364:草があって広ければ草原ってか
周囲すぐにモンスターの影は無い。視界内にモンスターらしきものは存在するが、今すぐ襲ってくるような形ではないようだ。まずは一安心。そして感想を述べよう。
……またこの光景か。それが第一感想だった。草原に似つかわしくない大岩に階段がめり込んでいる。そういえばダンジョンマスターはエレベーターという構造を思い付いていなかった。もし思い付いたりしていたらこの大岩はエレベーターだったのだろうか。
それはそれで面白い光景になっていただろう。草原にポツンと立つエレベーターというのも中々に違和感があるだろうし、何よりエレベーターは本来箱を上下させるという構造である。本来存在するはずの上下に伸びた部分を無視して箱だけ置いてあるという事を考えると、まだこの大岩のほうがマシだと言わざるを得ない。
「う~ん……なんかもう、いっその事鏡みたいなものを通り抜けてそこで次元転送されるような形のほうがそれっぽくすら見えるな」
「たどりついて最初の感想が階段へのイチャモンつけなんてかなり余裕がありますね」
芽生さんが呆れている。この広大な草原の景色のほうに目を向けろと言わんばかりである。
「十五層にエレベーターがある以上これはなぁ……まぁ既に作られている分については仕方ないか」
「それだと、まるでこの先まだ作ってない部分があるみたいですね」
「どうだろう。広さと深さが比例するという話も聞かないし、もしかしたら小型ダンジョンは広いダンジョンに比べて最深層が浅いかもしれない。今のところは底が見えるまで潜ってみるしかないんじゃないかな。とりあえず二十一層まである事だけは解っている」
二十一層で待っている、という言葉をそのまま信じるなら少なくともそこまではあるという事だ。その先は……どうなっているんだろうな。そもそも二十一層がどんな形をしているかもまだ知らない。
とりあえずエレベーターと階段についての文句は言い切った。次はこのマップに対してだな。見渡す限りの草原という最悪のパターンを回避できなかったらしい。そして太陽はない。つまり昼夜は無い可能性が非常に高い。これだけは嬉しい話だ。
一面に草が生えている……一種類ではない、何種類かの草木が混じっている。試しに根元から抜こうとして見るが、やはりこれもダンジョンオブジェクト扱いらしい。草の根ぐらい持ち帰らせてくれてもいいのに。
ためしてみたが根から抜くことはやはり不可能だった。とりあえず根のギリギリの位置から採取する事は可能だった。試しに一握り切断すると保管庫に入れておく事にした。これはギルマスへのお土産にしておこう。あの人なら何らかのアクションに利用しそうではある。
本当なら根っこから掘り出して土ごと持って帰るのが理想だが、葉や花の部分だけでも地上にある植物との違いなんかは見てとれるかもしれない。少なくとも新鮮な状態で持ち運ぶことは可能なんだ。ビニール袋に入れて丁寧に種類ごとに保管庫に入れておく。
「なんですかそれ、お土産ですか」
「十七層に着いたぞ、という報告を兼ねてかな。もしかしたら地上に無い植物かもしれないし」
とりあえず気は済んだ。さて、気を取り直して周りをよく見よう。白い生物らしきものが遠目に見える。例のバトルゴートだろうか。足元の草を食んでいるらしい。食べれるのかあれ。というかモンスターも食事するのか。食事しないと生きていけない……なんてことは無いのだろう。ワイルドボアが足元をこすってから突撃を開始するように、生物っぽくデザインされているだけで切り刻んだらやっぱり黒い粒子になるんだろう。
草を食べている間に倒したらドロップが確定……する事は無さそうだな。平和な光景だ。その平和を乱すものは……俺!
「まずは戦ってみるか。強さのほどを確認したいしまとめてくるのかどうかも、後できればドロップも欲しい」
「かなり贅沢ですね。とりあえず近寄ってみますか。どのぐらいの距離で襲ってくるのか気になりますし」
徐々にモンスターに近寄っていく。おおよその目視で二百メートル……百メートル……五十メートル。ここらまでか。バトルゴートがこちらに気づき睨みつけると走って近寄ってくる。どうやらパッシブモンスターではないらしい。明らかに殺傷力の高そうなネジネジった角を振りかぶってこっちへ近づいてくる。足はワイルドボアより速い。
せっかくだからボス戦の時のアレを試してみよう。自分の前方に雷魔法で領域を形成する。そのフィールドを通過させる間に物体を加速させる……イメージとしては電磁加速器みたいなもんだ。とにかく雷魔法で発生させた磁場で加速させる事に違いはないので細かい事は捨ておく。
フィールドを通り抜けるときに加速させるイメージ。二つのスキルを同時に使うので集中力をちょっとだけ使う。射出するのはゴブリンソード。前回と同じくだ。まずは前の感覚を思い出す。あの時は本当に思い付きで撃ったから実際にどう動くかを観察しなかった。やってみたら出来た、そんな感じである。
今回は真面目にスキルの複合使用としての加速だ。実際にはただの射出でもっと早く射出する事も可能だが、音速を超えるスピードというイメージが上手く浮かばない。それを補うための雷魔法だ。
射出されたゴブリンソードは雷魔法の加速フィールドを通り抜けてさらに加速された……んだと思う。正直それ以上の速度差が見切れない。ただ威力が増したことだけは解った。ゴブリンソードは目標にしていたモンスター、バトルゴートの胴体を易々と貫いて何処かへ飛んで行ってしまった。回収はスライムに任せよう。
バトルゴートが黒い粒子に還ったことを目視で確認する。威力は過剰。もう一種類のモンスター、レッドカウにも出会ったら試してみよう。その後徐々に威力を抑えていって燃費のいい戦いを探していく感じだ。
「やりすぎたな。もしかして普通に射出するだけでも良かったのではなかろうか」
「明らかにオーバーキルですね。ほどよいキルぐらいになりませんかあれ」
「じゃぁ次はパチンコ玉でやってみよう。もう一匹居るし」
もう一匹もスキルだけで試してみる事になった。せっかくフィールドを保持したままでいるので、今度はパチンコ玉を飛ばしてみる。射出したパチンコ玉も電磁気力により加速されたまま真っ直ぐバトルゴートに突き刺さる。頭部を貫通してパチンコ玉はまたどこかへ飛んで行ってしまった。バトルゴートは黒い粒子に還る。後に魔結晶を残していった。
バトルゴートの魔結晶を拾う。スケルトンの魔結晶よりもずいぶんと小さく赤いな。本当に魔結晶かこれ。試しに保管庫に入れると「バトルゴートの魔結晶 x 一」と表示されたので、間違いはないらしい。どうやらグレードの高い魔結晶は赤くなるらしい。査定が大変そうだな。
「十七層からは赤くなるのかな。事前情報をもうちょっとちゃんと調べておけばよかったが……まぁ保管庫から出すなら同じか。これからは赤いのと黒いの、別袋に入れてから査定にかける事にしよう」
「何故十七層から魔結晶が赤くなるのか。これもダンジョンの不思議ですかね」
「お、おう、そうだな。これもダンジョン二十四の不思議に入れておこう」
先に言われてしまった。二十四の不思議も十五まで埋まった。その内何個かは解答が出ているものもあるが、全部埋まるまではそのままにしておこう。
「さて……次のモンスターを倒してみるか。今度はもっと出力を落として、どのくらいの反応を見せるか、ぶつかってみてどうなるか。その辺りを検証しよう」
「通常時の自分の実力を知っておくのは大事ですからね」
見回すと、二匹か三匹で一グループを形成している。見渡す限りモンスターという訳ではないが、そこそこの距離を取っている事からもこのヤギさんは群れすぎることを良しとしないらしい。こっちとしてはアクティブモンスターが一気に襲ってこない事は有り難い。
とりあえず手近なグループに近寄っていく。やはり五十メートルぐらいがこいつの察知範囲らしい。普通にパチンコ玉を射出してみたが、頭に弾かれてしまった。スケルトンと同等の耐久力はあるようだ。とりあえず突進を受け止める。
んぐぐぐ、中々衝突力は強い。両手で角を押さえつつバトルゴートとタイマン勝負だ。しかしここに居るのは三匹。俺が一匹と戦ってる間に横から割り込まれるか芽生さんのほうに二匹行くかは解らないが、出来るだけ手早く倒す必要があるな。そのまま力を横へ滑らせて勢いを往なす。すると二匹目が俺に突っ込んできている。正面からぶつかるのをかろうじて回避し、横薙ぎに直刀で傷をつける……つもりだった。
しかし、バトルゴートのフサフサの毛が邪魔をして刃が表面で滑っていく。これは直接突きこまないとだめだな。二度目の突進を仕掛けてこようとしているが、距離が近い事で突進の威力は無いだろう。しかし、見るからに堅そうな角を振り回しながら再度こちらに向かってくる。直刀が硬いかバトルゴートの頭蓋が硬いかここは勝負だ。頭に向かって直刀を突きこむ。
頭はやはり急所らしく、上手く突きこんだ直刀は頭に刺さった。そのまま脳をやられたのだろう、死亡判定を受けたらしく黒い粒子に還る。バトルゴートには突きが重要。俺覚えた。
そのままの流れで二匹目の今度は側面に刃を突き立ててみる。上手く毛の間をすり抜けたのか、直刀はささる。畜生、なんて毛だ。フサフサがこんなに厄介だとは思わなかった。芽生さんも何とか戦闘は終えたようだ。
「刺すしかないですね。私は楽ですがそちらはどうですか」
「刺すしかないな。頭からなら切り込みを入れることはできるだろうけどあの突進を受けながらだと難しいと思う。あまり過信してはいけない攻撃手段だな。何かもっといい手口があるはずだ。いずれ探していこう。で、ドロップだが」
毛だ。毛が落ちている。フサフサの毛が毛によってある程度束ねられた状態でドロップしていた。これがバトルゴートの毛か。防刃防弾素材になるという噂の毛だ。
手袋を外して直接触れてみる。刃物を易々通さないほど強靭な毛のはずなのに、触り心地は極上だ。マフラーにでもすれば首元が素晴らしく気持ちよくなるだろう。
「これでスーツを作ってSPなんかに着させるとボディガードとしての格が上がるかもな。俺もツナギを卒業したらスーツを着てここに来ることがあるかもしれない」
「それはそれでかっこいいかもしれませんが……お値段は? 」
「七桁してたかなぁ。そこまで供給が少ないのか、それとも製造工程に難があるのか。しばらくお世話になる事は無さそうだが目標として考えておこう」
五体でドロップがそれぞれ一種類ずつ。十七層に来たという証拠はこれで十分だろう。レッドカウにも出会ってみたいところだが、今日はここらで帰ろうと思う。
「さて、十四層まで戻るか。今日のミッションは達成した事だし、あんまり長居するのも帰り道が大変になりそうだ」
「そうですね、時間的にもちょうど良い感じですね。マップ調査は次回にしますか」
「上空からの景色が気になるが、それは次回のお楽しみだな」
今日のところは顔見せだけの予定だったので本格的に戦闘、探索していくのは後日だ。もっとも、このマップが後四階層続くことを考えるとあまり広くない事を祈るばかりだな。
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