308:清州ダンジョンデート~色気は無い~
八層へたどり着いた。いつも通りワイルドボアを倒しつつ左右の木に配置されたダーククロウを避けながら九層への階段へ向かう。通り道に残念ながらワイルドボアは居ない。ちょっと先を見ると探索者が居る。彼らが狩っていったんだろうな。
これは九層まで出番がないぞ。新浜さんも槍を肩に担ぎながら前を行く探索者の動きに注意しつつ、時々後ろを振り返ってはリポップが無いかどうかを確認している。
「しかし、解らない」
「突然どうしたんですか安村さん」
「こんなおじさんのどこにこんな素敵な女性を引き付ける魅力があるんだろう? 」
「褒めてくれるのは嬉しいですがそれ、普通私に直接聞きます? ただの自意識過剰と捉えられても仕方ないですよ」
新浜さんから早速の苦情が飛ぶ。俺はそんなに自己評価が高くないのは自覚している。だからこその疑問だ。
「私が素敵だなと思ったところがあればそれでいいんです。それに安村さん、強いですし」
「まだ鬼殺しにもなってない俺がですか? 」
「時間の問題だと思いますよ。おそらく今ごろ、十三層の地図でも作りながら小西ダンジョンで活躍されてるんでしょう? 」
「まぁ、近いところですね。地図作りに苦労している最中です」
「その点清州ダンジョンはすでに先行探索者が地図を作り切ってくれてますから、地図さえあれば迷う事も無いですからね」
やっぱり清州ダンジョンはそういう所、便利でいいな。だが、小西ダンジョンでは清州ダンジョンではできない実りを多く得ることが出来る。その実りの為に便利な清州ダンジョンではなく小西ダンジョンを選んだ。【保管庫】が特にそうだ。このスキルがあるおかげで小西ダンジョンに縛られていると言っても良いぐらいだろう。
「ところで安村さんの今日の狩りのご予定はどの辺ですか? 」
「九層をゆっくり回ろうと思ってたんですが、新浜さんとご一緒するならもっと深くても問題なさそうですね」
「そうですね……十層通り抜ける自信は? 」
「二人なら行けると思ってます。なのでオーク狩りなどに勤しみたいなと」
「なるほど、十三層ではどうです? 」
「十三層も興味あると言えばあるんですが、迷いそうなんですよね」
「そこで私の出番です。十三層は地図もありますし、無くてもおおよそ頭に入ってますし」
なるほど、準備は万端という事か。俺が来てからいろんなプランを練ったに違いない。普通はこういうの、男のほうがやるべきなんだろうけど新浜さんのやる気を削ぐのは良くない。ここはプランに乗っかろう。
「なら、十三層まで頑張っていきましょうか。目標は……スケルトンの骨五本というあたりでどうでしょう」
「骨ですか……もしかして、また何か見つけたんですか? 」
「見つけた、というよりあった、というほうが正しいと思います。実はグレイウルフに骨を与えると非常に高確率で肉をドロップするという話を耳にしまして、試してみた所本当に出たんですよ」
「じゃあ、どこかの企業に肉の卸しでも始めるんですか? そこまで大量に肉だけ持ち帰るより深く潜ったほうが稼げるでしょうに」
「どっちかというと骨休めというか箸休めというか。深夜によくスライムだらけの一層まで行く事があるんですがスライムだけだと心の平穏は訪れても財布のほうが薄いままなので、その繋ぎ収入みたいなもんです」
「まだスライム狩り続けてるんですね。もっと奥へ奥へ進むタイプだと思ってましたが」
「スライム狩りは最近は日課とまでは行きませんが、スライムを狩りながらいろんなことを考えるほうが物事をより鮮明に考えられる気がするんですよ。その為でもあります」
風呂とスライム狩りはゆっくり物事を考えるにはちょうどいい時間をくれる。誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃだめなんだ。
話をしているうちに九層の階段へたどり着く。さぁここからは身を引き締めて戦闘に挑もう。
「さて、俺たちのデートを開始しますか」
「まだ言うんですかそれ。恥ずかしいからやめてください」
「しばらく使いまわす事にします。そのほうがいろんな新浜さんを見れそうですから」
「じゃ、じゃあ……デート中は名前で、結衣でいいです」
「それでは結衣さん、デートに行きましょう」
「あーもういいから行きますよ早く」
揶揄いがいがあっていいな。さて今からは真面目に探索だ。気を抜かずやっていこう。
◇◆◇◆◇◆◇
「初級者コースと一歩森に近寄って中級者コースがありますがどっちでいきましょうかね」
新浜さんに順路を聞かれる。そうだなあ……
「ここまで何も収入が無かったけど、帰り道までの荷物も増えるだろうから初級者コースで行きたいところですね」
「ではそうしますか。と言っても小西ダンジョンでは初級者コースにもならないと思いますけど」
「ソロでも回るには十分な量だとは思いますよ。常時三匹ぐらい来れば良い感じですかね」
「後、せっかくのデートですから、できるだけ砕けていきましょう。安村さんのほうが年上ですが、お互い丁寧語のままだとやりにくいかもしれませんから」
「わかりま……わかった。じゃあこんな感じでいい?結衣さん」
「そ、それでいきましょう。さぁいこう、うん」
まだちょっと引きずっているらしい結衣さんを尻目に初級者向けコースへ気合を入れる。いつもなら半分を文月さんに完全に任せて互いにやり合っていたからな。結衣さんとは初めてのパーティーではないからある程度までは大丈夫だろう。
まずは今の結衣さんがどのくらい動けるか……どのくらい俺と結衣さんに戦力差があるのかを見ないといけないな。結衣さんはいわゆる格上の人だ。見て学ぶことも多いだろう。
早速ジャイアントアントが三匹現れた。親指、三、二。結衣さんはハンドサインを覚えていたようで問題なく反応してくれた。サクサクっとジャイアントアントを倒すと、ほぼ同じタイミングで結衣さんも倒し終えたようだ。戦闘力に問題なしか。さすが鬼殺しだ。
そのまま初級者コースを二人で回る。そういえばこの道筋は前も通ったな。あの時は超高速で結衣さんが追い付いてきて結局二人で一時間濃密な時間を過ごしたんだったな。Cランクに上がる前の話だ。あれから俺も物理的にも精神的にも強くなった。ジャイアントアントが多数一気に来ても落ち着いて対処できる自信がある。
親指、三、二。結衣さんはハンドサインを見るとすぐに行動を開始する。判断が早い。俺が二倒す間に四でも五でもいけそうな、そんな空気すら持っている。イケメンだわ……
「どうかした? こっちの動きをじっと見て」
「素早さではまだまだ敵わないなと。こっちより得物も重そうなのに何処からその機敏さは来るのかなと」
「積み上げたものの違いって奴ね。ダンジョンに関してはこっちのほうが先輩だから」
「ジャイアントアント六千匹か……」
「何? それ」
そういえば結衣さんは知らなくて当然か。
「前に、スライムを六千匹倒してステータスブーストに気づけた。ならジャイアントアントも六千匹倒せるぐらいの積み上げをしたら十層も突破できるんじゃないかって話をしたことがあってね。実際はそれよりもっと早く突破出来たんだけど」
「深く潜ってより強い敵と戦ったほうがステータスブーストの幅も広がるなら、今後はスケルトン六千匹って事? 」
「そうかもね。それだけ戦えば鬼殺しになれるのかな」
「う~ん……そこまで必要ないかも……いやでも安村さん二人パーティーだし……とりあえず十五層に潜れるようになって、それから考えたらいいと思うよ」
考えるより動け、か。そうしよう。結局それが良いんだろうな。悩んでいても経験値的なものが貯まるわけじゃない。
「そうだな、じゃあ張り切っていくか。今日も稼ぐぞ」
「その意気その意気」
人さし指、三、二。戦闘に集中する。デートというもののお互いが求めるものは今日稼げるだけの金銭だ。そこに色気のようなものは無い。
だが、いつもと違う相手と組んで探索をすることはなんだか気分が新しくなった気がしてつい気分が向上してしまう。文月さんは浮気と言うだろうか。それとも二股と怒るだろうか……いやまて、そもそも付き合ってないのに浮気も何も無いんじゃないか。俺の考え過ぎだな。
そのまま九層の外側のゆったりとしたルートを、結衣さんと普段のダンジョンアタックの手順やそれぞれの役割対応、この階層ではこんなことがあった、等とりとめもない話をしながら回る事になった。
俺は出来るだけ相槌を打つほうに回り、二人パーティーだとこんな苦労がある等、文月さんの名前を出さない程度の話を続ける。デート中に他の女性の話をするのはあまりよくないからな。普段よりちょっと気苦労が多いかもしれない時間だ。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





