564:ダンジョン周りの変化
少しずつだが涼しくなってきている気がする。朝は相変わらずだが西日が差すようになり、夕方の気温は相変わらず高いが、昼間の気温はそれほど高くない……いや、俺がガキの頃からしたら十二分に高いか。とにかくそろそろ暑さがマシになってきている。
それでも冷房が欠かせぬ程度には暑い。まだまだお世話になる。今壊れると困るなーというところだ。おそらく、世の中の家電量販店や電気店もエアコンの修理要請でてんてこまいのはずだ。そこに我が家が名を連ねたところで部品が足りないとか人手が足りないとかで修理は冬までに終わるかどうかと言われそうなのが関の山である。
金はあることだし修理に時間をかけて待つぐらいならいっその事エアコンを新調してしまうほうが早く済んでしまう可能性すらある。そう、金があるという事はより建設的で非経済的な選択肢を選べるという事にもなる。やはり金は大事である。壊れた時に早い方を選ぼう。そう覚悟を決めるとようやくの起床だ。いつもよりだいぶ布団でのんびりしたな。
いつものゴキゲンな朝食を食べ終わるといつもの探索装備に着替える。今日もソロ狩りだ。九層の内側でギリギリの戦いをしつつ自らを鍛えていこう。
ここ数日、ダーククロウの羽根をひたすら集めたり、ソロで九層を回ったり、田中君を連れてオークをひたすら狩り、そのオーク肉を少し分けてもらう事で保管庫の中身の食料事情を改善する事が出来た。
田中君曰く、俺が深層に向かってるうちに何処かのパーティーと意気投合し、そのまま十五層まで連れて行ってもらい鬼殺しの称号も獲得して来たらしい。ちゃんと二回戦って自分用のゴブリンキングの角も確保したそうだ。わざわざ二回のボス戦に付き合ってくれるなんて、よほど馬が合ったんだろうな。
一万円で一層往復が出来るのはスキーの一日リフト券よりも有用だとご満悦らしい。これでボア肉をより早く確実に手に入れて帰ってくることができるし、荷物の持ち運びも楽、更に歩く距離が短くなった分金が稼げると何処をとっても捨てる部分が無いと大喜びだ。
これがもっと早くからあったら七層の管理人という二つ名はとっくの昔に捨てて、気の合う仲間とパーティーを組んでひたすら深層を目指していただろうと鼻息荒く語っていた。タイミングというものは大事だな。
そして芽生さんは珍しく勉学に集中するらしく、三日ぐらい色々調べると言った後、連絡が来た。「なんかノッてきたからもうちょい勉強して頭に入れておく」らしい。本業に邁進する事は良い事なので彼女にとっては珍しく探索以外に集中しているようだ。
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布団の山本にも行き、とりあえず久々の納品という事で多めの量を納品してきた。これでまたしばらくは枕と布団の生産を頑張れることだろう。ちなみに枕のほうが売れ行きが良く、廉価品として試しで作っている羽根の芯の枕でも需要があるらしい。あくまでサンプルとして作って試用品として置いてあったものだが、それでも良いから譲ってくれと言われた事もあるとかで、ダーククロウの羽根に捨てる所はないらしい。
羽根の値上がりに伴い布団と枕も値上げを行ったそうだが、それでも需要は下がらず増加傾向にあり、口コミでの広がりもあって納入を待つ形になっているとか。かといって俺が丸一日潜って取れる量にも限界はある。
俺にとっての探索のうま味で言えばとっくの昔にダーククロウの羽根を集める作業というのは美味しさの旬を過ぎている。普通に九層をグルグル回ったほうがダーククロウが湧きなおすのを待って投網漁に興じるよりもはるかに多くの実りを得ることができる。
かといって、俺がここで止めてしまえば布団の山本の質の良さを担保できなくなってしまうのも解っている。人付き合いという観点からそれは引け目を感じる。俺と同じか、それに比類するまでダーククロウを狩れる探索者か業者が現れるまでは俺が自ら羽根を集めて納入する作業は今後もやっていくことになるだろう。
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ダンジョンの周りの環境も変わり始めた。ダンジョン周辺は例の小西氏が土地を買いあさった結果ダンジョンすぐ横の土地に関しては誰の手も入れられない畑やボロ家があるが、そのさらに外側に探索者向けの賃貸住宅群が作られた。
探索者需要を見越して、プレハブ構造によって建てられた非常に簡素な作りのアパートメントが建ち並んだ。大急ぎで作られたこの賃貸住宅群はそこそこ足元を見た入居価格を設定して入居者を募集したところ、二十棟ほどあったはずの空きが即日埋まり抽選方式によって入居者が決定されるほどの人気を博した。
貸し物件を探索者が借り上げて拠点にしているという話は前からあったが、それを見越して探索者用にある程度カスタマイズ……つまり、玄関に装備品置き場が有ったり風呂と寝床がメインで生活スペースはそれほどでもなかったり、要するにダンジョンに立ち寄るついでに休憩と睡眠が取れればそれで良い、というような出来になっているが、それでも人気を博すという事は、確実に稼げる探索者が軒並み入ったことになるんだろう。
パーティーまとめて一部屋借りる事も出来るようになっており入居時の居住人数に制限は作られなかった。探索の打ち上げに飲んだり軽く騒いだりする分においてはお互い了承するような形で入居時注意として示されているらしい。
また、【小西ダンジョン前】バス停の目の前にコンビニも新たに作られ、探索者の胃袋を満たし生活を助けるように利便性が確かに上がりつつある。
エレベーターが一つ出来ただけでコンビニの新規出店を考えられるほどの大賑わいになったという見方も出来る。ダンジョンに行く前に、出た後で、どちらにしろ立ち寄るのも簡単で、必要な生活物資もそこで見繕う事が出来る。探索者向けの雑誌にも力を入れているようで、俺の愛読している探索・オブ・ザ・イヤーも月刊探索ライフも棚に並んでいるのを見かけた。
探索のお供である食品類も持ち歩きや食べ歩きがしやすく、その場でエネルギー補充できるものに重点を置かれている。エナジードリンクもある。それらに重点を置いた仕入れの結果、その分弁当やレンジでチンして食べるタイプの食品は少ない。後は生活用品が結構色々揃っている。家から徒歩五分のコンビニよりも充実している項目があるぐらいだ。
ダンジョンの開場時間に合わせたか、深夜営業こそしないもののダンジョンが開いている時間には必ず営業をしており、バスで到着する探索者需要も相まって地方のコンビニとしては珍しい程度の賑わいを見せている。バイトのチラシも最低時給を大幅に超えた時給で募集されていたらしい。
それだけ時給を払っても黒字になるぐらいには繁盛しているんだろう。ただ、時々コンビニの駐車場に車を置いてダンジョンに来る探索者がいるらしく、駐車場には三十分以上車を放置するなとハッキリと拒絶の意志を示している。そもそもここのコンビニは駐車場が広くなく、従業員用の駐車場を含めて二十台分ぐらいしかないのでそれを占拠されては死活問題だろう。
また、ようやくという感じではあるが月極駐車場を始める地元の人々もいた。地面を均してビニールひもで領域を区切っただけの簡素かつほぼ野放しという感じではあるが、これも移動時間の自由度が得られたり車で通勤できれば電車とバスの時間を待たなくていい分手間が省けると探索者には好評らしく、募集したその日のうちに全車埋まったらしい。
これを金儲けの機会とみて駅前にタクシーを常時待機させておいて駅から下りた探索者を順次乗せていくというタクシー会社も出始め、タクシー不況のこの世相で中々に売り上げを上げているらしい。おかげで駅前には活気のようなものが出来上がりつつある。きっとダンジョン需要を見て新しく何らかの店舗が作られる事もあるだろう。
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これらは全てエレベーターバブルというものに近いのだろう。少なくとも悪い事ではないはずだ。誰かがダンジョンを攻略するまではこの景気は続く。ならばその最後の姿とも言えるダンジョンコアの破壊をするべきかしないべきか、悩ましい所だ。
そもそも小西ダンジョンが何階層まであるかどうかも解っていない。いつ達成できるかというのも見込みは立っていない。一年で攻略できるようならもうすでに何処かのダンジョンは攻略されていても不思議はないのだから、この先がよほど険しい道をしているのか、それともやたら長い構成になっているのか。
ダンジョンを制覇するという事はミルコと出会う機会もなくなるという事でもある。そして、エレベーターという便利な機能の付いたダンジョンが一つ失われてしまう事でもある。ダンジョンマスター的にはダンジョンを潰さずそのまま継続して魔素を運び出してくれる方が良いのか、一回潰して新しいダンジョンを作るのが良いのか。
どちらにせよ俺が潜るという事に変わりはない。本当に俺が最初にダンジョンコアにタッチする探索者である可能性は百パーセントではないんだ。もしかしたらD部隊が出張ってきて優先権を主張するかもしれない。
ダンジョン庁としてダンジョンをどうしたいのかまでは解らない。もっと過疎の、赤字しか垂れ流さないダンジョンをこそ攻略して潰したいところなんじゃないだろうか。だとしたら賑わい始めている小西ダンジョンについては存続の可能性のほうが高い気がするな。
さて……俺は後何年探索者として働けるのかな。ポーションの中に若返りのポーションとか無いのだろうか。肉体的に若返るなら是非とも手に入れても……いや、しかしスマートに年齢を重ねていくというのも悪くないものじゃないかな。
いつまで戦うか解らないこのダンジョンという戦場の中で、もう少し戦い続けてみようと思う。終わりがあることは解っているんだ、それまでは気楽に行こう。先陣を切るのは他人に任せるとして、二番手三番手を自分のペースでゆっくり攻略して行ければ、それでいいのだ。
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