475:おやつとたんけんのじかん
「やぁ、待ってたよ」
何処かにでもなく声をかけると、小西ダンジョンマスターである、ミルコが姿を現す。相変わらずどこにいるかは不明だが、おやつを餌に呼んだら来るらしい。よほど楽しみにしていたのか、今にもおやつに飛びかからんとするぐらいうずうずしている。
彼……彼で良いんだろう、ミルコとはおやつを適当に持ってくるという条件で、ここ二十一層で出会う約束をしている。他の探索者が居るときは厳しいだろうが、俺と芽生さんぐらいなら問題ないらしい。パッケージを開けると、早速ポリポリと食べ始める。
飯を食わなければ生きていけないという訳ではないらしいが、嗜好品として楽しみ範疇ではかなり嬉しいらしく、この文明の食べ物は皆美味しいと言ってくれている。
「今日は何するんだい? 文月は居なくて一人のようだけど」
「今日は二十一層を散策……かな。この階層全然回ってないから、どこに二十二層への階段が有るかわかんないし、どの建物が何階建てで地下があるのかどうかとか、道がどこまで続いてるのか……とか。あ、そういえば俺ランク上がったんだよ。二十二層以降へも入れるようになったんだ」
「それはおめでとう。これでまた下の階層へ行けるようになったわけかい」
「今日はその下準備ってところかな。もしかしたら一日で巡り切れないかもしれないけど、出来る所までやってみるつもり。今日は見せ場は無さそうですまないな」
特に呼び出して用事を頼んだりするわけではなく、ただお菓子を食べながらだべる。お菓子を持ってきている時はこれが恒例行事になっている。今日にしても、一人で探索するよりは気がまぎれるのでやはり話し相手というのは大事だ。
「お代わり」
中々の勢いで食べきったミルコがお代わりを要求する。他のお菓子を出して渡す。嬉しそうに新しいパッケージを開けると、もしゃもしゃと食べ始める。飲み物が無くなったようなので追加で新しいのを出す。
「やっぱりこのシュワシュワする奴は冷えてるほうが美味しいね」
コーラの事を言っている。冷えていないと炭酸が抜けてしまうからな。
「滅びた文明とやらにはアルコールの入ってないシュワシュワする奴は無かったのか? 」
「無いでもないよ。ただ甘くてシュワシュワして……というものは結構高級品だったと思うねえ」
「食文化という意味での文明レベルとしてはそんなに高くなかったわけか。そうだな……俺のイメージする中ではこいつはワンコイン……いや、最近は物価も高いからな。ツーコイン飲料って位置づけだ。世界で最も飲まれているシュワシュワ飲料だと言っていい」
「これを誰でも飲めるのかい。それにこの空の入れ物も形と言い持ちやすさと言い考えられている。実に面白い」
ハイファンタジーで言う所の中世みたいなイメージで良いんだろうか。そんな文明レベルでも滅んでしまうあたり、魔法学というものはかなりの劇薬であるらしい。
「十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない、という言葉がこっちにはある」
「なるほどね、僕らからすればこれも魔法みたいなもんだと言う訳か。異文化コミュニケーションというのは中々楽しいねえ」
「こっちからすれば魔法で色々できるほうが便利にも見えなくもないんだけどな。その辺はお互いの魔学と科学がカバーする範囲が違うんだろう」
「ふむ……魔法で出来ない事を科学で達成し、科学で出来ない事を魔法で達成する。良い感じに混ざり合った時にはどうなっていくのかが楽しみだね」
お菓子を食べ終わった。そろそろお仕事を始めるかな。
「じゃ、俺は二十一層をブラブラしてるから何かあったら脳内に直接語り掛けてくれ」
「何もないとは思うけどね。またお菓子を頼むよ」
「気が向いたらな」
そう言い返すとミルコはにっこりと笑い、姿を消した。相変わらず便利だなぁあの転移スキルみたいなやつ。そうぼやくと、階段を下りて路上に出る。さて、まずは二十層への階段側から順番に建物を見て行こう。
◇◆◇◆◇◆◇
二時間ほどかけて、ゆっくりと二十層側の階段からエレベーターのある建物までを見て回ったが、その道中に階段、二十二層へ下りられそうなものは無かった。ただ、いくつか地下を見かけて回ってはみたが、そのまま地下深くに続いて二十二層へたどり着くようなものは無かった。
ただ、石造りの建物の地下には腐って壊れた樽のようなものがあったり、かすかに文明の匂いがする。樽の作りなんかはあまり変わりはしないんだな。おそらく酒とか果実とかそういうものを保管しておくための地下室だったんだろう。
かろうじて座れそうな椅子、物を乗せたら崩れそうな机。試しに直刀を置いてみたが、ダンジョンオブジェクトだからか、壊れたりはしなかった。不思議だ。試しに直刀を持ち上げて、かわりに体重を徐々にかけてみるが、見た目以上に強度がある。おそらく、この形でダンジョンに固定されているんだろう。
不思議現象を味わったところで他の建物にも入ったが、やはり今の状態で固定されているオブジェクトはかなり多かった。ガラスは高級品だからか嵌っているような窓はなく、ただ吹きっさらしといった具合。奇跡的にガラスがあったとしても、この様子だと割る事は不可能だろうな。
二十層への階段からエレベーターのある建物まで直接歩いておよそ二十分。その間にある建物について一つ一つ調べ、何階建てであるか、地下があるかを記入していく。
いずれ他のパーティーがここにテントを立てに来るようになった場合、それぞれのパーティーで住む場所を選んでいくことになると思われる。その場合この地図が役立つようになるだろう。他のパーティーがたどり着くまでに地図を完成させてしまえば二十一層の地図として提出できるな。
地図が全部できるかどうかは自己満足だが、自己満足でいいのだ。これも探索の醍醐味だ。何よりモンスターに襲われる心配がない。
とりあえず道を完成させてしまうか。保管庫から自転車を取り出すと、地図を片手にまずは広い道から走り始めようと思ったが、やはりママチャリでは走りにくい。歩くのとあんまり変わらないようだ。結局歩いていくことにする。
安いマウンテンバイクを二台ほど買っておけばよかったな。今日の帰りにでも買いに行くか。人が見てない内にこういう作業は完了したいところだ、気張って行こう。
◇◆◇◆◇◆◇
更に二時間ほどかけてエレベーターのある建物を中心にぐるりと道に沿って歩いた。どこも同じ景色にみえるが、目印をある程度付けていくことで迷わずには済んだ。どうやら七層と同じでそこそこの広さを持つようだ。地図の端っこ……という訳ではないが、道が続いて無い外側がある。ドローンでも確認したが、端っこという概念は存在するらしい。ある程度の高度でやはり見えない天井があるし、その端っこにある建物に入り込んでみたが、そこからさらに奥に潜り込めるような方向に窓や割れた壁なんかが無いように上手く配置されていた。
ここが端っこですよ~と言いたくなるような造り。つまりそれ以上無理に行くような理由は無いという事だ。オープンワールドゲーで予測不可能な方法でマップの外側に出るような事をする必要はない。今必要なのは下への階段だ。俺はこのマップのデバッガーをしている訳ではない。もしバグを発見したならそれはミルコに報告するべき内容なんだろうが、それをして今の俺に何の得があるのだろう。
再びエレベーターホールへ戻ってくる。時間は……もう一度茂君して帰るにはちょうどいい時間だな。今日の探索はここまでにしよう。階段は見つけられなかったが、マップの三分の一ぐらいは埋められたように感じる。
忘れ物が無いか確認した後エレベーターで七層に戻り、六層で茂君して再び七層へ。七層からエレベーターで一層に戻ってそのまま帰る。今日も潮干狩りは無しだ、ごめんなスライム達。いつか暇がある時に楽しもうな。
退ダン手続きをしに受付へ行く。
「ちょっとだけ早いお帰りで。荷物は無事設置出来ましたか」
「出来ました。その内役に立つと信じてます」
「そうですか、それは何よりですね」
査定カウンターへ行くと、品目の少なさに査定嬢から苦情が出る。
「一日潜ってた割には少ないですね」
「今日は狩りという狩りはしてないですから。純粋に歩き回って探索というより散歩してた感じですね。成果はいずれ出しますよ」
「そうですか、期待しておきます」
今日の収入は四万二千六百十五円。ここ最近では最も少ない収入だが、今日は収入を目的に来たわけではないからな。地図はある程度把握できたし、次回はマウンテンバイクでグルグル回りながらの探索になるだろう。
支払いカウンターで現金で受け取るとまっすぐ家に帰り、家から車でホームセンターへ自転車を購入しに行く。マウンテンバイク仕様の自転車は三万円ほどで買えた。今回も二か所を別々で回って、購入して車に積み込むふりをして保管庫に収納を二回繰り返す。これで次回はもうちょっと調査が楽になるだろう。経費に入るかどうかは解らないが、とりあえず経費として計上しておく事にした。
ついでにお菓子コーナーで新しいお菓子を補充しておく。ミルコが要求してきてもいつでも出せるようにしておかないとな。
夕食も隣のスーパーの総菜で済ませることにした。今日は食に拘る気分ではないので三十パーセントオフになってた弁当を買って帰って家で食べた。
「マウンテンバイクを手に入れた。これで二十一層の探索が進むはずだ」芽生さんに連絡を入れておく。
「誰かに見られたらどうします? 」返事が来た。
「その前に何とかしようと思う。今日は一日二十一層歩いて回ったけど進捗は思わしくなかった。明日は階段見つけられるように頑張る」
お菓子と自転車を無事に仕入れて帰る。帰っていつもの事をしていたら自然に眠気が来たので寝た。もちろん冷房はつけっぱなしで。
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