372:一層でお別れ~日課は忘れない~
一層に着いた。スライムを狩る時間は少しある。大木さんとはここで別れて俺はスライム狩りに勤しもう。
「大木さん、私は少し癒しを求めに行こうと思います。ここでお別れにしましょう」
「癒し……あぁ、スライム狩るんですね。わかりました。さっきまでのドロップはどれくらいになりましたか」
ドロップを半分ずつ分け、分けられない物は大木さんに持って行ってもらった。ヒールポーションが偶数個出たのは有り難かった。
「じゃあまたここでお会いしましょう。次はもっと奥のほうで、ですかね」
「そうなるかと思います。じゃあまた」
大木さんと別れ、俺は一人スライムを狩りながら帰り道を目指す。道中のスライムは残さず狩っていくので一時間ぐらいかかるかもしれない。閉場時間には間に合いそうだな。
「ぷっつりぷっつりぷっつりな~」
小唄を口ずさみながらスライムを熊手でプツプツ丁寧に核を出しながら踏む。踏むときの足裏の感触も心地よい。命を儚く散らしているというのが伝わる。いや、そもそもダンジョンモンスターは命と呼べるのだろうか?
まぁ細かい事は良いや、些細なことだ。俺の飯の種に……あんまりなってないけど心の健康のためにスライムを狩る。スライムを狩りながら出入り口付近まで綺麗にしつつ歩く。
「お、安村さん。今日もスライム狩りお疲れ様です。最後の〆ですか」
そのまま真っ直ぐ出入口へ帰るであろう、他の探索者から声を掛けられながらもスライム狩りは続く。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
何時ものリズムを奏でながらスライムを熱心に倒す。たとえスライム一匹から得られる経験値的なアレが少なかったとしても、百匹倒せばスケルトン何体分かになるだろう。
ちょっと趣向を変えて弱めの雷撃を与えて核ごと蒸発させたり手口を色々変えながら出入り口までたどり着いた。後二十分ぐらいで閉場時間だ。ここは余裕を持ってダンジョンを出よう。
退ダン手続きをして外へ出る。
「お帰りなさい。しっかり稼げましたか? 」
受付嬢から声を掛けられる。
「さすがに日帰りだと普段通りという訳にはいかないですね。バッグに入りきる程度ですよ」
「何にせよお疲れ様です。ちょっと査定が混んでるかもしれませんが」
やはり時間ギリギリまで探索する人は少なくないらしい。閉場時間を過ぎても査定カウンターはそこそこに混んでいる。今日は荷物も少ないのでバッグの中を整理して、査定しやすくしておく。エコバッグに種類ごとに詰め直し、自分の番が来るのを待つ。
「お疲れ様です。品物を分けてくれているおかげで査定が早く終わって助かります」
「それは何よりです。ではお願いします」
いつもと違う査定嬢にお礼を言われる。俺も早く帰りたいからな、そのための気遣いは大事だ。五分ほどで査定は終わった。十一万九千八百三十五円。普段の稼ぎからすれば微々たるものだ。
しかし、世間から見て一日の稼ぎが十一万というのは決して少なくはない。今日も生活の糧をくれたモンスターたちに祈りを捧げよう。
支払いカウンターで……今日は実弾で受け取ろう。最近財布が結構薄くなってきたのでここらで現金で受け取っておけば銀行まで行く手間が省ける。今度また記帳に行かないとな。いくら溜まってるか楽しみだ。
帰りのバスはちょうど来ていたのでまっすぐ家に帰る。さすがにお腹が空いてきた。中華屋で飯というのも選択肢にはあったがバスの時刻表には勝てない。またコンビニ飯で良いだろう。今日は何を選択しようかな。
帰りの電車は一般社会の終業時間にちょうどかち合ったのでそこそこ混んでいる。窓の外を見ながら探索者が何時まで続けられるかを考える。布団のおかげで多少若返った気がするものの、十年二十年と続けることは難しいだろう。それまでにいくら稼いで貯蓄を増やすか真面目に考えておく必要があるな。
疲れ切って爆睡しているサラリーマンもいる。きっと彼らも日銭を稼ぐために日々上司に怒られながら何かしらの活動をしているんだろう。もし探索者が中々に儲かるという話を広めたら探索者も増えるんだろうか。それでも小西ダンジョンには来ない可能性が高い。
穴場として小西ダンジョンが紹介されでもすれば人口は増えるだろうが、普段の活動状況を考えるに五層ぐらいまでで地道に稼ぐ道を選んで欲しいと思う。これは俺の身勝手な理由だが、もしダーククロウを狩りだすようになれば布団の山本に卸していく量も少なくなるだろう。でもその分市場にダーククロウの羽根は出回るようになるわけで、社会経済的にはプラスに働くのだから俺の都合だけで考える訳にもいかないか。
他のダンジョンではダーククロウは狩られているんだろうか。スキル持ちが頑張って数を徐々に減らしながら集めているんだろうか。それとも、俺みたいにまとめて処理してそのまま真っ直ぐ帰るような戦い方をしているんだろうか。結構気になる。
スキルを所持している人は未だ少ないだろうが、それでダーククロウをまとめて狩るという行動に移る人がどれだけいるのか。また持ち運びはどうしているのか。清州ダンジョンにはダーククロウの羽根を買い取る専門の業者が居たが、彼らがどれだけの品質で持ち帰られているのかもわからない。
布団の山本曰く品質はバラバラで悪いものだと濡れていたり羽根がボロボロだったりするようだ。布団に詰め込む関係上目に見えないとはいえ、出来るだけ極上の布団を提供したいという思いはあるだろう。それについては俺も同じ意見だ。出来るだけ快眠できるように極力品質の良いところで納品したい。
最寄り駅に着いた。今後もダーククロウ活動は続けて行こう。もし俺しかダーククロウのドロップテーブルを回していないなら、もう一度スキルオーブにお目にかかるチャンスはあるかもしれない。あまり期待しないつもりでいるが、一発チャンスを狙ってそれをモノにするのも大事だろう。
コンビニに入って新しい雑誌が入っていないかどうか立ち読みをしつつ、ピンときた雑誌があれば買おうと思ったが、どうやら今日はインスピレーションが足りないらしい。仕方なく弁当のコーナーへ行く。今日は何を食おうかな……ダンジョンに出かけるときはパスタを選択する事が多い気がする。
前はカレーだった。パスタは少し飽き気味になっている。そうなるとシチューや弁当が該当する。ふとポップを見ると「ハンバーグ二十パーセント増量中」となっている。今日はハンバーグ弁当にするか。目について、じっと見つめて、頭の中で味のイメージを考える。口の中で味が再現されてしまったら、ちょっと今回はご遠慮申し上げるという感じだ。
菓子パンでもそうである。味が先に思い浮かんでこれ前喰ったなぁとか、明らかに材料と見えてる食品の部分で口の中がその味で支配されるなら、わざわざ選択する必要が無いと考える。
うん、やはり今日はハンバーグ弁当にしよう。家に帰って調理するのも面倒だ。サラダチキンのパックをカゴに入れてこれで栄養は取れている事にする。後は家に蕩けるチーズが残っていたはずだ。ここでは温めず家で温めてトロトロチーズのハンバーグ弁当を食べることにしよう。
家に着くと食事の前に洗濯、風呂、そして食事。ハンバーグ弁当はデミグラスソースがしっかりと効いた味の濃いものだった。そこに蕩けるチーズが加わる事でよりコクが増す。サラダで時々舌をリセットしつつ、中々満足する食事を取る事が出来た。
いつもよりちょっと早く家にたどり着いたおかげで時間はある。簡単に家事を済ませてしまおう。
家具収納! 埃は床に落ちる! 床に掃除機! かけ終わったら家具再配置! 以上!
おかげで床や棚の上の掃除が簡単になった。 こんなところで保管庫スキルをフル活用しているのは俺ぐらいのもんだろう。こびりついてる汚れは収納で一緒に収納されてしまうので拭き掃除は必要だが、細かい家具の隙間とかを布を巻きつけた棒でこすらなくても良くなった。便利。
壁に付いた痕なんかは今度の休日にゆっくりやればいい。簡単な掃除としては上等な物だろう。部屋数が多いとはいえ掃除機をかけるだけで家中の掃除が済むのはかなり助かる。保管庫を有効活用できそうにない掃除と言えば後は換気扇と風呂掃除ぐらいか。やはり汚れ系には通用しにくいようだ。
ゴミの片づけと洗い物と風呂掃除ついでに風呂にも入り、準備は万端だ。明日は……明日は何食べよう? ちょっとレシピを考える。保管庫のシーズニングシリーズを色々見ながら家にある材料との掛け合わせを考えていく。
ふむ……ジャーマンポテトも悪く無さそうだな。朝起きたらジャガイモを細かく切ってレンジで蒸かして、そのまま持ち込んで現地で調理。これも悪くない。後は肉系を何かで誤魔化せば完成だな。今の内にメモってキッチンに張り付けておけば寝て起きて忘れていても問題あるまい。もう一食は……やはり野菜炒めか。ステーキシーズニングが何種類かあったはずだからそこから選ぶか。
手抜きで手の込んだものと言えば後は……パスタを茹でて持って行って、その後で決めるという方法がある。これならあらかじめ茹でてあるので時短調理も可能だし、それにしよう。それもメモっておく。パスタの在庫は……よし、あるな。明日の料理は二食決まった。三食目が必要になったらその時はまた肉だけで誤魔化そう。
明日の準備は大体終わった。洗い物も片づけたし、洗濯物は干してあるので明日取り込んで再度保管庫行き。インナーシュラフは……うん、もう乾いてるな。乾いてなかったら芽生さんに乾燥してもらえば済むんだが。これで準備は今度こそ良いだろう。明日の朝またチェックしよう。
一通りの準備は出来ることはしたので明日朝起きて色々と仕込みを済ませてからダンジョンだ。毎日がピクニック気分だが、陰鬱にダンジョンに探索に出かけることに比べたら気安いものだな。
今日の疲れを明日に残さないようにしっかりと眠る事にする。このまだ新しい夏布団の効力を存分に発揮する事を望みながら寝床に入ると間もなく全身を気持ちよい香りと感覚が駆け抜ける。そう、これだよ。これが眠りに必要な……
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





