538:解ってても視界に入ると気になる
二十四層に入ってまず目に入る巨大な蜘蛛。クイーンスパイダーと名付けはしたものの、実際にそういう名前であるかどうかはミルコのみぞ知る所である。
実際の名前はもっと複雑かもしれないが、それを確認するためには撃破してドロップ品を保管庫に入れて鑑定してもらうしかない。しかしあれは倒せないと既に判明しているので確かめようがない。クイーンスパイダー(仮称)としておこう。
こんな深い階層まで来たギミックとしては良く出来ているが、同時にこれを見られる探索者がまだまだ少なすぎるというのは悲しい所である。是非気軽に訪れて観光名所として発展していってほしいものだ。その頃には二十一層にも色んな露店が立ち並ぶようになっているかもしれない。
何年ぐらいかかる話になるんだろうな。そう考えると今俺がこうして探索を進めている状況にもつながってくるということだ。賑やかにしたくば今を頑張れということだろう。しかし、賑やかになるころには俺はもっと深くを潜っているか、後進に道を譲って隠居しているかもしれない。
それはさておき、二十四層だ。確か昨日来た時には三時方向の近い位置にモンスターが居たはず。方向を指さし芽生さんに問うてみる。
「あっちに居る? 」
「居る。前回と同じですね」
ちゃんと居るらしい。固定リポップなのかな? とりあえずパチンコ玉を飛ばして実験。するとワラワラと蜘蛛が現れた。ちゃんと四匹いる。強さは同じであることは前回確かめたので、クイーンスパイダーが近くに居ると強くなるとかそういうギミックは無さそうだ。
ちゃんと四匹とも倒してまずは周辺の安全を確認。モンスターの密度なんかも調べておかないといけない。ここからはかなり芽生さんに頼ることになる。
「んー……二十三層よりわずかながら多いという感触ですかね。ただグループが被って存在するという感じでは無いです。均等に密度が高いってイメージですね」
芽生さんがむむむ……という感じで目を閉じて周辺の索敵を行う。密度は高いらしいので戦闘できなくて暇を持て余す可能性は下がったな。じっくり探索して稼いで帰ることが出来そうだ。
まずはいつもの手順に従って階段周辺の索敵から始める。この場所のモンスターを倒し終わったらドローンで撮影、周辺の様子を上空から偵察、撮影。周辺のマップを確認したら簡単に書き写して建物の内部を捜索。階段がない事を確認すると次の方向へ移動。
モンスター密度は確かにちょっと高いと感じる。リポップまで早いのかどうかまではまだ解らないが次が湧く前に前へ進もう。
……なんか圧迫感を感じる。視線ではないが、クイーンスパイダーにずっと監視されている気分だ。気が散って仕方がない。本来ならモンスターの視線が感じられれば戦闘開始とハッキリわかるんだが、こうも気を散らす原因がはっきりあると索敵に頼らざるを得ない。
「ストップ、一時方向に三匹います」
「おっと見落としか、ごめん。ずっとあのデカいのに見られてる感じがするせいでいまいちモンスターの接近が肌で感じられない」
「気持ちは解りますが、天井方向からはそもそも生命探知とかモンスター察知みたいなものが機能しないので、あれは巨大なディスプレイだと思えば気が楽だと思いますよ」
巨大なディスプレイ……巨大なディスプレイ……そういわれると視線を感じる感覚は紛れてきた気がする。その分周りのモンスターの視線というか存在感が増してきたな。これは他にも居るかも。
「もしかして、九時方向にも居る? 」
「居ますよ。一時方向の次はそっちを教えようかと思っていた所です。感覚が冴えてきたみたいですね」
まず一時方向へパチンコ玉パン。釣りだして倒し、その後で九時方向へパチンコ玉パン。ちゃんと両方ともモンスターが出て来た。流石索敵、その性能に疑いは無いな。
危なげなく倒したところでまた建物物色タイム。何処の階層もぱっと見同じ建物が見受けられる。多分コピーをぺーしたものがいくつかあるんだろう。全てのオブジェクトを設計するのに一から一つ一つデザインするのはこだわりとしてはとても良い物だが、通過点としか思われない事を考えると同じ建物が違う階層に有っても不思議ではない。むしろ俺ならそうする。
次に見かけた建物も向きと立ってる場所は違うが、同じ構造のものがあった気がする。やはりテンプレ建物がいくつかあってそれを一つ一つ設置しているのか。ダンジョンマスターの苦労を察するな、テンプレとはいえかなりの手間がかかっているだろう。
オブジェクトを構築するのに手間がかかっている建物を一つ一つ確認しながら、階段を探す。さすがにこんな近くに階段を設置するケースは無いだろう、と思いながらではあるが、実は二十四層はあのクイーンスパイダーを見せたいだけで階層はとっとと跨いでいけ、という考えでいるかもしれない。その疑念を払しょくするためにも、階段周りから順番に見ていく。
モンスターを倒して確認、モンスターを倒して確認。そんな作業をしていると、全く同じ建物が複数並んでいるところがあった。倉庫街みたいなイメージで良いんだろうか。
「同じ建物がこう並んでいると一つぐらい見逃しているかもしれませんね」
芽生さんが恐ろしい話をしてくる。
「そうなると一から数え直しになるな。ここまで……見落として……ない、はず」
「その見落とした建物に階段が有ったりしたら完璧なオチが付きますね。私も確認してるので今のところ階段らしきものどころか半地下もまだ見つけていませんが」
なんだか不安になってきたな、本当に大丈夫だろうか。二十四層全部見回って階段が無かった時にまた考えることにするか。見終わって何もなかった。そう自分に言い聞かせよう。
建売住宅が並ぶ地点を抜けるとモンスターの気配が増加する。この辺は密度が高いのかな。順番を教えてもらってその通りにパチンコ玉を弾く。すると面白いように寄ってくる。寄ってきては倒しドロップを拾い、パチンコ玉で釣りだして寄ってきては倒しドロップを拾い……完全に作業化したこの工程はイレギュラーが発生しない限り崩れる事は無いだろう。二十四層もスキルをフルに使えば問題はないことが確認できた。
しいて言うなら射出の分だけ保管庫を使っている事だろうか。これもスリングショットをせっかく持っているんだから使えばいいのにと思う場面ではある。たまには使って練習しておくことも必要だろうな。
「しかし、モンスターが結構いるな。ここは良い稼ぎ場になる」
「今日の帰りの査定に期待しておきましょう」
◇◆◇◆◇◆◇
二十四層に入って一時間十五分が経過した。そろそろ帰りの時間である。この一時間は濃密な戦闘を楽しむのにちょうどいい時間だった。明らかに昨日よりもドロップ量が向上している。ヒールポーションが昨日より二本ほど多いだけでもその分売り上げがあったと確信できる。
「さて、時間だしぼちぼち来た道を戻るか。建物調べてた分階段からそれほど離れてないし、地図にもしっかり描き込まれてるから真っ直ぐ帰れると思う。最悪ドローン飛ばして今の位置を照らし合わせれば何とかなるだろう」
「もうですか。早いですね。なんかこう、もっと長く居られる方法無いんですか」
芽生さんはまだ稼ぎたいらしい。気持ちは解る。気持ちは解るが、今日は宿泊だと伝えていないしその為の食糧もそれほど確保してきていない。未調理のキノコと肉とシーズニングと調味料ぐらいしか……結構あるな。
「昼食を食べながら狩りが出来るものにしてみるとか? お昼を軽めにサンドイッチとか、カレーライスをタッパー容器に詰め込んできてその場でさっと食べられるものにしておくとか、方法は色々ある。お昼休憩というより疲れて来たからカロリー補給のついでに昼食をちょっとずつ食べていくようなスタイルに切り替えれば……後二時間ぐらいは延ばせるな」
「今後はそういう運用も考えていきましょう。いつも通り広い道沿いかつ出来るだけ円形に探索範囲を広げていって、その間に無ければ無いですね、で考えることにしますか」
「その時になったら考えるか。とりあえず今日は真っ直ぐ帰ろう。料理は家に帰ってでも考えられるし、なんなら今考える余裕もある」
「今は探索に集中してください」
はい、わかりました。というわけで帰り道を戻る。マッパーとして地図の出来はここまではきちんとできているはず。地図通りに索敵頼りにしつつ、固定リポップなのかそうじゃないのかも見極めつつ、だ。
同じ場所に同じモンスターが次回来た時にも湧いていたらそこは固定リポップとみていいだろう。そうじゃないのはランダムポップだ。行きに倒したモンスターの位置はなんとなくだが覚えているので芽生さんに確認を取りつつ釣りだして倒す、釣り出して倒す。
真っ直ぐ帰っているおかげで予定より十分ほど早く階段まで戻って来た。予定を切り上げた訳ではないが、その分しっかり稼げてはいるはずなので問題なく二十三層へ上がろう。
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