337:ひとまずいつも通りの行程
ギルドの建物の二階から一階へ下りながら芽生さんと話をする。
「さて、ギルマスはなんだかんだ言ってたが要するにいつも通りでいいってことだ。つまりダンジョン潜ろう。今日は茂君狩っていこう」
「そうですね、ゴルフの結果が私たちになんら寄与するところがあるわけでも無さそうですし……あ、でもレッドカウの肉は食べてみたいですね。ちなみに今日のお昼は何ですか」
「いつもの、で悪いがウルフ肉の生姜焼きだ。手軽だし野菜炒めも付けるぞ」
「美味しいので大丈夫です。しかしあれですね、十四層で休憩する事も考えると二食分必要になってきますね」
そうなんだよな。かといって二食分違うものを用意する、というのも非常に手間がかかる。出来るだけ手を抜いて美味しいものを食べたい。そこで役立つのが……スパイシーな調味料たちだ。焼肉のたれ、生姜焼きのたれ、あじ塩胡椒、ごまだれ、カレー粉、それからシーズニング達。
「色々なものを小瓶に入れたりパッケージそのままで持ち込んでみた。いざとなったら味変すればいいし、最悪でもカレー粉さえあれば何とか食える。後はスキレットとバーナーさえあれば水もあるし米も喰える。誰も見てないときならカセットコンロと鍋を持ち込んでも良いだろう。鍋に湯沸かして薄切りの肉を潜らせればしゃぶしゃぶができるぞ」
「色々持ち込みますね……まぁ色々味を試せるのは良い事です。」
「最近は便利になったもんだな。俺の子供の頃はああいう便利グッズは無くて生姜焼き一つ作るにも自分で生姜刻んで調味液作って……と一手間も二手間もかかる代物だった。それに比べたらなんと充実した食生活を送れることか。よし、十四層ではしゃぶしゃぶにしよう。薄切り肉を作るのに手間取るかもしれないが十四層でしゃぶしゃぶはなんか贅沢な気がする」
「しゃぶしゃぶなんて久しぶりですね。ウルフ肉にしますか、それともボア肉にしますか、もしかしてオーク肉ですか」
「オーク肉だと脂が多すぎてギトギトになりそうなのでとりあえずウルフ肉から始めようと思う。まぁ、現地についてからのお楽しみだな」
探索の準備を終えたところで入ダン手続きを取る。
「おそらく宿泊です。朝一で帰ってくることになると思いますが」
「はい、ご安全に」
「ご安全に」
早速いつものダンジョンに入る。このつぷんという感触が、さぁこれからダンジョンで探索だという事を体に覚えさせてくれる。いいつぷんだ、割と癖になってきた。
少々話し合いで遅くなってしまったので急ぎ足気味で七層まで行く。最近は小西ダンジョンも人がさらに増えて過疎狩場としての魅力も無くなりつつある。しかしスライムを狩っていた人たちが二層三層へ移動へ移行しつつあるようで、俺のスライム狩りの分は増えたような気もする。どうせ深夜に狩るので人が居るか居ないかはこの際関係なかったりもするが。
人が増えるのは良い事だと思いつつ一層から三層まで軽く体のウォーミングアップを兼ねてランニングスタイルで抜けていくと、一時間ほどで四層までたどり着いた。体力的にはまだまだいける感じだが、今度は戦闘のほうのウォーミングアップだ。
もっとも怪我を負う可能性の少ないゴブリンとソードゴブリンが相手になるのでウォーミングアップになるかどうかは怪しいところだが、何もせずにいきなり九層に突っ込むよりはいくらかマシだろう。それに四層は他の階層に比べて比較的空いている。道沿いに走るだけでも何回か出会うことになる。どうせなら……というところだ。
通り道から側道にかけてぽつぽつとゴブリンの集団が出てくる。確立された手順と動きで丁寧にかつ確実に無駄がない動きでボリボリとゴブリンとソードゴブリンを貪り尽くしていく。
三十分ほどで五回の戦闘を終えて五層へ。五層もランニングゾーンだ。他に探索者が居ない事を確認すると、突進してくるワイルドボアを逆に轢き倒しながら木まで進み、木に止まっているダーククロウを【雷魔法】でまとめて処理。これを三セット繰り返し六層へ。
六層へ下りるとそこは俺のファン感謝祭会場だ。視界内全てのワイルドボアが俺とのハグを求めて突撃してくる。おうおうみんな会いたかったよ。ほらハグしてあげるから一列に……ほらそこ横入りしない。ちゃんと一列に並んで。
「またハグ会ですか……楽しそうですね」
「芽生さんもやってみる? 撫ででやると割と喜ぶよ」
「本当に喜んでるんですかね……でもアクティブなのを除けば確かに可愛いかもしれません」
そういいつつ、抱え込んだワイルドボアの脳天に槍を突き刺していく。俺もワイルドボアを抱え込むと【雷魔法】で消し炭に変えていく。今日の主役は二人、芽生さんと俺だ。六層のアイドルが何と二人も。これは贅沢な催しになった。
ハグ会はあと三回開く予定だ。その間に電気鎖漁と電気投網漁とを挟むことになる。今日も茂らない君は茂ってないのだろうか。
一本目の木を見ると二桁ぐらいのダーククロウが茂っている。今日も元気だな。芽生さんとじゃんけんをした結果、精密さの練習も込みで芽生さんが全部ウォーターカッターで叩き落すことになった。
ドロップを拾うとその後はまたハグ会だ。手元でドロップを回収できるという点でハグ会を開催するのは非常に楽だ。欠点は少々獣臭くなることだが……ゴブ臭に比べたらなんということはない。ハグ会により肉と魔結晶、特に肉という十四層での食料を手に入れた俺達小西ダンジョンアイドル二人組は次なるポイント茂君に来た。
茂君は今日も茂っている。茂君と真面目に相対しているのは自分達だけなんじゃないかと思うのだが、これはこれで毎回美味しい思いをさせていただいているのでボーナスみたいなものだと思って受け取っておこう。
俺はいつも通り【雷魔法】で投網のイメージを作り、茂君に向かって打ち放つ。雷撃が少しだけ木を焦がし、そして木に止まっていたすべてのダーククロウを黒い粒子に還す。
木から落ちてくる羽根と魔結晶を範囲収納し、全て拾い終わると次の茂らない君へ……うん、遠目に見ても解る。やはり山の木は大切にしなければならない。
手前でハグ会を終わらせると茂らない君にいつもの刺激を与えると階段方面へ急ぐ。
「相変わらず茂りませんねこの木は」
「忌避剤でも塗ってあるんじゃないかと思えるぐらいに茂らないな」
「表皮でも削って持ち帰ってみます? 新物質の発見でもあるかもしれませんよ」
「持ち帰ったところでそれを分析する術も伝手もない。この木はそういう事なんだと納得しておくしかないな」
この木が茂ったらもう少し実りのある収穫が期待できるところだ。五層と六層合わせて片道で千二百グラムほど収穫できているダーククロウの羽根が、もっと収穫できることになる。現状二往復と半分で一回分、布団屋に下すだけの量が取れていることになるがそれが二往復で済む。夏用羽毛布団をお願いするにあたっても今ダーククロウの羽根が手元に増えることは非常にうれしい。
かといってダーククロウの羽根ばかりを集めている訳にもいかなくなったのが近況ではあるが……一応布団屋にはペースは落ちると連絡してあるし、切羽詰まって入荷を懇願されている訳ではない。いや、実際商売としてはあればあるだけ売れるような状態であるだろうことは以前の会話から読み取れた。自分の分を作ってもらうにせよ、それなりに数多く納品しなければならないだろうな。
下手に取引先を作ってしまったおかげで若干身動きが取れなくなってしまったのは幸か不幸か。すくなくとも極上の布団と枕に出会えたことで不幸ではないだろう。今度夏用の掛け布団の相談にも行く事だし、手土産はそれなりに用意していきたい。休憩途中に起きてちょっと一往復してみるのも良いな。
何だかんだ考え事をしてる間に七層への階段にたどり着いていたらしい。とりあえず七層で休憩だな。あまり長くなくても良いだろう。飯食って寝て、それから下層へ出かける。今日は探索! といった探索ではなくどちらかというと散歩だ。
自転車に乗って颯爽と七層を駆け抜ける。七層もテントが増えて来た。立てっぱなしのテントの数は限られるが、目に付くテントが増えたという事は八層以降へ降りるかどうかはともかく、六層通り抜けて七層まで来れるようになった人が増えたということだ。
茂君を取り合うライバルが増えた訳でも無さそうなのでその点は安心している。普通に考えたら四十羽以上のダーククロウに囲まれて無事でいられるのはスキルでもないと厳しい。
スキル持ちも段々増えて来るんだろうからこれからは競争になるかもしれないな。飯食って休憩したらもう一度茂君の様子を見に行くのも良いかもしれない。片道か往復かまではまだはっきりさせてないが狩る回数は多いに越したことは無い。
シェルターへ立ち寄りノートを見る。これと言って事件や事故や報告のようなものは無いようだ。七層到達記念カキコみたいなものがちょっとだけ増えている。聖地巡礼ではないが似たようなものがあるんだろう。他のダンジョンから来て自分たちのパーティーの名前を残していく、という感覚の人も居るらしい。
さて、食事の準備でも始めるか。今日は自分で調味液を作ってきた訳ではなく、市販の生姜焼きのタレを使う。一番の理由は手間がかからず美味しいからだ。二番の理由はそろそろ賞味期限が怪しくなりつつあるからである。さて、ウルフ肉をほどよく薄切りにする。厚めでも良いだろうが薄いほうがたれによく絡む。
スキレットを温め少し油を垂らし熱すると早速焼く、かける、なじませる、終わり!
こんなにお手軽に生姜焼きを作れるのに使いきらずに捨てるのはもったいないのだ。野菜炒めを一パック添えればそれはもう立派な料理だ。時短レシピもここに極まれりといった所。パック野菜を一つ空けてそれっぽく盛れば完成だ。
寝床を先に整備していた芽生さんを呼びだすとマイ箸持参で現れた。
「もうできたんですか」
「もうできたんですよ。やはり市販品は強い」
「では、いただきます」
再度温める必要が無かったパックライスを片手にもにゅもにゅと食事を始める。やはり万人向けのたれだけあって尖った部分が無いものの全体的に満足できる味付けになっている。個人的にもうちょっと生姜がきいていたほうが好きなので生姜チューブを取り出して少し足す。
うん、個人的にこのぐらい生姜がきいているほうが美味いな。食事しながらスキレットの汚れを食パンに吸わせるとそのままカリッとトーストにして食べる。まだろくに動いてないとはいえ、一応七層までは歩いてきたのでそれなりに体力は使ったしお腹もすいている。ガツンとまではいかないが胃袋を満足するだけの食事はできた。
さて、四時間ほど仮眠を取る予定だが、ちょっと変則的に三時間プラス二十分のストレッチという予定にしてみよう。お腹も満足した芽生さんは既に仮眠モードに入っていた。お気楽娘め。
「芽生さん、俺ちょっとダーククロウの在庫増やしたいから少し先に一旦起きるね」
「わかった。時間来たら合図宜しく~」
声もかけ終わった事だし、荷物を整理して今すぐにでも探索に出かけられる様にすると、ゴロンと横になって仮眠する。枕も完備だ。アラームを三時間後にセットして寝る。お休み。起きたら茂君へ直行しよう。
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