336:幾日か経って
気持ちのいい朝だが、すこし汗ばみながらの起床である。夏が近づいている。そうなると羽毛布団も薄いのが欲しくなってきた。そろそろ朝起きるときに暑い。しかしこの快眠には代え難い。今のところ汗をかいて寝起きにシャワーを浴びる事でなんとかしている。今度布団屋に行ったら夏用の羽毛布団を作れないか相談してみよう。
今日もいつもの朝食を作る。そろそろ朝食も豪華にして良いのではないか。マーガリンをお高級なバターに変えてしまっても良い。朝食にフレッシュなオレンジジュースを足すのもいいだろう。コンビニではなく高級スーパーで一通りの食品をそろえる事すら可能になった。金が有るという事は良い事だ。
鬼殺しになってから二週間ほど、その間にギルドクエストを受けたり七層を往復してダーククロウの羽根を集めたり、日帰りで十三層旅行をしたり色々なことをした。
収入のほうは一日の効率で考えると、エレベーターの使用でスケルトンの魔結晶を消費する事を考えてもより安定したものを維持できている。むしろ一層と十五層を直通で行き来できるようになった事で一回で持ち帰る荷物の量が減ったため、せっかく用意してもらったリヤカーの出番が少なくなってしまった事のほうが俺としては心苦しい。
しかし、俺以外にも帰り道の荷物を持ちすぎて出入口で挫折しそうになった人が居るらしく、リヤカーのほうは活躍してくれているらしい。その分黒字化に貢献している事は間違いないらしく、買った分の儲けは出ているとギルド嬢たちが話していたのを聞いた。
今日は小西のギルドマスターに呼び出されている。今回はクエストではなく相談という事らしい。時間指定も無かったのでとりあえず芽生さんと時間を合わせて十時にダンジョンに向かえるように調整した。その後は一層から十五層まで駆け抜けて行って帰ろうという事になっている。
ダンジョン装備は何も更新してはいないが、あれからまだ挑んですらいない十六層以降の攻略についての相談だと思われる。二十一層で待ってるよと友達に言われたということまでギルマスに相談した都合上、何らかの制限をかけて頑張って二十一層までたどり着いてくれ、というのがギルマスの願いというかダンジョン庁としての願いなんだろう。
友達と言われた小西ダンジョンのダンジョンマスターに出会ってしまったことで俺のダンジョン生活は悲しい事に小西ダンジョンでの最先端を走ることになってしまった。人の後ろをついて行って良い感じに儲けて生活する、という人生の目標は崩れ去ってしまった。
正直に言って、こんな重たい仕事をしとうは無かった。ダンジョンの機密に触れたり誰よりも前へ進んだり、そういうのはもっとやる気のある若い連中、たとえば相沢パーティーなんかがするべきだろう。
そう思ったところで、つい向こうの言い分にイラッとして誰よりも早くボスを攻略していたのは一体誰だという事に気づき、人のせいにするのは良くないなと思い改める。
さて、出かける前にいつもの指さし確認だ。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
枕、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
お泊まりセット、ヨシ!
冷えた水、コーラ、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。特に枕と嗜好品。これが有ると無いとではダンジョン内でのやる気が大幅に変わる。ちなみに今日のご飯はいつものパックライスにウルフ肉の生姜焼きと野菜炒めの予定だ。なんだかんだでウルフ肉あたりを食すほうが胃に溜まりすぎず満足感も出ていいという結論に達しつつある。
一応焼うどんや焼きそばが作りたくなった時のために袋麺も常備してある。味付けは調味料が一式放り込んであるので何とでもなる。最悪めんつゆで炒めれば美味しい。
いつも通り電車とバスに乗り小西ダンジョンへ向かう。定期はちゃんと更新した。そのほうが経費計算する時に楽だという芽生さんの指摘に従った。確かに毎回運賃払うよりも楽だし、定期の金額も公表されている。今年一年で支払う予定の金額はもう決まってしまっているようなものだ。
これで金のわずらわしさが一つ減った。もう一つわずらわしさを減らすならダンジョン税から所得税やらなんやらを自動計算してくれると良いんだが……会計ソフトでなんかいいのを探そう。この際金がかかっても良いや。きっちり計算して文句のつけられようがないようにするためには必要な出費でこれも経費だろう。
蒸し暑さが取り切れない電車とバスの中、働く前から軽く汗をかきつつ小西ダンジョンへたどり着く。雨が降ってないのが救いか。しかしこの格好もさすがに暑い。もっと涼しい恰好でこっちまで来てからレンタルロッカーを借りる、というのも考えて行かなければな。夏と冬だけレンタルロッカーを借りる。悪い手ではないはずだ。
さて、芽生さんは……とギルド内を探すと、冷たい水を飲んで涼んでいるのを見つけることが出来た。
「さすがに暑くなってきたな。そっちは涼しそうで良いな」
「そろそろツナギ通勤も厳しいんじゃないですか? もっと軽装で来ればいいのに」
「それを実感しながら通勤してきたところだ。使えるものは使ってしまおうかな」
「そうするといいですよ。仕事する前から汗かいてちゃ支障もでそうなものです」
「まあ、まずギルマスのところへ行くか。今日は相談という話なので具体的な指名依頼とかそういう話になるんじゃないかと思う」
芽生さんが水を飲むのを終わってから二人して二階の応接室へ。ノックをして入る。
小西ダンジョン担当課長坂野……つまりギルドマスターはパターの練習をしていた。どうやらゴルフコンペが近いらしい。こちらに気づくとパターの練習を止め、ソファーに座る。
「まぁかけてくれ。話は長くなるか短くなるか解らないからね」
二人対面側に座る。お茶は出てこなかったがギルマス自身の分はあるらしい。ずるい。
「今日は今後の相談についてだ。改めて言うが、鬼殺しおめでとう。そして、偶然最初に十五層のボスを撃破しダンジョンマスターに会う事になった。出会ってしまったという表現のほうが正しいかな。そして少なからずダンジョンについての極秘情報に触れてしまった。その為、ダンジョンというモノに対して一部義務を背負う事になった」
「大体あってますが、具体的に義務とは? 」
「まず、ダンジョンマスターという存在が居るという事。そしてダンジョンマスターという謎に包まれた対象から試練を受けているという事。そして二十一層まで行かなくてはいけない事。この三点を口外しない事。もし口外した場合君らは生活について監視をされたり日常生活に不便が起きる可能性を承知して欲しい」
「つまり、十五層では何も起きなかった。ただボスを倒して帰ってきた。そういう事にしておけという事ですね」
何もなかった。あくまで手に入れたのは鬼殺しという称号だけ。エレベーターの件もドロップテーブルが確実である点も聞かなかったことに。見ざる言わざる聞かざる。そういう事にしておけという事だろう。
「ま、そういう事だね。それとエレベーターの件だが、他のダンジョンで鬼殺しになったパーティーがこっちへ来てテストをするという事になっている。その時に同行して欲しい。これはどちらかが同行してくれればそれでいい。それでエレベーターが使用できるようになるかどうかを判断して欲しい」
「それぐらいなら問題ありません。俺が居ればいいという事ですから」
「うん、そうしてほしい。そしてこれが一番大事なことなんだが……。正式かつ秘密の依頼になるが、君達には二十一層まで到達して欲しい。これは依頼というよりダンジョン庁からの強制命令みたいなものだ。ただし期限は切らない。あくまで目標としての到達で構わない。他の探索者に関しては、十八層以降の探索を許可しない、という形での移動制限を掛けようと思っている。これでいくらかは猶予が出来ると思う」
「急ぎの用事ではない……つまり腰を据えてゆっくりでもいいから本格的に取り組んでほしいという事ですか」
芽生さんが確認を取る。彼女には学業という仕事がある。そっちを疎かにしてまで探索をしろと命令する事は行動の自由を阻害することになるだろう。
「そういうことになる。期限を決められてそれまでに焦って探索に赴いて……というのは君らのスタンスに合わないだろう? 安村さんはともかく、文月さんは学生という本業があるのだからそちらを優先するべきだ。その点からも本来は探索者を本業としている人たちに攻略してほしかったのもあるが……今更そんなことを言い出しても何も前へ進まないからね。是非無理をしない範囲で探索を続けて行って欲しい」
「そういう事でしたらその依頼、お受けさせていただきます。……と言っても本当に何時たどり着くかは保証できませんよ? 地図を作りながら、という事もありますし」
「そこを踏まえてでもだ。込み入った話をすると機密事項が増えるからあんまり話さないほうが良いと思うのだが、ダンジョン庁自身もそう細かいことまで知らされている訳ではない。むしろ十五層までたどり着いた探索者の居るダンジョンのほうが少ないぐらいなんだ。その点で言うと君らはかなりの速さでCランクまでたどり着いて十五層のボスを倒した。これもステータスブーストって奴のおかげかい? 」
ギルマスが確認するように問いただしてくる。
「言ってしまえばそのおかげですね。教えてもらうまではゴブリンぐらいしか倒せませんでしたから。ただ現状はスキルにかなり頼っているところもあります。実際ボスを倒すにはスキルの使用は不可欠でしたし」
「誰かから教わったという事か。清州ダンジョンでも同じ問いかけをしたそうだが、結局この技に気づいた人が誰だったのかは追いきれなかったそうだよ。一体誰なんだろうね、最初に気づいたのは」
誰なんすかねえ。俺にはサッパリ判断が付かないや。
「教えてもらった人曰く、これに最初に気づいた人は本人がこれで有名になろうと思ったりはしないらしいですからね。広げるなら好きに広げればいい、ただし元凶が誰なのかは探し求めないでくれ、とだけ伝わってます」
「その点でも同じか……清州ダンジョンで広めた人と小西ダンジョンで広めた人は同じって事かな? 」
楽しそうに話すが、目が真剣になり始めた。これはギルマスが俺を探っている合図だ。
「俺はここ小西で何人かに使い方を教えましたが、俺に教えてくれた人については言いませんよ? 」
出来る限りの演技をしてごまかそうとする。そのふりを見たら納得をしたのか、ギルマスの目が元に戻った。これはバレたな多分。
「まぁ出所はいいや。で、この技術なんだがこの間の定例会議で話題に上がってね。安村さんが使えることは私が知っているが、これを他のダンジョンの探索者にも広めるためのインストラクターみたいな仕事、あったらやりたいかい? 」
「「やりたくないです」」
俺も芽生さんも面倒くさいと思っているらしく、声がハモる。
「……だろうと思って君らには声がかからないようにしておいたよ。それで良いだろう? 」
「なんか悪いですね。そこまで配慮してもらって。何か裏があったりします? 」
「そうだね、お礼は二十一層攻略で返してもらう事にするよ。二十一層にたどり着けそうならその前に連絡が欲しい。こっちからダンジョンマスターに質問したい内容リストをそれまでに作って渡せるように手配するからさ」
「つまりいつも通りダンジョンに潜って行けそうなら奥へ行く。そういう事で良いんですかね? 」
芽生さんが確認を取る。そこは確かに大事だな。
「そういう事になる。まぁ、無理して怪我したりさせちゃまずいからな。これから小西ダンジョンも忙しくなってくるだろうし、君らは貴重な小西ダンジョン付きのCランク探索者だ。もっと大いに稼いでダンジョン庁も自分たちも財布を潤していって欲しい。話はこれで終わりだ。私は九月に向けて練習する必要があるからね」
「ゴルフコンペ、そんなに大事なんですか? 」
パターの練習を再開するギルマスに尋ねる。
「大事さ。景品が豪華でね、前回の優勝賞品はダンジョン肉二十パックだったんだよ。食べたいよねダンジョン産高級肉」
果たしてそれで良いのだろうか? まぁ大きな問題が無ければいいが、話の落差がひどすぎる気がしないでもない。ギルマスの気が散らないように退散する事とする。
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