507:僕たち飲むなら
今日も気持ちよく目覚める。目覚めは快適、隣の部屋に行くと不快。もうこの部屋にダンジョンも全部あれば良いのに。しかし、今日はお待ちかねのダンジョンピクニックの日だ、うじうじと部屋に立てこもってる間に出遅れるわけにはいかない。今日はくじけそうだよダーククロウ、でも眠りは快適だった。
気合を入れて起き上がり、顔を洗ってサッパリした後暑いキッチンに向かうといつもの朝食、いつもの着替え。煮物をタッパー容器に入れて、冷蔵庫で冷やしておいたサンドイッチも取り出す。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
インナースーツ、破れてるけどヨシ!
防刃ツナギ、破れてるけどヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
食事の用意、ヨシ!
冷えた水、コーラ、その他飲料、ヨシ!
クーラーボックス、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
枕、お泊まりセット、ヨシ!
ドローン、ヨシ!
バッテリー類、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
地図の用意、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。保管庫の中身を確認した後、表に出したままにしておくものをチョイスする。サンドイッチ、肉、調味料……はバッグからこっそり使おう。煮物は悪くなるといけないので保管庫の中だ。家でキンキンに冷やしたコーラは多分昼時になったら飲むと思う。飲むころには残念ながら温くなっているだろうが、カロリー摂取にはちょうどいい。後は軽く摘まめるおやつ。袋入りの個包装チョコを出しておくか。
ドローンに今更頼る事は無いと思うが……念のためだ、バッグに入れておこう。スマホとバッテリーもセットだ。地図が有って方角が解る以上、迷う事は無いだろうし多少迷っても人数が居る。おおよその方向だけ伝えておいて離れたりくっついたりして移動すればその内発見できるだろう。
後は……最近小西ダンジョンにしか潜ってないから一般探索者のフリをするのが下手になっているな。バッグから色々取り出すのは不味いとはいえ、最低限の装備というのをうまく把握しきれないでいる。修行が足りんな。
ともかく、出かける準備はできた。さっさと合流して細かい打ち合わせをしていこう。
◇◆◇◆◇◆◇
結局いつもの時間に着いてしまった。一時間ほど暇になる。とりあえず昨日のグループチャットの続きにもう到着してしまった旨を送信しておく。中で水でも飲みながら読書するか。
三十分ほどまた探索・オブ・ザ・イヤーと月刊探索ライフのコラム欄を読みつぶし、広告を見る。やはり広告で気になるのは、どっちの冊子でも広告を出しているダンジョン素材製のスーツ。よほど広告料が安いのか、それとも広告料を上回れるだけの収支を得られているのか。
スーツで直刀片手にダンジョン探索というのは、アクション映画の主人公や秘密工作員の類の人なら様になるだろうが、俺では……俺の場合は……意外とアリかもしれないが、体型に応じて作られるならスーツを作る前に体を作る必要がある。スーツを作った後でまた肥え太って着られなくなりましたでは目も当てられない。
そして何より費用だ。これまでの装備の中でおそらく一番高くなるだろう。フルオーダーのスーツでダンジョン素材、それを並べ立てるだけで数百万の出費になる事は確実であるし、プライベートでも着用できるんだから経費で落ちる可能性が非常に低い。更に、これが何年間使い続けられるかもわからない。
着用するだけの理由か……例えばこの間齧られたこの防刃ツナギ。これより防御力に勝り、更に体の動きを阻害しない上に軽い装備……と考えると、どうやらこのスーツが次の目的にはなりそうである。また例のレアゴキに遭遇して防刃ツナギでは防御力として信頼におけないと判断した場合、むしろここより更に先を見据えて、次の階層では役に立たないと断言できるような状況に陥った場合、もう一度考えることにしよう。
そう心に誓っていると、芽生さんがひょっこり現れた。
「いつもは九時に入場してるのでつい早く来てしまいました」
首元をパタパタと仰ぎつつ、ギルドの建物の冷気を体に吸収させている。
「なぁ芽生さん。ダンジョンにスーツってどうだろう? 」
「前も言ってましたね。作る気になったとか? 」
前にポツリと漏らしたことを覚えていてくれたようだ。
「ほら、ここの、ゴキに噛まれた跡、防刃ツナギとインナースーツでは防ぎきれなかった。そろそろこのツナギも階層的にも防御力的にも卒業が近いと思うんだよ。インナースーツだって貫通されたし、そもそも体の全身をカバーしてくれるわけでも無いし」
「そうですね、稼いでる金額としてはありなんじゃないですか? 実際に効果があるかどうかはともかくとして、スーツ姿でダンジョンに潜るという行為に違和感を覚えないなら服装は自由であるべきだと思いますよ」
芽生さんは割と肯定的らしい。
「このスーツ、ワイシャツも付いてくるのかな。同じようにダンジョン素材の物で」
「どれどれ……フルセットオーダーって奴を選べばワイシャツもついてくるんじゃないですかね」
「真剣に検討してみようかな。芽生さんも一着どう? 」
「私はー……もうちょっと運動してからにしようかなと」
「なるほど、意見の一致を見たな」
お互いにそれを口にするのは止めよう。そういう空気になった。
「十時まで何しますか。さすがにちょっと暇ですよ」
「今日の予定でも話すか。十五層まで下りてそこから二十一層まで一緒に行く、という流れだ。地図はもうできてるので本当に狩りをしながら案内だけって形になる。宿泊をご希望という事なので、おそらく清州ダンジョンには小西ダンジョンの二十一層で活動するとこれだけの収益を得ることができるようです、という報告書を提出する……みたいな言い訳をして遊びに来た可能性が高い」
「口実づくりは大事ですもんね。いっその事本当に小西ダンジョンに移籍してきたら良いのに」
向こうには向こうの都合があるんだろう。ふと、支払いカウンターで疑問が湧いたのでちょっと質問をしてくる。
「そういえば小西ダンジョンって、地図はどこまで販売してるんですか? 」
朝一換金が一通り済んで半休憩していた支払い嬢はこっちに向きなおした。
「あ、おはようございます。一応十六層までってことになってますよ。それ以降は自力で探索するか他の探索者に見せてもらうか……って、安村さんは自前のがあるはずでは? 」
「まあ確かに自前の奴を持ってますが、ダンジョンとして販売してるのはどこまでかなってちょっと気になって。どうもありがとう」
おそらく清州ダンジョンとしても二十一層まで直通でいける探索者を確保しておくのと、そこまでの地図を把握しておくのが必要だと判断した可能性がある。これは俺が道中の地図を提出してこなかったことが原因かもしれない。それを口実にこっちに来られるんだから結衣さん的にはお得なクエストだって事だろうか。
二人で雑誌を読んでいるとレインに通知が来た。どうやら全員到着したらしい。中に居るよと送信し返し、入口の方に注目していると、ぞろぞろと五人揃って中に入って来た。
「いやー、外はやっぱり暑いですな。早めに来て涼んでたってところですか」
相変わらずの平田さんが開口一番さらに暑くなるような事を口に出す。やめてくれよ外に出たくなくなるだろ。
「単にいつもの時間に来てしまっただけですよ。暇つぶしはそれなりに有ったんでお気になさらず」
「安村さん腕の所破れてますけどどうしたんですか? 」
目ざとい横田さんが服の乱れに気が付く。
「ちょっと先日戦闘で怪我……というほどでもないんですが一発喰らったってところです。体のほうはご心配なく」
「そういえば予備のツナギ持ってませんでしたっけ? 色の微妙に違う奴」
「……持ってる。着替えてくればよかった。予備を本当に予備にしてるから思いつかなかった」
そういえば、予備、あったな保管庫に。そっちに変えてくればよかった。また鬼ころし行って予備の防刃ツナギを買うか。ついでにインナースーツも買ってこよう。
「とりあえず、十五層まで行きますか。ちなみに十六層までの地図は売ってるそうなので買っていくならカウンターのほうへ」
「十七層以降の地図は安村さんが持ってる……でいいんですよね? 」
全体確認のために結衣さんから質問される。
「これを地図と呼んでもいいかどうかは解りませんが、少なくとも見ながらいけば迷ったことはないので……ちなみにこんな感じです」
「どれどれ……これ、小西ダンジョンのサバンナマップの地図と良い勝負ですね。必要な分しか描いてないというか、なんかあれですね。真面目に探索してないというか」
「二十一層行くのが優先でしたから。道中の地図は後回しで良いかなと思って……で、今に至る」
「とりあえず写させてください。……と、ありがとうございます」
結衣さんはスマホで写真を撮ってそれで写したことにしている。ついでに他の地図も渡してみると、次々写真を撮っていく。
「これで一つクエスト完了しました。ご協力感謝です」
「やっぱり地図の入手も目的でしたか。で、残りは? 」
「残りは……残りは道すがら話していきませんか、時間ももったいないですし」
それもそうか。ここで話してても一円も儲からないからな。合計七人揃ってぞろぞろと動き出した。さあ楽しいピクニックの始まりだ。
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