458:九層上級者コース
九層の森の一番森に近い部分を歩いて進む。さすがにここまで近寄ると自分から探しに行かなくても向こうから寄ってくる。出てくるモンスターは六から八。十層に近いグループとの戦いになる。
正直割ときつい。きついが、ステータスブーストを最大限発揮する事でモンスターたちの動きはかなりスローに見えている。ゆっくり近づいてくるモンスターを最高速で近寄って叩き切り、片っ端から黒い粒子に還していく。
ジャイアントアントの酸さえ来なければ戦いは楽。噛みつかれてもほとんどダメージにならないのは体験済みなのでひたすらに直刀をふるい、雷撃を当て、周りに誰も居ない事を確認して保管庫に範囲収納していく。ここはいいな、中々にひりつく戦いを楽しめる。
約束も破ってないので思う存分戦える。九層の森に近いところで戦ってはいけないとは約束してないからな。ソロだとここが一番儲かるだろうポイントであり、実力を試す絶好の場所だろう。
流石に数が数なので時間がかかるが、モンスターの密度も高いため三分に一度はエンカウントし、一分戦ってまた二分前に進む、そんなペースで戦う。またジャイアントアントが八匹連れで訪れる。どうやらここは八が限界みたいだ。
ということは森の中に入れば木を利用した三次元機動を行いながら十匹ぐらいは出てくるんだろう。こういう時に芽生さんの索敵があればもしかしたら森の真ん中を突っ切る事が出来るかもしれないな。彼女のスキルに期待するところ大である。
ただ、さすがにこの道は疲れを感じざるを得ない。三十分が限界かもしれないな。三十分経ったら一旦外側に出て休憩するか。休憩しても余りある戦果は得られているはずだ。ちょうど階段までこの戦いの密度を維持したまま進む事にする。
ワイルドボア八、ジャイアントアント六、ジャイアントアント八、ワイルドボア七。割と容赦ない数が出てくるが、ワイルドボアはそもそも相手になってないしジャイアントアントは雷撃でも肉弾戦でも一発で落とし切れる。数の割には割と余裕があるな。やはり持久力の問題か。ここで一時間しのげるようになればやがて十層も……という風になれるだろう。
もう一段階ステータスブーストを上げたいな。その為にはひたすら回数をこなすか、強いモンスターと戦う必要があると思われる。ステータスブーストが上昇する条件が絞り込めていないので何とも言えないが、戦ってれば自然に上がると感じるあたり、やはり持続時間と黒い粒子の吸入といった所だろう。
もしかしたらダンジョンに入って竹刀素振り千回してその間の呼吸でステータスブーストに変化が出るとかの可能性はあるわけだが、ここまで鍛えてしまった以上実際に確かめるすべはない。今はひたすら目の前のモンスターを倒すことで実力をつけて行こう。レベルもステータスも数値化はされていないが、それに対応するような現象は起こっているんだ。小難しい理論は学者に任せよう。
あっという間の三十分で十層側の階段にたどり着いた。さすがにちょっとお腹が空いてきた。ここで階段前で一旦休憩だ。今日ならもう半周できる気がするな。休憩が終わったらやってみるか。休んでる間にスキルの使用回数も回復するだろう。四層で鍛えた甲斐があったってものだ。
休憩をとってカロリーと水分を補給すると、再び森に一番近づくルートを歩き続ける。もう三十分ぐらいなら戦えるだろう。もしきつかったら外に逃げればいい。ここはきついと思ったら温いルートに変更できるので取り返しがつかない事態に陥る可能性は低い。
ワイルドボアの革がどんどんたまっていき、徐々に背中の容積を圧迫していく。そういえばワイルドボアの革はかなりの枚数納品しているはずだが、これは需要と供給のバランスはどうなっているんだろう。供給過多になっては居ないだろうか。そうなると、今度の価格改定では値下がりする可能性があるな。稼ぐなら今の内という事か。
フンスと気合を入れてまた六匹から八匹ぐらいを相手にする。まだ意識を遠くに飛ばせるほど楽な相手ではない。ここは最大数こそ敵わないが実質的に十層と同レベルなんだ。気を抜いたら割と大変なことになる可能性だってある。同時に酸が飛んできても避ける事は出来るようになったが、気を抜いていたら喰らってしまう事だってある。充分に注意しながら相手の居場所と自分の立ち位置を考えて有利に戦っていく。
ワイルドボアが雷撃で焼きワイルドボアになり、ジャイアントアントが頭を飛ばされて胴体とさようならする。偶に落としてくれるキュアポーションがここでの癒しだ。ワイルドボアの革はちょっと邪魔だな。
癒しは二十五匹に一匹ぐらいの確率で出てくる。運が良ければ二〇分に一回ってところか。たまには連続で出てくれることもあるが、確率が収束していくことを考えるとその後の癒しが遠くなるので一口に嬉しいとも言い切れない所だな。
あっという間の三十分が過ぎ、八層への階段まで戻ってきた。今日の集中鍛錬はこのぐらいで良いだろう。これ以上続けると途中でエネルギー切れでダウンする可能性が出てくる。今日はもう一周中級者コースを回って、それから帰ろう。調べることも増えたしな。
そうと決まれば体をグリグリッと軽くストレッチして水分を補給。おし、一時間ぐるっと回るか。誰も居ないみたいだし、思う存分ゆっくりテキパキ仕事しよう。
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キッチリ一周してきた。実入りはそこそこ。内周りをしたおかげで時間の割には儲かったと言えるだろう。今日はこのぐらいにしておいてやろう。また明日もしっかり稼ぎに来るからな。
八層への階段を上り、寂しい風景を横目にワイルドボアを炭化させながらメモを見返し、調べることについて書き加えていく。おっとダーククロウだ、余さず処理していこう。羽根も積もれば布団になる。そろそろもう一回分ぐらい納品できるかな。
七層への階段に着き、自分のテントまで歩いて戻ってくる。最近はみんな忙しく働いているのか、自転車に出会う機会が少ないと感じる。やはり自分用の自転車があったほうが楽だな。エレベーターも本格稼働し始めたことだし、一層から堂々と自転車を持ち込んでみようかなという気にもなってきた。いずれ考えておこう。
自分のテントの中でドロップ品の整理と、インナーシュラフを再度バッグに入れて帰り支度をする。今日は午前中をエレベーターボーイと茂君に費やしたおかげでそれほど多くは無いのでその分肩も軽い。魔結晶もギリギリエコバッグ一袋で足りた。細かいものはバッグに放り込んであるので査定の時に忘れず出そう。
久しぶりに七層のシェルターのノートを見る。どうやら新しいノートに変わったようだ。古いノートからの引継ぎ事項は当然ながら書かれていない。その仕事を担当するはずの田中君はまだ帰ってきていない。新しいノートに新しい人たちが新しい文言を書き記していく。
とりあえず、ノートの初めの裏に九層から十二層の中心は危険だから向かわないように、とだけ俺が書き加えておく。今のところ大事な事はそれぐらいだろう。後は田中君が帰ってくるのを待つか。
六層側の階段の裏からエレベーターに乗り一層へ。時間は充分にあるが、今日はスライムを潮干狩りせずにいつも通り道端のスライムを雷撃しながら出入口へと向かう。ポロポロと時々落ちるドロップを拾うが、まあ財布を少しにぎわす程度だった。
退ダン手続きをして査定カウンターへ。いつも通り仕分け終わった袋を順番に渡していくと、お互い慣れた手つきで査定を始める。ほいほいと査定は進んでいき、いつも通り五分ほどで査定が終わって結果が出てくる。
十九万二千九百円。珍しくあまり細かい金額が出なかった。別に現金で受け取るわけではないので気持ちの問題だがちょっとすっきりした。支払いカウンターで振り込みを依頼すると、スマホで結衣さんに連絡をしておく。
「高橋って人が十五層連れてってくれって来たよ。やたら鍛えられてたけどD部隊の人? 」カマをかけておく。返答を待ってる間に家で調べ物が出来るな。
夕方と言ってもまだまだ明るい中、帰りのバスに乗る。じんわりとした金属が発する熱の匂いを嗅ぎつつ夕飯を何にしようか……と考え始める。
最近緑黄色野菜の量が足りない気がするので豪快にサラダを食べようか。冷蔵庫の中身を思い出しながら保管庫の中にある野菜を見る。全部使い切るぐらいのつもりで食べても良いか。
電車に乗り換え最寄り駅で降り家に着く。早速冷蔵庫の中を漁り、十分な野菜があることを確認する。よし、これで夕食は食えるな。明日もちょっと早めに上がって買い出しに出かけないと食糧が無いな。いや、無いわけではないがそれなりにバランスの良い食事を取ろうとすると難しい、といったほうが正しい。
とりあえず今からの分はあるからそれで腹を満たそう。明日の朝用のキャベツだけ残して、冷凍庫に残っていたミンチ肉を含めていろんな野菜を適当に切っては放り込んでトマト缶をぶち込むと、煮立たせる。塩胡椒で味付けをして味を確認したら巻かないロールキャベツ的なものが出来上がった。後はチーズを一枚乗せて適当な器に入れて完成だ。後は米をレンジで温めて食事開始とする。
ちょっとたんぱく質の少ない食事だが、今日は野菜を食べる日と決めた。モリモリと野菜を胃袋に放り込んでいく。トマトの酸味と塩気で味わいは充分。チーズもたまに舌を喜ばせるアクセントとして優秀だ。
二人分ぐらいの野菜を胃袋に詰めると満足した。また野菜が食べたくなったらこれ作ろう。
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