448:価格改定業務と小西ダンジョン
side:ダンジョン庁
ダンジョン庁では年に二回査定価格の改定作業がある。作業が有ると言っても実際の作業自体はとても単純で、データベースの基礎部分の査定価格の数字を入れ替えるだけだ。リストさえ完成していれば数分で終わる程度の分量でしかない。
しかし、その新しい価格を決めるほうに問題があった。査定価格が上がるという事はそこから仲介をする業者に対しても買い取りの値上げを要請する必要がでてくる。もし双方の間で合意が取れないのなら、ダンジョン庁の有する倉庫に在庫の山が積み上げられることになる。
実際、在庫の山として倉庫を賑わせている物品に関しては値下げをする予定であり、その含み損はダンジョン庁の赤字として計上される。赤字分を他のドロップ品で埋め合わせしたいところではあるが、なかなかそうはいかないのが市場原理というものだ。
現状全方位から値上がりが確実だと思われているのはダーククロウの羽根である。誘眠効果が確認されているダーククロウの羽根は、枕・布団・クッションから始まり、同じ成分が地球上に存在するかどうかの探求や、成分だけを抽出する事は出来ないか、等需要のわりに、供給が著しく足りていない。
前回もダーククロウの羽根は値上げを行ったが、その幅は非常に小さい物であった。しかし、枕や布団の効果が確実であることが徐々に広まりだすと需要は一気に爆発し、特に品質のいいものについてはダンジョンでの査定価格の数倍にまで達する事すらあるという。
その価格の上昇幅をいくらにするかでダンジョン庁内部で調整が行われていた。前回と同じ幅で良いのか、それとももっと大きい幅で上げてしまっても良いものか。何せダンジョンが出来て三年、今のギルドの総買取体勢になってからはもっと短い期間しかなく、価格改定の前例を積み上げるにはまだまだ時間が足りない。
一応前回は一つのモデルケースとして、最大二割の上下という枠が設けられたが、ダーククロウの羽根の価格を二割上げたところで無事に持ち帰ってくる探索者が居るかどうかは別の話である。
価格の改定をする際には様々なランクの探索者にも相談をする。それらを参考にして価格改定を現実のラインに持ち込んでいくことも多々ある。
曰く、ダーククロウは空を飛んでいるので攻撃手段が非常に少ない。スキルでも使わないととてもじゃないが倒せない。
曰く、羽根は嵩が有るので持ち運びがしづらく他のドロップ品を持ち帰るほうが金になる。
曰く、実力と存在する層と討伐難易度と収入が割に合わない。
探索者の意見はほぼ同じだった。つまり、二割程度価格を上げたところで取ってくる探索者が増える訳ではない、という事だった。これは前例に倣って二割程度の値上げでは需要を満たすことはできないとダンジョン庁は判断、それ以上の値上げを行うという事で話をまとめた。
逆に値下げの筆頭に挙げられたのがワイルドボアの革である。革製品にはそれぞれの種類の革によって用途も変われば需要も変わる。規格製品のようにドロップされるワイルドボアの革は機械加工に非常に向いていた。その為大量生産を行う事が可能であり、スムーズに製品として市場に流れていった。
革製品自体の需要が減少したわけではないが、探索者の全体レベルの上昇によってワイルドボアの肉、革の供給が増えだし、需要を徐々に上回りつつあるというのが現状だ。このまま半年後の推移を見守ると、ワイルドボアの革の価格を今のうちに値下げをして市場動向を見ていくのが良しとされた。
それらとは別で、需要に関わらず市場価格を安定させるためにあえて値段を動かさない物もある。ポーション類はその筆頭と言える。価格を上げたらその分市場で使われる価格にそのまま上乗せされる形になる。ポーション類による医療行為は今のところ保険対象外になっているが、人の命や怪我に関わる部分でもあり慎重にならざるを得ないのが実情である。
できるならすべての必要な人に必要な分だけのポーションを供給する。できるだけ安価で、できるだけ真っ当な手段で。その考えはダンジョン庁も、そしてポーションを分析し同効果のある医薬品を開発しようとしている研究者も同じであり、だからこそ下手な値崩れや投機家による買い占めなどを防ぐために価格を一定に据え置いている。
また、食肉についても同様に値段をほぼ据え置きとされた。これは食肉を取り扱う業者や農協との関係悪化を防ぐためでもある。ダンジョンでの価格を一定にしておくことで、それぞれの住み分けが出来るようにとの事だ。だがボア肉については、今後の需要増を見込んで高く買い取ることになった。
魔結晶についても議論はされたが、実験炉での発電施設の研究稼働が始まり、現在稼働している商用発電に比べてどのぐらいのコストで運用できるかが計上されるまでは現状価格を維持するべきとの声が大きく、探索者の懐事情を考えても維持するべきだという結論に達した。
「これで後は価格を公表すれば一段落かな……スライムゼリーで緊急価格改定をしてからそれほど時間が空いてないのでつい最近やった気がしないでもないが」
ダンジョン庁長官である真中は価格改定後の予定金額と、現在の平均ドロップ量から産出されるダンジョン税の予測値、更にドロップ品を流通へ流す際にダンジョン庁が上積みする金額との収支予測を見比べていた。
「ウルフ肉の供給が上がり始めてますがそれは放置しても良いんですか? 」
「ちょうどウルフ肉の需要も増えてきているところだし、食ったら無くなるものだからな。安定供給できているならそれでいい。半年で食い飽きるかもしれないし、今価格を下げたとしても大きく影響はないという結論らしい。これからさらに供給が多くなる見通しが有るという話だが、足りないよりは余っているほうが安心だ。何せ腐らないし」
「そういえばウルフ肉のドロップ確定情報は前からありましたが広まり始めたのは最近。また小西ダンジョンですか。あそこは話題に事欠かないですね」
秘書が横から書類を覗き込みながら感想を述べる。
「エレベーターの件もそうですけど、今まで静かだったのが不思議ですよね。キーマンを探してみますか? 」
「小西ダンジョンに問い合わせてみるか。最近目立って活躍している探索者は居ないか、と……いや心当たりがあるな。例の報告を上げて来たCランク探索者が。ちょっと周りを洗ってもらおうかな」
真中は小西ダンジョンの動向を気にかけていた。どうも最近色々ありすぎるぞ? と。何がかは解らないが小西ダンジョンに作用しているのではないか。
「あくまで一探索者ですよ? そこまでする必要ありますかね? 」
「どうせしばらく暇なんだ。目をつけておいて損は無いと思うし、上げられてきた情報以外にも何か掴んでるかもしれない」
「ダンジョン庁にも言えない事、もしくは坂野課長が意図的に止めている情報があるとかですかね。そんな事して何の得があるんでしょう? ダンジョンを封鎖、消滅させる方法についてはきっちり報告してきていたはずですよね。それ以外に探索者として彼が損をする情報がまだ何かあると? こういう時ラノベだとどういう感じになるんです? 」
秘書は真中のローファンタジー好きを把握している。ローファンあるあるネタを高らかに読み上げるかもしれない真中に期待していた。
「そうだなあ。消すと増えるとか、もっと厄介なダンジョンが新しく別の場所に出来上がるとか。でもそれならそれで報告してくれればダンジョンを潰さない方向で解決するわけだから……やっぱり何もないのか? でもその割にはすんなり色んな情報を提供してくれたような気がするし、やはりその探索者とダンジョンマスターは何らかの結託なり意見の一致なりをしている可能性が高いな」
真中は目を閉じると普段は読書でしか使わない脳の部分をフル回転させる。が、今日は調子が悪いらしく思いつくものは何もなかった。
「とりあえず小西ダンジョンへ連絡。情報を上げて来てくれた探索者について持ってる個人情報をこちらに集めてくれ。理由は……Bランク探索者認定の材料とかで良い」
「解りました、手配しておきます。しかし、四か月か五か月でしたっけ? こんなペースでランクを上げてくる探索者、他に居ましたか」
「それも含めて珍しいケースかな。民間探索者では異例の早さだと思うよ。だからこその調査だとも付け加えておいてくれ。もしかしたら月例報告にゲストとして参加してもらう可能性がある」
「月例報告に民間人を呼ぶんですか。それなりの理由が必要になるのでは」
ギルドマスター会議に民間人を呼ぶ事は無い。ダンジョン庁管轄の部隊長からの進捗報告という形で参加してもらう事は時々あるが、それにしても異例の事ではある。
「小西ダンジョンの成長が著しいので何か内部でおかしなことが起こってないかとか、ダンジョンで秘匿されてるような情報はないか。それを民間の目線で説明してもらいたいとかね。それまでに言い訳は考えるさ。坂野課長にはその方針でいる、とだけ伝えておいて。まさかダンジョン庁に直接呼びつける訳にもいかないからね。そうだな……小西ダンジョンをメインとしている探索者に、最近ダンジョンの売り上げが上がっている理由について参考意見として聞きたいとそういう感じで。ついでに二十一層の一件で労いたいともつけ足しておいてくれ」
「段々理由がフワッとしてきましたが解りました。連絡はしておきます。可能なら可能、不可能なら不可能で返信さえもらっておけばいいですし、断るなら断るだけ黒い理由が出てきそうですからね」
外堀は順調に埋められている。
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