498:昼食とお供えと
細道を抜けて二十一層まで戻って来た。暫く休憩のお時間だ。テントまで戻ると、まだできたてほやほやらしい野菜多めパスタを二人分、保管庫から出す。まだ湯気が立ち昇っているそれは一仕事終えて来た俺にとっても、そしてどうやら芽生さんにとっても魅力的に映るらしい。腹の鳴る音が聞こえる。二か所からだ。
「早速いただきます、お腹空いてるので」
一休憩してからゆっくり食べようと思っていたんだが、まだ何も言わないうちに食事を始める芽生さん。よほどお腹が空いていたんだろう。作った側としては美味しそうに食べてもらう事にも嬉しさを感じるので文句は無い。
とりあえず俺も先に食べるか。味見は終わっているので美味しいことは解っている。後はお腹がほどよく満たされるまで食べるだけだ。
野菜多めとは言うものの、単品で野菜サラダを用意するほどの量の野菜は入っていない。だが野菜を取らずにいるよりははるかにマシだ。ビタミンやミネラルをきちんととったほうが体のためになる事も承知している。よく噛んで、よく味わい、微妙に残っている茹で汁までちゃんといただく。
野菜だけでなくキノコも入れたので、菌糸類に含まれているうま味成分が口の中に広がって幸せさが増す。今日も料理は成功したな、芽生さんの表情を見ればわかる。
ちょっと追加で食べたくなったのでウルフ肉を適当に切って焼く。大根おろしでも用意しておくべきだったか。醤油を垂らして付けて食べるのにちょうど良い感じなはずだ。覚えていたら今度は大根おろしのパックみたいなものを探してみよう。きっとズボラな人間用にチューブタイプのお手軽大根おろしみたいなものを何処かの企業が開発しているような気がする。
いや、ズボラじゃなくても、外食産業向けの商品で存在しててもおかしくは無いな。小分けで売ってくれるとは限らないが、レトルトパウチみたいな感じで一食分いくらみたいな感じになっているかもしれん。帰ったら調べてみるか。メモしておこう。
あれこれしてる間に肉に良い感じに熱が通ったので醤油とわさびで食べる。
「何か新しいレシピでも思い浮かびましたか」
ウルフ肉をつまみつつ芽生さんから質問が飛ぶ。
「大根おろしをダンジョンで手軽に食べる手段について考えてた」
「パックの大根おろし、便利ですよ」
「俺が考えつくぐらいだからとっくに商品化はされてるんだろうなぁと思ったがやはり存在はするのか」
「大根買ってきて自分ですりおろすほうが遥かにお安くはなりますけど、確かにあります」
「じゃあ今度買いものに行くときに探してみよう。意識的に探さないとこういう商品は何処の棚にあるかわからないんだ」
存在するなら探せばある。そこに無ければ無いですねと言われる可能性もあるが、大人気商品なら俺も目にしているはずだが、そこまでの商品じゃないという事はそこそこの人気か隠れた名物である可能性が高い。
胃袋を満足させるとコーヒーを淹れていつもの一服だ。ついでに、テントの横にある壊れそうで壊れない非破壊オブジェクトの机に今朝買ったお菓子をお供えする。サクサク感がたまらないが歯にくっついて気になるポテイトゥを油で揚げたものを二種類置くと、コーラを添える。
「やあ、今日も探索ご苦労様だね」
ミルコが顔を見せる。今は時間的に余裕があるらしい。ダンジョンマスターの仕事ってダンジョンの監視以外にどんなものがあるんだろう。知ってどうするわけではないが気になると言えば気になる。
「珍しいな、顔を見せるのは。いつもはお菓子だけ持っていくのに」
「お互い暇そうだからね。胃袋を満たしついでの雑談といった所かな。何か気になる事とか出来たかい? 簡単なもので良ければ答えるよ」
質問タイムが始まった。せっかくなので聞きたいことはある。
「この廃墟……廃墟で良いのかな。壊れかけの町はあっちの滅んだ文明をモデルにしているのか? 」
この風景、若干この国では見たことのない建物の建てられ方、高いと言ってもそこまで高くない建物。ほのかに残る生活感と、現代っぽくない遺留品。色々とみるべきところはあった。
「そうだよ。ダンジョンオブジェクト作る都合上、壊れかけで壊れそうでも壊れないという不思議なものが一杯あったと思うけど、せっかくだし雰囲気というものを出してみたくてね。どうだった? 」
「良い感じにできてましたねえ。建物の中までモンスターが居るのは戦いづらくて仕方ないですけど。あとゴキ」
芽生さんがゴキの部分を強調して言う。克服したとはいえ嫌なものは嫌ということか。
「やはり虫系は人気がないね。こっちの世界にも居るような虫を誂えてみたつもりなんだけど」
「多分その選択は間違っていたと思う。人類の半分ぐらいは苦手にしているモンスターだと思うぞアレは」
「ふむ……なるほどね。参考にしておくよ」
参考にする、ということはもし次に新しいダンジョンを作る際には考えておくという事なんだろうか。それともダンジョンをアップデートするような事があればモンスターの変更を行うという事だろうか。
「ま、出来ちゃったものは仕方ない。課題は残ったって事で次の何かの機会で挽回するとしよう。で、次の階層には何時頃行く予定なんだい? 階段は見つけたんだろう? 」
そういえば見てるんだったな。階段を見つけたこともゆっくり探索をしている事も把握済みって事か。
「まずは二十二層の地図を作ってからだなぁ。次のセーフエリアまでの通過階層になるわけだし、最短距離、最小戦闘回数で通り抜けるにはどうすればいいか、索敵が無い場合どういうルートで行けば安全に探索する事が出来るか。迷った場合の目印はどれにするべきか。色々地図を作るにも考えることがある」
「なるほどね。自分達以外の事も考えてのお仕事かい。ならもっとゆっくり回ると良いよ。もしかしたら何か面白いものを見つけるかもしれないからね」
「面白いもの……? 」
なんか引っかかる言い方をするな。宝箱でも落ちてるんだろうか。もしそうなら嬉しいが、宝箱とオブジェクトを見分ける方法みたいなものがあるって……あ、収納か。怪しいものを収納できるかどうか調べて、収納できるならそれが宝箱って判断する事は出来るな。
「……よく見分けて探してみることにするよ」
「そうするといい。じゃ、僕は他のパーティーの様子でも見ることにするよ。お菓子はその時にでもゆっくり楽しむことにするよ」
お菓子とコーラを抱えるとミルコは何処かへ転移していった。多分モニタリングルーム的なものがあるんだろうな。そこでポップコーンとコーラを傍らに探索している様を観察しているんだろう。今日はポップコーン持ってきてないけど。
「これが滅んだ文明ですか。世紀末なんたら伝説の世界だともっと高層なビルとかありましたよね? 」
「あれは現代社会が崩壊した後の話だからなぁ。全く違う文明の発達の仕方をすればこうなっていた、という学術研究のモデルとしては貴重なんじゃないか? 試しに何枚か写真を撮っておこうかね。こういう記録も大事かもしれない」
「また時間がある時に調査しましょう。と、いってもダンジョン庁には十分な情報が行きわたってる可能性のほうが高いですが」
「ダンジョン庁の直属部隊ならその辺もバッチリ撮影してそうだしな。今更俺から渡す情報なんてそう多くは無いと思うが……廃墟マップにしかない物か。気づける保証はないがそういうのを探すのも面白いかもな」
「今度こそ宝箱みたいなやつがでてくるんでしょうかね」
「ダンジョンオブジェクトに混ざって壊せるオブジェクトが有ってその中にはお宝が……ってパターンだな。だとしたら範囲収納で怪しいところを探して中に入ればそれって事になる。たしかに俺向きの隠し要素だなこれは」
うん、ちょっとやる気が湧いてきたぞ。午後からは階段と階段の直通通路を探す探索になるが、明日以降そういうものを探しながら探索を続けるのも面白いかもな。
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