315:清州ダンジョンデート~さよならするのはつらいけど~
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九層を半周、一時間かけて歩く。周りの探索者も結構いるため、モンスターと出会う回数は行きに比べて半分ぐらいになっている。
「もうちょっと内側を歩こうか。ここではモンスターが出なさすぎる」
「賛成。数が少ないのがポツポツ出てくるぐらいならいいとは思うけど、さすがに出会わないのは暇すぎるわ」
結衣さんも暇を持て余しているようで、三匹~四匹ぐらいのエンカウントが期待できるポジションを歩く。それでも階層を独り占めできる小西ダンジョンの状態からすれば温いものだが、忙しすぎず、暇すぎず、良いところを見繕えた気がする。
親指、三、一。七層までの最後の一時間だからと若干張り切り気味で戦い、ドロップを回収すると階段へ向かう動作をひたすら続ける。今の持ち物の状態からするとワイルドボアよりジャイアントアントが出てきて欲しい気持ちだ。バッグにワイルドボアの革を差し込む余地がだんだん無くなってきた。あと五本が限界という所だろう。
「ジャイアントアント、ジャイアントアント、ジャイアントアント」
「そんな事してるとワイルドボアばっかり出ると思うよ」
「願えばきっと叶う。ジャイアントアントがずっと出て来てくれて……あぁでもそうなると魔結晶で重くなるな。キュアポーション出ろキュアポーション出ろ……」
人さし指、四、二。願いは早々に打ち砕かれた。諦めてワイルドボアを雷撃で処理していく。ドロップボア肉。よし俺の重さは増えないな。と思ったら革も出たよ。諦めてバッグに突っ込み、バッグをゆさゆさと揺らし偏りが無いようにする。
これは早いところ九層を出てしまいたいな。こっそりバッグの中身を保管庫に収納してしまうか。バッグの中がカタンと揺れて中身が少なくなったのを背中で感じる。直接目で見えてなくても触感で収納できるようになったか。これもスキル成長かな。
親指、四、二。よし、来てくれた。後はキュアポーションをくれれば……くれなかった。きっちり魔結晶を出してくれた。背中のバッグに放り込みまた前進を続ける。
「まだ荷物大丈夫? もうそろそろ一杯なんじゃない? 」
「重さ的には大丈夫。いざとなったらもう一個エコバッグ出して整理する。今結構中身ごちゃごちゃだし、それに九層まで来たんだからもう七層まで来たのと似たようなもんだ」
「そう、ならいいけど。きつかったら言ってね」
結衣さんがボア肉以外も持とうか? とやんわりと打ち出してくる。だからと言ってササっとポーションだけ取り出して渡すのは違和感を感じられるだろうから出来るだけ疑いを向けられない行動を取る事にする。
「これ、よく十四層まで行ってドロップ持って帰ってこれるね。二人だとやっぱり持ち帰りの荷物が厳しくなってくるなぁ」
「そこはほら、うちは五人居るから。いざとなったら一人が目一杯荷物持って残りを四人で分担しつつ帰ることが出来るし。人数は力よ」
「なるほど。二人パーティーではこの辺りの階層が限界という事か」
「道中の戦闘回数減らせば何とかなるとは思うけど……小西ダンジョンだと厳しそうね。それこそ……【保管庫】だっけ? ああいう夢のスキルがあればどうとでもなるんだろうけどそんなスキル都合よく手に入れたりするわけないよね」
一瞬心臓が止まりそうになったが、探りを入れられたわけでは無さそうだ。ふぅ、良かった。
人差し指、四、二。ワイルドボアにさっきの動悸のお返しをする。俺の意志をくみ取ったのか、ワイルドボアは革を落とす。何処まで嫌がらせを続ける気なのか。
「やっぱりそういう希少スキル持ってる人は探索者ランクも上がってガンガン前線に投入されて行くんだろうか」
「特例でBランクぐらいにはなれそうよね。ポーターとしてその場にいるのが任務みたいな」
「ビシビシ厳しい訓練されてそのまま最前線へ投入か……自由を考えるとそれほど使い勝手の良いスキルとは言えないかもな」
「保管庫の中身ってどういう仕組みで保管されてるんだろう? 実例があれば解るんだろうけど」
「さぁ? 中身がどうなってるかも含めて使える本人じゃなきゃ解らないんじゃないかな」
使ってる本人もよく解ってないです。保管庫自体がどこの時空や亜空間に存在してるかどうかも含めて解ってないです。
「世界に数人だっけ? だとしたら日本にも一人か二人ぐらいは居るって計算になるのか」
「探索者人口考えたら居て一人じゃないかな。ほら、日本人そういう新しい取り組みとか進んでやる人少ないし」
確かに、日本の探索者人口比率は海外に比べると割合が低いらしいからな。欧州や北米の探索者人口比率に比べたら半分以下だっていう記事を前に見かけた覚えがある。確か自分でも日本の探索者人口を調べたっけな。海外との比較はしてなかったな、そっちも調べてみたほうが良かったか。
「そんなスキル持ってたら言いふらして有名人になるのが関の山だろうなぁ。ついでにスキルの紹介とか実践を動画配信して再生数と広告料を稼いで副収入を得るんだ」
「どのくらいの荷物運べるんだろ。トラックの運転手替わりにもなりそうよね」
「運送業に激震が走るぞ。ダンジョン潜らなくても年収何千万も稼げそう」
「もしそんなスキルでたら……どうする? 」
結衣さんはまだ見ぬレアスキルに興味津々らしい。もう見たレアスキル保持者としての答えはこうだ。
「怖くてひきこもる。非合法な品を取り扱うのにこき使われそうだし」
「あー密輸とか。迂闊に海外にも出かけられなくなっちゃうね。それは嫌かも」
「身の回りの手軽さ以上に不便そうなスキルだ。もし有っても黙ってるほうが得が多そうだ」
親指、五、三。実際黙ってるほうが得が多いので黙っている事にする。この事は墓まで持っていかないとな。しかし、本当にどこにあるんだろう、保管庫の中身。
ジャイアントアントに切りかかりながら問いかけてみる。答えは出るはずもなく、答えの代わりに魔結晶をくれる。次のジャイアントアントも答えの代わりに魔結晶をくれる。最後のジャイアントアントは牙をくれた。ここから導き出される答えは……知らんがな、ってところか。
八層への階段が見えてきた。ここを上れば実質デートは終了だ。楽しかったかと問われればとても楽しかった。ここまで長い時間文月さん以外と一緒にパーティーを組んだことも無かったし、色々話も聞けた。
「ここを上ればあとはほぼ歩くだけか。楽しかった」
「そう? なら誘った甲斐があった」
「また機会があれば誘ってもらおうかな。なんなら全員でもいいけど」
「大人数パーティーでワイワイやるのも楽しいよ? うち来る? 」
「まだ勧誘するか。そうだなぁ……最短二年後ぐらいには考えておく」
「それは文月ちゃんが大学卒業するまでは今のままってこと? 」
文月さんの事がそこまで大きいのか? というような聞き方をしてくる。なんだろう、それまでは面倒見なきゃなって気持ちのほうが大きい。相棒は相棒だけどパートナーというよりは……
「まぁそういう事になる。なんだろう? 親心? なんかそんな感じだ今のところは」
「つまり女性として惹かれてるわけではない……と? 」
八層の階段を上り七層へ。他のパーティーとすれ違う。これは八層もダーククロウさえ避けてれば問題ないな。会話に更に華を咲かせていく。
しかし、文月さんに女性としての魅力があるかどうかと言われたら答えはイエスだ。はっきりと否定は出来ないな。もしかしたら覚悟を決めなきゃいけない時が来るかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただそれは今ではないな。
「私、魅力ないですか? やっぱりダンジョンでももっと女性らしい格好してたほうが良いのかな……」
「同じことを文月さんにも言われたが、その聞き方はちょっと卑怯かな。それぞれ違う魅力があるだろうし、全部を知ってるわけじゃない。もしかしたら俺にとってとんでもなく好きになれない要素を持っていてそれが原因で魅力が無いように映るかもしれないし、逆もあるかもしれない。今断言することは出来ないよ」
「じゃあ、またデートに誘います、今度はダンジョンの外で。そしたら逆に安村さんの嫌いな所を見つけるかもしれませんし、その時になったら一気に冷めるかもしれません」
結衣さんがグイグイと押してくる。ここは若干引いて良い落としどころを探そう。
「四十過ぎたオッサンだぞこっちは。冷める要素なんてひっくり返せばいくらでも出てくるさ。個人的にはこんなオッサンに夢中になるよりいろんな男のいろんな部分を知って、自分にとって何が本当に大切な要素なのかを見つけることのほうが大事だと思うね」
「最終的に俺のそばにいればよい、みたいな言い方しますね」
「そういうつもりじゃないんだが……間違いなく好意を持っててくれてる事は嬉しいよ」
「あまり自分に自信を持ってないタイプですか、安村さんは」
「多分。なのでどうすればいいか迷ってるというか、自分のダメなところを前面に押し出してしまうタイプだとは思うな。実際そうなんじゃないかな」
「なら私は断言しておきますが、安村さんは男性としての魅力をちゃんと持ってますよ。ただ、どの辺がそうか、というのは秘密です。少なくとも私にとってとても魅力的な部分がある、とだけ伝えておきます」
「ありがとう、参考にしておくよ」
八層を歩き終わり七層の階段へたどり着く。九層へ下りていく探索者とすれ違う回数がそこそこあったおかげで一度も戦闘は無かった。
騒がしい七層へ戻ってきた。時計を見れば結構長い時間探索をしていたんだが、そういう風に感じなかったのはとても楽しかったからだろう。楽しい時間は早く過ぎる。相対性理論だ。
テントまで歩いて戻ると、多村さんがその辺の屋台で買ってきたのか、おつまみとウィスキーでまだ一杯やっている。酒はかなり飲めるタイプらしく、出てくる時にちらつかせていたウィスキーを一本完全に開けてなお顔はほんのり赤い程度だ。
「お、お帰り。ごゆっくり楽しめましたか」
「リーダー帰ってきよったん? デートはどうでしたか」
「お帰りなさい。僕らも今上から戻ってきたところで酔っ払いの処理をしているところです」
「まだ酔ってないぞ。ただ酒抜きの時間は必要だけどな」
「コーヒー飲みます? 今淹れたところなんですが」
残りのメンバーは買い出しから出かけて帰ってきていたようで一斉に四人が顔を出す。
「ただいま。楽しいデートを楽しんできましたよっと」
「どうも、この間ぶりです」
「安村さんちゃんとエスコート出来ましたん? 十四層で一泊してきましたん? その辺詳しゅう聞かせてええですか? いたっ」
平田さんが調子に乗ってあれこれ聞きだそうとしているところに結衣さんが蹴りを入れて牽制している。
「まっすぐ十三層まで行って帰ってきましたよ。ご休憩は残念ながら」
「安村さんまで何言ってるんですかもう……」
結衣さんがこっちにも蹴りを入れてくる。かわいい。
「ドロップ品の分別はどうしますか? 等分ですか? 」
「できるだけ金額で等分できるように、それで嵩のあるものと魔結晶はこちらで引き取って持ち帰ろうと思っています。仮眠する前にそれだけやってしまおうかと」
「お手伝いしましょう。とりあえずそちらのテントの中で分別しましょう」
保管庫の中身を徐々にバッグに戻しつつ、テントの中で品物の分別を始める。結衣さんからボア肉を受け取り、とりあえず中身を並べる。嵩張る物……魔結晶とボア革と肉はこっちで、ポーション類と真珠はあっちでちょうど良いぐらいの値段分けだろう。
……と、肉は今から食べる分もあるって言ってたな。人数分は残そう。横田さんもおおよその値段の見当はついてるようで、食い扶持の分の肉をそれぞれと革袋に入れた真珠とポーション類を受け取っていく。
「とりあえずこれは結衣さんの分で。残りは持って帰ります」
「聞きはりました? 奥さん。結衣さんやて。二歩ぐらい前進したんとちゃいます? 」
「聞きましたわよ。これはもうあと数回デートで結婚までいきつくかもしれませんわ、きゃー」
「平田ぁ! 多村ぁ! 」
平田さんと多村さんが更に結衣さんをいじり倒している。これはボコボコにされるまでしばらく収まらないだろう。これで一仕事終わった。うーんと伸びをして背中の軽さを実感する。コーヒーをもらって一服。平田さんはグーで殴られている。この後の探索に支障がない程度にしてあげて欲しい。
「いいんですか? あれ放っておいて」
「その内収まるでしょう。しかし、ほぼ半日潜ってこれだけの量ですか。中々の収入になりましたね」
「小西ダンジョンだと同じ時間潜ったら二人で持ち帰れないだけの収入になりますよ。今日は割とギリギリでした」
「なるほど、しっかり稼いでますね。僕らが一人当たりこれだけの収入持ち帰ろうとしたら間違いなく十四層で休憩が必要な所でしたよ」
ん、ということはもしかして結衣さんに若干負担かけてたかな。次はもっと気を使おう。とりあえずボコボコにされている二人のほうへ行き、名前を呼ぶ
「結衣さん」
「は、はい」
「今日のデート、楽しかったです。相手が俺で良ければまたしましょう」
「今度はご休憩も有りで……ぶふぉぁっ! 」
「また……今度ですね。私も楽しかった。はい、またデートしましょう。地上でもダンジョンでも」
顎にいい蹴りが入った平田さんは気絶したようだ。見事な蹴りだった。蹴りが無かったかのように素直に頷いてくれた結衣さんはとてもうれしそうに見えた。
挨拶を済ませると広げたままのエアマットにのしかかり、枕を取り出して仮眠に入る。さすがに休憩を何回か取ってはいるが、いつもより長時間働いたので疲れた。しっかり疲れを取ってそれから帰ろうと思う。普段行き慣れないダンジョンと階層を巡るのも楽しかったな……結衣さんのおかげだ。デートの間だけとは言っていたが、これからも結衣さんと呼ぶことにしよう。そのほうが多分お互い楽しい。
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