478:苦手克服っつったって時間はかかる
索敵が感知したモンスターで次に一番近い距離はおよそ十五メートルほど。しかし視界内にモンスターは居ない。とすれば建物の中だろうな。おびき出すことはできるんだろうか。
「こっちを見かけたらまっすぐ来るんだろうけど、どうやってこっちに気づいてもらうかがミソだな」
「所謂釣りって奴でどうです。そっちに向けて音を出すとか」
「なるほど。やってみるか」
パチンコ玉を一発射出し、壁に跳ね返ってカチーンという音がする。すると壁の中からスルスルとゴキが姿を現した。
「洋一さん、私じっと見つめて克服する練習するんで戦ってもらっていいですか」
「それで克服できるようになるなら力になろう」
さっきはスケ剣一発だったからな。次はもっと火力を落として戦おう。雷撃最大出力で一発打ち込んでみる。さすがに二十二層のモンスター、俺の最大出力一発では殺しきれないらしい。ただし動きは止められた。裏返ってピクピクとひっくり返っている。これはトドメが楽だな。そのまま柔らかそうな腹に一発直刀を差し込むとそのまま黒い粒子になって消えた。ドロップは魔結晶。
下りたばかりの二十二層だからかもしれないが、まだモンスター密度は薄い。いつもの小西ダンジョンの密度なら同時に三匹ぐらい来てもおかしい事は何もない。これは階段周りだからこその密度の薄さかもしれない。うまく利用させてもらおう。
「よし、一匹ずつ釣って狩って、いろんなデータを集めよう。芽生さんはそのまま索敵で一番近い敵の方向を教えてくれ。そっちへ一発ずつ音を立てておびき寄せて一匹ずつ倒していってみる」
「解りました。私は頑張って苦手を克服します。あ、相手が蜘蛛だったら大丈夫だと思いますのでその際は色々考えます」
色々って何を考えるんだろう。とりあえず苦手意識を克服してもらうのが先だ。ゴキに慣れてきたら攻撃にも参加してもらおう。憎さあまって全力で相手してくれるかもしれないが、腰が引けてる内はまだ難しいだろうな。急ぐことはないんだ、ゆっくり慣れていけばいい。
「さあ、そうと決まれば次のモンスターだ。どっち? 」
「三時方向二十メートル……やっぱり物陰ですね」
パチンコ玉ぱしゅん。するとカサカサっと少し違う足音が聞こえてくる。やがて姿を現したのは八本足の蜘蛛だった。これがダンジョンスパイダーか。
身構えると、まずは最大耐久力調査だ。近づいてくる相手にスケ剣を射出。蜘蛛に刺さる。やはりこいつの火力は他の手札に比べて三枚ぐらい上手らしく、一発で黒い粒子に還った。まだ使っていけるな。
ドロップは魔結晶。この階層ではドロップは毎回くれるのかな。もしかしたら高いだけで出ない事もあるかもしれない。もっと回数をこなせば平均値が取れるだろう。それまでは現物を吟味するしかなさそうだな。
「蜘蛛は大丈夫? 」
「蜘蛛は平気。益虫だしかわいいし」
可愛いの基準が良くわからないが、蜘蛛は大丈夫らしいので次に蜘蛛が出たら戦闘を任せてみよう。危なそうだったら援護に入る感じで、基本的に一人で戦う方針で行こう。
「次、索敵」
「あいよ……み、見えてるゴキ」
まだ大丈夫じゃないみたいだ。今度はスキルを使わず肉弾戦を挑んでみるか。しかし、素早い。全力で移動してかろうじて追いつける程度だろう。どうやって噛みついてくるかの予測から始めないと。
近寄るフリをして出方をうかがう。ゴキは左右に若干ブレながら走り込んでくると、残り五メートルという所でさらに加速。腕を噛み千切らんとジャンプしながら飛びついてきた。腕をとっさに引いて躱すと、そのまま頭に一撃喰らわせる。
しかし、刃は頭を貫通せず、傷を残す程度が精々だった。予想より硬い頭をしている。あの黒光りする装甲はかなりの硬度を有しているようだ。そのまま俺を中心に半回転して立ち位置を交換する形になり、俺とゴキが入れ替わってゴキにより近づくことになった芽生さんは更にパニックを起こしそうになっている。しかし、射線上に芽生さんが居るためうっかり射出は出来ない。次の一撃で腹なり足なりにダメージを残したいところだ。
完全に肉弾戦だけでダメージを与えることを今は諦め、雷撃でゴキを怯ませることにする。ひとつふたつ手ごろな出力で雷撃を二発与えると、ゴキの動きが一瞬止まる。何かが焼けるようなにおいはしないので、少々痺れる程度にとどまったところだろう。だがそれでいい。何処が硬いか、どこが柔らかいか。それを知れれば今はそれで満足だ。
またこちらに向かって突進をしてくるが、さっきほどの勢いはない。動きを鈍らせることには成功しているようだ。そのまま全力で近寄り頭からぶつかるのを避けると、頭の後ろにある羽根の付け根に向けて直刀を刺す。そこは柔らかかったらしく、綺麗に刃筋が通った。そのまま縦に切り裂くように刃を滑らせて行き、尻まで一気に斬り落とす。
頭が無事でも体が無事でなければモンスターとして生ききれないのだろう。そこで黒い粒子に還った。物理的に頭は固い、よく覚えておこう。避けて背中か腹にダメージを与えるのが確実か、それとも雷を武器に纏わせておいて焼き切るのが有効そうだ。ドロップは最初のと同じ魔結晶だった。こいつは魔結晶以外に何かくれるのかな。ポーションは何となくくれそうな気がする。
「終わりました……よね」
「色々データは取れた。次はもう一つ手を試してみる。後二、三回はデータ取りかな。それで一番楽な方法を確定させようと思う」
ちょっと水分を取ると改めて次の目標を選別してもらう。
「次、二十メートル先……あのビルの中」
「若干はみ出てるな……あれは蜘蛛だ。戦ってみる? 」
「や、やってみます。もし糸に巻かれてしまった時は助けてくださいね」
「約束する。蜘蛛のほうはゴキに比べて随分柔らかいと思うから安心して殴りつけられるぞ」
ようやく芽生さんの戦闘のターンだ。蜘蛛は糸を吐くことも無くまっすぐに芽生さんに向かっている。ゴキとは違う気持ち悪さを感じる事もある蜘蛛だが、ゴキのほうが嫌悪感を覚える人は多い。芽生さんはその辺ゴキはダメだが蜘蛛はセーフらしい。
芽生さんは蜘蛛の動きに呼吸を合わせるようにし、ある程度の距離に近づくと一気に前へ出る。人間相手なら虚をつく、というような感じだろう。蜘蛛はそのまま前に進み、体当たりをしながら噛みつきの動作に入ったらしい。
蜘蛛の体当たりを躱すと胴体に向かって近距離からウォーターカッターを三枚ほど打ち出した。三枚のウォーターカッターはそれぞれ蜘蛛の背中に刺さり、ダメージを与えたらしかった。そのまま蜘蛛との距離を離さずに近づいたまま、頭を跳ね飛ばす。蜘蛛はあたまと胴体がさようならし、黒い粒子に還った。
蜘蛛のドロップも今回は魔結晶だけだったが、糸は落とすはずだ。次に期待しよう。どうやらゴキのと同じ大きさらしい。十七層以降のドロップと比べると、ダンジョンハイエナだけ少し大きい魔結晶で、それ以外はほぼ同じ大きさの魔結晶が出ている。保管庫の中ではそれぞれ違う魔結晶としてカウントされているが、見比べる限り魔結晶の大きさは同じだ。
「大丈夫そう? 」
「次はもっと遠距離から戦ってみる。近距離はなんとかなりそう。今回は糸も来なかったし」
「じゃあ次へ行ってみよう。どんどん回数をこなして階層に慣れていくのが大事だ。次はどっち? 」
「少し階段から離れますが……あっちです」
索敵をあてにしてモンスター探しをする。何処から来るかわかるってのはやはり便利で良い。
「ちなみに周辺に何匹ぐらい居るの? 」
「無理せずわかる範囲で二十ぐらいですね。さすがにどっちが出てくるかまでは判断できません。それを探るにはもうちょっと鍛錬が必要な気がします」
近寄るモンスターが居ないかどうかおっかなびっくり付いてくる芽生さんに歩調を合わせ、ゆっくりと二十二層を回る。ゴキが出てくるたびにウッとかアッとか言いながらゴキを指定してくる。さすがに一日でどうにかこうにか出来るとは思っていないが、そろそろもうちょっと慣れてくれると助かる。
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