525:今日は一歩前へ
冷房をつけっぱなしにして寝るとお腹が冷えるので布団を丸めて抱き着く。そうするとお腹が冷えなくて体がそこそこ冷えてちょうど良い感じに、そして気持ちよく目が覚める。今日もありがとうダーククロウ。本来の使い方ではないが良い感じに目が覚めてスッキリしている事に違いは無い。
今日こそは階層を一つ進めよう。その為に必要なご飯は……せっかくウルフ肉を調達してきたのだから肉で一品、ウルフ肉を薄切りにして茹でて冷やし、冷しゃぶ風に仕立てたものをトーストに挟んでご用意。あっさりしてちょうど良い感じであることを確認すると適当に夏野菜を一緒に挟んで散らして保管庫へ。ウルフ肉の冷しゃぶサラダサンドの完成だ。これで弁当の準備は出来た。
今日はそれを作り終わってから自分の朝食を作り始める。いつもと手順が逆だが、そういう日もある。夏野菜で使わなかった切れ端をポリポリと齧りながらトーストと目玉焼きで朝食を食べると、いつもの服装に着替えて出かける準備。電車までの時間はまだある。もう一品何か増やすか?
二分考えて思い浮かばなかったので作らずに家を出る事にする。悩んだ結果何も作れずに電車にも乗り遅れるのは建設的じゃない。こういう時は悩む時間を短めに設定して自分を急かし、良い意見が出なかったら今がベストだという事にしておく。これで時間の浪費を防げる。物事は効率的に行かなきゃな。
やはり普段から料理慣れしてないとこういう時にパっとレシピが浮かばないという事か。訓練が必要だな。毎日学生のために弁当を作る親の気持ちが伝わってくるようだ。俺の場合は今のところ末代の予定だから親にはなれなさそうだけどな。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
インナースーツ、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
食事の用意、ヨシ!
冷えた水、コーラ、その他飲料、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
枕、お泊まりセット、ヨシ!
ドローン、ヨシ!
バッテリー類、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
今日も指さし確認はしっかりと。特に新しい層に潜る前だ、念入りにチェックしていく。嗜好品は買い出しに行かなければ追加がないので今日は捧げものは無しだ。すまんミルコ。
◇◆◇◆◇◆◇
小西ダンジョンに着くと芽生さんはもう先に来ていて建物内で待っていた。着替え終わっているので行く準備は万端というところだろう。
「おはよう。今日も気合入ってるな」
「貴重な夏季休暇、お金を稼がずに何をしろというんですか。ここで稼いでおけばお金で苦労する事はかなり解消されていくんですよ」
「その件なんだが、今日ぐらいからそろそろ新しい階層に潜らないか。二十二層の空気にもモンスターにも慣れた事だし、階層を下りればもっと濃密な戦いが出来るかもしれないぞ」
芽生さんが顎に手を当て少し考えるようなしぐさを見せる。
「ふむ……それでもいいですね。正直同じマップを見るのにもちょっと飽きてきた部分はあります。気分も一新出来て、というほど見た目は変わらないかもしれませんが、気分転換には良いと思います」
「納得してくれるならそれでいこう。今日は二十三層へ潜ってみるという事で」
コンセンサスが取れたところで入場時間。入ダン手続きに入る。
「連日お疲れ様です。今日はお稼ぎになるんですか? 」
受付嬢から余計な一言が漏れ出す。
「今日は? もしかして洋一さん、昨日もダンジョン来てましたか? 自分から休みと言いながら? 」
案の定芽生さんに問い詰められた。まぁちょっと待って欲しい。
「休みをとったものの昨日はやることが無くてな。在庫のウルフ肉の補充するためにちょっとダンジョンへ買い出しに来てた。なので実質潜ってない」
「むぅ。まぁいいです。私も久々に何もしない日を過ごして気分転換にはなりましたし、その件はヨシとしときましょう」
自分だけ毎日通って狡いと言わんばかりの芽生さんをなだめつつ、いつものつぷんという感触と共にダンジョンへ入る。
やはりダンジョンの中はほどほどに涼しい。これだけ冷暖房が完備されていれば冬は暖かく夏は涼しく仕事が出来そうだ。
いつも通りエレベーターで二十一層に下り、そのままのペースで二十二層へ行く。マウンテンバイクがあるので二十一層に居る間の移動時間は短くて済む。
文明の利器……とまではいかないがそれなりに便利だ。電動バイクでも良かったかなと思わなくもないが、バッテリーが切れたら地上に戻って充電してまた持ってきてという手間を考えたらマウンテンバイクで良かったと思っておくべきだし、もう元は充分以上に取ってある。細かい事は良いんだよ。
「さ、今日もお仕事を始めましょう。今日も二百万持って帰るぐらいのつもりでせっせこ働きましょう」
芽生さんはいつも通りだ。一日リフレッシュして気合も入っているようだ。二十二層に下りていつも通り、ソロ活動しているモンスターを吹き飛ばすと、最短距離で階段のほうへ向かう。
一匹だけのモンスターが二匹になり、やがて三匹一グループも出始める。この一週間みっちり狩りをした結果、二人ともステータスブーストも一段階上がり、スキルの火力も増した。三匹までなら問題なく対応できるようになったと言える。三匹目をお互いに一撃ずつ雷撃とウォーターカッターを出し合う事で一撃とまではいかないが一行動で倒せるようになった。
二十一層での訓練中に一度、二十一層で休憩中の相沢パーティーからうるせーから余所でやれと言われた事はあった。仰ることはもっともだったので、それ以来は誰も居ない事を確認してからやるようにしている。
「いやー二十二層も楽になりましたね。近づかれる前に倒せるようになりましたし、あれ以来被弾もしてないですし」
「次の階層になったらどうなるか解らんからな。油断はせずに行こう」
最短距離で二十三層へ行く道はもうわかっている。ゴキと蜘蛛を丁寧にシバいて害虫駆除……蜘蛛は益虫だったな。まあ襲ってくるんだから害虫で一まとめにしても良いだろう。
ゴキが三匹連れだって噛みつきに来る。一匹は二人で処理。残りを近接で処理する。ゴキも出会った当初は速く感じたが、近寄ってくるパターンと飛んでくるパターンともに大体わかった。近寄ってくる場合はそのままカサカサとにじり寄ってくる。その際、上から覆いかぶさって攻めたてるようにすると、奴は空を飛べることを思い出すらしい。
つまり、身の姿勢を低くしたまま向かっていくなら奴は飛びかかってこない。それを実践している間は飛びかかってこられた事は無いので、どうやら頭の問題らしい。低姿勢で迎え撃てば厄介な攻撃パターンを避けることができる。
腰を低く持って中腰の姿勢のままゴキに近寄って、雷切でシンプルに頭から斬る。そのまま頭を貫通し後ろまで二枚におろされたゴキは黒い粒子に還る。芽生さんのほうも終わったらしい。
対空戦術を見出すという事も試したが、人間は頭の上から攻撃される事に慣れることは難しい。それなら腰を低くしているだけで大人しくしてくれるならそれが一番楽だという結論になった。
蜘蛛に関しては糸を飛ばしてきても完全回避するのが最も楽な方法だ。仮に糸に絡まったとしても利き手を奪われない限りは問題ない。空いたほうの手で糸をわざと受けて、得物で切れば第二射が来る前に倒すことができる。倒せば絡みついた糸も消滅する。うっかり利き手がふさがってしまった際はスキルで焼き切るなりして無理やり利き手を空ける。
もっと楽な方法は雷撃一発入れてから斬りに行くというパターン。ゴキも蜘蛛もこれが出来れば一番消耗なしに戦う事が出来て、こちらも無理が少ない。毎回来るたびに眩暈を起こすまでスキルを狙ったところに打ち続けるという訓練の結果だ。
今のところこのやり方で上手くいっている。階層をまたいで行動パターンが変化するというのはオークでもあったケースだが、今回変化しないという保証はない。念のためにそれっぽい情報は探しておいたが、それを裏付ける情報は無かった。
オークの場合は後でちゃんと調べたらモンスターの生態として出てきたのだ。より深い階層のモンスターの情報があったのだからこの階層で変化があるなら同様に情報が上がっていても不思議ではない。
そう考えると、二十三層二十四層でも同じモンスターで同じような動きしかしないと考えていいな。
頭を働かせつつ、この一週間で体に馴染み切った動きでゴキと蜘蛛を苛め抜いていくと、二十三層の階段へたどり着いていた。
「さて、どんな変化があるか楽しみだな。モンスターの数が増えるか、それとも密度が増えるか」
「両方かもしれませんよ。一匹二匹で出てくる可能性は低そうですね。忙しくなりそう」
「忙しいという事はその分儲けも大きいって事だ。頑張りがいがあるな」
「そうですね。それだけが楽しみですね」
それだけが楽しみですね、とシンプルに答えてはいるが、尻尾が有ればブルンブルン全力で振っている可能性がある。何せ隣に居るのは収入と顔に書いてある金儲けの権化だ。
何にせよ階段には着いた。地図を作るにも先へ進むにも、まずは階段を下りる一歩を踏み出そう。
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