465:大とんかつと棒とんかつ
帰りのバスに揺られつつ、そういえばこの辺にテレビで宣伝してたとんかつ屋があったなと思い出す。せっかくだし寄ってみるか。夕飯も同時に取れてお得だ。買い出しは別で行く事にしよう。
即座にスマホで場所を確認すると、ちょうど次の停留所の近くらしい。途中下車して外食としゃれこもう。
しばらく歩くと徐々に目的のとんかつ屋が見えて来た。波板で周囲を囲み、屋根を瓦風にしてある。江戸文字風フォントの看板を掲げていて、とんかつは和食である、異論は認めないとでも言うのか、とにかく和風にアレンジされた店だ。
中に入ると木材をふんだんに取り入れた木目をそのまま使った梁や柱が見られる。が、それ以外の部分については黒く塗られていて黒と木目調のグラデーションで統一されている。一人だが四人掛けのテーブルに案内された。
机はちゃんと黒く塗ってある。指でこすってみるが、滑らないように加工が施されている。おそらくテーブルが黒いほうが揚げた肉の色がより分かりやすく見えるように配慮されているんだろう。
メニューを見ると、昼はライスとキャベツおかわり無料の文字。つまり昼時は客があまり入らないんだな。早速何を食うか選ぼう。
とんかつ御膳、キャベツ盛りとんかつ、カツ丼……カツ丼はこの店ではありなんだな。後は地域柄名古屋に近い事もあってか、味噌カツも選択できる。大きなとんかつを一枚使った大とんかつなるメニューもある。
大とんかつ……俺、気になります。後はご飯がセットに出来れば……できるようだ。まずはこれを食べることにしよう。
さすがにチェーン店ではないのか、店員が直接注文を取りに来る。ロボットに託したりはしないらしい。これもまだ費用対効果が店員のほうが安いと見られているんだろう。この大きさの店ではロボットを飼うのは難しいらしい。
注文を伝えると、耳を澄ませて厨房のほうを聞き取ろうとする。客数もあって若干騒がしい店内だ。音楽らしきものは流れていない。他人の話す声がいろいろ聞こえてくるが、特定の声だけを拾って聞き取ると、探索者っぽい人を探している声が聞こえてくる。俺の事か?
軽く周りを見回すと、ほぼ一般客らしい。探索者らしき人物は……ぱっと見俺だけ、つまり俺の話をしている可能性が高い。ステータスブーストしてよく聞きとってみよう。ダンジョン外で通じるかどうかは解らないがやってみるだけの価値はある。
「探索者って若い人あんまり居ないよね。おじさんが多いイメージ」
「清州ダンジョンのほうは若い人多いみたい。あっちのほうが行きやすいし」
「でもテレビで見た時は若い人もいたよ? 」
どうやらダンジョン外でもほんの少しだけだが効果があるらしい。ダンジョントレーニングで地上でも効果があるという実証結果は出ているし、俺の聴力もそれなりに強化されているようだ。しかし、肝心の話の内容は俺がオッサンであることを確認されていた。悲しい。
暫く落ち込んでいるととんかつが運ばれてきた。キャベツを下に敷いてその上に皿の大きさと同じぐらいのとんかつが出てくる。三十五センチはあるかな。ソースも何もかかっていないが、そのデカさには中々に目を見張るものはある。早速いただこう。
ちゃんとある程度の幅であらかじめ切られているため、噛み千切る必要はないのは嬉しいところだ。まずは何も付けずに真ん中らへんのとんかつを食べてみる。
サクッという軽やかな音と共にほんのりと肉と油の味が舌に乗ってくる。良い感じに揚がっている。食感も軽い。奥歯でしっかりと味わうと細かく口の中で砕かれた満足した肉の塊が喉を流れてやがて胃袋に達する。
軽さを維持しつつこれだけデカいとんかつを作る事が俺にはできるだろうかと言われると難しいだろう。やはり店舗用の大きなフライヤーを使わないと綺麗に揚げきることはできないと思う。
もう一切れ、今度は端っこの肉をそのまま食べる。肉がしっかり感じられる。薄い肉だが、衣で割増しをしたりはしておらず、端から中まで肉が通っている、ちゃんとしたとんかつだ。
店によっては衣を多目につけてデカく見せる店もあり、衣好きならそれはそれでありなんだろうが、ここはそうじゃないらしい。ちゃんと肉で勝負しに来ている。ならばこちらも喰い終わらねば不作法というもの。ワシワシ食べて行こう。
ソースをちょいとかけてご飯にワンクッションして口に運び、全てを咀嚼しきる前にご飯を一口。うん、カツ丼にも合いそうな肉をしているな。キャベツで胃にまだ行けるぞという覚悟をさせつつ、とんかつ、ご飯、キャベツと順番に食していく。
次は塩だ。塩のみかけてシンプルに食べる。塩が良い感じに油の風味を抑えてくれて肉の味が引き立つ。肉も割と良い物を使っているような気がする。値段相応といった所か。
味噌だれも試しておこう。味噌は濃い黒味噌だ。東海地方ではよく食卓に調味料として乗せられている甘めの何にでもかけてヨシみたいな奴だ。ご飯にも豆腐にももやし炒めにでももちろん揚げ物にも合うという触れ込み。やはり東海地方民としてはこの味噌は外せない。
甘いたれとサクッとした歯触りが良いアクセントをもたらし、相乗効果でより美味しく感じる。キャベツにも味噌をかけてそのまましゃくしゃくと食す。ご飯も進む。
かなりの大きさで苦労するかとも思ったが、そうでもなく全部食べ終えることが出来た。
……まだイケるな。
もう一品、軽めの物を探す。カツ丼はさすがに今から胃に入れるとそのまま家まで胃にもたれかかって寝る可能性が高い。とんかつだけのシンプルな奴で行こう。最近流行らしいと聞いたことのある棒とんかつ。割と大きめにメニューに書いてあるからには自信があるらしい。
店員を呼び、棒とんかつを単品で注文。ご飯はまだ少し残っている。棒とんかつでもう一杯……と行けなくもないが、今日のところはとんかつを二品も頼むという贅沢をしている。後の行動にも響くだろうしこのぐらいで勘弁してもらおう。
しばらく待ち、ご飯がほどほどに冷めてきたところで棒とんかつの登場だ。綺麗に切り目を斜めに並べてシャレオツな感じを演出している。映えるって奴かもしれん。
おっさんは映えには無縁なので写真を撮るでもなくそのまま食べる。ほんのりと中に赤さの残った、しかし食感は間違いなく揚げられている肉からあふれ出る肉汁が俺の頬から奥歯にかけてのラインを喜ばせる。ここが喜ぶ肉は良い肉だ。
鶏にせよ豚にせよ牛にせよ、奥歯と頬の奥で感じられる油と肉に作用する美味しさ測定器に今のところ名前は無い。誰かがきっと脂味とかそんな感じの名前の第六の味覚の名前を付けるだろう。
もう何も付けなくても美味しい。さっきはデカさを前面に押し出してきたが、こっちは味わいを前面に押し出してきているイメージだ。どっちも甲乙つけがたいが、あのデカいとんかつを食った後でこれだけ俺を満足させることができるなら十二分に美味いとんかつだとランク付けができるだろう。
気が付けばなくなってしまっていた。最後のご飯で口の中をサッパリさせると、しばし余韻に浸る。今日の店は正解だったな。テレビの情報もたまにはあてになるもんだな。
食べ終わると支払いを済ませる。三千百八十円なり。食った分高くついたがこんなものだろう。支払いを終えて今度こそ帰路に着く。次のバスを待つにはちょっと長い時間が必要だ。ここは物陰で自転車を取り出して食後の運動をしつつ帰るか。
食後の運動がてら自転車で駅へ。ちょっと食べ過ぎ気味で胃袋に重みが来ているが、お帰りなさいするほどの速度を出さずに無事に駅まで到着。家に着いたら着替えて洗濯したまま買い出しに出かけよう。今日は満足できても明日の飯が無いから材料を買いに行かねば。
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