404:ザ
茂君は今日も茂君だった。朝早いのでエレベーター組以外まだ六層には誰も居らず、羽根は保管庫に、ワイルドボアのドロップ品はそのままバッグに詰めて七層に戻る。
自分のテントで一休みしている間に新浜パーティーはテントの設営とコーヒーを早速淹れだしたようで、豆の香りがほのかに漂ってくる。俺も昼食にしようかな。
まてよ、うっかりここでスパイスにこだわったカレーをそのまま食べていたら変に勘繰られないだろうか。ここはそのまま味わうのではなくてスキレットで温めて焼きカレーにして食べよう。味わいは変わってしまうがそのほうがまだ誤魔化しがきくだろう。
早速スキレット……新品のほうを使ってカレーを温め始める。予想通りカレーと焼けた米の香ばしい匂いがあたりに飛び回り始める。今日はカレーは出来ればそのまま味わいたかったな。
程よく温めると元の容器に戻して早速食事開始だ。いつものカレーとどう違うのか楽しみだ。スパイスが変わってると言っていたが……確かに、いつものコンビニカレーや自分の手作りカレーに比べて喉の奥の感覚が違う。鼻に抜ける香りが一段階上って感じがするな。お値段そのままでこの香りを出すか、やるなコンビニ業界。
そしてなにより、スパイスが変わったわりに辛くなく、むしろ爽やかな感じに仕上がっている。ダンジョンで辛い物は好まれないがこのカレーなら食っていける。そんな感じすら覚える。これはいい、帰りにも買って帰って夕飯に出来るぐらいにいい。帰りにまたコンビニ寄って売ってたら買おう。夕飯は決まった。
スキレットに引っ付いたカレーを食パンでそぎ落として焼いて食べる。カロリー的にもこれだけ取れば十分だろう。水分は今日は粉ジュースを消費していく。このわざとらしいメロン味が口の中を確実に甘くしていく。メロン味は使い切った。後三種類、張り切って使い切っていこう。
食事が終わって一服し、コーヒーを飲んだところで二往復目開始だ。新浜パーティーは……居ない。シェルターに向かってノートを見る。
「しばらくお世話になります 新浜パーティー」律義だな。
「いらっしゃいませ 安村」ちゃんと返答しておこう。
シェルターに自転車は無い。このまま六層まで歩いて行ってこっちに自転車が無かったら、おそらく九層方面へ探索に出かけたものと推測できる。結衣さんが帰ってくる前に一旦十五層まで下りてそれから帰ってくるという可能性もある。その場合今日はもう会わないかもしれないな。結衣さんも車を置きに行ってから清州ギルドで報告が有ると言っていたし、合流するにはそれなりに時間がかかるだろう。
早速六層側まで歩いてたどり着くと、予想通り自転車は無かった。この回も茂君はゆっくり狩れるらしい。安心して六層へ上がるとやはりいつもの光景。結衣さんもさすがにこの速さではここまで来れないらしく、無人の荒野でブイブイ言わせてるワイルドボアが早速こちらに気づき走り込み始める。
はいはい、いつものハグ会ですよーとワイルドボアにぶつかっては塩対応で黒い粒子に還す。茂らない君を通り越しもう一回塩対応の後、茂君と対峙しサンダーウェブ。人が来ていない事を確認すると範囲収納。これで二回分。昨日を含めると四回分の羽根が溜まった。今日中に一回分ぐらいは貯められるだろう。
七層へ走って戻り、腹ごなしの運動を終えて午後二時。茂君が湧き切るには後一時間ほどかかる。それまでは休憩するか。探索・オブ・ジ・イヤーを眺めながらいつも見ない奥付ページをめくるとそこには驚愕の事実が書かれていた。
探索・オブ・ジ・イヤーはジじゃなくザだった。
探索・オブ・ザ・イヤーだったのだ。
今までずっと勘違いしていた。そういえばカー・オブ・ザ・イヤーもザだったな。何故気づかなかったんだろう。探索オブ・ジ・イヤー改め探索・オブ・ザ・イヤーは今後も俺の探索の支えとして助けてくれるだろう。
しかし、月刊誌なのにオブ・ザ・イヤーなのは変わらない。きっと年一で出版しようとしてオブ・ザ・イヤーと名前を付けたはいいものの結構好評だったので月刊誌として売り出すことにしたが名前はそのまま……とか、出版に関するなんやかんやがあったに違いない。
基本的に料理部分と探索部分、スキルオーブの価格推移ぐらいしか読まないが、それ以外の部分も深く読み込んでみることにする。主にコラム部分である。
コラムと言ってもほとんどは探索者兼執筆者の日記のようなもので、ダンジョンで出会った他のパーティーの質の良し悪しやキャンプ中に致しちゃってるカップルの話なんかも載っている。下世話な方向に行く事もあれば探索者の装備や流行廃り、ギルドに対する苦言なんかへ波及したりもしている。
今のところ俺はギルドに不満は無い。買い取り価格が安いと感じるダーククロウの羽根については自前でルートを開拓したので問題はない。羽根については放っておけば価格改定が入るだろうと思う。もっと高値で買い取るようにすればダーククロウを狩ってみようという探索者は少なからず居るはずだ。ただ体積に比べて戦果が少ないと感じるのは仕方ないところではあるだろう。
ギルドと言ってもダンジョンによって買い取り価格は統一されているものの使用感や受付の対応、問題を起こした探索者に対する懲罰なんかへの動きの違いなどにはそれぞれ違いがあるらしく、場所によってはガラの悪い探索者が幅をきかせていたり。
中にはちょっとした小競り合い……さすがに得物を抜きあっての事態にまでは発展してないようだが、それに対するギルドの処分が甘かったりと細かいものが積もり積もってダンジョンひいてはギルドの評判につながっているらしい。
問題を起こす人……起こしそうなパーティーには一つだけ心当たりがあるが、彼の場合周りが何とか止めるだろうから今のところは大丈夫だな。我らが小西は平和なり。
しかしその平和も長くは続かないんだろうなぁという予感はある。これから人が増えていくことは確実だ。そのためいろんな地方からいろんな種類の人たちがここ小西ダンジョンに立ち寄る事になる。ただ人が少ないからこそ平和だったのかもしれないし、たまたま平和な人たちが集まっているだけかもしれないが、とにかく今のところ大きな問題みたいなものに立ち会った事もない。
ノートにもこれからいろいろ書き込まれて行くのだろう。それがどんな影響を及ぼすかは解らない。下層へ行く事も考えなくてはいけない。考えることはそれなりにあるが、まず二十一層へ行く事を念頭に置こう。それからだな。
……七層の管理者みたいな振る舞いをするな、と前に言われたが考えている事はそれそのものだという事に今気づく。確かに俺が考えるべきことではないか。なるようになれだな。どんな変化があったとしても、俺はスライムを潮干狩りするし茂君も狩るし、もしかしたらボスにも複数回挑むかもしれない。その時々に応じて高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しよう。
アラームが鳴る。時間だ、茂君に会いに行こう。そういえば最近茂君ばかり相手にしているな。スライムとの平和な対話時間をあまり取れていない。今日はこれで切り上げてスライムとの時間を多く作るか。
スライムと戯れられると決めれば足取りも軽くなる。六層に上がると速足気味に歩いてワイルドボアに塩対応しつつ茂君をビリっと一発。そのまま踵を返して七層に戻る。午後五時。そのままエレベーターであがって一時間ほど潮干狩りを楽しむ予定にしよう。昨日に引き続き閉場時間までは居座るつもりはない。
そうと決まればいまから楽しい時間だ。考え事をしつつ一心不乱にスライムと仲良しになろう。
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