371:日は長く、だが日帰りは短く感じる
好きなだけ茂君を狩った。昼を通り越して時間的に余裕をもって四層に上がって午後四時半。おおよそ予定通りの時間だ。このまま四層三層二層と真っ直ぐ抜けて、一層で時間調整という名のスライム狩りをしよう。四層で狩りをしているパーティーが居るような気がする。戦闘音がここまで響く。頑張ってそのまま五層六層七層と進んできて欲しいところだな。
尤もこんな時間に四層に居るんだ、彼らもそろそろ戦闘を切り上げて出入口に戻るだろう。タイミングが合えば道中楽が出来るな。運が良いのか悪いのか、羽根を除けばドロップ品は後ろのバッグに入りきる程度にしかない。とりあえずバッグの中に全部出してしまって、うっかり出会ってドロップ品は? と尋ねられた時にはっきり答えられるようにしよう。
段々戦闘音が近づいてきた。どうやら鉢合う事になりそうだ。知り合いならいいが……と、出会った。
「安村さん、お久しぶり」
小寺パーティーの大木さんだった。前は十二層手前で出会って以来か。ずいぶん久しぶりのような感じもする。
「大木さん、お久しぶりです。今日はソロですか? 」
「えぇ、日帰りで特訓ですよ。安村さんも時々やってますよね? 四層で特訓……そういう安村さんも今日はソロ活動ですか」
これはもしかして、四層ソロ巡りを特訓として行う事がコッソリ知れ渡っているのかもしれないな。ほどほどにしておこう。
「相棒は学業のほうがあるので。今日は来るかどうか悩みましたが一日暇が出来るとどうもやることがなくって。四層は特訓というか……言われてみれば特訓ですね。【雷魔法】を使い続けられる時間を長くしようとして時々籠ってますね。どうですか景気は」
「今日は中々の稼ぎですかね。ヒールポーションもそれなりに出てくれましたし」
大木さんのほうは収入として十分なものを得られたらしい。顔の色ツヤからしてかなり儲かったようだ。
「それは重畳ですね。そろそろ帰る時間なのでは? 」
「おぉ、もうそんな時間ですか……うん、ギリギリまで粘るのもあれだし今日はこれで帰るか。安村さんも帰りですよね。ご一緒しても? 」
「行きましょう。ちょっとぐらいはスライムを狩る時間もあるはずですし」
「好きですねぇスライム狩り。何か狙ってるわけでもないんでしょう? 」
「心の洗濯ですよ」
帰り道を話しながら進む。出てきたゴブリンは会話の種にすらならずお互い近いほうから順番に黒い粒子に還されて行く。ちょっと可哀想。
よかった、直前に荷物を出しておいて。もし今手ぶらでバッグの荷物も少ないことを指摘されたら言い訳のしようがなかった。
「そういえば、十四層まで到達おめでとうございます」
「あぁ、やっぱり先に設置してあったテントは安村さん達でしたか。お二人なのによく十四層まで潜ってこれますね」
「実は十五層も到達して無事に鬼殺しにもなれましたよ」
「それはおめでとうございます。小西ダンジョン初じゃないですかね。こんなところで十五層潜るより、清州ダンジョンで潜るほうが他の探索者がいる分戦闘回数も少なくて済みますし、消耗少なく探索できると思うんですが」
確かに言わんとするところはその通りだ。清州ダンジョンなら……何パーティー居るんだろう? 知っているのは新浜パーティーだけだが、何十というパーティーが鬼殺しになっていても不思議はない。
「なんだかんだで行き慣れた小西ダンジョンで潜るほうが道中気楽ですし、何より清州ダンジョンはマップが広いですからね。こちらは狭い分移動距離も短くて、十層は……まぁ十層は疲れますが、そこさえ乗り切ってしまえば後はメリットのほうが大きいですから」
「なるほど、そういう考えもありますね……こちらはまだ十三層で力をためている最中ってところですかね」
そういえば大木さんが居るんだから小寺パーティーの内情を知るいいチャンスじゃないか? ちょっとカマをかけてみよう。
「そういえば、スキルオーブ拾ったりしませんでした? 例のスキルオーブドロップ話、あれが本当なら今十二層から下ってほぼ我々の独占状態なわけですよ。これを機に一気に狙うって手もあると思いませんか」
「スキルオーブですか。十一層でなら拾いましたが十二層以降となるとちょっとわからないですね」
「お~、出たんですか。おめでとうございます。何が出たんです? 」
「【生活魔法】ですね。おかげで探索が便利になりましたよ。水も出ますし服も乾きますし風呂を気にせずすみますし」
「そこまで便利ですか……十二層で狙ったら出るかもしれませんね」
「階層が違いますから同じものが出るとは限りませんよ? 一応オークは十二層にも居ますけど」
オークから生活魔法が出る。俺覚えた。次に活かせる。会話の間に四層から三層へ抜けた。ドロップはまとめて俺が預かっている。個数はちゃんと覚えているので後で半分こしよう。
「なるほど、オークから出たんですね。覚えておきます」
「あっ……まぁいいか、安村さんだし。ちなみに覚えたのは中橋君ですよ。行きの十一層で出たので中止して売りに行くか覚えるか相談しまして。で、最終的にじゃんけんで彼が勝って覚える、という形になりました」
「大木さんじゃんけん弱いですもんね」
「そうなんですよ。おかげでいつも七層では僕が歩きです」
中橋さんはじゃんけんが強い。これも覚えておこう。どこかで活かせる場面が出てくるかもしれん。しかし、オークから【生活魔法】か。イメージが湧かないな……ジャイアントアントから【雷魔法】もイメージ湧かないからいいか。
「そういえば安村さん、十四層へまた机置いたりするんですか? 」
大木さんは暢気になかなか難しいところを聞いてくる。エレベーターで運んできましたはまだ言えないからな。ここはボカしておくか。
「う~ん、十四層はさすがに深すぎて持っていくのが難しいと思います。ペンとノートと小さな机ぐらいなら何とか……ってとこでしょうかね。それよりも、非常用の食糧とか水を余った分置いていくほうが建設的じゃないですかね」
「なるほど、ステータスブーストの使い過ぎで動けないとか、そういう時のためのものですか。そのほうが理にかなってますね。今のところ他の探索者は見かけないですし、ほぼ我々用みたいなところはありますが」
「他のダンジョンだとそういう非常用品ってどうしてるんでしょう? いくら自己責任の職業だと言っても目の前で困窮されて見て見ぬふりは寝ざめが悪いというか、難しいと思うのですが」
俺たちはまだいい。いくらまで入るか上限が未だ解らないアイテムボックスがある。他のパーティーではどうか。余所のダンジョンではどうか。小西ダンジョンにはそういう仕組みはまだ出来上がっていないというか、作るほど人がいない。大抵の探索者は四層まで行って帰るのがほとんどだ。
自分で言っておいてなんだが気になるっちゃ気になる。そういう遭難者みたいなものが出た場合どういう仕組みを作り上げているのか。探索者がボコボコにされている場面は立ち会ったことがあるが、そういう理由でヘルプを上げるわけではない。
話しているうちに三層から二層へ。グレイウルフは骨を出さず普通に倒す。骨を出してウルフ肉を補充してもいいのだが、今のところ補充は不要な程度手元に残っている。中華屋に卸してもまだ余りあるぐらいだ。
「う~ん、どうなんでしょう? 清州ダンジョンは官民共同ですし、多少の治安維持が行われているとはいえ救命救急や突然の病気に対応する仕組みはあるんじゃないかと思うんですが、そこまでは解りませんね」
「そうですか……そういうものって考えておくべきなんでしょうかね、先達として」
「難しいところです。勝手に仕組みを作り上げてしまってかえって反発を招く事もありますし、必要になった時がこなければ誰も理解しないかもしれませんね」
とりあえず七層の水が減るかどうか、それを観測するのがベターな選択か。まずは七層で。その後十四層で、だな。まずは試験的に七層で様子を見ようと思う。
ふと、会話が途切れたのでたまたま目の前に来たグレイウルフに骨をくれてやってから倒す。グレイウルフは肉をくれた。
「それ、安村さんが広めたんでしたよね。ウルフ肉祭りは盛況だったと聞いてます」
「ネットに書き込んであった奴を検証して、確証が取れたので真似しただけなんですけどね」
そういう事にしておく。
「例の探索者ネットワークですか。あまりログインする機会というか、面倒くさくて使いこなせてないというか」
「今後先を見ていくなら予習は大事だと思いますよ。大木さんも面倒くさがらずに色々調べましょうよ。スキルの価格とか色々」
「そうですね。ちなみに【生活魔法】っていくらぐらいのものだったんですか? 」
相場を知らずに使ったのか。なんというか、まぁこのまま彼らがパーティーを続けていくなら問題はないんだろうな。
「末端価格だと今五千万円ぐらいですね。探索者が増えるなら価格はもっと上がっていくかもしれません、【水魔法】みたいに」
「使わずに売る手もあったか……いやでも快適さを五千万で買った……いや、過ぎたことは仕方ない! この件はみんなで話し合って決めたんだから後からグチグチいうのは無しですね」
「せっかく拾ったスキルですし、有効活用して……四人で五千万貯めれば元は取れると考えたらどうです。そのほうが建設的ですよ」
「仰る通りですね。今の値段は聞かなかったことにしておきます」
大木さんは結構切り替えが早いな。見習おう。
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