571:情報精査 4/4 夕方からでも潜れるダンジョン
重複するスキルを覚えた結果どうなるか、という事象について調べた。やはりダンジョン庁もこの辺は検証・把握しているらしく、属性魔法についてはより強化されることが確認されている。ただ手元に欲しい情報である所の【索敵】や【魔法耐性】や【物理耐性】については残念ながらまだ重複して覚えるという実験を行った事例は報告されていないらしい。
パーティーがそれぞれ一つずつスキルを覚えているのでも充分珍しいという段階なので、その上で同じスキルを覚える、というのはダンジョンのスキルオーブのドロップキャパシティ的にも難しい所なのだろう。情報があれば是非知りたかったがそうそううまく何でも情報があるわけではないらしい。逆に言えばこちら側から情報を提供する余地はあるという事。まだまだ鉱脈は長く続いているな。
「さすがに情報無し、か。まあお高いスキルをそれそれホイホイと覚えさせて退職して個人の探索者になられるような事も防ぎたいだろうし、一人が突出して強い、というのは部隊としても危うくなるだろうし……次に【魔法耐性】が出ちゃったときにどうするかだけを考えたほうが良さそうだな」
「使ってみて更にスキルが強くなるなら覚えても悪くはないけど……ってとこですか」
「二十八層に一泊して二十七層に潜り込んでたら三日分で元が取れる程度の金額になってしまったことだし、スキルを売るものと覚えるものと、それぞれ振り分けてしまった方がいいな」
頭の周りに雷玉をグルグルと回しつつ説明をする。今なら十五個ぐらい同時に回せるようになった。威力のほうはまだまだ実戦レベルとは言い難いが、これだけのものを三十分も出し続けることが出来れば十層も一人で乗り越えることができる。ステータスブーストのほうも問題が無ければ二十層だって一人で行けるようになるだろう。自力で美味しい牛肉を取りに行けるのはポイントが高いな。
「それ、パソコンに落とさないでくださいね。多分落としたら一発でダメになりますよ」
「大丈夫、コントロールには自信がある。こんな感じで」
天井のLEDの周りに均等に並べて部屋の照明を更に明るく見せる。それを維持したまま再びパソコンの方へ眼をやる。両方に意識を向けつつスキルを使えるようにとの訓練だ。ただし落としたら大惨事になるのは目に見えているので、疲れたと感じた時点で止めるつもりではある。
「とりあえず【水魔法】【雷魔法】【生活魔法】【魔法耐性】【物理耐性】【索敵】については見つけたら覚える。他についてはよく考えてから市場に流すか覚えるか決める。そんなところかな」
「【生活魔法】は新規ですね。確か小西ダンジョンのCランク探索者が誰か覚えていたという話を聞いたような? 」
「中橋さんだな。試しにウォッシュ、洗濯をかけてもらったがくすぐったくて気持ちよかったぞ。服の隙間から水が入って温風が入り込んで、全身を綺麗に洗ってもらったような感覚がする。気分が良くなると探索もはかどりそうだし、何よりこいつで簡単な属性魔法全てをカバーできる。水も出せるし火も出せるし風も出せるらしい。ダンジョン内で風呂に入れるのに似た効果を得られるのは割と大事だとは思わんか? 」
「確かに、汗かきっぱなしで砂だらけなんかでうろつくよりは綺麗な体でいる方が精神的にも安定するでしょうから大事ですね」
「そんなわけで重要度こそ違いはあれ、この六つが現状優先されるべきスキルという事で進んでいこう」
調べ物はこんなものかな。どうせ保管庫に放り込んでおくのだ、そのままスリープ状態にして電源も落とさず、すぐに使えるようにしておく。
天井に張り付けてあった雷玉を元に戻すと眩しさは収まり、いつもの部屋の明るさに戻る。
「で、今からどうするね。早速潜るか? 」
「そうですね、帰って夕食食べて寝るだけにするか、それとも中で一泊分過ごすかですよね……ご飯が美味しいほうにしましょう」
「そうだな……何作ろうかな……」
事前に準備しておく暇が無いならシーズニングでちゃちゃっと作る所だが、まだ時間に余裕がある。ちょっと手の込んだ料理でもいける時間だ。
「ウルフ丼にしましょう。出来れば味は薄めでさっぱりとした奴」
「玉ねぎがあるかどうかだな……確かまだ少し残ってたと思うので作れると思うぞ。醤油ベースがいい? それとも味噌ベースがいい? 」
「醤油卵トッピングでお願いします」
「あいよ。作ってる間暇だろうから適当にごろごろするなりコンビニ行って帰ってくるなりパソコン弄るなりしていいよ」
「りょーかい、HDDのエロ動画でも探して洋一さんの好みを模索しておきます」
「それはやめなさい、マジで」
口ではそういいつつも、まともにネットニュースを探してはいるようだ。後天気予報なんかを見ているのが遠目に確認できる。記憶に違いが無ければしばらく天気がぐずつく様子はなかったはずだ。今年も長く雨が降らないんだろう。また野菜が高くなるかなあ。
まず肉を軽く炒めてからフライパンからどけて、適度な大きさに刻んだ玉葱を投入、しっかり炒めて火が通ったぐらいで他の具材と調味料と合わせてもう一度肉を炒めていく。味見……うん、生姜がよく効いている。味の濃さはこんなもので良いだろう、最後に卵でとじて終わり。パックライスを温めてドンブリに移すと、その上から汁もたっぷりとかけてウルフ丼の完成だ。付け合わせの漬物もちょいちょいと乗せて、ふたを閉めて保管庫へ。
よし、飯は出来た。後はいつもの朝食を作れるだけの在庫が……ちゃんとあるな。キャベツだけは切っていくか。ササっとキャベツを千切りにし軽く塩とごま油をふって器に盛ってこちらも保管庫へ。
「出かける準備できたぞー」
「お、じゃあ行きますか。そういえば夜から潜るのは初めてかもしれませんね」
「昼から入る事はあっても夕方から入って朝に出る、という短時間探索は確かに無いな」
「しばらくはオーブが出るまで我慢の時期ですね。収入は増えども先には進まずって所でしょうか」
「そういう時間も必要だろう。物事は何時も順調にとはいかないもんだ……と、そういえば荷物どうするね? 」
芽生さんの持ち物を見る限り、ダンジョン装備は無い。多分一通り自宅に置いてきたのだろう。お泊りしてそのまま探索に行くとは思ってなかった可能性が高いな。
「そうでした。すっかり忘れてました。一度家に帰りますので先にギルドの建物で涼んで待っていてください。タクシー捕まえるなりなんなりで出来るだけ早く合流します」
「わかった。急かさないから落ち着いて来てね」
さて、人の事は指摘して置いて自分の持ち物がおざなりになってしまわないように確認はしないとな。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
インナースーツ、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
冷えた水、コーラ、その他飲料、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
枕、お泊まりセット、ヨシ!
ドローン、ヨシ!
バッテリー類、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。
「それ毎回やってるんですか? 時々チェック抜けがあるように感じますが」
「ほとんどを忘れずに来てるんだから効果はある、はず」
芽生さんは急いでお泊りセットをいそいそとカバンに詰め込む。バッグはパンパンだ。これを担いで家まで帰るのはそれなりに労力が必要だろう。
「保管庫が使えないと大変だなあ」
「使えるほうがいろんな業みたいなものを背負っちゃう分大変なのでは? でも確かに羨ましくはあります。いっその事もう一個でないですかね」
さすがに自分も普段使いとして保管庫の有用さが羨ましくなったらしい。確かに荷物も最小限で済むし、いつでも出せるし、困ることはバレるぐらいだろう。
「うーん……その場合はさすがにギルドに渡してしまうかな。ほら、前にミルコが言ってたじゃん。観戦する為のマーカーでもあるって。つまりダンジョンでやってる俺の探索は全部いろんなダンジョンマスターに配信されてるという事になってる。それを二人同じ視点で独占してしまっても、見るほうが飽きちゃうだろうし、もっと別の……言い換えれば別のプレイヤーに託してそっちはそっちで楽しんでもらうほうがダンジョンマスターにとっても楽しみが増えるんじゃないか? 」
「そこまで考えてあげるなんて随分ダンジョンマスターよりの発言をしますね」
「せっかくこんなスキルをくれたんだ。お礼ぐらいはしておかないとな」
偶然、いや豪運の結果か、結局何故スライムから出てきたのかは解らないが結果としてとても楽に探索を出来ているのは確かなのだ。その分のお礼は充分にしてもいいだろう。
数十ダンジョンに一つぐらいのドロップ率だと言っていたからな。国内にも数人、このスキルに準じた便利スキルを持っている人が居ても不思議はない。何ならD部隊にも一人ぐらいは居てもおかしくはないだろう。
自分以外の保管庫の所持者。会えるものならこっそり会って、どういう使い方をしているか相談してみたくはある。もしかしたら自分では気づきえなかったスキルの運用をしているかもしれない。そういう気づきを得るためにも同じスキルを持つ者同士の交流というものがあってもいい。お互いのスキルアップのためになるんじゃないだろうか。
スキル持ちの集い。それはそれで面白そうだな。探索者の横のつながりを作る機会にもなるしそういうイベントが年一ぐらいで開催されても良いな。ダンジョン庁の計らいに期待をしておくか。
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