321:克服楽々通り道
休憩に水分を取りチョコを喰い、精神的に落ち着いたところで十層の階段を下りる。ここからは連続した戦闘ゾーンだ。気楽に気を張って気合を入れて行けば後れを取る事は無い。必要なのは気。実力も持久力も十分に持っていると自負できている。なら通り抜けることになんの問題が有ろうか。
親指、八、四。先頭から二匹をまとめて雷玉で吹き飛ばし、六、三の状態へ持ち込む。まずは小手調べみたいなもんだ。順番に寄ってくるジャイアントアントに問題は無く、後ろから酸を飛ばしてくるジャイアントアントだけが問題で、それにさえ対応できればいい。近寄ってきた先から切り飛ばし、後ろのジャイアントアントが酸を飛ばしそうになったら避けるか雷撃を飛ばすかする。
人さし指、八、四。近寄ってくるまで待ち、近寄ってきたところで切る。十層でのハグ会は電力を消費しすぎるのでやめておく。
前回に比べて戦闘の時間が更に短くなっている、その分早く前に歩けるので移動時間も短く済み、そのおかげで早く十層を抜けることが出来る。たゆまぬ努力の結果だと思いたい。
親指、九、五。後ろで酸を飛ばそうと既に構えているジャイアントアントに雷撃。残りを近接で対処。蟻に噛みつかれたが顎の形も残らない。はむはむとあまがみをされたような感触だけが残った。だいぶ俺も硬くなってきたな。目や首筋、それから股間を噛まれない限りは大丈夫だろう。その辺も丈夫になっていると考えられるが、恐怖心は残る。
「噛まれてたけど大丈夫? 」
「余裕。痕も残ってないし、防御力は十分に得たと言える」
「なら私も大丈夫……なのかな」
「少なくとも十層で会話を交わす余裕が出来てる分、成長してるんじゃない? 」
「かといって自分から噛まれるのはちょっと……次来た」
親指、六、三。全部近寄ってきた。これは楽な相手。文月さんは試しに恐る恐る噛みつかせてみたらしい。一瞬びくっとするが、なんともないのを確認すると全力で叩き始めた。これなら安心だろう。
「大丈夫だったでしょ? 」
「ワイルドボアもジャイアントアントももう怖くないね」
「酸はどうしようもないけどね」
「酸も効かなくなるようなスキルはあるのかな」
酸が効かなくなるという事はお肌が常に中性に保ち続けられるスキルみたいなものだろうか。
人さし指、八、四。美肌……とかそんなスキルだろうか。女性の美しさをそれで保てるなら何億出しても手に入れたい人は居るだろう。こいつは競争が激しくなりそうだ。こっちとしては避けてしまえば問題ないのだから、そんなスキルは……代わりに鱗肌になったりはしないよな?酸にもアルカリにも侵されない代わりに鱗が生えてきて定期的にボロボロ落ちるとか。
親指、六、三。メリットの代わりに何らかのデメリットというものは生まれるもので、例えば俺なら収納とうっかり念じてしまってその気に無かった物を人前で収納する可能性、文月さんがうっかり水鉄砲と話してる間に【水魔法】が誤射する可能性なんかはあるかもしれない。今のところそうならないように注意はしている。
親指、八、四。二匹雷撃。スキルによるデメリットか。スキルによって体が楽することを覚えてしまったのが最大のデメリットかもしれないな。スキル無しで俺達より深くダンジョンに潜っている探索者は居るわけで、彼らの強靭さと比べれば頼りないものだろう。
人さし指、八、四。そもそもステータスブーストを使わずにこの辺まで来られてた探索者はどれだけ強いんだよ、と思う所だ。そんな人たちがステータスブーストを使えば二十一層どころかダンジョンのもっと深いところまで簡単に達してしまっているのではないか。
「スキル慣れって怖いな。今では無いと探索もおちおちできなくなってしまっている」
「そうですね、これだけの量の相手をスキル無しで突破してる探索者が居ると思うと凄いという感想しか出ません」
親指、六、三。考えるのを辞めよう。手の届かない所や会った事も無い人の話を想像したところで何か変わるわけじゃない。自分のできる範囲で自分のやりたいこと、やれることをやろう。そのほうが多分精神的に建設的だ。
「そろそろ階段かな。案外早くたどり着けたな」
「戦闘時間が短くなってるからじゃないですか? 一エンカウント当たりにかかる時間が早くなってますし」
「成長の証だな。この調子で十三層もめぐるぞ」
それから三回ほど戦闘して十一層への階段を下りる。明らかに消耗が少ない。十層を潜ってきた割りにそのまま十一層十二層の探索に進めそうなぐらいだ。水分とカロリーだけ取って進むとしよう。
十一層の外側を十二層に向けて歩く。ここからはワイルドボアの代わりにオークが出る。どっちにしろ肉をくれる相手だ、敬意は表さないとな。
歩いていると早速オーク三体のお出ましだ。防御力があれだけ上がっているなら攻撃力も相当上がっているのでは? と、オーク相手に全力で上段の構えから下に振り下ろす。オークは縦にスッパリと斬れ、真っ二つ……にしたかったが、オークの太さと得物の都合でそこまでは刃が届かなかった。
しかし、一撃で倒すことは出来たようで黒い粒子に還すことが出来た。これで一つ力試しが出来た。もっと刃の長い得物を用意していたら確実に出来ただろう。それが確認できただけでも収穫だ。
続いて二体目に取り掛かる。勢いを殺さずスピードを刃に乗せて心臓に向けて一突き。オークはすぐに黒い粒子に還る。どうやら上手く心臓に当たったみたいだ。即死判定が入るとすぐに黒い粒子に変わる。解りやすくて大変よろしい。
「そういえば新しい槍の使い心地はどうなの。お値段分働いてるの」
「そうねぇ。切れ味は確実に上がってるし、突き刺すときもすんなり入るし、お値段以上の働きはこれからしてくれる感じかな」
「十層抜けてまだ試運転中という事か。スケルトン相手に実戦テストして評価のほどを見る感じか」
「オーク相手でやるほうが肉を切った感触とかが伝わりやすいですしこっちのほうが実戦テストに向いてるかなって。スケルトンはほら、殴って終わりだから」
つまり今実戦テスト中ってことか。言葉から伝わる感じおおよそお値段分の効果はあったとみるべきか。お互い良い買い物をしたってところだな。
十二層への階段には戦闘時間込みで四十分ぐらいで着くはずだ。それまでに試運転を済ませて十二層で本番といった感じだろうか。ともかくいつも通り以上に動けることは確認できた。
またオークが来る。今度は二体だ。最初っから棍棒を振り上げて襲い掛かってくるので盾で受ける。うん、体に来る重い感じも前ほど来ない。しっかりと受け止めるとそのまま盾を滑らせてオークの重心を崩す。崩れたところに心臓一突き。オークは黒い粒子に変わって肉を落とした。ファーストミートだ。
オークは肉をくれるがワイルドボアほど頻繁にくれるわけでもないし、湧いてるわけでもない。中央のほうへ行けばきっともっと濃い密度のオークと戦えるだろうが、さすがに五匹六匹に囲まれながら戦うのは厳しいだろう。こちらから向かっていかなくても向こうからやってきてくれるのだから、贅沢を言わず数をこなしてその分ドロップテーブルを回していくほうが効率が良いと考える。
その内十一層や十二層でタイムアタックをする事も有るんだろうな。一時間で肉を何個確保できるか。やるなら十二層か。あっちのほうがオークの出現率が高い。回数をこなすのでも数をこなすのでも十二層のほうが有利だし、モンスター一体に対する期待値もジャイアントアントよりオークのほうが二倍ぐらい上だ。
そのままオーク、ジャイアントアント、ジャイアントアント、オークと順調に切り刻んでは肉と魔結晶を集めながら歩く。まだ通り道の範疇なのでひりつくような戦闘をせず、余裕を持った確実な狩りで今日の報酬とへそくりを集めていく。
オーク肉のへそくりはあんまり数を持たないようにしている。精々四つぐらい。その代わりウルフ肉とボア肉は八つぐらいをめどにしている。オーク肉はその脂の味の強さからして、自分で調理するにも使う場面が限られてくる、ブタスキみたいなものを作るにはとても良いものが出来そうだが、俺当人が作る気が無い。いつか鍋を囲むような事があれば贅沢に使ってみたいものだ。
……そう考えるとへそくりをもう少し作っておいても良いのでは? 小鍋にすき焼き。良いかもしれない。オーク肉とネギと白菜と豆腐と春雨、それから何かしらのキノコ。オーク肉を焼いて脂を出した後その脂でネギを焼き、焼けたころに調味した割り下に野菜その他を投入して一煮立ち。その段階で保管庫に入れておけば……うむ、有りだな。今度そうしよう。
「なんか美味しそうな事を考えてる気がします」
「よく解ったな。オーク肉で一つ料理を思いついたので今度作ろうかと」
「それは楽しみですねえ。期待して待ってる事にしましょう」
喰うならダンジョンで、喰えないという可能性があるという考えは無いようだ。確かにダンジョン素材の食事なので振る舞うならダンジョン内で、という事になるだろう。まぁ……その内な。
「で、その食事に用意する肉は何個ほど集まりましたか? 」
「今のところ八個というところだな。さすがに外周部では数を集めるのは難しい」
「なら、内側行きます? 全然余裕ですよ」
「もうすぐ十二層だし、まだ行き道だぞ。集めるなら帰り道だ」
「じゃぁ帰り道に期待します」
ダイエット目的でダンジョンに潜っていたのは誰だったか、今はもう俺以外覚えていないんじゃないかな。そんな考えをよそに、十二層への階段を下りた。
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