314:清州ダンジョンデート~帰り道は素早く~
休憩で水分とカロリーも摂取し荷物整理を終え、十二層に戻った。石造りの乾燥したマップから森に囲まれた湿気のあるマップに切り替わった。急に暑くなったような感覚を覚える。
「慣れないなーこの体感温度の差」
「その内慣れるよ。慣れ慣れ。八層と九層の間だって似たようなもんじゃない」
「それもそうだった。じゃあ帰るけど、忘れ物無い? 」
「持ってくるような荷物は大体消費したから。後は七層まで一直線に帰りましょう。あんまり遅くて多村さんにニヤニヤされるのもあれだし」
「十四層で御休憩してきたか? ぐらいは言われそうだよね」
「安村さんまで……パーティー内のセクハラは厳しく処理しないと。後でオーク肉の脂だけ食べさせよう」
「ガッツリ胃もたれしそうだ」
冗談を言いつつ十二層を十一層側へ向かって歩く。本来ならぐるっと一周して帰るのがローカルルールらしいが二人連れで荷物も一杯だ、ここは勘弁してもらおう。
帰り道だからと行って気をつけてお帰りください、とモンスターが道を開けてくれるわけもなく、森からモンスターは現れ続ける。オークもジャイアントアントも容赦なしだ。
肩に担いでいるからと言ってそこまで邪魔なわけではなく、利き手と逆側に抱えているおかげで動きに制限もそれほどない。ただ、オークを倒して肉をドロップされるたびに肩の重みが増えて徐々に可動域が狭くなっていく。ダンジョンの奥から普通に帰るというのはこんなにも厳しいものなのか。それともパーティーメンバーが少ないが故か。
多分後者だな。四人居れば二倍の荷物を持って帰れるか、一人の負担が半分に減る。何なら戦闘要員三人でポーター一人という選択も出来る。パーティーの数は戦略の幅、再認識した。
出来るだけ手早く戦闘回数をこなすためにスキルも挟みつつ戦っていく。ジャイアントアントはスキルで吹き飛ばして終わりにしたいところだが、ある程度近寄ってくれないとドロップを拾う作業があるからちょうど良い感じの距離で吹き飛んでくれるように調節しながら戦う。
そのまま無事に進み、十二層では何も問題は無く階段までたどり着くことが出来た。十一層に上がると丁度他所のパーティーと出くわす形になり、そのパーティーの後ろをゆっくり距離を離しながら歩く。
「清州だとこういう感じでパーティー同士がバッティングする機会が偶にあります」
「なるほどよく解りました。つまりゆっくり歩いて距離を離して探索活動をしましょうという事ですね」
「そういう事。というわけで帰り道がゆっくりになるけどいい? 」
わざと遅れて行動する事でお互いの探索の邪魔をしないようにする、という行動を取るらしい。人が多いダンジョンだとそういう心遣いも必要か。
「むしろ一緒に行動して全部向こうに任せるという手もあるんじゃ」
「それで良いならそうするけど。帰り道の稼ぎはあんまり考えない感じ? 」
「十層で十分稼げそうな気がするから足りなきゃそうするつもりだったけど、オーク肉にこだわりが? 」
「んー、重さ換算で言えばあんまり変わらないけど……今何個あったっけ、オーク肉」
「数えてないけど二十個以上はあったはず。重さ的にもそのぐらいだと思う」
肩を揺らして数えようか? と目で合図する。結衣さんは首を振る。
「それだけあれば足りるかな。うちの腹ペコたちに食わせる分も必要だから……」
「何ならオーク肉と真珠はそっち持ちでも良いよ。俺はその分重たいものを背負って地上まで帰るから」
「う~ん、それなら十分だろうけど良いの? 軽くて価値のあるもの持って帰らなくて」
「結衣さんこの後地上に戻らず七層待機でしょ? だったらまっすぐ帰る俺が嵩張る物を持っていくほうが自然だと思うけど」
「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。お礼は……頑張って戦うわ」
「解った。俺が荷物抱える分しっかり戦ってちょうだい」
七層に戻った後の仕分けの内容を話しつつ、前のパーティーから距離を取れたのでまた階段に向けて歩く。オークの数は少ないとはいえ出ない訳ではない。ほぼ片手でのモンスター狩りになるが今のところ大丈夫だ。棍棒も盾で受け流すぐらいのことは出来ている。この後オークが肉を大量に落とすなんて事が無ければ十一層の間は問題なく進めるだろう。
前のパーティーのおかげでかなり楽をして十一層を歩く。ただ歩くだけの時間が増え、その分早く七層に向けて帰れるのは良い事だ。せっかくならこのまま十層も先導してくれると個人的にはありがたい。
結局行きで五十分ほどかかった十一層の行程を三十分まで短縮することが出来た。ひとえに他のパーティーのおかげだ。後で拝んでおこう。本来なら探索で儲けを得られない事は時間の無駄かもしれない。
しかし保管庫に放り込んだ資産を頭の中で計算した範囲では、二人で狩りをした分としては十分過ぎる量の利益を得られている。これ以上を望むのは少々欲張りという所だろう。前へ歩いて行った探索者はそのまま十層へ上がっていった。
「向こうも七層に帰るのかな。これは楽が出来そうだ」
「暇といえば暇。なんかないの」
「一応警戒はしてるからなぁ。時々来る分でそれで儲けとしとこうや」
「もうちょっと戦いたかったなぁ、オーク」
「帰ればまた来られるから、そう贅沢を言わないの。それにデートの目標は達成したんだからそれ以上を望むのは……ちょっと欲張りってもんよ」
女性とのデートで早く帰りたいってのは相手に失礼だとは思うが、命が懸かってるからな。金に目がくらんでそこで怪我したりするってのは俺の流儀に反するし、結衣さんにうっかり怪我でもさせたらどうしようという思いもある。
「そうね、ちなみにいくらぐらい? 」
「十三層だけで三十万ぐらいは稼いでるんじゃないかな。骨ネクロを三十体ぐらい倒したからそれだけで十五万。後はスケルトンを……何体倒したっけかな。倍ぐらいは戦ってる気がするなぁ」
「それに加えてここまでの……ボア肉もそれなりの数はあるし期待できる量だからまぁいっか。大人しく無事に帰ろうか」
「そうしよう。無理はしないに限る」
十層へ上がり、前のパーティーの後ろを引き続き歩く。さすがにポップ数の多い十層なのでそれなりの数を相手にすることになる。肩回りが使えない分動きは落ちるが、その分ステータスブーストの感覚を一段階上げることで対応する。
親指、六、三。無理はしたくないがここで足止めを喰らいたくも無いのでスキルをフル活用していく。近寄ってきたのは容赦なくぶった切り、適度な距離で酸を吐き出してきそうな相手には雷撃で。上手く使い分けていくが、相手がジャイアントアントとワイルドボアなのでボア革という嵩張る荷物が増えていく。ついでに言えば朝もってきた傘が邪魔だ。やはり折りたたみにするべきだった。そろそろバッグにボア革を放り込むのも厳しくなってくるな。
人さし指、六、四。癒しのワイルドボアだ。ボア革さえくれなければ今は嬉しい。肉は結衣さん行きなので俺の荷物が増える量はちょっと楽になる。
親指、六、三。十層の湧きはやはり小西ダンジョンより甘い。ここではそれが有り難いところだ。普段なら自分の経験値的な物を貯めていくために十層以外では濃いところへ行くのが日課みたいなものになっているが、清州ダンジョンでは行きはともかく帰りに稼いで帰ろうという予定でもなければゆったり回るのも悪くないだろう。
人さし指、五、三。足元にまで来たワイルドボアを雷撃を体に纏いピカピカ光りながら倒してドロップを拾っていく。魔結晶も少量ずつだが溜まっていく。まだまだ大丈夫だ。このペースなら九層でもまだ問題なく荷物を背負っていけるだろう。
前のパーティーのおかげで戦闘少なく済ませられている。おかげでまた短い時間で十層を駆け抜けることが出来そうだ。やっぱり探索者仲間がいると移動が捗る。広い清州ダンジョンでも周りのパーティーをうまく使えば移動時間を短くして深い階層で十分な利益を得られるのは変わりないらしい。
親指、五、二。ちょっと結衣さんに負荷をかけるがこっちも荷物があるし、うっかり攻撃されて膨らんだバッグがダメージを受けるのは避けたい。ここで荷物をぶちまけてはせっかくのデートで得られた利益が吹き飛ぶ。
結衣さんが気楽に十層を散策しているように見える。いつもより人数少ないのに大丈夫なんだろうか。
「いやー楽だねー。二人で巡ってこれだけ十層を楽に突破できるのは無かったかも。適度に収入も得られてるし」
「こっちはバッグが攻撃されないかひやひやしてる。うっかり切り裂かれて中身をぶちまけたりしない事を祈ってる」
「安村さんなら大丈夫でしょう。ステータスブーストフルに使って長時間戦えるみたいだし、お腹が空いた時用のカロリー摂取するものも常備してるみたいだし」
「こんな事も有ろうかと、というのは常に考えてる。選択肢はあったほうが良いからね」
等と言いつつ、コーヒー以外の嗜好品を持ち歩くのは今回が初めてだ。確かにつまみ食いをしながらダンジョンを巡るのは悪くないな。スナック菓子は手が汚れるし嵩があるし、やはり小さくてカロリーが手軽に取れるものが好ましいだろう。
十層を無事に抜け、九層に上がる。ここまでくればあとはもうおまけみたいなものだ。精々ここで稼ぐか、最後に力を出し尽くして八層へ上がって七層へ疲れ切って帰ろう。多分結衣さんもそれなりの疲労は溜まってるはずだ。
「大丈夫、疲れてない? 」
「九層八層抜けるぐらいの体力はあるけど……念のため水分とカロリーは取っておこうかな。急に力が抜けると怖いし」
「はい、バニラバー。俺の数少ない楽しみをあげよう」
バニラバーはまだまだ在庫がある。ここで結衣さんに分けてしまっても問題ないだろう。問題はそれ以外の味がまだまだ残っている事だが。
「バニラバーもさらに増産始めるのかな。ずいぶん頑張って生産してるようだけど」
「海外メーカーに一部業務委託するって話も有ったし、その内逆輸入品であふれることになるんじゃないかな」
「海外で生産しても同じ効果発揮するのかな? なんか三勢食品で作らないとスライムは好まないってイメージあるけど」
「その辺はスライムに聞いてみないと解らないかな。実際に輸入されるようになるって事は実証実験がうまくいくって事だから、徐々に増えていく事を願うよ」
バニラバーが潤沢に供給されればスライムゼリーも魔結晶も潤沢に供給される事になり、探索者もそれなりの収入を得ることが出来る。ここでグレイウルフの肉ドロップまで発表されたらCランク探索者の需要も増える。みんながみんなハッピーだ。そうして徐々にみんな強くなっていけば七層に来る人間も増える。
七層に来る人間が増えれば九層十層の狩場にも人が増えることになりその分だけ十三層に潜るまでの時間が短縮できて十四層にも行きやすくなるかもしれない。自分の探索環境を快適にするためにも三勢食品周りには頑張ってほしい。
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