307:モテ期?いいえ、気のせいです多分
久しぶりの清州七層は相変わらずの違和感と活力に覆われた不思議空間だった。休日ではないが、そこそこの店が営業をしている。ステーキ屋は……開店しているな。ここまでの収入があったならそれなりの対応が出来たんだろうが、残念ながら今のところオケラだ。どうせ寄るなら帰りに寄りたい。
周りに漂ういい匂いを堪えつつ、七層の中央のテント付近まで移動し、その後いつも目印にしていた新浜パーティーのテントに向かう……あった。位置は移動していないらしい。ただ、全員仮眠中で休憩の時間らしい。ちょうどいいな、挨拶するためにも俺も仮眠するか。
何時もの小さいテントを立てるとエアマットを膨らまし「仮眠中 安村」 といつもの紙皿を出して仮眠準備を始める。カロリーバーを一本胃に入れて水分を取ると、枕を出して横になり……四時間ぐらいでいいかな。アラームを設置して枕を保管庫から出してひと眠りだ。
いいタイミングで新浜さん達に挨拶できるといいな……
◇◆◇◆◇◆◇
アラームが鳴った。おはようございます。時刻は午後七時。雨は止んだだろうか。ダンジョンの中では電波も通じないので確かめる事も出来ない。とりあえずサバンナは晴れやかな快晴だ。ありがとうダーククロウ。目覚めはいつも通り良かった。
梅雨の空気が嫌でダンジョンで暮らす人も居るんだろうか。北のほうのダンジョンでは冬場は七層で冬眠に入る探索者も居るらしい。氷点下の自宅で暖房を焚きながら暮らすよりは、多少の不便はあれど気温が一定で暖房費用が掛からない七層で暮らすのもありという事なんだろう。
風呂とかどうしているんだろう。【生活魔法】が使える人がダンジョンに一人いれば小銭を稼ぎながら七層でひたすら暮らすこともできるんだろうが、そんな便利スキルを持っているならもっとこう稼ぎどころがある様にも思われる。俺が小西ダンジョンでやっているみたいに居住環境を多少充実させたりすることに喜びを感じる人がいるのかもしれないな。
コーヒーを淹れて気合を入れようとテントから外に出てふと横を見ると活動を始めていたらしい多村さんと目が合う。
「おはようございます」
「おはようございます。しばらくぶりですね安村さん」
「えぇ、お久しぶりです。今日は気分的に清州だな、と思ってきました。到着した時は皆さん仮眠中でしたので挨拶は後にしようと思いまして」
「それはちょうどタイミングが良かったですね。我々も今から自由時間兼物資の買い出しに行くところなのですよ。こちらもいつ起きるかと少し待っていた次第でして。せっかく来てくれたんですし挨拶ぐらいはしたいですし……まぁちょっと用事もありまして」
「用事……ですか。この間の件ですか? 」
この間の件、つまりスキルオーブのドロップについてだ。掲示板では今でも頻繁にやり取りがされており、各地のスキルオーブのドロップ情報や次のドロップまでの間隔、普段の人口密度やマップの広さ、いろんなダンジョンの情報がかき集められてはそれぞれについて推測や議論が行われている。
「主に用事があるのは新浜なんですけどね。ちなみに平田と横田と村田は買い出しに出かけてて留守です。今ダンジョン内に居るのは二人だけって事になります」
「ってことは、俺に用事があるのは新浜さんって事ですか」
「まぁ、順当に言ってそうなります。ちょうど我々も仮眠明けですしタイミングも合いますし、ちょっと付き合ってやってはもらえませんか」
「あ、安村さん。 起きられたんですか」
声を聞きつけたのか、テントから新浜さんが出てきた。相変わらず……ダンジョン内で男性と見間違えるのは俺の見る目が無いせいだったな。凝視するとちゃんと女性らしきところも見受けられるような気もする。
「安村さん、安村さん」
若干恥ずかし気に俺の名を呼ぶ。そう連呼されると照れるが、新浜さんもなんだかそんな感じだ。沸いた湯にコーヒーを淹れながら対応する。
「なんですか新浜さん。なんかうれしそうですが、もしかしてまたスキルオーブでも出ましたか? 」
「あのですね、どういう予定で今日来られたかは解らないんですけど……もしよろしければなんですが……その……」
なんだか歯切れが悪いな。どうしたんだろう。スキルオーブのドロップを確認するために深く潜ろうとでも言うのだろうか。今日もコーヒーが美味い。
「はい、なんでしょう? 」
なんだろう、このピリッとはしてないが真面目な空気は味わった事が無い。多村さんはニコニコして顎髭をポリポリしながらやり取りを黙って見ている。コーヒーを飲みつつ、真面目に話を聞くことにする。
「デ、デートしませんか……ダンジョンで」
新浜さんが頭を下げながらとんでもない事を言う。突然の告白に一瞬時が止まり、思わずむせる。コーヒーが鼻に入った。
「げほっ、ほっ……デート、ですか? こんなおじさんと、ダンジョンで? 」
「そんなおじさんと、です。ダメ……ですか? 」
上目遣いの新浜さんの顔が赤く染まっていく。そこまで勇気を振り絞って言うような事は……あぁ、多村さんの笑顔が更にいい笑顔になっていく。この既婚者め、さては楽しんで見てやがるな。
さて、ダンジョンデートの申し入れを受けるなんて初めてだ。わざわざデートと言い出すにはそれなりの理由があるんだろう。
「えっと……普通に狩りするだけ……という訳では無さそうですが、わざわざデートと言われるのは何か理由が? 」
「それはその、私の言い方が悪いと言いますか、でもえっと、その……」
「要するに、安村さんと狩りはしたいけどそのままいつも通りついていくと言えば悪いからとまた遠慮されて断られるかもしれない。でもデートという名目なら断られずに一緒に探索が出来るんじゃないかという話だよ。リーダーが初々しくていいねえ。残った甲斐があった、あっはっは」
「もー、恥ずかしいから嫌だって言ったのにー」
多村さんがわずかに生え始めた顎髭をいじりながらネタばらしをする。新浜さんは赤い顔のまま抗議にパシパシと叩いている。なるほど、そういうことか。確かに普通についてくると言われてたら断ってたかもしれないな。こう切り出されたら確かに断りにくい。
「なるほど、そういう事でしたか。ですが女性が顔を真っ赤にしてまでの申し込みをされて、その種明かしを聞かされたとしても無下に断ることは出来ませんね」
「でしょ? だから言ったじゃない、素直についていきたいと言えば安村さんは断らないって」
「でもそのあの、安村さんとデートしたいというか一緒に狩りをしたいというか、そういう想いに嘘は無いんです。ただ、多村さんがこうしたほうがうまくいくと言って。それで安村さんが起きるまでいろいろ悩んでその……一時間ぐらい」
「そんなに待っていてくれたんですか。たった一言言うためだけに」
「えっと、はい……」
こうしてると急に新浜さんがしおらしく見えてくるな。あれかな、ダンジョンというものは女性をより凛々しく見せる物なのだろうか。それとも俺がとんでもなく人の機敏さやそもそも他人について色々と疎いだけなんだろうか。
「多村さんは良いんです? 一人で待つ事になりますけど」
「私は元々みんなが戻って来るまでのんびりしてるつもりでしたから。妻にも家の大掃除が終わるまでは邪魔だから帰ってくるなと言われてましてね。今のやり取りを肴にウィスキーでも一杯やって楽しむことにしますよ」
良い性格をしてるな。だが、新浜さんに対する心遣いは本物の様だ。ここは男として丁寧に受け取っておこう。
「じゃあついでにテントの監視もお願いしますよ。このまま立てていくので」
「そのぐらいお安い御用ですよ。二人でしっぽりと楽しんできてください」
言い方はあれだがこっちは気にせずに好きなだけ暴れてこいという事だろう。ならそうさせてもらうか。
「とりあえず十分ほどください。その間に色々支度をしてそれから……デートに行きましょう。それでいいですか」
「お、お願いします……」
再び新浜さんの顔が赤くなりテレテレとし始める。この人も揶揄うと楽しい感じだな。今まで見たことが無い一面を見られた。それだけでも今日は清州に来てよかったと思える。若い子とデートするのは……毎回デートしてるな。デート相手が今日は違うだけだ。やる事は同じモンスター退治だ。
デートだからと浮かれていては怪我につながるからな。いつも通り、いつも通り……カロリーバーを一本齧りコーヒーを飲み終わり湯沸かしセットをそのままテントに放り込むと、長時間探索になっても良いようにバッグの中身を出来るだけ空っぽにしていく。
ちょっと軽くストレッチをして、いつも通りの体に戻った感覚を取り戻す。これでいけるな。新浜さんは少し離れた所で槍をグルグルと回しながら体の調子を見ている。向こうも準備できているようだ。
「お待たせしました。行きましょうか新浜さん」
「こっちも準備できてます。行きましょう」
「ごゆっくり~」
多村さんの見送りを受けてどことなく嬉しそうな新浜さんと連れ立って八層へ向かう。目指すは九層だが、十層へ行けるだけの自信はある。何せここは清州だ、小西ダンジョンほどモンスター密度が濃くも無ければ他に探索者も居るだろう。そこまで厳しくは無いはずだ。オーク肉を出来るだけ狩って帰りたいところだな。
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