503:二十二層・ゴキの毒は恐ろしい? そうでもない?
戦闘を始めて二時間。ここまでは良い調子に狩りが出来ている。ヒールポーションも五本落ちて来た。モンスターを倒した数も百ほどになり、とても良い感じだ。ここで昼飯を告げる音が腹から聞こえてくる。かなりスキルとステータスブーストを使っているからか、いつもより早めに催促が来た感じだ。
「そろそろ一旦戻るか。お昼食べたくなってきた」
「奇遇ですね、私もそろそろご飯かなと思っていました」
「次で最後にして階段のほうへ向かうか。念のために軽くコーラだけ胃袋に詰めて帰り道でハンガーノック起こさないようにしておこう」
索敵範囲でモンスターが近寄ってきてない事を確認してからコーラを一飲み。炭酸抜きコーラのほうが吸収も良いらしいが、ここで服をベタベタにしたくないので泡入りコーラで納得しておく。もっと手軽に素早くカロリーを補給できる手段は何かあるはずだ、これも後で調べておこう。メモっておく。多分ブドウ糖タブレットとかそんなもので充分だとは思うが、出来れば見た目的にも美味しいものが良いな。
広い道を戻りながらゴキ三匹を始末しようと一匹に雷撃、そして一匹目を放置しつつ先に二匹目に向かう。すると今までのゴキとは違う戦闘パターンを見せ始めた。
するとゴキは自分の能力を思い出したかのように、飛んだ。飛んでいるところを見るのは初めてだ。そしてそのゴキは俺に向かってくる。飛ぶことを念頭に入れてなかった姿勢の俺に対してゴキは一直線に向かってくる。
あ、やべ。と思った。とっさに体を捩ろうとするが、回避が間に合わない。これは食らうしかない、耐えるか。ゴキにツナギの上から右腕に噛みつかれ、ちょっとした痛みを覚える。防刃ツナギを貫通して皮膚に直接歯が当たっている、そんな感触だ。
ゴキによって久々の攻撃を受けてしまったが、噛みついている間に雷撃で麻痺させる。一発食らってしまったのは油断、というかパターンに無かった攻撃なので仕方がない。噛まれたところがジンジンする。噛んでいる一匹と、先に痺れさせたもう一匹も仕留め終わったところで噛まれた部分を確認する。どうやら血が少しだけ出ている。少しで済んでいるのはステータスブーストのおかげだろう。
ただし噛まれた部分は黒く変色し、血管を通して徐々に広がっているように見える。そして、体の内側が痛痒い。これが毒状態という奴か。今のところ体に不具合は無いが、放置しておくと後々問題があるかもしれないな。
「噛まれてましたよね、大丈夫ですか」
芽生さんが負傷確認に来る。あちこち感覚を確かめてみる。
「今のところまだ大きな不具合は無いが、見た目は……こんな感じ」
「噛まれたところ真っ黒ですね。早めの治療が必要そうですね、どっち飲みます? 」
「負傷って感じではあるが、痛みがそれほどないな。病状としては罹患って感じかもしれない。キュアポーションをまずは試してみるよ」
保管庫からキュアポーションを取りだす。まずはランク1からだな。噛まれた部分に軽く触れると若干熱っぽく、黒いしみが徐々に広がっているように見える。
キュアポーションをまず患部に塗り、残りを飲む。……なるほど、キュアポーションはこっち系統の味か。上のランクもきっと同じなんだろう。味に少々顔をしかめつつ、その間も警戒する事を忘れない。
一分ぐらいすると、ポーションが効いてきたのか患部の色黒さが無くなってきた。やたら即効性が高いな。ダメージも少ないことだし、他のポーションは試さなくても大丈夫そうだ。毒にはキュアポーションで良いという事が解っただけでも二万円を払っただけの収穫はあったという事にしておこう。
負傷する一件はあったものの、その後はいつも通りの流れで階段までたどり着くことが出来た。ゴキが飛ぶ条件はまた探しておかないとな。毎回キュアポーションを使うような事態は避けるに限る。
テントに着くと、野菜と肉とご飯を並べて昼食タイム……の前に、さっきの傷口を確認しておく。噛まれた傷は残ってはいるものの、皮膚の色なんかは元に戻っている。歩いてるうちにキュアポーションが全身を駆け巡って解毒をしてくれたんだろうと思う。
「二万円のこうかはばつぐんだ」
「まだ在庫が有るなら良いですが、怪しくなったら九層十層で集めますか」
「在庫はまだある。なので安心して良いよ」
保管庫の中のキュアポーションの在庫を確認する。後七回は噛みつかれても即座に回復する用意がある、今日一日潜って明日補充しに行くという流れにはなりそうにないな。
「これ、すぐ治療したからわかんないんですけどどういう毒だったんですかねえ」
「神経系統なら動けなかったかもしれないからなぁ。そう考えると神経じゃないかもね。毒じゃなくて細菌持ちなのかもしれない」
「なら特定するのは難しそうですね。どっちにしろキュアポーションの安いので治るみたいなら問題は無さそうですが……後はゴキが飛んでくる条件を見つけ出すぐらいですか」
「午後はそのパターンを探しつつ戦っていこう。いただきます」
飯をモシャモシャと食べつつ、午前中の収穫をメモっておく。魔結晶が七十個、糸が七本、ヒールポーションが四本。百四十万円ほどか。
「時給だと……七十万ほどになるな。俺が一人で一日九層回ってるより収入になるな。さすが二十層」
「目標額には届きそうですか? 」
いつもの生姜焼きとサラダを交互に摘まみつつ、味に満足しているような笑顔で問いただされる。
「微妙な所。さっきみたいなアクシデントが無ければいけるんじゃないかな」
「次は私が受ける番かもしれないんですね。ゴキが飛ぶことを覚悟しておきます」
「条件が解らないんだよなぁ。なんであいつだけ飛んできたんだろう。オークが棍棒投げて来たみたいに何かトリガーがあるに違いない。今後注意しつつ戦おう」
しかし、合計十時間ほど戦って一回遭遇するかの空飛ぶゴキ。レアなモンスターだったとしておくにはちょっと出費が惜しいし、キュアポーションが切れたら集めに行く時間が必要で、そのために一日潰して収入が減るのも問題だ。いっその事解毒スキルなんてものでも出てはくれやしないかな。
「とりあえずさっきの状況を再現しないようにするか、飛んでもいいような体の動きパターンを作っておくか。問題が出ても解決できればそれで良い。キュアポーションを何本か使う事になるかもしれないけど、無くなりそうならまた取りに行けばいいな」
「出来れば当たりたくない所ですねー……もうちょっとお肉ください、追加で」
今日の芽生さんの食欲はそれなりのようだ。保管庫からコンロとウルフ肉を追加で取り出し適度な厚みに切ると塩胡椒でざっと焼く。このコンロも新しくするときは経費で落ちるんだろうか? ほぼダンジョンでしか使わないからダンジョン内専用調理器具と言い張ればいける気がしてきた。
一パック開けたが芽生さん一人分にはちょっと量が多いだろうから俺も食べることにする。皿に残ったサラダの水分と生姜焼きのたれをスキレットに乗せて、生姜焼きステーキ風味にアレンジして食べることにした。調味液が明らかに足りていないが塩胡椒だけふった肉を齧るよりは生姜の風味が有って胃に受け付けやすい。
「ちょっと休憩したら午後の部開始だ。そうだな……三十分ぐらいは休もうか。それまではコーヒーでも飲んで適当に雑誌でも読んで時間を潰そう」
愛読している”月刊誌”探索・オブ・ザ・イヤー最新号を開き読み始める。どうやら雑誌に連載を持っている筆者も小西ダンジョンの様子については気になる事があるらしく、近日パーティーメンバーをつれて遠征したいという意見もあった。雑誌の締め切りやら発売までの空白の時間を考えればとっくに小西ダンジョンへはたどり着いているんだろう。
ここの様子を見てどう感じたか、何を思うのか、他のダンジョンとの違いは。気になる事がそれなりに多い。清州ダンジョン以外にもダンジョンを回ってみるのもいいかもしれないが、もしかすると他の探索者が依頼として各ダンジョンの十五層なり二十一層を突破して、エレベーターを設置してもらうようダンジョンマスターと交渉して欲しいというクエストを受注している最中かもしれない。
そんな中へフラフラと入り込んでいくのは他の探索者にあまりいい影響を与えないかもしれないな。もう少し、エレベーター熱が冷めるのを待つのが良策か。
……お、このレシピいいな。レモンとオレンジを添えたさわやかパスタ。塩気を少し好みで加えたら俺に似合わずフレッシュで若々しい一品かもしれない。今度作って味見してみよう。
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