50:ダンジョンについて考察してみる
朝だ。今日の朝食は手抜きで行こう。残ってたウルフ肉を両面軽く焼くと、バター塗って焼いたトーストにはさんでレタスと一緒に食う。枚数は二枚で十分じゃよ。
ステンレスのマグボトルに粉末のコーンスープをぶち込んでお湯を入れてふたを閉めて振る。お手軽スープストックのようなものだ。ちょっとずつダンジョンライフを豊かにしていこう。休憩する時飲むのだ。
昨日のスライムあふれ騒ぎはダンジョン関係のニュースを集めるサイトで話題になっていた。
どうもあの研究者、他所でも似たようなことをやっていた可能性が高く、小西ダンジョンを狙った理由については不明らしい。今足取りを追ってる最中だそうだ。
どっかで捕まるといいな、と半分は思う。もう半分は「もう一回やってくんねーかな」と思っている。あれだけみっしり詰まってるとたっぷり稼げるからな。ほぼ半日で五万は破格の収入だった。
と、話題のニュースを浚ってみると隅っこに昨日の潮干狩りの様子を動画で撮影していたのがアップされていた。動画は「高速潮干狩り」と名付けられそこそこの再生数を稼いでいた。
なるほど、俺の作業を外野から見るとあんな風に見えるのか。タップダンサーとか言われてるが、本場のタップダンサーは秒間六回ぐらいやるらしいからあれに比べればまだまだだろう。どっちかというと足元に火がついて必死に消そうともがいている姿に見える。
ちゃんと出演料はもらえるんだろうか。もし本人が「動画バズりました!」とか言って寄ってきたら飯おごらせよう。
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ほどほどに腹を満たしたところで、ダンジョンの不思議について考えてみる。
不思議の内容は「なぜ、ダンジョンからモンスターが出てこれなかったのか」だ。
ダンジョンとその外側との境界線が存在し、ダンジョン内は完全な別次元として存在している。
なぜ次元の境界線を越えられるのが我々人側だけなのか。やはりダンジョンのルールというものがあるんだろう。
そのルールに則った結果、今回のスライムは「あふれ」出さなかったのか、それとも「あふれ」という行動そのものを取ることが出来ないのか。
”ダンジョン あふれ”で検索してみるが、該当するような主張はいくつかあり、そのあふれが発生しないように管理運営していくのが我が国におけるダンジョンギルドの仕事であり、探索者の使命だ。
もし「あふれ」という行動をとることが絶対ないという確信ができるなら、ダンジョン探索という商売は段々成り立たなくなるだろう。何せ、適当に放置しておいても問題ないからだ。
そうならないのは、ダンジョン内のモンスターから得られるアイテムドロップの存在が人類社会にとって有益なものだからという側面がある。
魔結晶一つにしても、こうして飯を食いながら考え事をしてる間に、俺より賢い人たちが毎時毎分毎秒研究に従事し、より人類の利益になるよう研究しているはずだ。
その研究費でもって経済を回しているし、研究の結果より安価な発電や発熱、またはそれ以外の利用方法があるのなら、それでもってより低コストに、安全に社会を回す仕組みが出来あがる。
ダンジョンモンスターからドロップする肉もそうだ。もっとダンジョンの回転率が上がれば人の飢えを満たすほどではないにしろ食料が提供される。まだ見ぬ未知のダンジョンでは農作物が採取できるようになるかもしれない。そうすれば世界が飢餓から解放されることになるかもしれない。
しかし、アイテムドロップの仕組みと確率から予想すると、米は米俵でドロップするんだろうか?どうやって運ぶんだろう……せめて二キログラム単位のポリエチレン袋に入っていてほしい。それ以上だと重くてかなわない。
そういえばアイテムドロップテーブルなんて概念が持ち出されるほどにこうもファンタジーゲームじみたものになっているのか……と、ドロップ品そのものも冗談みたいな話なんだが。
何処のファンタジーゲームに、真空パックで肉がドロップするゲームがあるのだろう。食べる側の都合をそこまで考える必要が果たしてあるのか。
そういえば、ステータス的なものもあるんじゃないか。ふと思い立ちその場で腕立て伏せをしてみる。
一、二、三、四……。四十回もできればまぁ上々だろう。朝から疲れた。
どうやらダンジョンの外では対応しないらしいな。ふとグレイウルフに噛まれた時のことを思い出す。あれだけ立派な牙に噛みつかれたのに痕はもう消えてしまっている。
ダンジョン内でだけステータスが反映されるのか、それとも一部分だけがこっち側に持ち込めるのか。数日潜ってひたすらモンスター狩りに勤しんで、また疲れるまで腕立てをやってみて、回数が伸びるかどうか試してみるのが良さそうだな。
あれからスライムを五千匹ほど余分に倒してるのだから、ステータスというものが数値化できるのであれば、俺の身体能力や思考力はそれなりにレベルアップ……と呼んでいいのか解らないが強化されてるはずだ。またゴブリンに殴られてみるか?
ダンジョンの意思というものがあるんじゃないか、という以前考えた俺の思考を思い出し、ダンジョンは攻略されたがっている。危害を加えるつもりはあんまりないというのが俺の思い描いた図面になる。
ダンジョンがただ攻略されたがっているのなら、プレイヤーたる我々探索者は一定ラインの致命傷を受けた時点で強制退場させられ、無傷で入口に戻るべきである。だが、実際のところは死者も出るし、手足を失う者だって少なくはない。
ダンジョンは脳の報酬系を理解している節がある、という感じか。誰が作ったかは知らないが、何の因果かもわからないが、とりあえずそのおかげで俺は今飯が食えているわけで、ありがとうダンジョン作った人。いや何か。
今日もお礼にダンジョンを攻略しに向かうとするよ。決して速足ではないけれど。
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