320:いざ下層
アラームが鳴った。おはようございます、安村です。時刻は午後七時、狩りを始めるにはいい時間。朝からダンジョンに潜るタイミングとしては定時という所だ。
いつも通りテントから出ると、なんと文月さんがすでに起動している。いつもは起こしてるのに、何があったんだろう。
「起こされる前に起きるとは珍しい。眠れなかったとか? 」
「なんか途中で目が覚めちゃって。仕方ないから枕抱えて横になってたらアラーム鳴ったからそれで」
「うむ……変な疲れとかそういうものじゃないよね? 体調大丈夫? 」
「大丈夫。元気はあるし疲れた感じも無い。さすがダーククロウ様よね」
「もう枕が無いと眠りづらい体になってしまった、と。それはそれで危ないな。旅行とか行くときも枕持参か」
二人分のコーヒーの用意をしたらストレッチの開始だ。全身をバキボキ言わせながら伸ばすべき筋を伸ばして縮めるべき筋を縮める。
「それ、効果あるんですか? 私もやったほうが良いのかな」
「少なくともやっておいた後で変に筋を違えたりした事は無い。うっかり足をひねったりしてもあらかじめ柔らかくしておけばダメージは小さくできると思っている」
「じゃあ私も参加します。コーヒーが沸くまで」
文月さんと二人一組になり、昔体育の授業で受けたようなペアストレッチをする。ひとりでやるよりほぐれやすい、と感じる。やはり学校は大事なことをちゃんと教えてくれている。学ぶか学ばないかは本人次第だが、最低限の事を教えてくれて覚えているあたり、俺の学習能力はそれほど悪くなかったんだろうな。
「あーこういうの高校の授業でやりましたね」
「覚えておいて損は無いだろ? 学ぶべき時に学ぶのは大事。大学もそうだぞ」
「私は一応こう見えて成績は良いほうなので大丈夫ですよ。最近は体を良く動かすおかげか講義の内容もすんなり理解できますし……これ、もしかして」
「ステータスが上がった分学習能力も上がってるのかもしれないな。その内探索者年齢が下がればダンジョン内学習塾とかできるかもしれないぞ。探索者に護衛させながらホワイトボードを持ち込んで数学の問題を解いたりするんだ。間違えたらスライムを殴りに行ってもう一度とか」
「そうなると引率の探索者の需要が増えることになりますね。学習塾の加熱ぶりを考えるとそう遠くない未来にそういう仕組みが出来上がりそうではありますが」
引率で雇われる探索者が時間いくらで雇われて更にドロップ品は自分のものに出来るので、スライムをひたすら狩り続けるよりも儲けられるかもしれないな。ただ、そのためには探索者証の発行年齢を十五歳まで引き下げないといけないし、引き下げる根拠も必要になってくるわけだ。
どういう理由で探索者登録の年齢を引き下げるか……いっその事探索者育成専門高校みたいなものを立ち上げてその流れで十五歳以上に……なんて方面からのアプローチのほうが必要か。なら、少なくとも魔結晶による発電実験やその他のエネルギー資源としての価値なんかが社会的に認められる必要が出てくるわけだな。
ダンジョン産の素材が不可欠な社会。それに対して探索者人口を満たすための年齢引き下げ。これかな。今少し社会が進歩する時間が必要だな。商用魔結晶発電炉が動き出して魔結晶の市場在庫が減ってきたら買い取り価格も上がってくるだろう。
「なんか考え事してそうですが、そろそろ良いのでは? 」
「おっと、湯が沸いている。コーヒー飲んだら行こうか」
「その間にテント片づけておきますね。エアマットはそのまま放り込んで良いですか? 」
「あぁ、テントさえ畳んでおいてくれればそれでいいよ」
俺の返事より早く文月さんはエアマットをそのままテントに放り込み、折りたたみテントを畳んでこれも俺のテントへ。そして淹れたてのコーヒーを飲んで一服している。
まだコーヒーは熱い。飲める温度まで下がる間にもう少し首と肩回りと足首を念入りに動かしておく。フーフーしながらコーヒーを飲み、飲み終わったら片づけをする。この辺のものは十四層でも使いそうだから持ち歩いておこう。テントにしまい込むふりをして保管庫に収納するのも手慣れて来た。
「さて、行くか十三層。目標は十四層探索。出来れば十五層も見ておきたいな」
「そのためには安全に十層を抜けきらないといけませんね」
「十層に関してはもう心配してない。二人なら行けると思う。なんか自信がある」
「一つ壁を乗り越えたって奴ですか。慎重な安村さんが大丈夫というんだから安心はできますね」
早速シェルターに戻る。自転車は無かった。新しい書き込みも無かった。とすると自転車は何処へ行ったのだろう? まぁいい、歩くか。
歩いて八層側の階段に行くと自転車が三台とも並んでいた。つまり、下層に誰かいる。十層で出会ったりするととても楽が出来ていいな。
そのまま八層に下り、五層とタメを張るレベルの寂しいサバンナを歩く。そういえばこの層もスキルオーブドロップするんだよな。これだけモンスターが少ないとさぞドロップテーブルも回らないだろうに。
自転車が空いてて暇な時は八層も見て回ってドロップを確認していくべきだろうか。
「ここでスキルオーブがドロップするとして、何か月後ぐらいになるんだろうな」
「この湧き状況ではよほどドロップテーブルが狭いでもない限りは難しいんじゃないでしょうか」
「そうだな……っと、ダーククロウの羽根補充。細かく稼いでおこう。ちりつもちりつも」
「ちりつもとは言いますが、羽根それだけでワイルドボアの魔結晶一つ分ぐらいの価値だからちりというほど安いものでもないと思いますよ」
確かにそうだな。百グラム二千六百円として、今拾った羽根が二十グラムほどだ。確かに結構なお金になってるな。
「しかしあれだな、布団屋にダーククロウの羽根を卸すというの、最初は結構な売り上げだと思っていたけどここまで深く潜れるようになると完全についでみたいな感じになってしまったな」
「それは保管庫ありきの考え方だからでは? 普通はダンジョンの奥から傷付けずに無事な状態で羽根を持ち帰れる手段は限られてくると思うのですが」
「普通は、か……確かにエコバッグに入れるにしても結構な嵩になるから圧縮して持ち歩くことになるだろうし、そうなれば多少なりとも曲がったり折れたりするか」
「そういうことです。保管庫が最初にバレるのは案外布団屋さんからかもしれません」
数少ないワイルドボアを倒しながら文月さんが怖い事を言ってくる。一応企業秘密という事にはしてあるが、勘の良いCランク以上の探索者なら怪しむだろうな。Cランク以上が何人いるかは解らないが。
八層を歩き終わって九層の階段に着く。ここからは真面目な狩りのお時間だ。と言っても今日は九層から十二層にかけては通り抜けるだけのお仕事なので何時もより楽な道をひたすら進む。
「行きは省エネで行こう。十三層十四層は歩き通しになる事だし」
「あくまでメインは地図作り。なので稼ぎはあまり気にしないという事ですね」
「それなりの収入にはなるだろうからあまり深くは考えなくていいと思うよ」
九層の外側を久しぶりに歩く。モンスターが出てくるのは多くても四匹。慣らし運転としてはちょうどいい数だ。
親指、四、二。二匹同時に近寄ってきたので順番に切る。やっぱり外側は楽でいい。内側で十層ほどではないがひりつくような狩りをするのも楽しいが、目的が決まってる以上道中の敵はどっちかというと邪魔だ。
人さし指、三、二。ワイルドボアも少ない。あっという間に倒し終わると前へ。三分に一回ぐらいのペースでモンスターと出会うがこの数に手間取るほどもう弱くない。むしろ噛みつかれてから対処しても良いぐらいだ。油断は禁物だが、油断しなければ手心を加えて戦ってもいいぐらいにはなっている。
省エネで通り道を抜けることは大事だ。特にこの後は十層が待っている。休憩を取るとはいえ気を抜いて良い場所ではない。気楽に抜けられるようになった事と気を抜いて良い事はまた別の話だ。気合を入れて気楽に抜ける。これなら多分大丈夫、多分。
九層では合計でワイルドボアを四十匹ほど、ジャイアントアントを三十匹ほど倒したことになった。十層に入る前に念のための休憩を挟み、さぁ行くぞ十層。今度は楽に行かせてくれるよな。
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