373:エレベーターは節度を持って使いましょう
気持ちよく目覚める。いつもより一時間ほど早く寝入ったのだが、起きたのはいつものアラームの音。つまり日帰りダンジョンでもそれなりに疲れは感じていたんだと考える。この布団と枕は天から遣わされたものだ。充分に疲れと眠気が取れていれば自然に目が覚める。そうじゃないという事は少し疲れがまだ残っている可能性があるという事だ。
しかし、目覚めは気持ちよかった。それは二度寝をしてもあまり変わらないという事だろう。そう自分に言い聞かせ、もう少し寝たいかもしれないという欲をかき消すために顔を洗って気持ちをスッキリさせる。
さて、朝ごはんを……おっと、昨日の俺の伝言だ。パスタを茹でてジャガイモをふかしてダンジョンに持ち込む。それで二食分の食事をカバーする。野菜も忘れない。キノコは保管庫に入ってる。
忘れないようにそのままキッチンに張り付けておくと、いつものゴキゲンな朝食を作って食べる。やはり朝はこれが無いとな。栄養バランスを取るためにパックの野菜ジュースも一つ飲んでおこう。今日は燃えるゴミの日だ。ゴミを集めて市町村指定のゴミ袋にまとめて指定の場所に置いておく。出かける時についでに出してしまおう。
朝食の片づけをしたところでパスタを茹で、ジャガイモをレンジで蒸かす。どっちも二人分あれば足りるはずなので……量的には味が薄くなり過ぎないようにシーズニングの指定量だけ作る事にする。足りない分はカロリーバーとストックの肉で誤魔化そう。更に二パック分のパックライスをレンジで温めておく。
茹でてオリーブオイルを絡めた茹でたてのパスタを保温容器に詰め、保管庫へ。手ごろなサイズに切ってレンジで蒸したジャガイモも同じく保温容器に入れ保管庫へ。これで二食分。足りなかったらパックライスと肉の追加でなんとか誤魔化そう。
食事の準備を終えると、出かける支度を始める。ダンジョン装備に着替えて持ち物をチェックだ。いつもの……
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
インナースーツ、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
枕、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
お泊まりセット、ヨシ!
冷えた水、コーラ、その他飲料、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
ドローン、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
そういえば昨日は持ち物チェックそのものを忘れていたような気がする。日帰りだから気が緩んだか。必要なものを忘れなくて良かったと安心する。
家を出てすぐのコンビニでショート缶タイプのポテチを数種類買って保管庫に入れておく。思いついたときに食べよう。袋を持ち込むより缶で持ち込んだほうが荷物に怪しさが出ずに潰れずに居ても不思議がられない。また太るのでは……という予感が頭をよぎったが気のせいという事にしておこう。
何時もの公共交通機関を乗り継ぎ小西ダンジョン前のバス停まで着く。芽生さんは……どうやら一本早いバスで到着していたらしい。こっちへブンブン手を振っている。手を振り返すとその場で待てして俺が近寄るのを待っている。これで駆け寄ってきたらきっと犬っぽいという感想を漏らしていただろう。
「インナーシュラフ持ってきた? 忘れ物無い? ご飯何? 」
「まだ潜っても居ないんだが……インナーシュラフは持ってきた。忘れ物は多分無い。ご飯は片方はパスタ、片方はジャーマンポテトと米」
「じゃぁ準備はばっちりですね。早速行きましょう」
芽生さんは今日はなんだか機嫌が良いな。
「何かいいことでもあった? 妙にテンション高いけど」
「昨日講義を受けがてら収入に関して見返していたんですけどね。ついにダンジョンでの収入が二千万円を超えていたんですよ。二千万円ですよ、二千万円」
「講義に集中しなよ。まぁそれはさておき、ということは俺も二千万円超えてるって事か。中々稼いだな」
「年額に直すと六千万円ぐらい稼げそうですよ。一気に高額納税者の仲間入りですよ。上位一パーセント以上の収入になってますよ」
自分がそれだけ稼いでるという実感はなかったが、人に言われてみるとその確実さが解る。二千万円か……
「ちなみに、手取りで言うとどのくらいになるの」
「そうですねえ。現状だと千万円ちょいぐらいになりますかねえ」
「半分は税金か……結構重いな。もうちょっと軽くする方法は無いのか」
「色々ありますよ。今度暇が有ったらレクチャーします。私自身の勉強にもなりますし」
「お手柔らかに頼むよ。それはそれとして、今日も稼ぐか」
「おー」
さっそく入ダン手続きを始める。
「二人、宿泊でーす」
「わかりました。ご安全に」
「ご安全にー」
言葉少なく、だが確実に必要な情報を伝えると見送られる。今の一言だとどこかでご休憩するのとあまり変わらない気がするがスルーすることにしよう。
今日は一層から十五層まで歩いて道中のドロップ品を回収しながら行く予定だ。念入りに収入だけを求めるなら十五層にワープしたほうが早いが、そればかりやっていると「ダンジョン内で見たことがないのに大量の収入を得ている。一体どうやっているのか……」という疑念を抱かれかねない。
今のところエレベーターの話は機密情報になっているので、おいそれとホイホイ使う事はなんだかほかの探索者に悪い気がするので、時々はちゃんと潜らないといけないと思っている。保管庫がばれるよりはまだマシな話だが、エレベーターを使えるのが現状我々だけなのでまだ隠しておきたい。
「真面目に潜るの久しぶりな気がします」
「たまには移動の不便を感じてエレベーターのありがたさを再確認する事も大事だ」
一層から四層まではただ通り抜ける。五層六層でダーククロウを狩って七層で一旦休憩、といういつもの流れの予定だ。
「まずは茂君、その後休憩して……そういえば十一層でオークから【生活魔法】が出たらしいぞ」
「それは良い情報ですね。十二層のオークからでも出るんでしょうか」
「可能性は高い。狙ってみるのも面白いかもしれない。他に出したパーティーが居ないならそろそろ出てくれても良い気はする」
「じゃあ十二層をぐるっと二周ぐらいしてから十四層へ向かいますか」
とりあえずの方針は決めた。後は進むのみ。今日はスライムの誘惑にも負けず、狩らずに真っ直ぐ二層に下りることに成功した。そのまま二層を進む。先に潜った探索者のおかげで行き道は綺麗に掃除されている。
ウルフ肉祭り以降骨を使ってグレイウルフを倒す探索者が増えてきたため、二層は一層より混んでいる事が時々ある。確実に肉を落としてくれるならグレイウルフの期待価格は三百円ほどで、しかも安全に倒すことができる。毎分一匹処理したとしても一時間で一万八千円。下手に就職するより美味しい。
これが全国に広まれば探索者の数はぐっと増えるだろう。小西ダンジョンの人口もかなり増えたと思う。人がほどほどに増えることは良い事だ。増えすぎても困るが、俺としては茂君が確実に狩れるならそれでよい。
二層三層をそのまま何事もなく抜けて、四層に達する。大木さん曰くCランクになってもここをソロで回るのは中々の訓練になるらしい。ヒールポーションによる収入も結構期待できるし、なるほどブートキャンプにはうってつけかもしれないな。気が付かずにここをグルグル回っていた俺は中々に目の付け所がいい。
問題はゴブリンソードが出てしまった時にどうするか。多分スライム見つけて喰わせて処分というのが妥当だろうな。多分こっそりみんなそうやってるだろう。目をつぶっておくのも探索者利益か。
「他の探索者も何回か四層をグルグル回っているそうだし、その内また四層でもスキルオーブが復活しそうだな」
「先に五層のほうが復活しそうなものなんですが、四層のほうが確かに回転は良さそうですね」
四層でゴブリン相手に少々時間を掛けつつ、五層へ下りる。今日はそれほど急ぎではないのでマラソンスタイルではない。
「五層はポップ数がそもそもしょっぱいからなあ。間隔空けてでもいいから倍ぐらい湧いてくれないかなぁ」
「無いことを嘆いても仕方ありません。ここは大人しく通り過ぎるだけにしましょう」
五層から六層に抜ける間、全部合わせて三十ぐらいしか居ないモンスターを全て狩り尽くしながら進む。ダーククロウもこの際寂しい山の賑わいだ。手の届くところは全部綺麗にしてしまう。後ろを振り向いてもまだ何もリポップしていない事を確認すると六層に下りた。
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