554:準備してる間のほうが楽しい事はある
そのままテントに立ち寄らず、真っ直ぐ一層に上がることにした。エレベーター移動中の暇な時間を利用していつものエコバッグに詰め替える作業を始める。今日も結構な数のモンスターを倒した。収入のメインは魔結晶とキュアポーションだ。
いつも通り魔結晶が二つ、革と糸で一つ、ポーションで一つ。中でも魔結晶はかなりの重さだ。赤くなってサイズが小さくなったとはいえ、丸一日分ともなれば相当の量になる。これ、宿泊で荒稼ぎしたら持ち出しきれないんのじゃないか? 今のうちにどうやって運び出すか方法を考えておかないといけないな。
仮眠するとはいえ、戦闘する時間は単純計算で倍近くになるのだから魔結晶だけで四つ袋が必要になる。リヤカーのお世話になるしかないな。リヤカーのお世話になっても道中の持ち運び、一層では特に厳しいかもしれない。
その時は芽生さんの力を借りるか。乙女の細腕とはいえ魔結晶以外の荷物を持ちながら帰ることぐらいできるだろう。魔結晶四つを抱えるだけの腕力が必要だな。
試しに今日の魔結晶を二袋片手に持ってみる。……なんとか行けるな。さらに片手に革と糸を追加。……まだいけるな。ダンジョン内ならギリギリで持ち歩くことは出来そうだ。
「二十五層二十六層でそこそこ稼げましたかね? 」
「そーだな。二十六層分が結構大きいな。カメレオンが数出てくれたおかげでキュアポーションも数出たし」
「じゃあこのぐらい行きそうですか? 」
芽生さんが指を四本立てる。指を一本掴むと上げたり下げたりしてみる。芽生さんはされるがまま指をカタカタされているが、金額自体には満足したらしく指をそっと下げていった。
「この辺かなあ。際どいところだと思う」
「でもそれだけは稼げてるって事ですか。なら時間をケチっただけの甲斐はありましたね」
「まあそうだな。九時七時で考えると時給は四十万弱ってところかな。中々頑張れるようになってきたな。九層を全力で回った時の二倍ぐらいにはなっているぞ」
「今九層をグルグル回る理由はキュアポーションが欲しい時ぐらいですか。わざわざ潜る理由は今のところないですね。ゴキに連続で噛みつかれた時ぐらいですか」
「後はソロで回る時ぐらいかな。何にせよあれから更に強くなったし、腕試しに十層に挑んでみるというのも現実的な所になってきた気がする」
段階上がった分手数も増えてるだろうし、今度こそソロで十層を回れるようになったかもしれないな。ソロで十層が回れるならソロで十五層までは打通できるという事になる。そこまでできてようやくBランクとして一端になったような気がする。個人的な心のアチーブメントとしては是非獲得しておきたいな。
一層に着いてそのまま走って出入口。最近出番が無くて悪いなスライムたち。もうすぐ探索も一区切りつくし、ゆっくり今度話し合おうな。
芽生さんに先にリヤカーの要請をすると、全力で力を入れたままダンジョンを出ようと試みる。指は……まだ千切れずに済んでいる。が、相変わらず重い。他所の深層探索者はこれを生身で毎回味わっているんだと思うと、尊敬の念に堪えない。それとも内部に自走式のリヤカーを持ち込めるぐらい広いダンジョンならアイテム回収は人力ではなく動力式ということになるのか。数回清州に通った程度ではまだ見たことがないが、賢い人なら導入していても不思議はないな。
要請したリヤカーが到着。早速乗せて俺の指を負担から解放する。そのまま退ダン手続きをし、査定カウンターへ。リヤカー待ってましたという感じで順番に渡し、リヤカーを元に戻している間に査定金額が出て来た。
四百二万五千二百五十円。四百万は稼げた。この階層、掘り進める度に利益がどんどん積み重なっていくな。収入が増えて俺もハッピー、一番の稼ぎ頭であるキュアポーションでみんなの病気も治ってハッピー、ダンジョンマスターも魔素を運び出してもらってハッピー。誰も損する事がない稼ぎがここにある。
査定を待つ芽生さんのところに親指を立てながら近寄ると、人差し指と中指にピッっと挟まれたレシートを手渡す。金額を見た芽生さんがニヤリとして。そのままサムズアップを押しつけてくるので合わせる。
「明日のシチューを楽しみにしておきます」
「仕込みを頑張らないとな。多めに作っておくから全部シチューでもいい? 」
「あー……まあいいですよ。どんどん煮込まれていくシチューというのも中々美味しいものでしょうし」
支払いを済ませるとそのまま真っ直ぐ帰る。帰り道で白と黒とどちらが良いか聞いてみた所黒いほうがいいとのアンケート結果(一票)が出たので今回はブラウンシチューという事になった。ブラウンシチューならウルフ肉よりボア肉のほうが肉の脂がじっくり染み出て美味くなるだろう。
パックライスはどう温めておこうかな。温めるだけ温めておいて放り込んで、もう一度再加熱するほうが良さそうだな。だとしたら昼食と夕食で四つあればいいか。後は何が良いだろうか。シチュー一品だけというのも華が無いな。シチューの付け合わせになるようなものを何か考えないとな。余った野菜や端切れを細かく切って軽くごま油であえて炒めてそれで一品と行こう。
もう一品欲しいな。以前考えていた人参しりしりでいいかな。よし料理は決まった。家に着いたら材料を買い足しに行こう。そろそろボア肉も買い出し……買い出し? 違う、取りに行かないとな。
駅で芽生さんと別れ、家に着いて野菜の在庫を確認。ブロッコリー・人参・じゃがいも・たまねぎ・大根……よし全部あるな、買い物には出かけずに済みそうだ。
ひとしきりの探索の片づけをするとブラウンシチューの作成に取り掛かる。大根はシチューには使わない。切って炒めて煮込んでシチューの素を入れて。隠し味にはほんの少しだけココアパウダーを入れて深みを出すのがコツだ。シチューを煮込んでる間に人参と大根の葉を軽く茹でた後ごま油と和えて麺つゆで味付けで一品。後は人参をひたすらピーラーで細かくして、砂糖とめんつゆで味付けした人参を炒めて、途中から溶き卵を追加して混ぜ合わせ、ごまドレッシングで味付けして人参しりしり一品。何気に人参尽くしだな。
シチューを弱火でコトコト煮込んでる間に明日の仮眠の準備として一通りのキャンプ用具を出して、調子を確かめる。物置に放り込んであるわけではないのでホコリが積もっていたり汚れが付着したりはしていないし、そもそも経過時間が短いので前回使用した時から比べると……どうだろう、一日ぐらいほっといた程度の消耗しかしていない計算になる。
一日ほっといただけで不具合が起きるようなものは初期不良とみていいだろう。エアマットも寝袋もシュラフも問題は無さそうだ。
そういえば七層のエアマットも放置しっぱなしだな……たまには様子を見てやらないと。ボア肉の追加に行く際に様子を確かめておかないと。
全ての手持ちのキャンプ用具を確かめ、汚れが気になったところは落として丁寧にメンテナンスをしていく。バーナーやコンロにはそれなりに汚れとか煤とかがついているので軽く磨いて綺麗にしたところで掃除機で軽く吸ってくっついてるであろう鉄粉なんかを吸い込んでおく。
ついでにまな板なんかも再度洗って綺麗にしておく。これは明日の朝まで干しておいて出かけるときに収納していこう。メモとして台所に残しておいて明日の朝気づけるように手配しておこう。これで持ち込むのを忘れることはないはずだ。
三食二人分の食器、食パン、卵、サラダも準備できている。キャベツは今のうちに刻んでしまっておこう。チャック袋に入れて空気を抜いて、時短。後の準備は明日の朝パックライスとシチューを温めて鍋ごと保管庫に放り込むだけか。
適度に煮込まれたシチューからいい匂いが漂う。ちょっと味見。まだコクが足りない。もうちょっと弱火で煮込んで、寝かせよう。よくかき混ぜた後でタイマーで十分ほど加熱。風呂に入っている間にもうちょっと煮込んでおこう。
明日は久しぶりの宿泊探索だ、テンション上がるなぁ。探索にかけられる時間からして二十七層を通り抜けることは難しくないだろうが、モンスターの配置量による。ゴーレムが三体出てきた時、手持ちの装備で迎撃できるかどうかは解らない。最悪保管庫を使って抜けることになるな。保管庫を使えばカメレオン以外はほぼ問題なく通り抜けることができる。
細かい事を言えば二十二層から二十四層にかけても出来れば保管庫を使わずスリングショットでパチンコ玉を飛ばして釣りだして戦いたいなあというぜいたくな悩みはある。今のところはどっちでやっても結果は同じという事で保管庫で直で出しているが、本来なら腰にパチンコ玉入れをぶら下げておいてそこからスリングショットで呼び寄せるというのが理想というかやるべきことだろうな。
さて、ふやける前に出るとしよう。久々の風呂掃除をした後風呂を出る。さて、どのくらいコクが出ているかな……寝間着に着替えてもう一度味見。さっきより味わいが濃くなっている。このまま保管庫に入れておけばそれほど時間は経過しないし菌が繁殖する可能性も低くなるだろう。
常温保存なら半日程度なら大丈夫らしいので、三十日ぐらい保管庫に放り込んでおいても良い計算にはなるが、そこまでほっといて後日食べるという事はないだろうし、その辺は心配しなくていいだろう。
明日の準備は整った。さぁ後は寝るだけだ。今夜も極上の眠りを提供してくれることだろう。ベッドにダイブしてそのダーククロウの香りを十分に楽しむ。今度時間が有ったらシーツも交換して洗濯するか。俺の臭いが充満してせっかくの快眠効果が薄れてしまうのは避けたい。
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