335:ダンジョン庁定例会議
第五章開始です。よろしくお願いします。
例によって書き溜めて投稿してます。
side:ダンジョン庁
ダンジョン庁では月に一回、各ダンジョンの収支報告や探索者の増減、探索の進捗等を定期的に報告する会議がある。それ以外に緊急会議が時折開かれるが、どの会議も全員集まって一堂に会する、というわけでなく基本的にオンラインでの会議である。
全員が顔を突き合わせて行うのは年に二回行われるゴルフコンペと年一回の会計報告・年度挨拶の時ぐらいであろうか。
それぞれの課長級……この際ギルドマスターと呼んだほうが良いだろう。各ギルドマスターが情報共有をし、どのダンジョンにどういう需要が生まれているのか、探索者の最近のトレンドやドロップ品の買い取りから推察される主戦場が何層あたりにあるのか。それらに対してダンジョン庁としてアプローチを仕掛けるならどういうものが良いのか、等を相談し合う事になっている。
この日はちょうどその月一回の定例会議の場であった。この日もそれぞれのダンジョンのギルドマスターが会計報告を行い、収支の増減の理由等を行っていたのだが、この日は少し毛色の違う方向へ話が進む事になる。その原因は小西ダンジョンからの報告から始まった。
「……というわけで探索者の増加により収支が黒字化する事はこのグラフの進捗からするに近いうちであると思われます。後我が小西ダンジョンでもついに鬼殺しの称号を得た探索者が出ました」
小西ダンジョンギルドマスターである坂野がそう報告する。他のギルドマスターからわずかながら拍手と声援が送られた。
「それに付け加えますと、初の鬼殺し達成という事で該当探索者がダンジョンマスターと接触しました。以前他のダンジョンから報告があった件以外の情報について解ったことは、巷で密かに話題に上がっているスキルオーブのドロップ傾向についての報告書になります。ダンジョン毎階層毎モンスター毎にそれぞれドロップテーブルが設置されているという事柄に関しまして、少なくとも小西ダンジョンでは真実であるとの事です」
他のギルドマスターからやっぱりか、そうだったのか、と驚きの声が上がる。他のダンジョンでも探索者の遠征が見られている事から、ただの噂話だろうという姿勢から話の結果を聞いて態度を変えたものも居る。
「それ以外には何か報告するべき点はありますか? たとえば特殊な贈り物をされたとか」
ダンジョン庁長官……グランドギルドマスターである真中から質問が飛ぶ。ちゃんと質問して現物や言質は取ったんだろうな? という問いかけである。ダンジョン庁にとって、いや人類にとってもダンジョンマスターという存在は有史以来存在しないカテゴリの人種……いやこの際人かどうかも解らない相手に対しての情報はまだまだ足りない。引き出せるだけの情報を得られたどうかはかなり重要な課題であった。
「俄かには信じられないのですが……エレベーターが設置されました」
「は? 」
全員の雑談が止まり皆の視線がカメラ越しに坂野に集中する。
「エレベーターとは、どういう意味です? 坂野課長」
「遭遇した本人曰く一層と七層と十五層を直通するエレベーターだそうです。肉眼で確認したわけではないのでハッキリとしたことは言えませんが、現在の価格で……およそ一万円分の魔結晶を燃料として消費する事で一層から十五層まで片道十分ほどで移動できる仕組みが小西ダンジョンには存在することになりました」
「それは……誰でも扱えるのかね? 」
「この装置を認識および起動させるにはボスドロップであるところのゴブリンキングの角の現物を所持している事と本人が鬼殺しであることが前提、だそうです。少なくとも使った本人はそれで帰ってきておりますし、小西ダンジョンの広さから割り出した必要移動時間と入退ダンした記録から見て、どこかでショートカットするか無休憩でボスを倒して戻ってこないと帰ってこれない速さでの帰還になりますので時間が間違ってなければ使用して帰ってきたことになります」
他のダンジョンにはない移動設備が小西ダンジョンにはできた。この事実だけで小西ダンジョンは他のダンジョンに対して余りあるアドバンテージを手に入れることが出来たと言っていい。深層に潜るためにはそれなりのインフラ……つまり七層十四層を経由して滞在するだけの物資的な問題が存在するが、このエレベーターがあればその気になれば日帰りで十五層探索が出来るということを意味している。
「信じがたいが事実であったとして、それにこれを公表すると小西ダンジョンがパンクするのではないか? 」
「仰る通りですが、まだ続きがあります。曰く、ダンジョンマスターからまた最初に二十一層まで来てくれればまた新しい情報をくれる、との事でした。ダンジョンマスターが何を考えているかまでは理解しかねますが、この該当する探索者に十六層以降の探索を向こうから呼びかけてきた形になります」
「ちょっとよろしいか。つまりその新しく鬼殺しになった探索者に探索優先権を設けて、その間はエレベーターを使用する事を制限すると? 」
他のギルドマスターから質問が飛ぶ。
「……そこまではまだ考えておりません。同じゴブリンキングの角でも、他のダンジョンで手に入れたものでも通用するかの試験を行ったわけではありませんし、もしかしたら小西ダンジョン産でなくてはならない場合エレベーターを使用どころか認知する事すらできない、という可能性もあるのではないでしょうか」
「小西ダンジョンは最近色々イベントがあって良いですな。次回報告では黒字を達成できそうですし、Cランク以上の探索者を引き付けるだけの魅力がある設備がダンジョン側からの好意で建てられた。これは小西ダンジョンが集客……客ではないか、探索者を集める好条件として探索者の人気になる事でしょうな」
余所のギルドマスターから茶々を入れられる。みんな小西ダンジョンの交通の便の悪さを知っていて、そのせいで探索者が一向に増えなかったことを理解しているからである。
「と、ここまでが報告になりますが、ここからは私個人の見解です。誰か他の信用できる鬼殺しパーティーにこれを検証するための依頼を出し、その効果を確認する必要があると考えます。それの結論が出るまでこの話は部外秘という事で一切情報を出さない。これは探索者に望みを抱かせたり妙な混雑を避けるためです。また、先の鬼殺し探索者が二十一層にたどり着くまで、移動制限をかけたいと思っています。おもえば過疎の民用ダンジョンを良い事に本来なら我々がかけるべき移動制限地域や行動の自由などを好きにやらせています。一度ここらでダンジョン庁としてちゃんと機能しているんだぞという事を見せつけるためにもこれらは必要なのではないでしょうか」
「坂野課長の言い分にも一理ある。しかし、合理的な理由がなければ探索者達は階層制限を受け入れないのではないでしょうか? 」
「高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンのように民間レベルでの探索場所を制限しているところはあります。ここで一時的に官の手を入れてダンジョンを精査する必要が出て来た、等の理由付けをすることはおそらく可能でしょう。また、そもそもの利用者が少ないため階層制限をしたからと言って探索自体に不都合が出る可能性はかなり低いと思われます」
「そうなると民間ダンジョンとは呼べなくなりますな。何かもう一つぐらい理由が必要にはなりませんかね」
「ちなみにですが鬼殺し探索者は二人組です。二人ともスキル持ちで探索者になったのはおよそ四か月前。これはCランク冒険者としても鬼殺しとしてもかなり速いペースで攻略していっていることになります」
他のギルドマスター達がザワザワと騒ぎだす。二人組で探索を始めて四か月。それで鬼殺しとなったというケースは非常に稀であり、居たとしても探索設備や探索者人口密度の高い整ったダンジョンでの事である。
「彼らの強さの秘密は解るかね? 」
「ステータスブースト……だと思われます。清州ダンジョンの前沢課長なら噂を耳にされたことはあるでしょうが、己の限界を越えようとして行動する場合探索者のステータス……これも数値化して形として見せるのは難しい要素ですが、それを向上させることが出来ると言われている技術です。その技術を十全に使いこなしているのではないでしょうか」
「あの技術の話の出所は確か清州ダンジョンからでしたかな」
「確かに清州ダンジョンの探索者同士の繋がりの中から徐々に広まっているという話は以前しましたが、小西ダンジョンでも会得してる者が居るという事ですか」
「少なくとも小西ダンジョンでCランク冒険者として活動しているものについては、ほぼ会得していると考えてよいと思います」
坂野は報告書を作り揃える時に各パーティーの査定リストからあらかじめいつ何層へ潜ったのか? という事を調べており、安村パーティーを含め数パーティー分の過去ログを閲覧した。
その結果得られた情報としてステータスブーストの話が広まった時期がほぼ同一であること、そこから一気に深層まで潜るようになった事、そしてCランク登録されたパーティーが居る事を把握し、それらをまとめて同一の理由であると結論付けていた。その為ここまでのやり取りはまだ坂野の予定通りの質疑応答だと言える。
「その技術を他のダンジョンの探索者に広めることが出来たら……ダンジョン探索は新しい局面を迎えることになるかもしれない。具体的にどのような方法でそれらを扱うことが出来るのか。それを知れば最先端を潜り続けている探索者にも利益になるのではないか? 」
「逆に先行探索者はそれらの技術を駆使した上で探索に向かっているんじゃないかと推測します。勿論確認は必要ですが、この技術はどちらかというと探索者のレベルの底上げに使っていくほうが全体としての利益につながるのではないでしょうか」
「会議が終わったら確認を取らないとな」
「むしろ今すぐ確認を取るべきだろう。早いほうが良い」
手の早いダンジョンの課長はモニターの向こうに控えていた秘書的な立場の人に向かって指示を出しているらしかった。
「探索者がより奥地へ向かうようになってくれたら一層二層の混雑も解消されるしダンジョン税の増収も見込めるな」
「とりあえずステータスブーストの事は一旦おいておこう。ここで議論したところで身に付けられる事でもないからな。清州ダンジョンと小西ダンジョンにお願いする。それらを教えられるだけの技量を持つ人をピックアップして、可能ならさらに他の探索者に教えて回れるように手配して頂きたい」
「つまり、探索者にクエストとして出張サービスをお願いするという事になりますが、その形でよろしいのですか? 」
清州ダンジョン担当である前沢課長が質問で返す。
「そういうことに……そういうことになるな。費用はギルド持ちで良い。彼らの強さの秘密を打ち明けてもらえるならそれに越したことは無いし、そういう点に予算を配分するなら問題は無いと思われる。インストラクターという訳ではないが、そういう仕事をしてもらうのはできそうかね? 」
探索者の全体的なレベルが上がればその分ドロップ品を多く持ち帰り、ダンジョン税の量が増える。各地でダンジョン税が増えれば赤字ダンジョンは赤字の幅が、黒字ダンジョンはより多くの実りが期待できることになる。
「自分の食い扶持を公開しろという要求ですからはいわかりましたと言ってくれるかどうかは疑問ですが、広まっている、という現状を考えると断られる可能性は小さいかと思います」
「意図的に広めようとしている……ということか」
「その可能性は高いです。しかし、これが出来ればあなたもダンジョンで強くなれる! みたいな怪しい広告まがいの事を庁として執り行うというのはよろしいのでしょうか? 」
「うーん……そう言われるとそうだな。消費者庁に横やりを入れられるのも面白くないし……悩みどころだね。会議を先に進めつつ、いい案思いついたら後でもう一度考えよう」
会議は粛々と進み、地方のダンジョンからも赤字幅が小さくなったことや探索者の移動などについてそれぞれのダンジョンの視点からの確認が取られた。
そして会議は一周し、各々のダンジョンの課題と利益について報告し終わった後、再び時間が設けられ件の探索者強化策についての話し合いの場になった。
「そもそもステータスブーストはダンジョン外で使えるのか、いや、使うことが出来るのか? 」
再びステータスブーストの話題に戻る。
「私の耳に入った限りの話ですと、ダンジョン外ではほとんど作用しない模様です。いわゆる火事場の馬鹿力を無理やり毎回引き出す……というイメージで行うらしいのですが、これが探索者としてある程度の経験……つまり経験値みたいなものですな。それが無いと効果も薄いとかで」
「ダンジョントレーニングというものが効果的であるという話もあるし、やはりそれもステータスブーストを無意識下で使用しているという可能性だってある。やはり実際にやってみせてもらうしかあるまい」
「個人的には、わざわざ小西に通い詰めている探索者が他のダンジョンに来るような事があるのか? という疑問点はありますが……」
坂野はわざわざ小西ダンジョンを選ばずに清州ダンジョンで潜ったほうが色々と都合もつくし通いやすくインフラも整っているのだから便利だという事は解っている。
ただそれでも小西ダンジョンを選んで通っているという所に疑問点を持っており、小西ダンジョンではないといけない理由か、それとも小西ダンジョンのほうが通いやすいところに自宅を持っているのかそのどちらかだろうと思っている。
「鬼殺しの彼らですが、清州ダンジョンではなくわざわざ小西ダンジョンで成った、という点について何かしらの事情があると考えます。なので彼らに他のダンジョンに出かけて講習会を開いてみてくれと言われても断る可能性がありますね」
「小西ダンジョンにこだわる理由があると? 」
「もしかしたらですが、彼らはもっと早い段階でダンジョンマスターと接触していたかもしれません。その契約に従って十五層を最初に突破した、という可能性が考えられますが信憑性があるかと言われると無いですね」
「では、その該当探索者を呼び出すよりもそれを体得している他の探索者にクエストを発注するほうが良さそうだと? 」
「そのほうが呼びかけに応えてくれる確率は高そうだと判断します。清州ダンジョンにはもっと多くの会得したパーティーが居るでしょうから、そちらから当たってみるほうがよろしいかと思います」
「ふむ……前沢課長、その方面で該当する探索者幾名かに相談してもらってもいいかな? 何時どこで行うかも含めて後日もっと詰めた話し合いをしたい。出来ればその時に探索者も参加する形で」
「わかりました。心当たりのある探索者でギルドに対して好意的かつそれだけの実力のあるものを当たってみましょう」
ステータスブーストを使えそうでギルドのクエストを受け持ってくれそうな探索者をリストアップして個別に相談し、受けてくれるならその内容と日付について前向きに相談していく。そういうことになった。
「では坂野課長。ダンジョン庁としてその鬼殺しのパーティーに依頼をかけてくれ。内容は誰よりも先に二十一層へたどり着くこと。使える手段は出来るだけ使ってくれていい。ダンジョン庁の権限として使えるものを使った上で彼らのサポートをしてほしい」
「わかりました。とりあえずは他の探索者への一定層以下への探索禁止ですかね。何層まで潜れるかはこちらで適当なところを見繕っていこうと思います」
「そうしてくれ。せっかくのダンジョンの謎の解明のチャンスだ。手放すことは資源と時間の浪費でしかない」
「彼らなら期限を切らない限り断らずにやってくれるでしょう。ただ、彼らはダンジョン探索に名誉とかそういう実態のないものには興味が無いと思いますので、それなりの餌をぶらつかせる必要があると思いますが」
「それも何か考えておいて欲しい。ダンジョン庁で出せる範囲の報酬や特権なんかを考えておくことにしよう」
「では、最後に一つ。九月に予定されているゴルフコンペですが……」
最後にダンジョンとは全く関係ない議題へ向かうと、おおよその定例会議は終了し、全員ゴルフコンペの話題に集中し始めた。前回の優勝賞品はレッドカウの肉二十パックであった。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





