447:一人焼肉食べ放題って割とペースが難しい
焼肉屋へやって来た。焼肉屋と言いつつ、サイドメニューが比較的多めに用意されている食べ放題店だ。サラダはビュッフェ形式で食べ放題、肉も注文し放題、そしてデザートにケーキとソフトクリーム、コーヒーも飲み放題というカロリーとタンパク質の暴力で来客を迎えるストロングスタイルの店だ。何より、選べる種類のわりにお安い。
食い放題の値段相応に安いであろう豚肉と鶏肉、ドリンク飲み放題セットが約二千円。牛肉付きが約三千円。高級和牛付きが約四千円という値段設定をしているので財布にも解りやすい。そして俺の財布には今から芽生さんと新浜パーティーを呼んでみんなで卓を囲んで俺持ちで飯を食う事も出来るだけの実弾が用意されている。
しかし、今日は一人焼肉と決めている。ロースターを独り占めし、ただひたすらに肉を焼いて食い、箸休めにソフトクリームとカレーとご飯、そしてケーキと少量のサラダを胃に詰め込みたいタイミングでどんどん食っていく。今決めた。今日はチートデイだ。好きなものを好きなだけ食べ、そして明日からはまた若干カロリーの少なめの食事を取っていくというダイエットスタイルを取ることにする。
まずは駆けつけ三杯、豚カルビと牛盛り合わせを三人前頼む。鶏肉は今日はパスだ。あれは中まで火が通るのに時間がかかるからな。肉が届くまでにポテトサラダと緑野菜を取りに行き、まず胃を落ち着かせる。今日は潜ってから水分以外ほとんど補給してないので、お腹の脂肪は程よく燃焼している事だろう。
誰かが言っていたな、まず野菜を食べてから肉を食べ、炭水化物を最後に食べると消化バランスが良いと。たまには従ってみよう。まずそこそこの量を盛ってきた葉物野菜を良く噛んで味わうと、ポテトサラダを一掬い。野菜で胃に今から真剣に働けというメッセージを送る。
諸君にはこれから過酷な労働が待ち受けている。しかし、これは生きるために必要な労働であり、我々はそれを支える大事な役目を背負っている。幸運なことに本日は余力が充分である。諸君らの奮闘に期待するところ大である。では、消化活動を開始する。
サラダが胃に到達したことを確認すると、ほどなくして肉が運ばれてきた。三人前と言いつつも、皿に乗っているのは六切れ程度だ。これでは一人前にすらなりゃしない。早速肉を焼き始める。
まずは豚からだ。味の濃いものを先に焼くと網にたれが絡みついてそれぞれの風味が損なわれるという意見もあるだろうが、タレで食べるならどうせタレの味に汚染されるので俺は同じだと思う派だ。他の人はどういう派閥に属するんだろう。
肉を焼き始めたことで次々に注文を入れる。次は牛タンと牛カルビを三人前。牛タンのいいところは短時間で火が通る事だ。安い焼肉屋で牛タンを注文する事は、食事を加速させる要因になりうる。早く届くかどうかはさておき、肉を焼き始めてから胃袋に入るまでの時間は多分一、二を争う速さだろう。主な要因は薄さだ。向こうが透けて見えるほどではないにせよ、薄い肉はそれだけ焼けるのも早い。
胃袋を満足させるには物足りなさを感じるが、舌を喜ばせるだけのポテンシャルは持っている。今日は色々注文したいな。肉の合間にサラダを挟み、バランスよく摂取していく。カボチャなんかの焼くのに時間がかかる野菜は一度茹でてある場合が多い。ここも一度茹でてあるのか既にある程度の加工が為されている。焼くのが面倒ならそのまま食ってしまえる。
肉が焼ける前にキャベツで早めに胃袋に消化部隊の増援を送りつつ、まだかまだかと焼き目をトングで確認する。まだはやいな。もうちょっとかな。また胃袋にサラダを詰める。一回目取ってきたサラダが無くなったので、手早く二回目だ。今度はサラダとは別にミニケーキを一つ乗せる。焼肉のたれの甘辛さに対して純粋に甘いものが食べたくなるだろうからあらかじめ常備しておくのだ。
滞りなくチョイスし席に戻ると良い感じに肉が焼けていた。早速ひっくり返してもう片面も焼く。ダンジョン産と違ってしっかり焼いておかないと翌日大変な目に合うかもしれない。これもダンジョン産に慣れてしまった弊害だろう。普通肉はちゃんと火を通して食べるものだ。
ふとメニューを眺めると、ここでは最高級コースならウルフ肉も味わえるらしい。食べ放題にウルフ肉。採算は取れるのだろうか。しかし気にはなるので次の注文でちょっと選択してみよう。普段自分が加工するのとどういった違いが出てくるのか。
さて、肉が焼けたぞ。ようやく食事にありつける。白米が届く前だがまずは甘口たれでこの薄い肉を味わっていく。普段のダンジョン肉とは違い、口の中で肉であるという自己主張を忘れない噛み応え。焼肉はこうでなくてはな。口の中で蕩けていく高級肉も良いが、やはり肉は肉であることを自己主張する事はとても大事だと思う。
焼けたそばから胃に入れていく。時々ポテトサラダで舌をリセットしつつ、あっという間に最初の皿を平らげる。ここで牛タンが届いた。良いタイミングだ。
牛タンをさっと両面焼くと何も付けずに食べる。ネギ塩じゃなくただのタンを選んだので薬味の香ばしさは無い。牛タンもあっという間になくなりそうだ。次の注文はウルフ肉を確認の意味を込めて一人前。それと中落ち、牛ロースとしゃれこもうかな。白米が届いたので肉をワンクッション置き、肉の脂という最高のふりかけを散らしておくことを忘れない。
次の注文をすると、まずは机の上をいったん片付けるためにサラダを胃に納め、肉を全て焼く。焼くまでの短い時間を利用してドリンクとソフトクリームの追加だ。これは確実に明日来るな。覚悟しておこう。
ニンニクはいくら追加しても問題ないだろうが、今日のところは止めておく。ソフトクリームの冷たさを感じながら、焼けた肉をたれにくぐらせ、白米にワンクッションして食べる。その後ワンクッションした部分の白米を続けざまに投入していく。やはり焼肉には米だな。
ソフトクリームのお代わりをしてちびちびと食べていると、追加の肉が現れた。明らかな赤身たっぷりの薄い肉、多分これがウルフ肉だろう。早速それだけ焼いて食べてみる。……うん、いつものウルフ肉だ。だが焼肉屋という雰囲気が味わいを深めているのか、何か調味料を仕込んであるのか。カルビ風ではないそのただの赤身肉だがいつもより美味しく感じる。
タレをつけて食べると、いつものウルフ肉感がさらに増す。これは一人前で充分だったことを確認出来てヨシ。次にロースに入る。中落ちは最後だ、そうしないと口の中が脂まみれになり他の肉が味わえなくなってしまう。
ロースを良く焼いてワンクッションの儀式を行った後口に入れていく。柔らかくて美味い。そういえばこういう形で牛肉を味わうのは久しぶりのような気もする。牛丼とかビーフカレーならちょくちょくお世話になっているが焼肉! という環境では機会が無かったな。この際にしっかり味わっておこう。
今頃は小寺さん達も自分で取った肉を焼いて楽しんでいる頃だろうか。さすがに合計八十パックも持って帰れば十分足りるとは思うが、あの肉たちだけで二十四万円の価値があるという事を考えると喰わせてもらってる人たちは値段聞いてびっくりするんじゃなかろうか。オーク肉一パックで今俺が食べている肉たちとほぼ同じ価格。物価がよく解らなくなってきたな。
中落ちの脂がロースターに落ちて一瞬炎が上がる。そろそろいいだろう。口に入れると強いコクとしっかりした赤身の噛み応えが胃袋を更に満足させる。これもワンクッションを忘れない。米が更に美味くなる奴だ。二人前頼めばよかったかな。
机の上に乗っていた食品は大体片づけた。ここらで雰囲気を変えよう。カレーライスを半人前ほどよそってくる。コーンスープ添えだ。胃袋を一旦脂の暴力から解放し、いつもの食事を楽しませてやる。そしてその間に追加の注文を何か考える。そろそろ胃も満足を迎えるころだろう。高そうな肉を注文して焼き、それでシメと行こうかな。
どうやらこの価格帯の売りは熟成牛ロースステーキらしい。焼肉の最後にステーキ、悪くない組み合わせじゃないかね。二人前注文すると、キャベツのお代わりへ行く。胃もたれを防ぐための先人の知恵だ。大根サラダも添えておく。どちらも胃の消化を助ける。口の中も野菜である程度リセットされ、受け入れる準備が万端になったところでステーキの登場だ。
予想よりは薄いが、それでも我こそはステーキであるという風格が漂う。その風格を崩さないよう丁寧に火あぶりの刑に処す。脂の焼けていくいい香りはさっきまでの肉とは違う香りを漂わせる。胃袋が脈動し別腹が稼働し始めたことに気づく。これはデザートもう一品行けるな。
ステーキが焼きあがり、早速かぶりつく。牛肉のステーキは久しぶりだ。中華屋でレッドカウの肉を持ち込んでわざわざ作ってもらった時以来か。味はアレには及ばないが、それでも充分に肉の満足感を確かめることができる。白米はすべて食べつくした。後はステーキとデザートで満足して帰ろうという覚悟が出来た。
食べ放題は満足感をどこまで感じられるかが勝負だ。ステーキで肉を満足させ、デザートのチョコレートケーキで炭水化物を満足させ、食前食中のサラダで野菜を満足させた。なら、〆はビビンバだな。
そして〆のビビンバが届いた。好き放題混ぜ混ぜして焼け加減を調節したところで胃に入れる。味わいはともかく胃袋はもうパンパンだ。上手い事限界ラインまで積み上げ続けることが出来た。食い切れないと途中でお残ししたり、時間を空けて消化しきれずにボーっとする時間が出来た訳でもない。マイペースで行けたぞ。まだ三十分ほど時間はあるが、ここで会計してしまおう。
会計でまだ時間はありますけどよろしいですか? と確認されるが、構いませんと答えて支払いを終える。腹八分だが満足はした。さあ帰ったら洗濯に片づけにといつもの作業をしよう。
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