438:業務報告 2/2
「では改めて。私安村と芽生さん……文月はギルドのご依頼通り、二十一層まで潜りダンジョンマスターと再会する、という依頼をこなしてきました。こちらは事前に受け取った書面の内容のうち、聞き取りが可能だったものだけを選り分けて有ります。返事がもらえなかった案件についてはこちら」
二種類の書類を渡す。これは事前にもらっていた書面を単に答えが聞けたかどうかでだけで振り分けたものだ。答えが貰えたものについては俺の走り書きで内容についての答えが書き記してある。
ここからは一枚一枚書類とにらめっこしながら、三人で内容を再確認しながら一つ一つ質疑応答していく形になる。
「……何故ダンジョンがここに出来たのか、についてだが特に理由はない、こちらの法について詳しい訳では無かったので土地の所有権等については配慮できなかった、ゴメンと」
「大体そうです。事前協議が出来なかったことについてはただ申し訳ないが許してくれ、とのことです」
「まあそのおかげで過疎の小西ダンジョンが出来て、そこでこの回答が得られた、と考えると一概に悪い事だけとは言えなかったね。どちらかというと駐車場が作れなかったり交通アクセスが悪いのはこっちの都合だ。向こうからすれば何のことだかさっぱりわからない、と言った感じだろう。十分納得できる回答だな」
ギルマスは一人納得している。とりあえずダンジョンの入り口はその気になったら移設できるという話はこのまま保管庫の中に仕舞っておこう。
「それから……いわゆるダンジョン溢れについては現存するダンジョンについてはそんな機能は付いてない、か。これは今後増える可能性があるって事かな? 」
これ以上ダンジョンの数が増えるのか。という問いについてはダンジョンマスター自身も解らないと言っていたから、おそらく関与しない所で増える可能性はあるのだろうな。
「それについては他の質問にも係ってくるのですが……これです、ダンジョン間の交流について」
「なるほどどれどれ。ダンジョンマスターはそれぞれが独立していて統括するような者も居ないので他のダンジョンについては解らない、か。例えばだが小西のダンジョンマスターにお願いして清州のダンジョンにエレベーターを作る、なんてことは……」
「基本的に無理筋の話であると考えてもらっていいと思います」
「そうか。それはウチのお得感が増すな」
なんだかうれしそうである。そりゃ他のダンジョンに無い売りでもってダンジョン運営を続けていくのだから、金を落として行ってくれる高ランク探索者を呼び寄せる策があるならそれ以上の喜びは無いという事か。
「それからダンジョンを封鎖、無いし消滅させる手段はあると。それには最深部まで行ってダンジョンコアを破壊する必要がある、と。これやたら硬かったりしないよね? 」
「それについても聞き取りましたが、そういう物質で出来ている訳ではないようで簡単に破壊する事が出来るらしいです。その気になれば握りつぶせるとかで」
「なるほど。潜るのが難しいだけで壊すのは簡単という事か。それから……ダンジョンには作成の際のテンプレートみたいなものがありそれを基準に作ったため、既存のダンジョンはほぼ似たような構造になっている、か」
「これからできる可能性のあるダンジョンについてはその限りではないらしいですが、先述の通りこれからダンジョンが増えるかどうかは不明ですので現状のダンジョンが変化しない限りどこも似たような風景が広がる事になるそうです」
「ふむふむ。他には……スキルの副作用はない。これは間違いないかね? 」
「より正しく言うならスキルそのものを取得する事による副作用はない、という所でしょうか。例えばびっくりしてついスキルが発動してしまう、というような反射についてはその限りではないと言っていました」
一字一句正しいとは言い難いが、文字に書き起こしてない分の補足説明を添える。さすがに全文一文字ずつ残しておくような事は出来ないからな。やはり録音しておくべきだったか?
「確かにその感じだと副作用はないね。君らもスキルが使えるんだろう? 何か体験した事なんかはあるかい? 」
「そうですね、今のところ特に思い当る節は無いですね。そもそもびっくりするような事に遭遇してないせいかもしれませんが」
「私も無いですね。あったとしてもびっくりして水が飛び出すぐらいですからそんな問題があるようには見えませんし」
「そうかい、なら何よりだ」
ギルマスは一つ咳払いすると次の項目へ移り始めた。口頭で補足するべきことについては口頭で補足し、文章が間違っていないかどうかの確認、どうやって報告書に落とし込むかの相談などを終えて、一番の懸念項目にたどり着いた。
「さあ、おそらく一番大事な話だ。何のためにダンジョンが出来たのか。ドロップ品を持ち帰ってもらうため、とある。これはかなり説明を省いたね? 」
見透かしたようにギルマスが俺に問いただしてくる。
「確かに、そうです。ただ説明するには少々長い話が必要になりますし、他の項目の書き直しも必要になってくるかもしれません。それでもいいですか? 」
「構わん。話の内容によってはここだけの話として留め置く必要が出てくる。徐々に話の内容を広げて行ってもらいたい」
「では徐々に。まず、スキルは魔力を使います。魔力というのは魔素……つまり魔力の素であって、我々が認識しているところの黒い粒子を体内に取り込んだり空気中の魔素を取り扱う技術の事です。魔結晶やドロップ品はこれらの塊や、魔素を形質変化させて出来上がっているものになります」
「という事はお肉や革や骨、それどころかポーションに至るまで、全て魔素で構成されているという事かね? 」
「説明ではそういう事になってます。そしてダンジョン内に満たされている魔素を地上へ持ち帰ってもらう事が目的、だそうです。ちなみに例のエレベーターの稼働方法ですが、魔結晶内の魔素を直接魔力に変換して稼働させているので、同じものを現代技術で複製する事は不可能だろうという事です」
まずここで一呼吸置く。なんのために魔素を持ち出させるかについてはまだ説明していない。ここから更に話が長くなるからだ。
「ということは、この魔素を持ち出し続けたり、魔結晶を魔素そのものに変換する事で地上でもスキルの行使に問題が無くなってくる可能性が有るという事かね? スキル犯罪が増えそうなものだが」
「そのためには現状で数千年単位の時間が必要だそうです。それまでは相変わらず、地上でスキルを使おうとすると体内にため込まれた魔素だけを使用してスキルを行使する事になるため、魔素欠乏に陥って眩暈なんかの症状が起きるという事です」
「数千年か、気の遠くなる話だ。その前に何十回か世界地図が描き換えられることになるだろうね」
「なので、現状のペースである限り気にする必要はないと思います」
ギルマスが一息ついてコーヒーを飲む。一時的に会話が途切れたので俺もコーヒーを飲んで喉を湿らせておく。もしかしたらここからが長くなるかもしれないからな。
「それは有り難い話だな。この辺の話を突き詰めるために是非ダンジョンマスターと真面目な会談の場を持ちたいところだが、方法はあるんだっけ? 」
「ダンジョンマスターはダンジョンから出られないので、用事があればそっちから出向いてもらわないと無理、だそうですよ」
「ということは会談を設定するためには」
「俺達みたいに深く潜る必要があるか、浅い層でセッティングする必要がありますね。セキュリティ的な面でもダンジョンの一時封鎖なんかが必要になってくるかと思われます」
この際二十一層でまた会おうと約束したことは黙っておく。せっかくなら色々と考えて知恵を絞って、俺が肉体労働した分頭脳労働してもらおうと思う。この報告から各ダンジョンのギルマスたちが自分のダンジョンに対してどういうアピールをし始めるのか。てんやわんやの大騒ぎをポップコーン片手に眺めるのも悪くないと思っている。
「ダンジョンは魔素を地上に振りまくための通り道、みたいなものだとは解った。で、何のためにそれをするかだ。数千年かけて魔素を行きわたらせて、スキル……魔法と言ったほうが近いのかな、それを使わせるために振りまいているのか? 」
ギルマスが当然の流れで当然の疑問を投げかけてくる。これ素直に答えたら混乱起こす奴だぞ。さて素直に答えるか、それとも教えてもらえなかったと誤魔化すか。
「ギルマス、今ならまだ引き返せます。が、その話の続きどうしても聞きます? 聞いたらもう戻れなくなりますよ? 」
コーヒーカップをカリカリと引っかきつつ、しばしギルマスは悩む。そしてカリカリしてた指を止め、決断した。
「聞こう。少なくとも私は依頼した者として聞く義務があると思うんだ」
「解りました。覚悟は出来たという事で。壮大な話にスケールアップするのですが、他の次元の他の文明で極度に増大しつづけ暴走を始めた結果どうしようもなくなった魔素を複数の次元の複数の文明に振り分けて平均化させて、その次元が崩壊しないために行われている、といった表現が近いかと思います」
「ふむ……ということはこの星、という表現がより近いのかな? ここ以外にもダンジョンが作られている場所があるということなのか」
「ダンジョンの形で作られているかどうかは解りませんが彼の言う通りだとしますと、こちらの文化を観察して最適解だろうと思って作ったのがダンジョンだそうです。なので他の次元の他の文明と言ったほうが近いでしょうが、そっちにはまた別の形で何らかの魔素放出機能が作られていると思います」
「……我々はダンジョンの目的について論議してるんだよな? 別次元別文明が存在するとかそういうSFの話に飛んでくるとは思ってなかったんだが」
ギルマスは目頭を押さえ始めた。
「あぁ、ギルマスが聞いたときの私と同じ顔をしていらっしゃる」
芽生さんは仲間が増えて嬉しそうだ。良かったね、同類が居て。
「この際、その点は伏せておいたほうが混乱が少なくて済むかと。聞かなかったことにするのが一番被害や騒ぎが小さくて済みますよ。今ならこの三人の中の話だけで終わりますよ」
とりあえず俺としてもこれ以上大きな会議に出たり、証人喚問みたいな目に合うのは真っ平御免だ。ギルマスの腹の中に納めておいて欲しいところだ。
暫くするとギルマスは両手を上げてギブアップしたようだ。
「よし、この話はここまでにしよう。これ以上話を聞いたところで何をどうしろと言う話で延々やり取りを続けなければいけなくなるし、作家やコメンテーターを喜ばせるだけだ。細かいことは教えてもらえなかったが、魔素を拡散するためにダンジョンからドロップ品を持ち出したりモンスターを倒させて探索者に吸着させている。これでいいか? 」
「どーどー」
ヤケクソ気味になって来たギルマスを芽生さんがなだめている。もうそれで良いと思えばそれで良いんじゃないかな。
「やっぱり話さずに、俺の腹の内で留めておいたほうが良かったですかね? 」
「結果から言えばそうだな。よくもこんな訳の分からない事態に巻き込んでくれたもんだ」
「じゃあ報告書はそのまま出す、という事で。変に文字を書き加えるとまた新しいツッコミどころが出そうですので」
「そうだな。私が突っ込んで今えらい目にあっている。この報告書は書面通りに受け取ろう。ご苦労だったね」
「まぁ、一応仕事ですので。これで依頼は達成されたものと考えてもよろしいですか」
ここで一区切りか。若干冷めつつあったコーヒーを飲み干す。
「あぁ、充分な収穫はあった。ご苦労だったね」
「あのー、依頼の報酬ですが」
芽生さんがここで報酬について切り出す。
「解っている。君らを拘束するつもりはない。もしかしたら公聴会みたいなものが開かれる可能性はあるが、この文面だけで納得してもらえるようにできるだけ掛け合うつもりではある。君らの自由はできうる範囲で保証しよう。是非Bランクになるまでのんびり探索を続けてくれればそれでいいよ」
「それを聞けて安心しました。また何かありましたら個別対応という事で。それではお疲れ様でした。失礼します」
部屋を出ようとしたが、その前にギルマスに呼び止められる。
「他に何か……いや、止めておこう。藪を突いて大蛇が出そうだ。私も出来るだけ平穏でいたい。今は黒字が見込めるダンジョンとして広めるのが先だな。おそらくエレベーターの件は公表されてニュースにもなるだろう。他の鬼殺しを十五層まで輸送する仕事を頼むかもしれないが、その時は出来るだけの協力を頼むよ」
「それは覚悟しておきます。ただ、エレベーターボーイをやり続けるつもりはないですからね」
ギルマスルームを後にする。報告すべきは全部報告したと思う。後はギルマスがどう上に報告するかだな。
「エレベーターボーイって何ですか? 」
一階に戻りつつ、エレベーターボーイを知らない芽生さんが質問をしてきた。
「エレベーターに常時いて何階に行くかを選んだり到着を知らせる仕事だ。最近は高級ホテルにでも行かなければ見れないんじゃないかな」
「そういう仕事もあるんですか……昔は結構いたんですかね」
「主に女性が担当してたんだが、最近は乗客が自分で押すからね」
「そういうサービスが仕事になる時代もあったって事ですか。時代は変わりますねえ」
「探索者が居るぐらいだからな。時代も変われば仕事も変わるさ」
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