287:九層十層トライアル~新武器と新攻撃方法を添えて~
九層についた。いつも通りの、人通りの感じられないが人の通った後は草を踏んだ跡で確認できるいつもの九層だ。感覚からも解るがモンスターもほぼ湧き切っていて倒す傍からリポップしては襲わんとするような空気が感じられる。
サバンナエリアよりほんのり湿度が上がり、体感温度が上がる。ここも草地の割には地面に凹凸が少なく歩きやすい。オブジェクトに足元をとられる事はほぼないので見た目のわりに歩きやすい。ダンジョン全体に言える事だが、階段以外はバリアフリーを考えられた設計になっているらしい。おかげで歩いてても疲れにくいのだが。
「さて肩慣らしの三十分、階段までまず行きますか」
文月さんは休憩フルチャージで元気が有り余っているらしい。俺も同じ感想だ。今日は少しゆっくりしすぎた。ちゃんとここはダンジョンの中であるということを体に再認識させなきゃいけない。
「ちょっと濃いめのところを歩いて準備運動かな」
「なんだかんだであまり稼いでませんしね。ちょうどいいと思います」
意見があったところで四~六匹ほどがエンカウントしてくる地帯を進みながら階段へ向かう。六匹程度で腰が引けるほどこちらはおっかなびっくり歩いている訳じゃない。これからもっと濃ゆいところへ出かけるのだからそれ相応の準備運動は必要だ。
早速現れた。親指、五、三。ジャイアントアントがフルスピードでこっちへ向かってくる。フルスピードといってもワイルドボアの突進に比べたら緩いものだが、うねうねと体を揺らしながら向かってくるのは人によっては嫌悪感を催すかもしれないな。
試しに雷玉をぶつけてみる。ジャイアントアントに当たってバチッと弾け、ジャイアントアントの足は止まったが、倒しきるほどではなかったらしい。仕方ないので直刀でスパッ、スパッと真っ二つにしていく。切れ味のよさに文月さんも気づいたらしく、若干羨ましそうな顔をしながら向こうもジャイアントアントと相対している。
最後の一匹の酸を躱しながら近寄り、こちらもスパッといく。これはもう体に馴染んだな。ドロップを回収し、文月さんも戦闘を終えるとまた前へ歩き出す。
「いいなぁ新しいの……私も欲しいなぁ」
「そういえば予備で持ってる奴、使ったところ見たことないよね」
「うっ……予備は予備ですからいいんですよ。私もあんな切れ味欲しい」
「槍が出ているかどうか……探索・オブ・ジ・イヤーに広告あったかなぁ。後で休憩する時にもう一回見てみっか」
財布には余裕あるはずだからな。気分的に新しいものに変えたいときもあるだろう。その時は予備を二本とも俺が保管庫に入れておくことになるんだろうか。自分用じゃない荷物が多少増えるのはいいが、槍コレクションを俺の保管庫に作られても困るぞ。
人さし指、六、三。ワイルドボアのほうが柔らかいので更にスパッスパッと切れる。もう切りつけるというより通り抜けさせるという感じになってきた。包丁で柔らかい筋の無い肉を切っているかのようだ。
人さし指、五、三。段々切るのが気持ちよくなってきた。人斬りに魅せられるっていうのはこういった感情の行く先にあるんだろうか。斬っているのはイノシシの肉だが。
親指、五、二。偶には多めに任せてみよう。過保護だと思わなくも無いし、俺が常に数多く相手にしなければいけないルールとかも作ってないはずだ。それに三匹相手で手こずる文月さんではないだろう。信頼して自分の分を責任もって処理する。
もう一度雷玉を今度は強めに出し、ジャイアントアントに再度ぶつける。どうやら今度はうまくいったらしく、雷玉と共に黒い粒子に還っていった。この威力を覚えておこう。何発撃てるかまでは解らないが、眩暈を覚え始める兆候はつかんでいる。そうなったら保管庫に切り替えていこう。こっちはローコストで打ち込める。
文月さんはちゃんと三匹に対して対処し終わりドロップを放って投げる。空中で範囲収納して受け取る。二人の息もピッタリだ。これはいけるな。
「体調、問題なさそうですね」
おう、ばっちりだぜ。そろそろ十層の階段が見えてくるはずだ。十層を突破したら十一層へ行って……
「よし十二層まで行って……行けたら十三層も覗いちゃうか」
「初十三層ですね。予習もバッチリですし地図を途中まででも描いてみるのも悪くないですし、そのまま調子よく階段が見つかれば初十四層ですよ」
「方眼紙を用意しておいて良かった。方眼紙さえあれば作りが四角いダンジョンはなんとかなる。俺のゲーム経験がそう語っている」
「ゲームじゃなくて現実の話ですが……でもマス目で広さを測るのはちょうどいいですね」
文月さんはレトロゲーには強くないらしい。方眼紙でマップ描いて自分で攻略していた俺の子供の頃は遠くなりにけりかな。だが新しいマップを埋めている感じはアレに似たワクワク感がある。童心四十過ぎても忘れず、だ。
ダンジョン探索は焦らず先頭を走らないと自分で決めて自分に言い聞かせつつも、先が見える間は見ていたいと思うから次の階層へ行きたい。これは贅沢だろうか。いいや、贅沢では無かろう。贅沢というのはきっと身の丈を過ぎた欲望の事だ。今なら行ける気がする。
……いやまて、この今なら行ける、という感情は前にあったステータスブーストのデメリットから来ているんじゃないか? 一旦落ち着こう、十層に下りるにも休憩を取るからその際にちょっと気分を落ち着かせよう。まずはそれからだ。
最後のジャイアントアントの団体様にお帰り頂くと、十層への階段の前で激戦に備えいつもの休憩タイムだ。カロリーバーをサクサクと食べながら水分を取り、ステータスブーストを切ったりつけたりして潜る際に悪影響が出ないように調節する。
「あと三回ぐらい……かな。あと三回潜り抜けるころにはもうちょっと精神的にも技術的にも肉体的にも楽に通り抜けられそうだなって」
「往復換算ですか、それとも片道換算ですか」
「往復かな。つまり実質後二回分戦って成長出来たら、今みたいに気を使って通過しなくても良いようになれるかもしれない」
「ちなみに根拠は? 」
「前々回は毎回保管庫スキルをフル活用して突破していた。前回は数的に厳しい時には保管庫スキルを使用していた。そして今回は複数に同時に雷撃できる……」
雷玉を一個だけ出してクルクル回して見せる。文月さんはうんうん頷きながら自分も一発だけピシッとウォーターカッターを出して見せている。
「二人あわせて六十匹分。普段の密度から逆算すると二十回分ぐらいは飛ばせますね」
「次には二十五回分ぐらい使えるようにはなっている可能性が高い」
「その次には三十回分ですか。三十回戦闘に使えれば十階層は突破できそうですね」
「だからといって今日保管庫スキルを使わずに突破する、という訳にはいかないだろうがそのぐらいの成長見込みがありそうだって話だ」
「まあ精いっぱい頑張りますか。急激に眩暈起こして成長するものでもないってのは安村さんで学んでますし」
「「出来る範囲で出来るだけ探索をする」」
声がハモる。二人してニンマリしてそのまま休憩を続ける。ステータスブースト酔い……いや、この際ステータス酔いでいいか。その心配はとりあえず無さそうだ。
「さぁ行こうか。三回目の十層トライだ」
「抜ければOK抜けなければ……そういえば突破できなかったときどうするかって今まで考えてませんでしたね」
「その時は保管庫フルブーストで文月さんを担いで逃げ帰る」
「自分がやられる側、というのを考慮してないと思いますがいかがでしょう」
「そういえばそうだな。じゃあ俺がやられた時の方法を考えよう」
時刻は午後九時。昔のTVドラマなら視聴率が三十パーセントな時間帯だ。今我々の視聴者はゼロだ。多めにみつもって二人。つまりやりたい放題出来るところだが、それを許してくれるほど十層は楽じゃないからな。せめてローカロリーで進めるように努力しよう。
十層の階段を降りる。ここからは時間と速さの勝負だ。稼ぎが目的ならゆっくり歩いても良いが今日はここが稼ぎ場ではない。いや今日も、か。速足で十一層への道を急ぐ。しかし、その行く手を阻むは大量のモンスター。主成分はジャイアントアントとワイルドボア。割合は六対四ぐらいだ。
親指、九、五。威力調整済みの雷玉を飛ばしてジャイアントアントにダメージを与えていく。綺麗に一発で消えていくジャイアントアント。更に二発出して残り二匹まで数を削ると、一足飛びで近づきスッパリ切り飛ばす。まず初戦を危なげなく終えて前へ進む。
人さし指、八、四。いっその事ワイルドボアばかり出てくれないかなと思ったりもする。それだけでも随分通り抜けやすくなるんだがなぁ。ジャイアントアントが大量に来るのはまだ心臓に悪い。数が少なく強い奴が出てくれるほうが二人パーティーとしては戦いやすい。
親指、十、五。雷玉二つ飛ばして二匹を消し飛ばし、三匹を近接で仕留める。三匹ずつ飛ばすのも二匹ずつ飛ばすのもあまり大きな違いは無いが、三十発で眩暈起こした以上残弾数は多めに残しておきたい。問題なく十匹相手でも保管庫を使うことなく倒せた。これで一つ自信につながった。文月さんも余裕の表情だ。このまま行けるかな。
十層のモンスター密度には珍しく、三分間ほど歩くだけの時間が出来る。その間に息を整えて精神を統一し、一発でも二発でも残弾が回復するように努める。
親指、八、四。一匹だけ消し飛ばす。三匹相手なら楽に倒せるようになったのはステータスブーストの成長だろうな。前よりさらに一歩踏み込みが深くなった気がする。
半分ぐらいまで来た。まだまだいける。雷玉の在庫は十分だ。やはり前回より楽に進めている気がするし、戦闘回数も少ない。カウントしている訳ではないが、一分半おきぐらいにエンカウントする。歩く時間が増えればその分戦闘回数が減るのは当たり前だが、同時に二パーティーと戦う可能性も出てくる。そうならないよう願うしかないな。
親指、六、三。これは雷玉を使わずに済むな。そういえば雷玉と雷撃どっちのほうが消耗が激しいのかを今度検証しないといけないな。休憩入ったらメモして七層でテストしておこう。七層にいい的があれば練習に使えるんだがそんな都合のいいものは無い。階段でも焼くか?
人さし指、八、四。戦闘中要らんことを考える余裕がある。階段が壊れたらダンジョンの存亡にかかわるが、あれは非破壊オブジェクトのはずだ。なら裏側から何発撃ち込んでも問題ないな。今度アレを的にするか。
親指、六、三。雷玉を一発飛ばして二匹を近接。酸は避ける。保管庫には収納しない。何か必要な機会があったら採取しに来るかもしれないがその予定は無いし、九層で集められるので何だったらソロでも行ける。
親指、八、五。雷玉二発の後近接二。直刀のおかげで楽に進めているぞ。新しい武器万歳だな。新しいところへ行くには体に馴染んだ新しい装備があるのがいい。古い水夫は新しい海の怖さを知っているからこそ、新しい船で新しい海へ出たがるのだ。俺はどっちかというと新しい水夫のほうに当たるんだろうけど。
こいつはいいな、殲滅速度が上がった分早く先に進めるぞ。率先して殴りに行けるのは特にいい。なんだったら十層ぐるっと一周……おっと、いけない。十一層へ行くのが目的だったな。ちょっとハイになりかけていた。落ち着いて目の前のモンスターを殲滅して階段へ向かう事に意識を集中させよう。
人さし指、八、四。階段が見えた。明らかに前回より進みが早く、そして消耗が少ないと感じる。前はもっと焦っていたと思う。これも成長の内か。それなりに強くはなったんだな。実感した。
親指、九、五。これで最後に出来そうだ。雷玉を三匹に打ち込むと二匹を引き付けて直刀でスパッスパッと斬る。今回は酸を飛ばしてくるパターンが少なかったように感じた。これも運の内だな。余計な体力を使わなくて済んだと思っておこう。
全部処理し終わると十一層の階段へ駆け込む。今回も無事十層を突破できた。無事これ名馬なり。休憩してから十一層を回って十二層へ。そして未開拓の十三層へ向かおう。
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