345:報酬
二十一層攻略の報酬か。金ってのが一番わかりやすいな。非課税の五百万円とか……いや五百万円もらってもすぐ溜まっちゃうだけの環境に居るからそこまで金に執着していない。つまり金の話は横に置いておく。
次に名誉だ。最も要らない。何せお腹が膨れない。メディアに映って一躍有名人になったところでTV出演の依頼やコラムの執筆や……そんな仕事をしている自分を想像してみるが、いまいちピンとこない。やはり自分は現場の人間なんだろう。名誉はキャンセルだ。
酒と女。これは常套句だ。お高い店に連れて行ってもらって若くて柔らかいねーちゃんと温かい事をする。うん、一番無いな。
だとすると他には……そうだな、そういうしがらみから離れたい、というのが一番の思いだ。人に言われて最先端を攻略していく、なんて人生設計はする気が無い。むしろ自由にいろんなダンジョンを巡ったりひたすら六層に籠ってダーククロウの羽根だけを集め続けたり、そういう事をしたい。
それに【保管庫】を持っている事で行動の規制をされる可能性もある。そういう未来的なことに視線を向けよう。保管庫スキルがばれて移動制限を掛けられそうになったとしても、ダンジョン庁から自由行動を保証されていますと突っぱねることが可能になる。その方向性で行こう。
「芽生さんは何かある? あれが欲しいとかこれが欲しいとか」
「私は……自由に潜ったり出たりできればそれで充分かなぁ。今回はまぁ事故みたいなもんで依頼を受けるのもしょうがないとは思うんですが、二十一層攻略したら次はまた奥へ……みたいなのは私たちの探索ライフとしてそぐわない気がしますし。それに大学卒業しても探索者を続けるかどうかも決まってないんですよ」
「なるほど、つまり今回まででダンジョンマスターとの対話は打ち切りにして、後はダンジョン庁として受け持ってもらいたい、と? 安村さんはどう思ってるんだい」
芽生さんの意見を参考にして俺がどう考えているか、いやむしろ俺がどう考えているかを芽生さんに代弁させたのか、その辺を見ているんだろう。
「相棒とその辺は同意見です。鬼殺し、という一区切りがついたことですし何処かの他のダンジョンへ旅に出るのも良いかもしれないとか考えたりはしますね。そうなるとまた依頼を引き続き受ける、というのは重荷になるかと……お金に関してはダンジョンに潜る関係上勝手に溜まっていくでしょうし、よほどの金額を積まれない限りは依頼の報酬としての旨味は小さいでしょう」
とりあえず一区切り言いたいことを言ってみる。ギルマスは少し考えた後、こう切り出した。
「では名誉のほうはどうかね? 二十一層に二人でたどり着くことができる。これはBランクへの推挙の条件としても問題ないレベルに達すると言える。現状Bランクが民間では一番高位の探索者ランクだと言っていい。勿論先輩と後輩みたいなものはあるが、そういう名誉は? 」
「あまり興味ないですね。他人に振りかざして楽しいものでもなさそうですし。それよりもダンジョンの不思議や気になる部分を巡り続けるほうが楽しい気がします。なので現状Cランクでも不便は無いんですよね。特にこの小西ダンジョンではエレベーターという何物にも代えがたい設備があります。それに比べたら……まぁうま味は無いですね」
両手を上げてサッパリだ、というジェスチャーをする。ギルマスは少し悩まし気な表情を見せる。どうやら向こうの手札はあまり多くは無いようだ。
「あと、酒と女に関しては不自由してないのでそっちは完全にお断りですね。そもそも酒飲めませんし」
「ん、洋一さん彼女いたんですか? 」
気になったのか、芽生さんが即座に確認を取る。そういう意味じゃないんだけどな。
「いや、居ないが……隣に良い相棒が居るじゃないか。それだけでも十分だよ」
「相棒以上恋人未満って奴ですか」
「そんな感じだな、今のところ」
「イチャついてるところ悪いが、それでは君らへの報酬は自由、という事で良いのかな? 」
ごほん、とギルマスが一つ咳をしてお互いの妥協点を探ってくる。
「現状思い付くのがそれぐらいしかないですね。もしくは顎が外れるような巨額の報酬が貰えるならそっちに鞍替えするかもしれませんが」
「う~ん……私の権限でなんとかできる範囲を超えているな。長官に直接捻じ込んでみようかと思う。今日明日明後日で攻略するものでもないだろう? できる限りの説得と資金は獲得できるようにしてみよう。その辺は何とか説得してみて妥協点を探ってみようと思う。それでも首を縦に振られないのであれば、君らに報酬としてだせるものは完全に自由な探索、という事になるね」
ギルマスは根負けした、という感じだ。とりあえずこっちの希望は通っているという事で良いのかな。
「なら、現状はそういう事で握手しておきましょう。質問リストのほう、お願いしますね」
「任せておきたまえ。後、明日から十八層以降の探索を原則禁止する方向で周知させておくことにする。民間とはいえ完全に未知な領域だから測量やなんやらをする必要もあるだろうし、君らも情報をある程度かき集めてから次のマップ……この場合十七層以降という事になるが、そこに挑むつもりだろう? 」
予定は決まってないが少なくとも二十一層までは付き合ってくれるんだろう? という確認も含めてギルマスに念押しされる。
「そうなりますね。軽く触り程度には知っている、というだけでマップ構造がどうなっているか、傾向はどういうものか何かはサッパリわかりませんから」
「なら何とか捻じ込んでみることにしよう。ちなみに新しいスキルが欲しいとか、そういう方面での要求はあるかい? 」
ちょっと角度を変えてギルマスが話を持ってくる。スキルか……
「気になるスキルはいくつかありますが、どこでどう出るかもはっきりしていませんし、ドロップパターンがある程度把握できてるとは言え確実に手に入るものでもないですからね。それに買い取るには資金面でまだまだ厳しいものがありますから、スキルが欲しいなら自分で出すしかないのが現状でしょうか」
「なるほど、優先的にスキルオーブを渡す、という手続きも取れない事は無いんだが、そういう意味では無意味になりそうだね。まぁ、どっちも急ぎじゃないんだ。こっちで出来る限りの条件は引き出してみようかと思うよ」
ギルマスはかなり前向きに物事を進めようと思っているらしい。多分ダンジョン毎のギルマスの発言権というか権力争いみたいなものがあるんだろうか。そっちにはノータッチで行きたいところだが、民間ダンジョンで二十一層まで潜れる、というのはかなり大きい武器になるんだろうな。
もしかしたらダンジョン庁が出張ってきて官民総合となる可能性だってある。出来ればそうはなってほしくないな。エレベーターはダンジョン庁が厳重に管理し運行する、みたいな堅苦しい事にはなってほしくない。
「とりあえず、現状の所我々の欲しているのは自由ってところで良いでしょうかね。それ以上の目を見張るような報酬が提示されたならその時はまた相談の機会を設けるということでどうでしょう」
「それが落としどころだろうね。非課税でいくらまで出せるかを上申しておくよ。聞きたいことリストの内容によっては何十億何百億の話に拡大するかもしれないからね。例えば……エレベーターの動く原理とか」
そこに切り込んでくるか、ギルマス今日は冴えてるな。さっきまでパター打ってるおじさんにはとても見えない。
「あー、出来れば分解して検証するみたいな事は止めて欲しいですね。ダンジョンマスターにへそを曲げられて使えなくなったりしたら小西ダンジョンのこれからの売りが無くなってしまいますから」
「それもそうだな、研究者の類には情報を流さないようにダンジョン庁経由で注意喚起しておこう。今のところエレベーターの事を知っているのは各ダンジョンのギルドマスターと君らだけのはずだ。もしかしたらポロっと他所のギルマスが子飼いの探索者に教えているかもしれないが、実際にエレベーターがある場所は伏せて伝えてあるからな。それに小西ダンジョン産のゴブリンキングの角じゃないとダメかどうかの検証もまだだ。その辺は調査が済んでからになるだろうね」
とりあえず独占して使える間に稼いでしまおうという気持ちに変わりはない。本来なら攻略も早いほうが良いんだろうが、それよりも優先する事はある。順番にのんびりやっていこう。
「とりあえず相談する事はここまでですかね。また何かあったら来ますよ。出来ればない事を祈りますが」
「お互いの利益になる所でうまく線引きできるといいね。じゃ、また」
「お邪魔しました」
応接室を出る。階段を下りていると胃が音をたてはじめた。相談している時間があった分、腹が減っている。中華屋へ行くか。ギルドを出て歩きながら今日のメニューを考える。
「さて、昼飯食って帰るか。中華屋で良い? 」
「今日は水餃子か小籠包の気分です。セットでチャーハンも付けましょう」
「食べ過ぎじゃない? 減量は良いのか」
「今日はいつもより動いたので多少は大丈夫でしょう。それに毎日体動かしているおかげでちょっとずつですが減ってきてはいるんですよ」
えへん、と胸を張る。あまりじろじろと観察はしたことないが、出る所はちゃんと出て引っ込んでいるところはちゃんと引っ込んでいるように見える。シンデレラ体重でも目指しているのか?
「男好きする体はちょいポチャぐらいらしいぞ。スレンダーで筋肉質な女性はそれはそれで魅力的だが、抱きしめた時の柔らかい感触はたまらないそうだ」
「ならちょうど良い感じの食事になりそうですね。でも多少痩せ気味のほうがからだが動かしやすいんですよ」
「そこは難しい判断だな。ステータスブーストのおかげでハンガーノックを起こさない程度にしておいてね。戦闘中に突然エネルギー切れ起こすと多分動けなくなるから」
ステータスブーストを掛け過ぎてカロリーを一気に使いすぎると体全体からの補充が間に合わなくて低血糖状態になる、そうなると体が動かなくなる。探索者にとって突然それに陥るのは怪我に直結するし最悪死ぬかもしれない。
「その辺は随時カロリーバーで補充していきましょう。まだまだ在庫はあるんでしょう? 」
「まだまだあるぞ。何なら今度新作でも探して放り込んでみるか、それとも緊急用にゼリータイプを詰め込んでおくか」
「選択肢は多くても問題ないですからね。賞味期限を気にする必要もないですし、常温でも食べられますから……後おやつも色々種類を入れていきましょう」
「じゃま、そういう事で何時もの中華屋に行くか」
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