296:お昼を何にするか悩める贅沢
バスと電車を乗り継ぎ名古屋周辺までやってきた。小西ダンジョンではほぼ中華一択だが、人の多いところに来れば来るほど当たり前のように店は増え、選択肢も増える。
勿論中華に飽きたという訳ではない。何なら店のメニュー全部平らげるまで通い詰めるのも有りだ。だが時間は有限。一時間に一本のバスの時間を逃すのは大きい。名古屋周辺に来てからなら、電車の本数もバスの本数も多い。食事に使う時間も増えるというものだ。
「ちなみに今一番これが食べたい! と思うものは何ですかね文月さんや」
「何でも来いという感じですよ安村さんや」
「それは一番困る返答だねえ。よし、中に入ってもう一回迷えるようにファミレスへ行こう」
「それが良いと思いますよ。ジャンルすら定まっていないときの定番としては優秀です」
というわけで駅からの近さを考慮して、途中下車してファミレスへ向かう、駅前だからファミレスがあるという訳ではなく、駅前でそこそこ栄えているわりにこの辺りは車社会なわけで、国道沿いまで歩いて行かないとたどり着けない事がままある。そこまで歩いて腹を減らしてストレスをためるなら、途中下車して歩いてすぐの店へ出かけるほうが経済的には非効率だが本能的には建設的だ。
早速店に入りメニューを見る。大体なんでもあるな。とりあえず山盛りフライドポテトは外せない。これは注文しよう。後は己の胃袋に聞く。今日は中華腹ではない。そして自分で作るような料理は外していく。自然とメニューの幅が狭まるということだ。
そうなると、普段自分では作らない、食べないメニューという事になる。チーズ系は最近ダンジョンでキメたし、これからも徐々に攻め手を強くしていきたい路線だ。それを開花させるためにチーズを使ったメニューで参考にするのもありだが、ここはいったん離れておく。
そうなると自分で作らない物……ハンバーグなんかは手間だから確かに作らないな。後はグラタンもそうか。今日はこの辺を当たろう。ちょうどいまハンバーグフェアをやっているらしい。何種類かハンバーグの種類を選べる。どれも迷うな。
文月さんを見るともう注文は決めましたよ、まだですか? という顔をしている。ここは三種類のハンバーグが一度に楽しめるトリプルハンバーグセットを頼もう。色々味が楽しめるのは良しだ。文月さんはペスカトーレを選んだらしい。
お互い最初の注文が決まり、ドリンクバーとセットで注文だ。追加があるかどうかは食欲に任せる。とりあえず必要な物は頼んだ。それでいいだろう。
注文を終えると文月さんはわざわざ俺の横に座りなおし、小声で会話を始める。相変わらずふわっと女性らしい甘いいい匂いがする。どうして女性というのはこう、いい香りがするんだろうな。オッサンとは何もかもが違うという事か。
単に丸一日身体を動かしていて汗っかきではないということでもあるんだろうが、こう、なんだ。ちょっと意識が持っていかれそうになるのをこらえて話を聞く姿勢になる。
「で、今回のウルフ肉確定検証はやるんですか? 」
「やるにはやるが……公開するかどうかは別だな。今度こそ足が付くし誰でもできるって訳でもないからな」
「前提条件が十三層に潜れるか、つまりCランクの知り合いがいるかどうかに関わってくるからですか」
「それもあるし、これが秘密事項かどうかも調べないといけない。Cランク以上の情報秘匿に関するあれこれだ」
「そのために十三層へ潜ろうと無茶する探索者が出るかもしれないからあえて伏せている可能性を考えると? 」
階層やモンスターのデータを全て読み込んで頭に叩き込んだわけではないからな。もう一度見直せばモンスターの特色として掲載されている可能性がある。その場合、それが一般に公開されていい情報なのかどうかをもう一度こちらで調べないと、Dランクに戻る事になってしまう。
「その辺を調べなおす必要がある。それとこんなことしなくてもウルフ肉は潤沢に供給されてる。それに骨一本が骨の形をしてる間に何回ウルフ肉が採取できるかも検証しないといけない」
「そんなところまでやる必要あります? 」
「だって、骨一本そのままの値段で売ったとしてよ? ウルフ肉で回収しようと思ったら四十回以上やらないと元は取れないわけで、それまでに骨が形を失ったり消滅したりしたら買ったほうは儲け損だ。そんな危ない稼ぎに手は出せないよ」
「なるほど、使用回数ですか。それは考えてませんでしたね」
「多分折れたり削れたりした骨持って行ってもギルドは査定してくれないと思うんだよね。だからってのもあるけど……スライムみたいに気軽にやってまた大騒ぎというのは勘弁願いたい」
料理が運ばれてきた。まずは山盛りポテトからだ。昔ほど山ではなくなったな。これじゃせいぜい丘ってところだ、日本は貧乏になってしまったな。そう思いつつホットコーヒーをもらうためドリンクバーへ行く。味はそこそこだが飲めない味じゃない。個人的には自分で淹れるインスタントのほうがまだ好みだ。
考え事をしつつふたりサクサクとポテトを食べる。塩加減はちょうどいい。肉体労働の後の塩分はとても美味しく感じる。
「グレイウルフが骨を喜ぶという事は、スケルトンの骨には少なくともカルシウム分が含まれていて、グレイウルフもカルシウムを取る必要があるって事でしょうか」
「少なくとも黒い粒子で出来たモンスターなんだから栄養価とかは気にしないで良いと思うんだけどな。何でも食べるスライムがバニラバーでドロップを固定させられるという謎現象も起きてるわけだし」
「とするとやはり食事中というのが何らかのフックになってるって事でいいんですかね」
「ゴブリンも食事中に倒せば必ず魔結晶をくれたりするんだろうか。何喰うんだろう? 」
「スライムはバニラバーで必ず利益出ますけど、グレイウルフやゴブリンの場合どのぐらいの消費で利益が出るようになるんでしょう? 」
「探索者がモンスターの食生活を心配しなければならんのか……ちょっと文月さん食べ過ぎでは? 」
「メインディッシュはこの後来るから前菜ですよ前菜。ほら、アメリカではポテトも野菜ですから」
そういいつつ好き放題山盛りポテトを胃に詰めた後ドリンクを注ぎに行く。思ったより俺の取り分のポテトが少なくなってしまった。もう一皿注文するか。
店員を呼び止めて山盛りポテトの追加をお願いする。料理まだですけど大丈夫ですか? と確認されたが問題ないと返しておく。朝飯が少ない分一杯入りそうな予感がするんだ。
山盛りポテトのお代わりが来る前に頼んだ料理が届く。ハンバーグは小さいのが三つ。それぞれ違うソースがかけられていてどれもいい香りがする。さぁどいつから頂くとするかな。一つはデミグラスソースっぽいもの、もう一つはキノコの入ったホワイトソース、そして何かのチーズだ。迷うな。
まずは味の薄そうなキノコのホワイトソースからいってみよう。キノコの香りがホワイトソースに移っていていて香り高いソースが更に引き立てられている。ハンバーグは流行りの半生っぽいものではなく、中までしっかりと火の通った安心できるハンバーグだ。美味い。セットについてきたライスで口の中をリセットし、次のハンバーグへ。
デミグラスソースは味が濃そうだから最後だ。次はチーズだ。チーズは疲労回復にも効果があるらしいので被ってしまったがまぁいいだろう。多少疲れた体にじんわりと染み入るような味わいと香りがさらに食欲をそそる。付け合わせの人参も甘くてとてもよろしい。サラダを合間に食べて胃袋を落ち着かせる。
最後に回したデミグラスソースハンバーグは味の暴力といった具合で色々と考えられたソースが舌に味わいを確かに届けてくれる。気が付いたらあっという間に食べ終えてしまった。俺の皿にはもう何もない。追加のコーヒーを取りに行くと、文月さんはペロッと完食していた。早いな。
タイミングを合わせたように山盛りポテトの追加が来た。また二人して取り合いをしながら炭水化物をさらにマシマシにしていく。丸一日身体を動かしたんだ、このぐらいのカロリーは許容範囲だろう。
ふぅ……量的にはそこそこだが味わいは満足できた。たまにはいいな、ファミレス。
「それで、槍を買いに行くわけだがイメージは決まってるのか? 」
「モンスター素材で重心が変わらない物、その辺りを選んでいこうかと。さすがに総金属という訳には行かないと思いますが、柄の部分は硬い木材で出来てるそれなりに重量のある奴を選ぼうかと」
「前みたいに二つ折り……というか接続して使う奴ではダメなん? 」
「あれ、繋ぎの部分がどうしても気になっちゃうんですよね。力いっぱい殴るとそこから外れてきそうで」
「そうするとそこそこ長くて重い槍を持ち運ぶことになるけどそれは良いの? 」
「ステータスが伸びてるおかげで地上でも多少重いものでも難なく持ち運べるようになったので問題ないと思います」
そういえばステータスは地上に戻っても多少融通が利くんだったな。俺も肉体的にそれなりに強くなっているという事か。それであの重量をダンジョンから運び出しているんだから実は今持って帰ってるドロップ品、相当重いんじゃないか? 次回査定かけるときにはレシートを観察して総重量をカウントしてみよう。もしかしたらものすごい重さと感じているのは想像以上の量だったのかもしれない。
「さて、お腹も心も満たされましたし、鬼ころしに行きますか。支払いは……」
「あぁ、俺が持つよ。財布には存分な在庫がある。正直ちょっと軽くしたい」
「じゃあお言葉に甘えてゴチになります。早速行きますか」
支払いを終えてまた電車に乗って今度こそ清州の最寄りに到着。鬼ころしに向かう。モンスター素材の槍、有るといいね。
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