52:三層へ、そしてまた検証
百五十万PVありがとうございます。
二層をひたすら巡る。出会うグレイウルフをバッタバッタと切り倒し、ドロップを拾ってはニヤつく。どう見ても変質者です。本当にありがとうございます。
防御を意識していればダメージの心配がなくなった。つまり、相手に噛みつかせてから首を刎ね飛ばすというある種のNAGOYAスタイル戦闘が行えることを意味した。もう、毎回お互いの立ち位置を確認しながら戦う必要は無いのだ。
二時間も経つ頃には、グレイウルフの討伐数は百五十を超え、ドロップも魔結晶が四十ほどになった。グレイウルフ肉の貯蔵も十分だ。例の中華屋に卸してしまえばそこそこの収入になるだろう。
しかし、物足りない。グレイウルフがもっと群れてほしいというぜいたくな悩みが発生する。余裕が出来たのか油断なのかはまだ判断がつかないが、今宵のマチェットは血に飢えておる。まだ昼だし血はドロップしないけど。
時々すれ違う人に軽く挨拶をしつつ、マラソンをするような速さでどんどん奥へ、グレイウルフが居そうなところへ移動していく。道中時々いるスライムも駆除しつつ、ひたすらに狩りに没頭していく。
この調子なら三層でも行けそうだな。三層へ行ってみるか。時間を見ると、まだまだ余裕がある。
三層でもちょっと実験をしてみるか。
二層での狩りをそこそこに切り上げることにし、三層までの道へ急ぐ。三層の階段前にグレイウルフが数匹陣取っていたが、手早く刈り取っていく。
もう詳細に語る必要は無いぐらいあっさりとした戦闘で終わらせる。近いところにいるグレイウルフから順番に切り刻んでいくだけだ。マチェット様様だな。しかし、ここで疑問点が湧いた。
攻撃力は武器に依存するのかどうか、だ。筋力はステータスに意識を集中することで何割かの向上が見込まれている。しかし、武器のほうはどうだろう。グレイウルフが柔らかすぎてマチェットそのものに攻撃力が乗っているかどうかの検証が出来ていない。やはりこれはゴブリンで試すのが一番だろう。
マチェットと握り手に意識を集中してグレイウルフを切り刻む。もしマチェットそのものに攻撃力が加味されるなら、切れ味も増しているはずだ。スピードを上げてグレイウルフを倒すときはどっちかというと手首の強さで振り切る事で対処できている。
だがゴブリンはグレイウルフより明らかに硬く、武器まで持っている。あの棍棒をマチェットで切って捨てることが出来たなら、武器にもステータスの効果が乗ることになるのではないか。
試してみるか。俺は三層にも潜ることにした。
ここまでの戦果は一昨日の物も含めて以下のようになった。
スライムゼリー x百二十一個
スライムの魔結晶 x三十個
グレイウルフの魔結晶 x四十個
グレイウルフの肉 x九個
しめて一万八千円ほどか。午前中の稼ぎとしては上々だ。
三層に降りる前に、ちょっと休憩する。朝作って保管庫に入れておいたマグボトルのコーンスープを飲む。ほのかな甘みが体の疲れを癒してくれるような気がする。後はカロリーパックのゼリーを飲んで水に粉ジュースを混ぜ込む。今日はコーラ味だ。ちょっと贅沢をしている気分。
「あ、居た居た」
文月さんにつかまってしまった。大学ちゃんと通ってるんだろうか?
「よう」
「今日は二層で狩りなの? 」
「さすがに三日連続でスライムはちょっと飽きる。それに今日はスライムが少なくてな」
「あ、やっぱり? 普段三十分ぐらいかかるのに今日は二十分ぐらいで二層に入れたよ。昨日湧きすぎたから今日は少ない?」
「そんな感じかもな。まぁ良かったじゃない? 道中楽に来れて」
「そーね。ただ、グレイウルフの数も少ない気がするんだけど」
「俺がすごい速さで狩りつくしたかも」
「すごい速さって? 」
不思議そうに文月さんが訊ねる。まぁ、普通すごい速さって言っても伝わらないよな。
「まぁ、後でわかるさ」
「三層行くの? 」
「うん、試したいことが出来た。ついてくる? 」
「グレイウルフ少なくても暇だし、三層だとパーティ組んだほうが効率良いし、ついてこうかな」
「んじゃそうしてくれ。休憩終わったことだから、ちょっとメモ取ってから三層へ行こう」
「メモ?」
「今日倒した分のドロップをメモっておく。三層で何かが出たらあとで照らし合わせられるから」
「じゃぁ、こっからは割り勘?」
「実験終わったらそうしようかな。ちょっと心臓に悪いことするかもしれないけどそこはまぁ、目をつぶっておいて」
「またゴブリンに殴られるとかそんな事するんじゃないでしょうね」
「……」
文月さんは呆れた表情でこちらを見ていた。
「頭凹むよ? その装備だと」
「大丈夫だ、問題ない。多分」
「大丈夫そうじゃないんだけど」
「とりあえず一対一で戦いたいから、もし集団で来たら残りを任せていい?」
「いいよ、そのぐらいは協力するけど、ぶっ倒れて引きずって帰るとか無理だからね」
「わかったわかった。予定より軽めの実験にしておくよ」
信用が無いな。もうちょっと信頼してもらえるようにしなければ。
「重めの実験って何するつもり? 」
「ゴブリンに殴られてみる」
「この間、小盾で受けてたのじゃだめなの? 」
「今回はダメなの。己の肉体の限界値を見極めたいんだ」
「よく解らないけど、サポートはするから気を付けて」
「そのつもりだ」
三層に降りることになった。
◇◆◇◆◇◆◇
「そういえば、スライムがやたら少なかったけど一層では狩りしてたの? 」
「一時間ぐらいは。一層から二層までの道は一掃して、ちょっと奥にある小部屋で一心不乱にスライムを狩り続けてたかな」
超高速(自称)潮干狩りについてはまだ伏せておく。せっかくだから驚かせてみたいしな。
「三層の様子は……いつも通りっぽいね」
「あの一層は何だったんだろうな」
「私からすればあの処理速度のほうが何だったんだろうなって感じですけど」
「あれはまぁ……ナチュラルハイというか脳汁だらだら出てたというか」
「あんなにドロップ品出てるの見るの初めてだったよ。あとポーションも」
モンスターと出会うまでにドロップについて会話をする。そういえばスライムからポーションが出るのは稀だったな。
「ヒールポーションか? あれはまぁ極レアドロップだったからね。数には加えないことにしたよ」
「ラッキードロップはイレギュラーだから時給換算には加えないほうが稼げる金額に誤差が出る?」
「俺の計算だとスライムが一匹十五円。グレイウルフが百二十五円。ゴブリンが五百円ぐらいって出てるんだよね。もちろん極レアドロップ抜きの数字で」
実際、ヒールポ-ションは七千匹狩って二本しかドロップしてない。スライムの一匹当たりの利益で考えると十三円ぐらいになるけど、極低確率のドロップに夢を見るのはちょっとリスキーだと思う。
「じゃぁ、ゴブリンたくさん狩ったほうが儲かる? 」
「あとはどれだけ湧いてるかで決まる。スライム一匹十五円でも、グレイウルフの六倍の数出てくるならスライムのほうが狩り効率は高いってことになるからね」
「ゴブリンが急に値段上がる理由は? 」
「あいつら割と頻繁にポーション落とすから、その分高めに計算してる」
「なるほどー。ちゃんと理由があってスライム狩りしてたのね。てっきり強さに自信が無いからちまちま狩ってるのかと思ってた」
「昨日のことを思い出してくれ。あれだけみっちりスライムが詰まってたら、探す時間が短くて済む。探し回る時間はそれだけ時給に対してロスでしかないんだ。大事なのは安定的に狩れる密度のほうだよ。もうちょっと多く湧いてくれるならグレイウルフのほうが効率良いかもね。今日はダメだけど」
「色々考えてやってるんですねぇ」
「お仕事だからな」
話していると目の前にゴブリンが三体現れた。もうこっちにターゲットを捉えているようだ。
「二匹はこっちでやる。一匹の援護お願い」
「任されました」
ゴブリンが走って寄ってくる。やはり文月さんのほうへ向かっていく。単純な奴らだ。
俺は一気に加速する。こっちに向かっていないゴブリンの横っ腹をマチェットで掻っ切る。
上手く攻撃力が乗ったのか、ゴブリンは胴体から真っ二つになった。
「早っ! 」
文月さんが驚いている。そりゃ昨日まで普通に活動してた俺がいきなり高速移動を始めたらびっくりするのは仕方ないだろう。
後方のゴブリンを見ると、驚いているのか少しおじけづいたのか、一歩足を後ろに下げる。
「これ処理したら詳しいことを話そうかな」
「また面倒事に巻き込まれるのでは? 」
「いや、多分有用な話だから。デメリットは無いと思う」
そういうともう一匹のゴブリンに急襲をかける。ゴブリンが反応する前に近づいて、ゴブリンの目の前に立つ。ゴブリンは目の前に突然現れた俺に対して驚いたのか、棍棒を俺に向かって振り回してくる。
俺は腕に神経と筋力を集中すると、素手で受け止めた。
まだちょっと痛いな。でも痛いだけで済んでいるし、受け止めた手も少し赤くなっている程度だ。思ったよりステータスが伸びているのかもしれないな。
そのままゴブリンの棍棒を握りしめ続ける。ゴブリンは必死に俺から棍棒を取り返そうとするが、力の差があるのか上手くいっていないようだ。つまり、胴体はがら空きである。
マチェットを腹に突き刺すと、ゴブリンはそのまま力尽きて黒い粒子になって消えた。
「これなら小盾で十分受け止められるな。棍棒をはじき返して胴体ががら空きになったところを一発ねじ込めば倒せそうだ。一つ攻撃パターンが増えたな」
「いや、その前に説明してほしいんですが、前は小盾で受け止めて弾いて何とかって感じでしたよね。昨日今日で一体何があったんです?」
「話せば長くなるけど、端的に言うとステータスの有効活用法が見つけられたってとこかな」
「ステータスってただのネタ扱いされてませんでした?」
「どうやらそうでもないらしい、という検証が今、目の前で」
ゴブリンが落とした魔結晶を拾いながら軽く説明をする。
「ちょっと俺が右手で受けるから、思いっきり殴ってみてくれる? 」
「行きますよ……てい! 」
ちょっとだけかわいい。トスッという音と共に振動が来る。
「じゃぁ次に、殴るだけじゃなくて、殴って腕ごとぶっ壊すのを強くイメージして殴ってみてくれる? 」
「良いですけど、それで腕がもげたらどうします? 」
「その時は……その時で何か考えよう? 」
「ゴブリン相手にそれしちゃだめなんですか? 」
「あ……」
「今なにも考えてませんでしたね? ゴブリンにしましょゴブリンに」
次のゴブリンが餌食になることになった。すまんな、これも検証のためだ。
暫く歩いてゴブリンを探し出す。また三匹連れが居たので、手早く二匹を処理する。
「じゃぁさっきの手順で思いっきりゴブリン殴ってみて」
「解りましたよ……とオラァ食らえぃ! 」
さっき演出した可愛らしさは何処へ行ったんだろう。ヤンキー丸出しである。殴られたゴブリンはそのまま吹き飛ばされて行った。
吹き飛ばされたところまで駆け寄るとちゃんととどめを刺させていただく。ありがとう実験第三号。ドロップくれたならもう少し記憶に残ったかもしれないが。
「何この威力」
「だからそれが今回の検証。ダンジョン内ではステータスが存在するんじゃないかって」
「えっと、思考が追い付かないんですけど、どういう原理です?これ」
「自分の思ってる力以上のイメージで体を動かすと、ステータスの許す限り自分を強化できるんじゃないかって仮説を立てたんだ。その仮説が本当かどうか試してた」
「ちなみに、腕力以外はどんな効果が?」
そう聞かれた俺はその場で反復横跳びを始めた。超高速で。
文月さんはポカーンとした顔で俺を見ていた。
「どう? 」
「正直言って頭おかしい」
「俺もそう思うが、これが起こっている現象なので納得してもらうしか」
「じゃぁ私も同じ事したらできるのかなぁ」
「今までどれだけ努力してモンスター退治してたかに依るんじゃないかなぁと思う。経験値って奴」
「じゃぁ何?昨日アホみたいなスライム駆除してたせいで経験値がたまりにたまって、その力が出せるようになったって……こと? 」
現実的に考えればそうなる。たとえスライムの経験値が一だったとしても、六千匹倒せば六千になる。グレイウルフの経験値が三だと仮定しても、グレイウルフ二千匹倒すには時間も手間もかかるだろう。
その点運がよかったのかもしれないな。俺は天に還っていったスライム達にお礼を言う。
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