551:有る時、無い時
皆さま良いお年を。
アラームでバチッと目が覚めた。これは紛れも無く体調がいい証だ。今日も良い目覚めをありがとう。昨日一日休みだったおかげで芯から体の疲れが取れた気がする。やはり適切な休養は必要だな。
ゴキゲンな朝食、そして昼食の準備。ウルフ肉の蒸し野菜サンドを作る。ウルフ肉を薄めに切って野菜とまとめて耐熱容器に放り込み、味付けしてレンジでチン。全部に火が通った感じに出来上がれば後は水気を切ってごまだれをかけてパンに挟むだけ。このレンジも年季が入っている。食事を豊かにするためにはそろそろ買い替えのタイミングが来ているかもしれないが、故障するまでは大事に使おうと思う。
手軽に昼食を作ったのでまだ時間がある。ニュースを見よう。今日は一日晴れ、曇ることなく湿度が低めで、気温の割にはサラッとした一日を過ごせるらしい。ダンジョンではあまり気にするところではないな。いくつかのニュースが流れては右から左へ受け流していると、気になるニュースが飛び込んできた。
それはダンジョン探索者の育成学校が作られるというものだった。在学中にCランクを目指して知識面から実働面まで幅広くカバーする、という内容らしい。年齢制限は十八歳以上だが、何歳から入学してもいいらしい。場所は東京なのでちょっと様子を見に行こうか、なんてことは出来そうにないが開校準備は粛々と進められており、春に合わせて開校とかではなく、準備が出来次第開校していつでも入塾、卒塾が出来る仕組みらしい。
ボーイスカウトかな……? というのが第一印象だ。Cランクを目指す以上、教える側の探索者もCランク以上で構成されているはずだ。Cランクになって講師として教鞭をとるのと、ダンジョンで潜って稼ぐことを考えれば潜って稼ぐ方が金になりそうだが、教師として在籍する以上は給与が発生して保険にも入れる、という事だろうか。引退探索者の受け口としては充分ありかもしれないな。
ダンジョンが出来て三年、言い換えれば、まだ三年だ。教育という鉱山で山師が勝負を張るにはかなり挑戦的だと言える。無職扱いの今よりは教師と堂々と名乗れるのは肩書としては充分だし、引退探索者にも引退する理由はあるはずだ。そこで都合が合う人たちが集まって出資を募って出来たのかもしれない。
Cランクになったら自動的に卒塾扱い、という所もフットワークが軽くていい。単位は実技で、という事だろう。学歴として履歴書に書けるかどうかわからないが、学内でパーティーを自由募集するのかそれとも学校で取り決められた班単位で潜るのか。ちょっと興味があるな。
ステータスブーストも教えるんだろうか。あれが使えるのと使えないのでは探索の効率に差がありすぎる。もしそれを広めることが目的として探索者学校を運営するのだとしたら、あそこに通えばより強くなれる、と駆け込む探索者は多いはずだ。そこに目を付けたのだったら慧眼だとも考えられるな。清州ダンジョンや小西ダンジョンのある名古屋近郊ではなく、東京エリアに出来たという事が大きなポイントなのかもしれないな。そうすると次にできるのは大阪・福岡・札幌あたりだろう。これはスピード勝負だな。
いかに手早く新しく設立して生徒を呼び込んで伝えて、そしていつ手じまいするか。ちょっと記憶の端に残しておいて損はないだろう。
なお、今日の運勢は真ん中あたりだった。信じる訳ではないが、注意して出かけよう。
◇◆◇◆◇◆◇
芽生さんとバスで合流する。まだヘルメットは脱いだまま。一昨日に比べて頭の周りが涼しいのは今日天気予報で言ってた通りだからか。
「今朝ニュースでやってたんだけど、探索者の学校が出来るんだってさ」
「あ、それ私も見ましたよ。やっぱりステータスブーストについて教えるんですかね」
芽生さんも目の付け所が同じのようだ。
「あっちではまだメジャーじゃないのかもしれませんね。清州ダンジョンか小西ダンジョンに通うからってみんなが覚えている訳でもないとは思いますが、少なくともあれを感覚的にではなく学術的に覚えられるならこれは探索者が初めて使うスキルとして歴史的な一歩なんじゃないですか」
「そうかもしれない。いいなあ、なんか青春だなあ。きっと誰もパーティー組んでもらえない子が仕方なく一人で探索してたらレアなスキル拾って覚えて、え、みんなこのスキル持ってないんですか? 普通に使ってたから解らなかったなあとかやり始めるんだよ」
「それは作り話の読み過ぎですよ。そんなん……一人居たわ」
じっとこちらを見続けている。視線を避けると視線が追いついてきた。俺らしい。
「俺は自覚して使ってるぞ。バレないように、しっか……あぁ、およそ二人には多分バレてるな」
「もう一人は誰なんです? 」
「ダンジョン庁長官。多分あの人には気づかれた。正面から聞かれてキョドってしまったからな。スキルが何か、までは把握されてないだろうけど、レアなスキルを所持しているという部分についてはほぼ気づかれてると考えていい」
真中って言ったな、長官、つまりグランドマスター。あれ以来何も要請が無い事を見ると、そのまま活動してより深いところで利益を掘り出してきて欲しいという無言の要請を受けていると考えていいだろう。
「ま、何か言ってこない以上問題はないって事だろ。実地で利益を上げ続ける限り文句を言われる筋合いはないってところだな。いつも通り出来る限り深くに潜ってそこにしかないドロップ品を持ち帰ることで期待に応えようや」
「そうですね、普通ならバラされたくなければ……と何かしらのアクションを起こしてくるものでしょうけど、そうなってない間はどうでもいいと考えられているか、それ以上のものを期待して待ってるってところでしょうね」
バスがダンジョンに着く。開場までほんの少し時間がある。その間に今後の明日の予定を決めておく。
「今日はとにかく時短して二十六層へ向かおう。時間からして……多分探索する余裕は二時間もないはずだ。一層も駆け抜けて時間をケチってケチっていこう」
「それについては異論ありません。出来るだけ早く二十八層へたどり着きたいですからね」
「問題は二十六層でゴーレムが二体出て来るかどうかだ。もし二体出てくるような状態が普通なら戦闘にも時間がかかるし手間取る。その場合は二十五層での狩りに戻って金稼ぎに努めて、明日宿泊で二十六層、二十七層をじっくり回ろう。運が良ければそのまま二十八層までたどり着ける。カメレオンは芽生さんのおかげで完封できているが、今後は十二層のオークの時みたいに数や戦闘パターンの変化があるかもしれない。情報を調べてみたが無かったので、ここから先は慎重に慎重を重ねておいたほうがいいだろう」
閉場までの時間は限られているし、セーフエリアまで一発でたどり着ける自信はない。確実にたどり着ける手段がない以上、絞れる時間を絞って濃密な探索時間を持ってくるぐらいしか方法がないからな。
「それなら今日から宿泊で行くかどうか、連絡をくれるのでも良かったのでは? そうしてくれていれば今日から宿泊でゆっくり探索できましたけど」
「……あ」
レインか……レインかー……思いつかなかった。
「洋一さんってそういうところ抜けてますよね。アナログな所が有るというか、電子機器を使いこなせてないというか。連絡一本で解決しましたのに」
「ぐすん」
「いい年したオッサンがぐすんとかいっても可愛くないですよ。頑張って次に活かしてください。で、今日のところはその方針で行きましょう。明日は宿泊で良ければ二十八層まで行く。それでいいですね」
「はい」
「じゃあ、急ぎで行きましょう。さあ開場の列に並びますよ」
レイン一本送って予定を聞く。なぜそんな簡単な方法に思い至らなかったのか。人生というのは何とも謎に包まれているな。俺もまだ四十歳。物事を十全に出来る訳ではない。出来る範囲の事を出来る範囲でやっていこう。と思ったが、さすがにレインを思い浮かばなかったのはうっかりしすぎだ。
考え方を変えていこう。今うっかりした事で探索中にうっかりをしないように自分がわざとミスしたことにしておこう。そうすれば俺の心のダメージを減らせる。わざと、わざとだ……
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