430:二十一層~セーフエリア?~
二十層と二十一層の間の階段を下りる。階段の真ん中あたりで空気がガラッと変わる。ほんのりと草原の湿気を含んでいた風が無くなり、カラッとした空気に変わる。一体どんなマップが広がっているんだろうと心が躍る。
ここはCランクがたどり着いても良い最深層。つまり、今の自分にとってのゴールだ。達成感が急に押し寄せた。
階段を下りた時、目に入った光景には驚くしかなかった。
そこにあったのは廃墟と呼ぶにふさわしい光景だった。まるで文明が滅んだ後、ポストアポカリプスとも呼べるような光景だった。マップ全体が城壁に囲まれ、昔は城下町だった、というような雰囲気を醸し出している。
石造りのような形でできている低階層ビルのようなものがいくつもあるがほとんどが崩壊しかかっているか、無事でも人だけがすっぽり抜け落ちたような。壁のあちこちに穴が開いたり、ドアも窓も全てが壊れたように存在しないし出入口が開きっぱなしになっている。
路上一面には今までなかった特徴として、瓦礫は散乱しているし薄っすら砂みたいなものも舞い散らかされている。世紀末救世主伝説的な、腐敗と理不尽と暴力の真っ只中っぽい末法めいたこの光景は俺の心に何かを訴えかけているような気もする。突然ここに来てこのようなマップが展開されているとは思わなかったからだ。
「これは……何をモデルにしたんでしょう? 」
「さあな。ただそれなりに理由はあると思いたいが、とりあえず建物の中に入ろう。ダンジョンオブジェクトだろうし壊れることは無いと思う。建物の中に入れば風や砂が邪魔をすることはあんまりないだろうし、落ち着き……落ち着ける雰囲気ではないが外でバーベキューをするよりはマシだと思う」
「他のダンジョンもこんな感じなんでしょうか? 」
「おそらくは。この光景から何を読み取れというのだろうな」
ドローンを使って上空からも撮影してみるが、雰囲気はここら周辺だけ、というわけではなくマップ全体がそういう形になっているらしい。比較的高層であったであろうマンション的な建物も上から崩れてしまっている。足元には瓦礫の山。かろうじて入れそうな入口こそあるものの、今にも崩れ落ちそうで中に入るには躊躇する。
文字や記号のようなものの類は全て消え去ってしまっている。これらを利用していた文明があったんだろう、という事だけが解る。ホラー要素は比較的薄めだが、人によってはこのマップそのものから醸し出されてくる恐怖感に襲われるのかもしれないな。
石造り以外の建物もあったが、建物を構成する木材は腐る直前、壊れかけた窓は殴ったら落ちそうだがおそらくダンジョンオブジェクトなので壊れはしないだろう。かえってそれが不気味さを増す。
手近なところにある比較的まともな建物に入る。建物には半地下があり、そこは崩壊してはいなかった。テーブルと椅子みたいなものがあったのでとりあえずそこに座る事にした。何はともあれ休憩だ。あまり座り心地のいい所とは言えないが、立ち尽くしたりうろうろしたりするのは後でもできる。ここはセーフエリアだ、モンスターが出る心配はない。
机に積もった砂をパッパッと振り払い椅子もざっくり綺麗にすると、ようやく腰を落ち着ける事が出来た。本当ならイエーイ! 二十一層到達おめでとう!! と祝杯をあげたいところだがどうにもこのマップの雰囲気がそれを許してくれない。しかし、腹は程よく減っているし喉も乾いてきた。
「何か落ち着かないですが、気にせず落ち着くしかないでしょうね」
「そうだな、とりあえず飯にしよう。食って、それからだ」
「そうだね、それが良いと思うよ」
「うわっ!? 」
突然声の主が増えた。見ると、俺の横にちゃっかりと座っている人影が一つ。
「いきなり出てくると心臓に悪い。幽霊にでもあった気分だ」
「それはすまない。しばらくぶりだね、元気にしてたかい」
ダンジョンマスターとの再会である。それほど時間が経っている訳ではないが、約束通りまた会いに来た。
「とりあえず、うん、久しぶり」
「二人とも元気そうで何よりだ。約束通り最初にここまで到達してくれてとてもうれしいよ」
「思ったより早く到着できたのかどうかは解らないが、会いに来たよ。ここについて聞きたいことはいくらでもあるが……腹が減ってるから先に飯にしてもいいかな? 」
「いいとも、時間はたっぷりあるしここは安全だ。君たちのペースに合わせるさ。まずは頭と体をゆっくり休めるといい」
「悪いがそうさせてもらう……良かったら一緒に食うか? 」
「お、ご相伴に預かってもいいのかい? 地上の食べ物には少し興味があってね。なんせ僕たちダンジョンマスターはダンジョンから一歩も出られないからね。こういう場面でもないと口にする機会はないんだ」
どうやらダンジョンマスターはダンジョンから出る事は出来ないらしい。一つ項目が埋まったな。もし会談の席を設けるならダンジョンの中限定という事になる。
気を取り直して飯の準備をするか。とりあえず肉を切って軽く焼いた後にトマトホール缶と野菜類を鍋に開けてまとめて煮る。沸騰してきたら味を調えてパックライスをぶちまけて、米が良い感じに温かさと水分を取り込んだであろう所でチーズを混ぜ込んでとろみをつける。程よく混ざったら完成だ。今日の……夕飯? はトマトチーズリゾット適当野菜煮。
「「いただきます」」
「なるほど、食材を頂くということか。じゃぁ僕もいただきます」
鍋とダンジョンマスターを囲んでの食事が始まった。急遽一人分量が増えたので若干少なめにはなるが、いざとなったら肉を焼けばいいしパックライスはまだある。食器を複数人数分用意しておいて助かった。これも飯の要求を頻繁に繰り返していた田中君のおかげでもある。ありがとう田中君。
「美味しいね。料理の腕も中々いいね。うん、うん。この酸味がいいね。この乳からできたような物体が良い感じに溶け込んでるのもポイントだね。白いこの粒に馴染んで美味しいね」
ダンジョンマスターがしきりに感想を言いながらパクパクと食べていく。褒められながら食べてくれているので悪い気はしない。そういえば食い物の固有名詞は通じないらしい。いちいち説明する気は無いので、問われたら答える程度にしよう。
「ダンジョンマスターもお腹がすくんだな」
「何も食べなくても生きていけるんだけどね。僕にとって食事はすべて趣味や嗜好の範囲内かな。食べたほうが気分がいい、という感じだ。もちろん美味しければ尚のこといい」
やはり人間とはその辺違うらしい。いわゆる神様の領域に足を突っ込んでいる存在、として認識して良いのだろうか。やたらフレンドリーなのはこの際置いておこう。食事に集中しよう。今日も悪くない出来だ。また何か料理を考えて気が向いたら声をかけたらのこのこ出てくるかもしれない、田中君みたいに。その時はその時でまた何か考えよう。
そういえば、またこの下に食糧を供給してくれるモンスターが出るのだろうか。二十一層より下の情報はさすがに秘匿されているのかほとんど目にかける機会が無かった。
高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンでも一般探索者に開放されている最深層もここまでだったな。小西ダンジョンという地方の零細ダンジョンが高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンと並ぶ深さまで探索できるようになった、となるとCランク探索者も注目せざるを得なくなるだろう。
と、食事に集中するんだったな。やはりチーズは多めのほうが美味しい。食器でチーズが固まって後掃除に手間がかかるのが難点か。食パンを焼いて吸わせてから保管庫に仕舞う事にしよう。
三人の食事が終わり片づけを済ませると、眠気がほんのりと体を支配し始める。三大欲求のうち一つを満足させると二つ目の眠気が体を襲い始めている。いかんな、来客中なのに。
「あ、眠いなら先に眠ったらどうだい。無理に眠気を我慢しても体に悪いだろう。ほんの数時間待つぐらい僕にとってはなんでもないからね」
「いやしかし、君に失礼だろう。せっかく会いに来たのに眠るなんて」
「気にすることはないさ。むしろ目覚めてスッキリした後で会話を楽しむほうがより弾むだろうし、聞きたいことも色々あるんじゃないか? 」
ふと机の反対側を見ると、芽生さんは既にお眠モードに入っている。うつらうつらとして、そのまま机に頭をぶつけそうな勢いだ。
「そうさせてもらってもいいかな。あっちは限界みたいだし、素直な感想を言うと腹が満たされて眠くなった」
「ゆっくりお休み。僕も久しぶりに食事を楽しめて嬉しかったよ」
許可が出た、というより是非そうしてくれと言われたので甘えさせてもらおう。エアマットを保管庫から出すと芽生さんを寝かせる。屋根もあるしそこそこの広さもあるし、ここでそのまま雑魚寝って事で良いだろう。
俺も横になるか。枕があれば正直どこでも眠れるぐらいの疲れを感じているが、同じ眠るなら横になったほうが確実に疲れは取れる。その後は色々会議、いやおしゃべりタイムが待っているのだ。
まずは俺自身がしゃっきりするためにも睡眠は必要だ。眠らせてもらおう。
「起きたらいっぱい話そう。俺自身が聞きたいこともあるし、これとこれを聞いてこいって内容もあるんだ。面倒くさいかもしれないが可能な限り聞けることを聞きたい」
「いいとも、お休み。良い夢を」
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