390:初牛肉は中華屋で
ギルドを出て中華屋へ歩いて向かう。その間にお腹を空かせようと色々動き回っている芽生さんだが、無駄なあがきだと思う。少なめに食べておいて良かった。しかしそもそも、今から食べると決まったわけではない。仕込みをしている間待つことになるかもしれないし、自分たちで食ったほうが美味いぞと追い返される事だってありうる。どうなるかは爺さん次第だ。
午後四時という中途半端な時間に訪れるのは初めてだろう。昼夜営業ではなくずっと店が開いている、というのも地元の中華屋らしさが出てて良いと思う。
「こんにちはー」
「あいよ。ちょっと待っててくれや」
暖簾をくぐるとどうやら仕込みの最中らしい、奥から爺さんが顔をのぞかせた。
「あれ、兄ちゃんたち珍しいなこんな時間に。遅めの昼か、それとも早めの夕食か? 」
「どっちかというと早めの夕食かな。今日はちょっとした相談を持ち掛けに来たんだ」
「俺に相談ってぇ事は……まぁメシの相談だろうな。今日は何の用件だ? 」
爺さんは若干乗り気でこっちの話に乗ってくれるようだ。早速バッグから肉を出す。
「実はダンジョンの奥でこんなものを手に入れた。質のほどを見て欲しいと思って」
「ほぉ……こいつは良い牛肉だな。家じゃ滅多なことでもない限り手にするどころかお目にかかる事すらないな。こいつもダンジョンモンスターか? 」
「一応。知る限りダンジョンで一番高い肉だと思う。それこそオークよりずっと」
そういえば買い取り価格を聞いておくのを忘れていた。これも帰ったら調べておくかな。
「ふむ……こいつをどうしろと? 」
「実はそれの相談に来たんですよ。中華で食うのが美味いか、それとも素直に薄切りにして好きに焼肉にしたりしたほうが良いのか、とか」
「……別に俺の腕に不安があるとかじゃないわけだな」
「せっかくの初収穫なので、知ってる中で一番味にうるさそうで信頼できる人の意見を聞きたいな、と」
「そうか……」
そういうと暫く考えこむ。その後ちょっと火を止めてくる、と一旦厨房に行きすぐ帰ってくる。
「方法は三つ。まずは、俺の手を借りずに自分たちで一番美味いと信じる方法で食べる事だ。もし失敗しても、もう一度取りに行って今度こそ美味い方法を模索しようとする。そうすりゃ兄ちゃんたちもやる気が出るだろ? 」
「そうですね。次はもっと美味い方法で食べようとするでしょうね」
「二つ目。片方は自分たちで食べて、片方を俺に預ける。とりあえずこんな上等な肉だ、何に絡めても美味いだろう。ただ焼くだけでも俺の腕にかけて美味しく頂けるようにしよう」
「なるほど。で、三つ目は? 」
「三つ目はな……もっともってこい。そしてまた前みたいに少し時間をくれ。そうすりゃもっと美味いものを御馳走できると思うぜ」
爺さんの目が生き生きしている。自分自身もまだ味わったことがないであろう食材にチャレンジしたいという気持ちが伝わってくる。
「私は二つ目が良いですね。初戦果は早めに食べないと勿体ないですし、前回は洋一さんに一足先に食べられてしまいましたし」
「俺もだ。実のところを言うと、そんなに今腹は減ってないんだ。小腹に入れる程度のものでいいから味わってみたいというのが正直な所」
「じゃ、片方は預かるぜ。そんなに量は作れないだろうが……何作るかな。とりあえずステーキ風に……中華屋でステーキってのもおかしな話だが焼いただけの肉だって立派な料理だ。中華風ステーキってのをお出ししよう。それでいいか? 」
「「おまかせ! 」」
「いい返事だ。座って待ってな」
片方の肉を引き取るとバッグに仕舞う。もし昼食を軽めにとっていたら両方とも渡してしまっていたかもしれない。中途半端な仕込みの時間に申し訳ないとも思うが、本人も楽しそうにしていたし今度差し入れ……いや、今差し入れ出来るわ。技術料は肉も追加で払おう。
奥で肉を焼く音と、牛肉特有の脂を焼いたときの甘い香り、そして醤油のようなそうでないような、中華風の香りがほのかな熱と共に漂ってくる。腹がキュッとなった。どうやら俺のほうも受け入れる覚悟が出来たらしい。
「もうちょっと昼食を減らしておけば……」
「また取ってきて食べればいいじゃない。何時でも行ける、倒せる、取れることは解ったんだから」
「でもねー、ファーストインプレッションはねーもっとガツンと頭に来るような、そんな素敵な何かにしたかったんですよ。その為には空腹は必要なスパイスじゃないですか」
ごもっともである。俺もローストボア肉だけで納めていればよかったと今思っているところだ。しかし腹を空かせてステータスブーストを効かせながら途中で動けなくなることを思えば……いややっぱ食い過ぎだったな。今の内に出来るだけ腹を空かせていこう。
二十分ほど待っただろうか。ついに運ばれてきた。野菜炒めの上に置かれたレッドカウの肉のステーキ。中華風だからか、野菜炒めも中華風だ。鼻をくすぐる香りが何とも心地よい。これはオイスターソースの香りかな。
「さぁ、喰ってみてくれ。俺もちょっと味見したがこれは間違いなく良い肉だ」
爺さんが皿を置きながら実験作だが悪くはないぞ? という感じで薦めてくる。
まず、野菜炒めを一口食べる。何とも言えない味わいが舌と鼻腔をくすぐり落ち着かせてくれる。野菜炒めだけでも美味い。さすがは作りなれた一品という所だろう。
さて、メインディッシュのサイコロ肉だ。箸を使って食べるが、普段食べる……いや普段はステーキは食べないか。硬いステーキではない。柔らかく、プルっと震える。まるで豚の角煮を掴んだような、柔らかい感触が伝わる。こんな柔らかい肉はそうそう食べることはないだろう。もしナイフがあって自分で切り分けたとしても、ナイフに力は要らないだろう。
あらかじめ切り分けてくれてあるので後は口に運ぶだけだ。思い切って口に放り込む。
柔らかい。口の中で溶けていく。噛む力は要らない。何なら歯も要らない。歯茎の力だけでほぐれていくような、そんな感触を味わう。味も……これは何だろう。これが肉というものなのだろうか。これが肉ならば今まで食べてきたステーキは何だったんだろう。サンダルの底か。
味も良い。脂の甘みがソースで更に引き立つ。溶けた後口の中を駆け巡った肉が、そのまま喉の奥へ吸い込まれて行く。この一口大の肉だけでもこれだけの味わいを得ることが出来た。
「爺さん、米、米くれ。腹は膨れてるが米があればより美味いはずだ」
「あいよ、ちょっと待ってな」
米が来る前にもう一度野菜炒めを食べて水を飲み口の中を一旦リセットさせる。これは米と肉で無限に入っていく奴だ。肉という戦略資源が無限にあるわけではないが、もしこの肉がもう一皿出て来たなら俺は米を三杯は行ける、そんな気がする。
米が来るのを待った後、肉を米でジャンプしたあともう一度放り込む。肉で口が爆発しそうだ。口からビームを放つことが出来たなら俺は迷うことなく発射していただろう。
ふと芽生さんのほうを見るとゆっくり、ゆっくりと肉を味わっている。きっとこの味を覚えて次回はもっと肉を仕入れることを考えているに違いない。俺もそうだ。
ステーキソースで食べる肉もそれはそれでうまそうだが、これが料理店で出てくるとなれば一体いくら支払えばいいのだろうか。
気が付くと肉は胃袋にすべて吸い込まれ、米も喰いつくしていた。ほんの短い時間だっただろうが、口の中はまだ無限の宇宙をさまようように余韻に浸っている。
「……ふぅ」
呼吸を忘れていたがごとく、一息ついて水を飲む。それだけ濃密な食事の時間を過ごせた。俺も芽生さんも皿の中身は綺麗になくなっている。
「どうだった? 」
爺さんが感想を聞いてくる。初めて使った肉だ、やはり気になるらしい。
「次は黒酢で味わってみたいな。きっとまた違った味わいが楽しめるに違いない」
「なるほど、それも良いな。また持ってきたら作ってやるよ。で、持ち込みとはいえ俺は一応技術料というのをもらわなきゃいけないんだが」
持ち込みとはいえ作ってもらったんだ。金を払うのは当たり前の行為だ。
「いくらでも出す。なんなら肉と交換でもいい」
「ウルフ肉かボア肉が在庫にあるのか? だったらウルフ肉が良いな。あれはコンスタントに注文が来るから割とあっても困らないんだ」
「ウルフ肉なら三十個ぐらい、ボア肉なら十個あるぞ」
「結構ため込んでるな。ウルフ肉二十でどうだ」
「解った、どうぞ持って行ってくれ。それと美味い料理を作ってくれたお礼だ。また肉稼いで納品させてもらうからその約束も込みだ」
爺さんに五千円握らせておく。これは忙しい仕込みの時間にわざわざ調理してくれたお礼だ。
「こんなにいいのか? 材料持ち込みでウルフ肉貰って更に現金までもらって」
「五千円で食える料理じゃないしな。材料は……また持ってくるしウルフ肉料理、好評なんだろ? 美味い飯を喰えたし、突発の貸し切りみたいなもんだったし、お互い儲かってウィンウィンだ。今日もしっかり稼いで来たし、そのぐらいは問題ないよ」
「じゃあ有り難く受け取っておくぜ。また肉持って来い」
「ごちそうさま。また来るよ」
「ごちそうさまでしたー」
中華屋を後にする。バスの時間は……ちょうど良さそうだ。これで家まで短時間で帰れるな。帰ったらドローンとスマホのバッテリー発注しないと。
「今日はちょっとカロリーオーバーな気がします」
「一杯食べたからな。日帰りで運動不足……とまではいかないが何時もよりカロリー消費は少なかったかも」
「なら次回はもっと動けるようにしておきましょう。ドローン長時間動かせるようにしておいてください」
「任された。帰ったらさっそく準備はしておくよ。ところで三日後だけど」
「私は残念ながら本業のほうが」
バスが到着し駅まで行き、そのまま別れる。ほぼ半日作業だったがそれなり以上の利益は出せたし美味い飯を食えたし、これ以上求めるのは贅沢というものだろう。
しかし、あの量だから大丈夫だったのかもしれないが、もうちょっと多かったら胃もたれを起こしていたかもしれん。さすがに胃に来る年齢になってきた。あの位の量で丁度良かったのかもな。
胃を押さえつつ最寄り駅までたどり着くとコンビニへ入る。明日の朝までこの胃もたれは続きそうだ。今日はもう食事は良いな。しかし、時間のわりに濃密な一日だった。十七層ではレッドカウはあんまり出ない。レッドカウはあんまり肉を落とさない可能性がある。この辺は調べるか。
優先事項はバッテリーの購入だ。ネットで買って届くのを待ってから十七層だな。届くのに時間がかかるならその間に茂君をいっぱい狩ろう。今日はまだ時間に余裕がある。済ませることは早めに済ませておこう。
今回飯テロ!(遅いよ





