382:趣味を定義するのは実は難しい
今日で一周年らしいですよ。よく続いたなぁ……
十三層から十四層へ帰還して、軽いおやつタイムにすることにした。保管庫から適当におやつを取り出して並べる。ついでに肉っ気も補充したかったのでボア肉をめんつゆと一緒に焼いてつまみとした。酒が有ったら完璧だったんだろうな。
「こんなところでおやつを食べる余裕が出来るぐらいには成長したって事で良いんですかね」
「すくなくともダンジョン探索で頭が目一杯になって他の事に気が付かなかった、という点についてはそうかも。余裕が出るのは良い事だ」
コンビニで百円そこらで買えるポテチもここでは貴重品だ。しかもつぶれたり割れたりしていない綺麗な状態でのポテチだ。保管庫様様である。粉ジュースを消費しつつつまみ食いタイムを満喫する。
「とりあえず三時間ぐらい寝て起きて上に戻れば十一時前ぐらいにはなるかな。それぐらいで問題ないよね」
「今すぐ上に戻ってもやる事といえばウルフ狩りぐらいですからねー。最後の最後に油断しないように寝ますか」
◇◆◇◆◇◆◇
軽い宴会みたいなものをしたあと三時間ほど仮眠を取った。寝て起きて、今午前九時半。帰るにはいい時間となった。芽生さんをいつもどおりガサガサと起こしタオルを放り込むと、ストレッチを始めながらコーヒーを沸かし始める。
何時ものルーティンをこなすことでその回の探索を問題なく進める。これはずっとやっている事だ。毎朝のご機嫌な朝食と同じく、自分のリズムを順調に保つ。そうすればいつも通りの探索が出来る。そう信じている。
最近は芽生さんも付き合ってくれるようになった。何か思う所があるのかどうかは知らないが、二人いると一人ではできないストレッチも出来るので有り難い。引っ張り合いとか背中合わせになってお互いに上げあうとか。
身体を軽く温めながら少しお腹が空いてきた感覚を覚える。寝る前に食べたんだけどな。
「ご飯どうする? 食べるならいつものトーストセット作るけど」
「じゃぁそれを。寝る前に色々食べましたし軽いほうがいいですね」
食パンを二枚、サクッと焼くと目玉焼きを二つ用意して残っていた野菜を足してサンド。それだけのお手軽朝食だ。
「味付けなににする? ソースと醤油とごまだれと……」
「選べるなら醤油で」
醤油らしい。俺はごまだれでいただく。ごまだれは何にでもあう。ごまだれは正義。いいね? いいよ。トーストしたパンに目玉焼きを乗せ、ほどほどに醤油を垂らしサンド。芽生さんの分出来た。早速呼んで朝食を先に食べていてもらう。その間に自分の分を作ろう。俺は目玉焼きにごまだれを垂らし自分の分。完成次第片づけを後回しにして食べ始める。
ごまだれは良い。サラダにかけるでも目玉焼きでも豚しゃぶでもなんでもいける万能調味料だ。無人島に何を持っていくかを聞かれたらごまだれを持っていくぐらいだ。
サクサクと朝食を食べ終わり、後片付けをすると保管庫の中のドロップ品の整理を始める。久々に一層から潜ったから……仕分けるのが色々あるな。
魔結晶が三袋。ボア肉・オーク肉・アリの牙と骨・ボア革・ポーション・真珠。真珠は小袋に詰めるからそんなに場所を取らないが八袋か。これはリヤカー大活躍だな。
荷物整理が終わったところで十五層に向けて帰る。十四層に人の気配は無いのでエレベーターの存在の秘匿は大丈夫だろう。早くだれか鬼殺しになってくれると楽なんだが。
十四層の階段を下り十五層に入ったところで何時ものスケルトン三匹。やぁ先日ぶりと言わんばかりにもりっと倒していく。階段を下り切るまでこっちに気づきもしないのは多分そういう仕様なんだろうとありがたさを噛み締めておく。
十五層のエレベーターまでいつもの連中といつものパターンで戦闘をし、行き帰り分の魔結晶をチャージ。前にスキルをくれた場所のスケルトンにお礼を言いながら切りかかる。さすがに二連続で出るようなものでもない事は解っているが、お礼はきちんとしておかないとな。
ボス部屋前の四体を片付けエレベーター方面へ。骨ネクロへ四連続ダッシュを決めるが、ステータスブーストが一段階上がったおかげか、一匹もスケルトンを召喚される事なく切り抜ける事が出来た。
「ステータスブーストの効果が上がったのがようやく解った気がします」
「無駄な骨でも切らぬに限る。これでよりシンプルに戦えるようになった」
エレベーターまでの通路を掃除するとゴブリンキングの角を取り出しエレベーターを可視化。乗り込んで角をセットして燃料の魔結晶を入れて一層のボタンを押してしばし待つ。その間に荷物をまとめ直して頑張って上がってきましたという体裁を繕う。
「ごまかしも堂に入ってきましたね」
「そう思うなら一個ぐらい持ってくれてもいいのよ? 軽そうな奴を」
「そうですね、では革の奴を」
素直に一個手伝ってくれるらしい。正直一人で七袋抱えるのは重さよりも体積でモコモコになりそうなところだったのでとても助かる。
一層に到着するといつものスライム。角を忘れず取り外すと後は歩くだけだ。道中のスライムを時々雷撃やウォーターカッターで潰しつつ、暇じゃないようにしながら出入り口へたどり着いた。
リヤカーの到着を待って退ダン手続きをする。
「お帰りなさい。今日も大漁ですね」
「ここまで運んでくるのも一苦労ですよ」
「おかげで今月ぐらいから黒字になりそうらしいですよ。ありがとうございます」
そうか、赤字ダンジョン脱出する見込みが立ったのか。そう言われると頑張ってる甲斐も出てくるというものだな。
リヤカーをそのまま押しながら査定カウンターへ移動する。査定カウンターでは待ってましたという表情で査定嬢が待ち構えていた。
「安村さんはあらかじめ仕分けしてくれてあるおかげで仕事がしやすくて助かります。いつもありがとうございます」
保管庫に入れる時点で仕分けはされてるようなもんだからな。こっちとしては手間はあまり無い。しいて言えば袋ごとに入れ替えるぐらいの手間だ。
十分ほど待って結果が出た。いつも通りに分割で価格は百四万四千百五十七円。いつもどおり一本分持って帰れたぞ。時給にして四万円。休憩している時間を除けば八万円ぐらいにはなる。うん、美味しい。
丸一日で百万稼いでくるとなると金銭感覚が麻痺してもしょうがないよな、と自戒する。芽生さんに渡し、今日の頑張りのほどを理解してもらう。
「これに加えてスキルオーブ一個分の価格を上乗せすると今日一日で千六百万円稼いで来たようなもの、という事になりますか。やっぱり売ったほうが良かったんですかね」
「売らなきゃよかった後悔をするよりはいいんじゃない? 千六百万は頑張ればそのうち溜まるけどスキルオーブは手に入るとは限らないから」
「それもそうですねえ。それで納得しておきますか」
落としどころを見つけてお互い納得したところで支払いカウンターへ。しかし、毎回百万とか二百万金が動いてるのに問題なく機能しているのはダンジョン庁の予算が潤沢だという事だろうか。
Cランク以上の冒険者が何人いるかは解らないが、自分たちの半分ぐらいは毎回持ち帰っていると仮定しても清州ダンジョンぐらいになると一日に千万単位の金が動いている事になる。ダンジョン庁の予算はよほど多いのか、それだけしっかりした物流ネットワークが構築されているのか。
実は予算はそんなに多くは無く、自前でドロップ品の売り先を確保して予算を自転車操業してる可能性はあるな。それはそれで大変だ。探索者としては確実にドロップ品を買い取ってくれるダンジョン庁……というかギルドは生命線になっている。
ある日突然買い取り中止なんてことを始めたら大問題に発展するのは目に見えている。スライムのドロップが確定した時も査定しきれずに一時買い取り中止を行ったダンジョンが非難囂々だったのはまだ覚えている。何にせよ今日の報酬は確実に頂いた。また深く潜った時にたくさん買い取ってもらおう。
「さて、帰るか。上がってきただけだからお腹も空いてないし、まっすぐ家に帰ってそれから……何しよう? 」
「ご趣味はないんですかご趣味は」
「有ったような無かったような。しいて言うなら最近はダンジョン関連の情報を集めるのが趣味になりつつあるな。それ以外には……俺は何をしていたんだっけ? 」
仕事を長らく続けている間に俺は休みの日どんな休み方をしていたのか全く思い出せなくなっている。何なら本当に仕事をしていたのかも怪しいが、仕事で培った精神力と忍耐力は今応用できているので少なくとも働いていた事だけは確認できる。
「新しい趣味でも探してみるか……できればダンジョン探索の邪魔にならないような奴を」
「そうしてください。お金はあるでしょうからゆっくり続けられそうなのを探せばいいですよ」
「趣味……趣味か……今のところはダーククロウ狩りが趣味と言えば趣味だな」
「今のところはダンジョンに帰ってくるんですね」
「お金にもなるし人も喜ぶし良い趣味だろう? まぁ無理に持とうとするものではないしそのうち見つかるさ、他の趣味が」
バス停についてバスを待ち、乗車する。今日は疲れてないので寝る心配もなさそうだ。ただゆらゆらとバスの揺れに身を任せながら、自分の趣味について考えてみる。
そもそも前職は仕事と自宅の往復だけで疲れ切ってしまっていたのじゃないか。徐々に思い出し始めて来た。休みの日は疲れを取るために一日寝てたりボーっとニュース見てたり、とても趣味に没頭する時間を取れなかったような気がする。
その点、まとめて二十四時間ちょい拘束されるものの次の日をほぼフリーに使える今のほうが趣味に費やす時間も金も多いと言えるのか。下手な仕事に就くより性に合ってるかもしれんな。
バスを降り芽生さんと別れそれぞれの最寄り駅へ向かう。さて家に帰ったら何すっかな。とりあえず洗濯とゴミの片づけと次のレシピなににするかと……買い物にも行かなきゃいけないな。パスタとか多目に買っておいて損はないだろう。最悪ダンジョンで茹でればいい。塩さえ持ち込めば……うん、何とかなるな。
趣味……か……趣味ねえ。モンスターがどんなリアクションをしてくれるかを見てみるのも趣味かもしれないがダンジョン関係だな。むしろダンジョン関係で趣味を持てばいいんじゃないだろうか。ダンジョン関係誌面にあるようなダンジョンでもできる美味しい料理的な奴を開発していく。
趣味は、しばらくは料理だな。
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