436:おかえりなさと
索敵を使いながら十六層をぐるっと回る。曲がり角ごとにこっそり確認してモンスターが居るかどうかという手間が一つ省けたことは間違い無い。スキルを手に入れた分の効果はあったということだ。
クリアリングが必要なくなったという事は一戦闘あたり何秒かずつ攻略時間の短縮が可能になったという事。例えば十秒ずつかかっていたとして、百回確認作業を省けたらおよそ十六分の間狩り時間が長くなることを意味する。十六層で計算すると大体六万円分ぐらいだ。千回省けば六十万。微々たる差だが今後のすべてに効いてくるとなると話は大きく変わってくる。
なにより、モンスターに認識されているかどうかを確認できるのは大きい。初動が数秒変わるのでまたここでも時短できる。より効率的に、言ってしまえばモンスター退治RTAを……そういえば最近やってないな、あれをやる時の効率が上がる。
二十層でやるのはまだちょっと実力が足りてないと感じるので、十六層十七層あたりでグルグル回るのが良さそうかな。しばらく探索者ランクが上がる事もなさそうだし、その間に出来るだけお金を稼いでしまおう。老後に備えていくらかの資産をためておくのだ。資産運用とかそういうのはよく解らないが、とりあえず現金で二億円ぐらいあれば死ぬまでに不自由しない生活を送る事は出来るだろう。目標はそのあたりか。
索敵スキルも徐々に使い方が解って来たらしく、進行方向にいるモンスターの距離と数、気づかれているかいないかあたりは使いこなしているようだ。
「次、曲がり角に三体」
「ここは……骨ネクロ二スケルトン一だったかな」
「さすがに何が湧いてるか解ってると感動が少し薄いですね。もうちょっと何が居るかわからない階層……やっぱり森マップになるんでしょうか」
「そのうちモンスターの種類も解るようになるんじゃないかな。そうなると便利さが跳ね上がるな」
「努力してみます。今は使い続けながら体になじませることが大事ですね」
しばらく数の報告と確認をしながら十六層をグルグルと回る。視界内に入っているのはともかく、曲がり角でこんにちはしやすいこの迷宮マップでは索敵で事前にわかるのは非常に助かる。曲がり道や小部屋にあたるたびに首だけ頭を出す必要が無い。
「この先直進五十メートルぐらいで三、その手前の小部屋に三」
「距離感がつかめてきたのは良い感じだ。もっと磨いて行こう」
「この右の壁の反対側にも何かが四ついますね。四つという事は骨グループでしょう」
ダンジョン内での俺の作業が一つ減って楽になった。つまり余計なことを考える暇が出来る。また思考の宇宙へ旅立つとしよう。
やはり話題のメインは、今後Bランクに上がるまでどう過ごしていくかだな。Cランクでいる期間はDランクで色々していた時間より更に長くなるだろう。とすると、単に最深層をグルグル回っているだけではなれないものかもしれないな。
「右に曲がると三、真っ直ぐ行くと四、左に行くとしばらくかかって三。ここは右ですね」
「任せた。俺は後ろをついていく」
Bランクに上がるためにはそれなりに実績みたいなものが必要になってくるだろう。おそらく今回の情報をいくつ持ち帰れるか、というのも昇級の為の情報としてあげられるだろう。とすると、へたなCランクよりも早く出世する事になりはしないか。
かといってあまり出世が早いのも困りものだ。この先は攻略情報がほとんどない。どんなマップが続いていくのか、どんなモンスターが出てくるか、それらを自力で発掘していかなければならない。海外で公開している動画やサイトを見ることはできるだろうが、今から外国語を学ぶのも中々オツム的に難しいところだ。さてどうするかな。
まぁしばらくはゆっくりしたいところではある。ゆっくりと二十層で体を慣らし、たまには二十一層でミルコに会って一緒に菓子を喰い雑談し、たまには大事な情報を引き出して……というゆったりとした、そう。ダンジョンスローライフを送ってもいいのではないだろうか。
初心に戻ってここ数か月を見つめなおすのもいいかもしれない。そもそもなんで俺はダンジョンのこんな深いところに居るのか。失業ついでに潜ったダンジョンだが思えば遠くへ来たもんだ。
「そろそろ戻ってもいい時間じゃないですかね。朝一には間に合いませんけど良い感じの時間だと思いますよ」
「お、もうそんな時間か。結構な稼ぎになったんじゃないか? 」
保管庫の中身を確認して収入のほどを確認する。うん、時間の割にはそこそこ稼げている。六層で茂君相手にしている事に比べたら破格の収入だ。ここがソロで巡れるようになればより個人としての儲けは増えるだろうな。ソロで十五層、出来るように頑張ってみるか。まずは九層の数の多いところを一人で攻略できるようになれば自信が付くだろう。
帰り道のまだリポップが済んでない所を真っ直ぐ戻り、十五層まで戻って来た。さすがに十五層のモンスターは湧き切っているみたいだ。階段を上ったところでスケルトン三体が待ち構えていた。あっさり黒い粒子に還ってもらうとエレベーターのほうへ向かう。
「あれ、ボス部屋前のスケルトン、多分居ませんねこれ。つい最近人が通ったのかもしれません」
「だとしたら誰かがボスに挑んでるか、それともエレベーターのほうへ向かったか、逆に十四層へ向かったかじゃないか? 」
「十四層の方面も居ませんね。どれかは解りませんが反応が無いのは確かです」
「その言い方を聞くと、ボス部屋の中がどうなっているかは見れないんだな。ボスが湧いてるなら大量にモンスターがひしめいているはずだ」
「そういえばそうですね。反応が無いって事は倒したばかりなのか、それとも謎の力で隔離されてるかどっちかですね」
「何にせよ、頭痛の種が増えずに済んだことは確かか。今日ボス狩りするわけでもないし、そのままスルーしていこう」
せっかくの帰り道、労せず帰れるなら別に悪い気はしない。そのままスルーしていく。骨ネクロダッシュも今回は無しだ。エレベーターに向かっていくがこっちにもモンスターは居ない。誰かがエレベーターを起動した、と考えたほうが良さそうだな。多分結衣さん達が先に戻っていったのか。
エレベーター広場も綺麗に掃除されていた。これで真っ直ぐ一層に帰れるな。後はエレベーターの中でドロップ品を整理して、また両手に荷物を抱えてのご帰還だ。今日は……そこそこ多い、リヤカーを持ってきてもらうか。
エレベーターを起動して一層まで上がる。今のうちにさっきまでの分の仕分けだ。重さは結構なものになった。リヤカーが居るかどうかは微妙なラインかもしれない。
ついでに十七層以降の品物について個数を記録しておく。これで査定金額からおおよその品物の買い取り金額が計算できるだろう。
「あ、今のうちに索敵は切っといたほうが良いと思うぞ。多分スライムに反応しすぎて大変なことになる」
「そうですね。スライムのおかげでスキルがフル稼働して眩暈起こして倒れるかも」
「見たくないなぁそういうの。眩暈でここで倒れられてもリヤカーまでは遠いしこの状態で背負って出入口まで行くとちょっとした騒ぎになりそうだし」
「……切りました。急に静かになったような感覚がします」
「そういえば、ウルフ肉確定する時に骨咥えたら赤から黄色に変わったりするのかな」
「その辺も要検証でしょうね。とりあえず今日は報告もありますし後日にしますか」
どうやら索敵スキルは使っているとなんだか脳みそが騒がしいらしい。おそらく心理的なものなのだろうが、知りたくばドロップさせて落としてみろ、というところだろうか。実際二人とも持ってて便利なスキルではあるが、どこで落ちるかはまだ調べてないな。
エレベーターは一層に到着する。扉が開くといつもの光景、いつものスライム、そしてつい腰に手が行きそうになる。ぐっとこらえてエレベーターを降りる。今日も真っ直ぐ帰るぞ。
両手にエコバッグ、懐に報告書、口元におやつ代わりのジャーキーを齧りながら背中にバッグを背負って出入口に向かう。道中のスライムは足元の邪魔になりそうな奴だけを焼いていくことにする。三十分ほどして出入口に着く。時刻は午前九時半。開場して程よく経った時間だ。重さは……よし、今日は耐えれる。
芽生さんにリヤカーを頼むと、しばらくして帰ってきてリヤカーが無いと告げられる。重さに耐えねばならんのか。今日ぐらいは我慢しよう、いつもより少ないし、何とかなる、メイビー。
退ダン手続きをするとそのまま査定カウンターへ。査定カウンターでは新浜パーティーの一斉査定の途中だった。全員が両手に荷物を抱え、リヤカーごと査定カウンターで手続きを待っている。
「お疲れ様です。今日で一旦お帰りですか」
「あ、安村さん。そうなんですよ。とりあえず小西ダンジョンの調査という名目で来てますから、儲け……ゴホン、調査が終わったという事で清州ダンジョンに報告に行くところです」
暫く分稼いだのでとりあえず帰ろうという事らしい。それだけ大量に稼いだという事かな。
「どうですか、小西ダンジョンは」
「交通アクセス以外は魅力的ですね。モンスターも絶えないし人も少ないし。このまま黙って我々だけで稼いで行きたくなってきましたよ。安村さん達は? 」
「無事目的は達したってところですかね。査定が終わったら報告しようと思ってます」
結衣さん達の査定が終わり、支払いカウンターへそれぞれ向かっていく。レシートを握って喜んでいる様子から、清州よりも稼げていたのではないだろうか。それは何よりだな。その分小西ダンジョンの黒字化にも貢献しているという事だ。
さて、俺たちの番が来た。今回はヒールポーションも査定に出してしまう。高級品だから念押しをしてからの査定だ。
「実はこういうものが出まして。多分ヒールポーションのランクの上の奴だと思うのですが」
二本とも出す。ちゃんと鑑定されるならこれで約五十万円。こんな小瓶二本でだ。その分の効果はあるって事なんだろうな。
「確認しますねー……ランク3のヒールポーションですねー。つまり最下層まで潜ってきたと考えてよろしいですかー? 」
念押しをされる。
「えぇ、二十一層まで行ってきました。それについてギルマスに報告があるんですが今日は出勤してますか? 」
「仕事をしてるかどうかは置いといて居ますねー。後で直接向かってくださいねー」
エコバッグに仕分けされたいつも通り査定のしやすい形で渡すと、テキパキと重さを測り個数を数えパソコンに入力していく。ほれぼれする手際の良さだ。スライムゼリーを一つ一つ数えさせていた昔を思い出す。多分あれで鍛えられたんだろう。
しばらくして査定が終わり、結果が出る。一人百五十五万二千九百五円。過去最高記録だ。やはり深ければ深いほど多い……というか、このうち二十万ちょっとはヒールポーションのおかげなので、ダンジョンハイエナが美味しいんだろうな。今後も定期的にハイエナをハイエナしていく事にしよう。
結果のレシートを休憩場所の芽生さんに渡すと確認。ニヤリと笑ってハイタッチ、そしてピシガシグッグッ。
「苦労した分結果が出るのは良い事ですね」
「全くだ。今後は苦労を気楽に変えつつもっとガッツリ稼いで行こう。さあ報告に行くぞ、最後の最後までやり切ってお仕事終了だ」
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