。ギルド税を含めて考えても半分以上が税金で徴収されるのが何だか納得いかないですが、それでも頑張れば頑張っただけの多大な収入を得られます」
コーヒーを飲み終え戦闘準備は出来た。いつも通りの気楽な気分で金稼ぎに向かう。今度こそスキルオーブ出ると良いなぁ……という事は考えずにおく。考えて出るならいくらでも悩むことでスキルオーブが出やすくなるからだ。そんな事が無い事は経験上分かっている。とにかく回数を稼いで行くことだな。
◇◆◇◆◇◆◇
二十七層をひたすらグルグル回る。狙うは討伐報酬みたいなものである魔結晶とキュアポーションのランク3という事になっているが、実際は【物理耐性】だ。出したという記録は一件しかないが、見た目的に出しそうという論理的ではない理由でゴーレムと戦っている。そもそも、見た目と実際に出たスキルが一致するモンスターのほうが少なかった気がする。
じゃあゴーレムも見た目に反して別のスキルを落とすんじゃないだろうか? という疑問が当然湧いて出るが、実際に落としたという実績がある以上それを狙って戦うのは決して時間の無駄遣いにはならないはず。いざドロップしたスキルオーブが別の物だった……ということは十分あり得る。しかしここは腐っても二十七層、この先有用なスキルがドロップする事には疑いようはないだろう。
そんな事を考えながら三時間ほどグルグルと二十七層を周り、小部屋のゴーレムを始末したところで小休止。ここは喉が渇きやすいので休止中以外にもちょいちょい水分補給の時間を取ってはいるが、十五分ほどこの部屋で休むことにした。
「出ませんねえ。ここで何時間ほど戦いました? 」
「んー、二十時間から三十時間ぐらいかなあ。スキルオーブを狙うにはまだまだ戦った回数が少ないと感じるよ。ソードゴブリンから【水魔法】が出るぐらいのスパンで考えておいたほうが良さそうだ」
「何日かかりますかね? 一週間ぐらい潜り続ければ出るでしょうか」
「正直解らん。こいつは持ってる! という証拠が見えてるわけじゃないからな。今は回数をひたすらこなして出るまで待つぐらいしかないよ」
「先にカメレオンのほうがドロップしそうなぐらいの数の差ですからね。気軽に待ちますか」
◇◆◇◆◇◆◇
小休止を終えて再び二十七層を巡る。二十六層や二十五層に上がらないのは、ここが一番密度が高いからであり、もしスキルオーブがドロップするなら階層を一つ上げてより密度の薄い所を高速で回る事になるんだが、今のところは嫌にならない程度のテンポで出て来てくれているので確実に収入を積み重ねていく。
後三時間ぐらいかな……とりあえず今日のところはそこで終わりにしよう。二十八層に戻って仮眠して上がれば良い感じの時間になるはずだ。無理して一日で出そうとしても出ないもんは出ないからな。今日の目的はずれた睡眠サイクルの揺り戻しなんだから収入もオーブも出たら副産物だな。そう思えばグルグル回るのも苦にならない。全部オプションに過ぎない。
……そう言い聞かせる事で物欲センサーの出力を弱めてスキルオーブの出現率が上がらないかなぁというのが本当のところだ。出るときは出るし出ないときは出ない。出なかったら今日は出ないとき、出たら今日はおっ、活きが良いな? ぐらいの気持ちで進めるのが一番いい。
そう思うとゴーレム相手にわちゃわちゃ殴り合いを続けていくのも悪くない。さあ次のモンスターは何処かな……俺も【索敵】欲しいな……暇そうにしていると芽生さんが方向と距離を教えてくれてそれで雷撃をお見舞いする事はあるが、ゴーレムが湧くのはおよそ十分に一回ずつ、二体か三体だ。決してサボっている訳ではないが、戦闘負荷は明らかに芽生さんのほうにのしかかっている。このままでは戦闘回数が多い分芽生さんに多く経験値が入ることになるのか……そもそも経験値というのは発生する魔素なのだから、こうして後ろをついていくだけでも俺にも経験値が入っていることになる。なんだかパワーレベリングをさせてもらっているような感じがしてあまりいい気分じゃないな。早く俺も【索敵】欲しい……
等と考えていると、何もない空間から光り輝く玉が現れた。もう何度目になるだろう、スキルオーブさんとの御対面だ。とりあえず駆け寄ることなく、周りの状況を確認して芽生さんから大丈夫との報告を待ってスキルオーブに近寄る。
「【索敵】を習得しますか? Y/N 残り二千八百七十八」
芽生さんにも渡して中身を確認する。
「【索敵】のほうが出てしまったらしい。俺がさっきから索敵欲しいと考えていたからか? 」
「【物理耐性】が欲しいんじゃなかったんですか? 」
「確かにそっちの方が欲しいけど、今現在の戦闘状況を考えて芽生さんの負担を減らすには索敵俺も欲しいなーって考えてた」
「じゃあ今後は【物理耐性】が欲しいとだけ願えばそのうち出るかもしれませんね。覚えますか? 」
「もちろんだ……イエス! 」
スキルオーブが体に沈み込み俺の体が光る。一分ほど光り続け、やがて光が収まる。安村は【索敵】を覚えた!
スキルを覚えた時点で頭の中に使い方はインプットされている。索敵というスイッチが脳内に設置された感覚を覚える。それをオンにする。今のところ視界内に……うん、なにも居ないようだ。芽生さんが青く光っている事だけが解る。
「なるほど、フレンドリーな対象は青くなるんだな」
「です。で、試しにこういうことをしてみると……」
芽生さんが俺に向かって手を伸ばす。握手をしようと手を伸ばすがスカッとよけられた。芽生さんの掌に水が溜まっていく。それを俺にぶつける気か? と思った瞬間索敵に反応があった。
「……赤くなった。今割と本気で打とうとしてたな? 」
「解りやすいですよね。たとえばこのぐらいだと赤くならないんですよ」
と、索敵ビーコンが青色に戻るとぴゅーっと水を出して俺の腕を濡らす。出し続けている間青いままだった。どうやら友好的かどうかは俺への意識の向け方で変わってくるようだ。芽生さんはこれを先に色々と研究してきたって事か。
「なるほど、面白い。早速実戦投入しよう。俺もこれに慣れたい。それでもってこの階層でもうちょっと役立つ人間になりたい」
「洋一さんが一つ出した分、このダンジョンで【索敵】を使ってカメレオンを一方的に蹂躙できるパーティーが一つ減ったことになりますがそれについては」
そういう見方もできるな。たった今六千万円分の金を使い切ったという事でもある。スキルを覚えるというのは中々の贅沢だな。
「一生出なくなるわけじゃないんだ。他のパーティーがここに来る頃にはきっともう一度落とすようになってるさ」
「そういえば五層のワイルドボアや六層のダーククロウ、九層のジャイアントアントもそろそろもう一度落とすサイクルに入ってる可能性が高い訳ですか」
「六層に関してはもう一回俺が拾うかもなー、まだダーククロウまとめ狩りしてる人見た事ないし。とりあえず目標の物は一個は入手した……と」
メモ帳に記録してあった覚えてしまうべきスキルリストから【索敵】を消す。
「さて、これで二十七層に居る理由がゴーレムのスキルドロップだけになったな。ゴーレムのスキルドロップで何をくれるかまでは解らんが、俺もカメレオンが見えるようになった分さっきまでよりももっとテンポよく戦えるようになるはずだ」
「もうスキルドロップしてしまったのにえらく乗り気ですね。もう出たんだからしばらく出ないんでは? 」
「本当にモンスター毎にスキルがドロップするかを確かめるためには、今この環境程確認しやすい所はない。ミルコが言ったことの信憑性を上げるためには、近いうちにゴーレムからスキルドロップを拾うのが確かだからな」
「そういう視点もありますか。気張らず次を探しますか。稀によくあるって言い方もありますし、もしかしたらゴーレムも案外早くスキルをくれるかもしれませんよ? 」
「それは楽しみだ。狙い通りのスキルが来るかどうかも含めて、俺の索敵訓練もかねてさっさと次へ行ってしまうか」
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