561:大台突破
キャンプ地まで戻ってくる。芽生さんが先に仮眠に入っている間に、俺は一足先に二十一層へ一旦移動、二十一層に設置しっぱなしのクーラーボックスをひょいと抱えるとそのままエレベーターで二十八層に戻る。これもステータスブーストのおかげか。
エレベーターが動き出すとクーラーボックスを保管庫へ収納。これでもし誰かに見られていたとしても、自力で移動させたという証拠になる。設置場所の環境を考えるとここよりも二十一層に置いておく方が湿度とか気温を含めると持ちが良い気がするが、あくまでここに拠点を置いている、という目印にしかしていないのでこれが無くなったという理由のサインは気づく人なら気づくだろう。
いっその事エレベーターの前にもう一個クーラーボックスを設置しておいて、緊急用の水分補給に使ってくださいと一箱分の水分を置いておくのもやぶさかではないが、常に冷えているのは怪しまれるのでそれは箱でそのまま置いておくほうが無難だろうな。所々に置いてある水分、有効活用されているのだろうか。それを確認するためにもたまにはほかの階層に顔を出すのも必要かもしれないな。
拠点まで戻ってくるとクーラーボックスを置きなおし、俺も仮眠に入る。九時に起きればいいだろう。アラームを仕掛けて寝ると、やっぱり疲れていたのかすぐに寝入って、気が付くとアラームが鳴っていた。どうやらグッスリだったらしい。
芽生さんも普通に起きてきている。すっきり眠れたようだ。タオルをいつも通り放り込む。
「朝ごはんどうする? いつもの朝食セット作るけど」
「あー、作ってもらえると一食浮いて助かりますね。それにこの辺食べる場所無いですし」
「解った、ついでに作る」
一食浮いて、と考えるほど財布に余裕がない訳ではない事はお互い承知している。それでも一食浮くと考えることは、いくらお金を稼いでも金銭感覚がくるってない証拠だと思う。うん、金銭感覚大事。
ササっと二人分のゴキゲンな朝食を作り終えて食べると、保管庫から今日のドロップを整理し始める。魔結晶で八袋、糸で一袋、革で二袋、ポーションで一袋。これはもう一人で運べる量じゃないな。
この量を一気に運ぶとなると、言い訳もできないが、あくまで一日分は一日分だ。後日来ても同様に持ち帰ることになるだろうから堂々と持ち込もう。
「また大量になりましたね。過去最高額は間違いないですね」
ドロップ品に埋もれる俺を見ながら芽生さんは嬉しそうだ。
「喜んでるところ悪いが、これを一層まで運ぶことを考えてほしい」
「キツそうですね。魔結晶だけお任せしていいですか。残りは私が運びます」
「一人で八袋……いけるかな」
試しに持ってみた。結構きつい。今でさえ結構きついのだ、出入口から出た瞬間に指は切断され、ヒールポーションのお世話になる事だろう。
「これは……一泊探索はしばらく無しだな。ポーターとして断言するがこの量を一泊して毎回持ち帰るのは不可能だ。今回でさえ二十二層から二十四層までのドロップ品が混じっていて多少楽な所なのに、日帰りでもこの七割ぐらいは確実に稼ぐ。毎回指がちぎれる思いをするのは厳しい」
「これを持ち帰ってる人達、どんな体の構造してるんでしょうね」
「間違いなくステータスブーストは使ってるだろうからな。むしろこれについては俺が気づくよりも前に先達の探索者は気づいて会得して、ドロップ品を持ち帰っていたんだろうよ」
「そうじゃないとヒールポーションがランク4まで確認されてるって現状を認識できませんもんね」
「もしくは、自立稼働型のカートを持ち込んでいるかだな。人間の手で運べる限界は二十一層ぐらいにあるらしい。Cランクがそこで留め置かれているのにはそれなりに理由があったのかもしれないな」
「私も会ってみたかったですね、D部隊の人たち」
部隊には女性もいるんだろうか。俺が会ったのは日焼けのよく似合いそうなマッチョなお兄さんたちだった。ダンジョン暮らしだから日焼けとは無縁そうだが。
「マッチョは好きか? 」
「そうですね、ワセリンのよく似合うガチムチマッチョはちょっとご勘弁願いたいですね」
「中々に難しい所だな。服を脱げば中身はすごいかもしれん。俺が出会った人たちは服の上からでも分かるぐらいにはみんなムキムキだった」
「あー、それはあまり期待しないほうが良さそうですね」
荷物をギリギリで持つと、多少フラフラするが指は耐えてくれるらしい。四袋ずつ合計八袋の魔結晶を無理やり手に持つと、残りのドロップは芽生さんに任せる。
「普段任せてばかりですけど、なかなかの重労働ですねこれ」
「お、解ってきてくれたか。リヤカーが無かったら持ち帰りだけで毎日数時間エレベーターとの往復をするところだったぞ」
お互い持てることを確認すると、保管庫にしまい込む。道中まで苦労する必要はない。人の目が無い事は確認済みなのだから今重たい思いをする必要はない。一層の三十分間持ちこたえられるかどうかだけ確認できればそれでいい。
「さて、帰るか。戻ったら十時ぐらいかな? 」
「朝一の査定が終わって一区切りしてることでしょう。ちょうど良い感じの時間じゃないですか」
「パンクさせるよりはマシか。今日は頑張って査定してもらおうな」
エレベーターに乗り一層へ。二十一層から二十八層までの時間は五分だったので、各階層は四十秒ぐらいずつで通過しているらしい。エレベーターの中で再び荷物を出し、悩んだ結果魔結晶の袋のうち二つは背中のバッグに入れることにした。このほうが指が痛くなくて楽だ。
芽生さんも一番重そうな革の袋はバッグに入れることにしたらしい。出来るだけ楽をするには全身を有効的に使うのが大事だ。
一層へたどり着き、よいしょこらと荷物を持ち上げると、真っ直ぐ一層の出入口に向かう。スライムにかまってやる余裕は、本当にない。むしろ今スライムに飛びつかれたりすると対応できずにドロップ品を溶かされる可能性すらある。寂しいだろうけど今日は今日でしょうがないんだ。申し訳ないが次回の訪問まで待っていて欲しい。
一層の出入口ギリギリまで来ると、芽生さんは荷物を地面に下ろしてリヤカーを取りに行った。その間荷物を見張る俺。やがてリヤカーが到着したので荷物を全部乗せる。リヤカーを引く手が重い。それだけの稼ぎを持って帰って来たんだという確かな重みだ。今まで以上に気合を入れてリヤカーを引きながら退ダン手続きをする。
「今日はまた大量ですね。いつもの倍ぐらいあるような」
普段より更に多い荷物に受付嬢も驚いている。
「倍どころじゃないと思いますよ。とりあえず査定が終わるまでの楽しみですが、この重さはキツイ……」
「お疲れ様です。もう少しですから頑張ってください」
手伝ってもらう訳にもいかないのでそのまま芽生さんのサポートを受けながら査定カウンターまで踏ん張る。
「丁度手すきの時間に来てもらったのは有り難いのですが、出来れば一日分は一日分でそれぞれ出していただけると助かるのですが」
二日分だと思われているらしい。
「いえ、これ一泊分です」
「これで一泊ですか!? ……解りました。ちょっとお時間いただきますね」
「あ、あとこれも」
背中から更にドン。芽生さんの背中からもドン。
「……ちょっと手伝ってー、暇でしょ? 」
周りに助けを求めだした。どうやら一人では時間がかかりすぎると思ったらしい。今のうちにリヤカー返してくるか。
リヤカーを返して戻ってくるぐらいでは当然終わるはずもなく、査定は続いている。順番に魔結晶を計測しながら重さを記入するので一人、革の枚数やポーションの種類、個数を確認するので一人。大変そうだ。
十五分ほどかかってようやく査定が済んだらしい。過去最長の待たされ時間だ。かといって査定を手伝う訳にもいかないので、その間に冷たい水を飲んで静かに待っていた。やはり仕事の後の冷えた水は最高だな。そして二等分されたレシートに書かれた金額は、予想より一桁多かった。
千百六十一万三千三百七十五円。
俺もついに一日に一千万円稼げる男になったか、感無量だな。芽生さんもレシートを今日は直接受け取り、徐々に表情筋が緩んでいくのが解る。
忘れないうちに振り込みを済ませ、休憩室とは名ばかりの椅子だけが並んだところに座り込んで一服の続きをする。
「もうなんか、しばらく稼がなくてもいいやって気分になってきました」
「そりゃ一日でこれだけ稼げばな……明日は一日休みとして、次どうする? ちゃんと夏休みでも取るかい? 」
「それも良いですが、洋一さんはどうするんです? 」
「俺は明日七層に用事。そろそろダーククロウの羽根を貯めて布団の山本に納品しに行こうかと思ってる」
「これだけ稼いでもまだダーククロウは止めないですか」
「毎日お世話になってるからなあ。詰め直しを頼む機会もあるだろうし、俺にとっては唯一の社会との接点があそこだから、サボらず定期的に納品するのは続けていこうと思ってるよ」
実際、最近ご無沙汰だからな。へそくりの中には一回納品分が詰まっているが、緊急用として貯め込んであるものだ。例えば突然ダーククロウの香りがしなくなったとか、布団が破損したとか。そういう時に材料が無くて修理や買い替えに対応できないと言われないためのいわばストックだ。保管庫に五キロ、常に貯めておきたい。
「じゃあ、私はしばらく休みを満喫する事にします。探索のキリも良い事ですし、一般女子大学生らしい休みと来年来るであろう試験のための前準備というか過去問探したり、今のうちに動けることは動けるようにしようと思います」
「お、ダンジョン庁に就職する事で腹をくくったか」
「そういう訳ではありませんが、選択肢がある以上出来るだけ選べるようにはしたいですからね」
そう言い終わるとうーんと伸びをして、芽生さんは立ち上がる。
「とりあえずしばらくは休みましょうかねえ。せっかくの夏季休暇ですし、流石に数日休んだぐらいで鈍る腕もしてませんし。その間洋一さんは好きにされると良いですよ」
「休みになる前に一応ギルマスに報告しておくか。二十八層たどり着きましたーと」
「そうですね、社会人的には報連相は大事ですか」
「大事……という訳じゃないけど一応の義務感からかな。耳に入れておいたほうがいい情報ではあるしね。本来なら一昨日の段階でお伺いを立てに行って、用事があるなら用事を聞いて改めてダンジョンマスターとの交渉のテーブルに着く、というのが正しい手順なんだろう。ただ、そうなってまた数日待って用事を言いつけられて、となった場合テンポがずれるだろ? 」
「せっかくのやる気が削げるのはもったいないですからね。それにタイミングというのもありますし、もし一昨日一旦待てと言われてたら今日行かなかったかもしれません。私も付いていきますよ」
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