501:鍛錬
二十一層の自分のテントに戻って持ち物を整理。魔結晶で二袋、糸で一袋、ポーションで一袋。この廃墟エリアはドロップ品の種類が少ないのでとても分けやすい。その点で見ても狩場として優秀だな。
俺が荷物整理をしてる間に、芽生さんは適当な目標に向かって水魔法を乱射している。おそらく眩暈が来るまでスキルを使い続けて威力を上げようという練習なのだろう。ダンジョンオブジェクトは何発ウォーターカッターを撃ち続けても壊れないので的としては優秀だ。正確さを見極めたいならまた別の的になるだろうが、いま彼女がやりたいことは威力の底上げなので、常に強いイメージを作り続けてひたすら打ち続けることのほうが大事なようだ。
暫くすると膝から崩れ落ち、そのまま尻を上にして上半身を地面に委ね始めた。力尽きたらしい。グラビア写真だったらセクシーポーズだろうがここはダンジョン。だが廃墟で半裸か水着でセクシーショット一枚、というのも中々悪くないかもしれないな。ダンジョンでグラビア撮影、ダンジョンアイドルなら何処かでやってそうなイメージがあるから困る。
しかしここにいるのは我が相棒文月芽生ちゃんである。食欲豊かな自称ふくよか探索者だ。下着で御登場した事案はあったが、基本的にこんなところで水着になったりはしない。そもそも水場じゃないしなここ。
「大丈夫かー、帰る分の体力残ってるかー? 」
チョコを無理やり口に突っ込み芽生さんの再起動をはかる。すると逆再生するように元に戻っていく。やはりお腹が空いていたのか。チョコをもう一つ放り込む。完全に立ち直った。回復速いな、これも若さか。
「これから毎日帰り際には全力で水魔法をぶっ放すというのをやろうと思います。そのほうが進歩があるかもしれません」
「できれば楽したいからな。スキル一発で仕留められるようになればその先もずっと楽に進めるようになる。とりあえず二十二層の地図は一旦これで完成という事にして、しばらくはスキルアップに努めるか」
俺も今の雷撃の威力には少しばかり不満が残る。一撃で蜘蛛もゴキも行動不能に近い状態にすることはできるが、せっかくなら一撃で倒せるようにしたい。おそらく二十三層や二十四層では四匹以上のグループで出てくる可能性が高い。そうなると手数で押し負ける可能性が高くなり、通り抜けることが厳しくなるだろう。
その前にもう一段階スキルアップをして一撃で撃破、もしくは完全に行動不能になる所まで持っていきたい。具体的には飛んできている最中の蜘蛛の糸を焼き切れるぐらいまでは持っていきたい。倒せば消えるとはいえ、ネトネトしながらの戦闘はちょっと面倒だ。
俺も軽く眩暈が来るまで撃ち切ってみるか。まずは全力で三十発ほど同じ的……的にされた可哀想な建物に向けて撃ち続ける。もし中に誰か居たらゴメン。突然のゲリラ豪雨と落雷に悩まされている事だろう。
五十発ほど打ち込んだところで軽い眩暈。以前計った時は三十発ちょいぐらいだったか。ずいぶん成長したな。最初はジャイアントアントも殺しきれなかったのでそこから比べればかなりの進歩だな。
「よし、帰るか。気晴らしも終わった事だし、今日はかなり稼いだ手ごたえもある。地図も出来たし、やることはやったという達成感がある」
「帰りましょう。そして成果のほどを確認しましょう。やることやったんですから早めに帰っても問題は無いはずです」
まだフラフラしている芽生さんをちょいと介護しながらエレベーターで一層に上がる。エレベーターの中でコーラで軽く水分を補充すると眩暈も落ち着いた。芽生さんも段々しゃきっとしてきた。コーラを渡すと一本一気に行った。良い飲みっぷりだ。
「ふー、一日の終わりにコーラ、いいですねえ」
「その内仕事終わりのビールに変わったりするぞ」
「一応飲める歳にはなってはいるんですが。ただ御教授してくれる人が中々居なくて」
大学の飲み会なんかは……ああ悪ふざけする奴も居るだろうからあんまり参考にはなりそうにないな。教授なんかは結構飲めるイメージがあるが、教え子と一緒に悪乗りする教授も居ない訳ではないからな。そういう意味では正しい飲み方を教えてもらうという相手は大事かもしれない。
「出来るなら洋一さんに飲み方を教えてもらう所ですが、飲めないんですよねえ? 」
「悪酔いしない飲み方というのは確かにあるからな。その辺は何となくわかるぞ」
「では今度教わる事にしましょう。また泊まりで行きます」
「なんとなく覚えておくことにしよう。ただ、俺は飲まないからな。飲んだら眠くなるし」
飲んだらすぐ顔に回って頭に回って、胃袋が膨張してすぐに眠気が出る。そういう体質だから仕方ない事だ。無理に飲んで克服するにも限度というものがある。その辺は一通り試した後なので、俺はもうこのままあんまり酒が飲めない男として生涯を終えようと思う。
一層に着くとそのままスライム狩りをすることなく出入口へ。今のところ悩み事は無い。悩み事や考え事があるなら多分時間ギリギリまでスライムとお話をしているところだろう。悩み……悩みか。今のところ無いな。進捗も進んでいるし収入は申し分ない。あるとすればスキルの出力不足だが、これは一日二日悩んだところで進むようなもんじゃない。今は行動の時期だ。
出入口から退ダン手続きへ進む。少し早めの帰還なので手続きもスムーズに済む。
「最近リヤカーの出番は無いですね。少し寂しいです」
受付嬢がもっとリヤカーを使えとせがむ。リヤカーに満載するほどの狩りをするなら一晩泊まりで二十二層になるに違いない。
「その分密度の高い狩りを心がけてますので。持ち帰った金額は日々多くなっているのですよ」
「なるほど。量より質ですか」
「そういうことです。気になるなら後で確認してみるといいですよ」
退ダン手続きを済ませ査定カウンターへ。時間的にも帰りの待ち行列は無く、カウンターはちょうど手が空いていた。
「心持ち多めって感じですね。あ、でもポーションが結構ありますね」
「これ一本で下手な探索者の一日分ぐらいの稼ぎですから、しっかり儲けて帰ってきましたよ」
いつも通り五分ほど待つ。結果は百八十八万千円。後ポーション二本で二百万行ってたか。もう少し粘っても良かったかな? いやしかし、階段と地図埋めを優先してこの結果だ、一日狩りだけに費やせばもっと多くの実りを得て帰ってこれる事だろう。
結果を芽生さんに渡すと、ニンマリした後支払いカウンターへ急いで行く。俺も後ろについていく。振り込みを依頼すると休憩スペースで冷えた水を飲みながら談笑を始める。
「明日は休みにします? それとも来ます? 」
「芽生さんの予定的にはどうなの。それに合わせるよ。ただ……」
「ただ、なんです? 」
芽生さんがのぞき込むように質問を投げかけてくる。
「明日のお昼ご飯をどうしようかまだ決めてない」
「主夫ですか。いつも通り面倒くさい時のウルフ肉生姜焼きじゃダメなんですか」
「ダメって事は無いが、最近は野菜を取ろうと頑張っていてな」
「だからここんとこ野菜多めだったんですか。別に野菜ジュースをつけてくれればそれだけでもいいんですよ。食事の事はおいといて、明日どうするかですが」
「今日の続きという事で潜るか。一日フル稼働していくら稼げるかを試してみたくもなったし」
「地図をほぼ完成させるために多少避けながらであの稼ぎですからね。このぐらいは余裕でいけそうです」
芽生さんが指を二本立ててカニカニポーズを始める。その指の隙間にスッと優しく手刀を乗せる。
「それは問題なくいけると思う。しかし、今日一日で下手なパート主婦の一年分ぐらい稼いでしまったか」
「稼ぐなら今の内ですよ。もし電力事業やその他の分野で魔結晶が応用される技術が開発されるとして、採算が取れるラインがどの辺になるかで我々のメイン収入も決まるわけですよ」
「今のうちに精々稼いで稼ぎ逃げ、というコースも有りだな。ついでに言えばスキルも」
「もし魔結晶がもっと安くないと採算取れないみたいな話になったりしたら値下がりするんでこの辺のモンスター狩ってたら大損ですよ」
「さすがに今日明日明後日でそこまで大掛かりに変わることはないとは思うが、今のうちに考えておいてもいいってことか」
魔結晶の大幅な価格変更は今のところ考えたことはなかったが、研究目的でなく商品として扱われて行くことを考えたらいくらになるかわからないという事か。もしかしたら先物取引の投機商品として扱われる可能性もあると。
「ま、とりあえず明日までに昼食のメニューは何か考えておくよ。生姜焼きが出てきたら力尽きたと思ってくれ」
「あんまり期待せずに待っておくことにします。別にご飯が主目的という訳では無いですし、何ならただ焼いただけの肉でも良いですよ」
「それは俺のやる気にも直結するから、せめてシーズニングパウダー様のお力を借りて何とかやっておくよ」
帰り道のバスの中でレシピを考える。肉より野菜を使いたい。野菜を使ったシーズニングパウダーも何か仕入れておくべきだったな。時間もある事だし、家に着いたら手軽に調べて必要なら買いに出かけよう。
駅で芽生さんと別れていつもの帰り道。コンビニでコーラを補充して、ついでにシーズニングが売ってないかどうかを確認すると、いくつか種類があった。野菜系の物は……あるな。キャベツのお手軽塩だれなんてのもある。キャベツにかけて揉むだけ。お手軽おつまみにもちょうどいい、これは買いだな。三個ぐらい買っておこう。
それから何種類か……というか被ってない物をあるだけ二つずつぐらい買っていく。色々試すのにいい機会だ。今日の夕食は味見も含めていろいろ作ろう。カレーライスを主食に決めると、家にある野菜で出来る分だけ何品か作ってみよう。食いきれなかったら明日の昼食に回せばいい。
コンビニだけで買い物を済ませられたので気楽に家に帰れた。とりあえず塩もみキャベツとカレーライスで夕食を済ませて、明日の昼食はどれにするか。悩むな。どれも短時間で調理できる物なので、事前に仕込んでおくようなものはほとんどない。主食は……やはりウルフの生姜焼きにしよう。今のうちにしっかり冷蔵庫で漬け込んでおいて中まで調味液を染み込ませておく。
明日の準備が出来たことでいつもの手順で家事を済ませると風呂で疲れを癒す。今日は疲れというほどのものは溜まっていないと感じるが、念には念を入れて全身を丁寧に洗い、たっぷりの湯で温まる。その後冷水を浴びて汗を引かせたら、今日はもうやることが無い。明日の出来具合を楽しみにしつつ、眠りにつくことにした。
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