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ダンジョンで潮干狩りを  作者: 大正
第四章:中年三日通わざれば腹肉も増える

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285:手抜きキャンプ飯と人間洗濯機


 七層に着くと自転車は無い。九層に誰か居るか、中央に誰か居るか。全部出払ってるところを見ると……まぁ他人の事は良いか。一つ確かなことは歩いてテントまで行かないといけないという事だ。


 まぁ、いい。歩こう。多少のイベントはあったが疲れきるほどの事ではない。仮眠して起きれば治る程度の出来事だった。フン濡れの彼はそのまま地上まで帰って泣きながら洗濯をするんだろうが、それもダンジョンの試練みたいなものだ。


「あのまま帰るのはちょっと可哀想でしたね。洗濯乾燥ぐらいはしてあげても良かったんじゃ」


 確かにそういう方法もあったな。思い浮かばなかった。六層なら周りを一回処理すればリポップに時間がかかるのでその場で処置する事も出来たか。


「人間をそのまま洗濯機と乾燥機にぶち込むようなものか。確かに試してみても良かったかも」

「人に向けてスキルを使うのはためらわれるところではあるんですが、どこまで出来るのかを試すいいチャンスでしたね」


 文月さんも物騒なことを考えるようになってきた。悪い影響だ、一体誰のせいだろう? 何故か自分の顔が思い浮かぶが気のせいだろう。七層のシェルターに着くとノートを確認する。


「スキルオーブを効率的に拾う研究でもしてるんでしょうか」

「こんな片田舎までご苦労様です」

「情報提供ありがとうございます。助かります」


 最後の一文はさっきの彼だろう。わざわざ書き込みに来て書き込みを確認しに来て……大変ご苦労様です。でも苦労した分の収穫はあったと思うよ。しいて言うなら今日俺が遅刻してこなければ潜る必要すらなかったかもしれないな。タイミングの悪い事だ……


 スキルオーブドロップ検証はさすがにこの田舎では……ネットに田舎は関係ないか。この小西ダンジョンで専属でスレッドに張り付いているような人は居ないだろう。さっきの彼も見ない顔だった。もしかしたら何処かで出会っていたかもしれないが、印象が薄かったのかもしれない。でもそのほうが名無し的には都合は良いだろうな。


 テントに戻り昼食の準備を始める。とりあえずウルフ肉を塩胡椒だけで焼いて、残りはレトルトとライスだ。温めてあるので腹を下す心配は無い。


「今日は出遅れたので手の込んだメニューを考える暇も無かった。とりあえずレトルトのシチューだけ温めてはきた。後は肉焼いて、それで終わりで良い? 」

「いいですよぅ。自分で何も持ってこなくて安村さん居なかったらバッグに入ってるカロリーゼリーで過ごすところでしたから。所詮私はご飯をたかるダーククロウですから」

「そこまで自分を卑下することも無いぞ。むしろ作りすぎて食べきれなかったり余分なカロリーを取るよりはよっぽどいい」


 実際の所一人分も二人分も作る手間はあんまり変わらないのだ。自分の分だけ作るぐらいなら文月さんの分も作る。なのでウルフ肉を二パック開けて手早く薄切りにすると塩胡椒を振りスキレットで焼く。


 シンプルに焼肉でいいだろう。焼肉のたれもあるが、かけすぎると良くない事はもう学んでいる。焼き終わった後味気なかったらちょっとつけるという感じで良いだろう。ウルフ肉は一皿にまとめて盛って小皿代わりにもう一皿用意。そっちで調味する形にした。食べたいように食べる、大事なことだ。


「焼肉のたれとか調味料はあるから要るならお好みで」

「じゃあたまには焼肉のたれでいきましょう、いただきまーす」


 いただきます。いつものウルフ肉の食感を楽しみながらレトルトのシチューをパックライスに少しずつかけて食べる。全部かけてかき混ぜるとシチューメシになってしまう。ちょっとずつ混ぜながら食べるのだ。


 ふと文月さんを見ると、米は米、シチューはシチューで別々で食べている。……もしかしてシチューと飯を一緒に盛るのは我が家ならではの行事だったのか?


「もしかして文月家ではシチューとライスを一皿に盛って食べるという文化は無い? 」

「家では別々でしたね。これも異文化交流でしょうか」


 なるほど、これも食文化の違いか。受け入れよう、そして互いを尊重し合おう。どちらかに決める必要などは無い、好きなようにして食べるのが一番美味しいはずだ。


 そう思いなおすとウルフ焼肉に数滴焼肉のたれをかけて食べる。やはり焼肉のたれは万能だな。万能すぎて困る事も有るがアクセントにはちょうどいい。


 文月さんにかまわずシチューをご飯にかけながらたべる。無言で黙々と食事は進む。するとふと文月さんが言葉を紡ぐ。


「さっき話してた洗濯乾燥ですが……実験台になる気はありませんか? 」

「首から下を濡らして乾燥か……一応予備の服装はあるから失敗しても問題は無い。気になるのは、表面の乾燥は成功するだろうけど下着までちゃんと乾いてくれるかどうかだな」

「その辺の感覚も含めて実験です。どうです、うまくいったら汗も落ちて気持ちよくなれますよ。やってみません? 」


 うーん……試すことは大事だな。実験台にされてみても良いか。他の人を実験台にしてあーだこーだ言われる事も無いし、うまくいくようなら文月さんが小遣い稼ぎに探索者達を洗濯しはじめるかもしれない。


「解った。実験台になってみよう。仮眠する前でいいよね。食後すぐはゆっくりしたい」

「こっちはいつでもいいですよ。準備が出来たら教えてください」


 食事を終えると片づけをして、いつも通り一杯のコーヒーを沸かす。ゆっくりコーヒーを楽しむと心の準備をする。


 これから洗われる。体の隅から隅まで。うら若き乙女に。首から下をねっとりと。果たして俺は生きて七層から帰れるのだろうか。暴走して全身が回転させられたりしないだろうか。なんか今になって不安になってきたぞ。


 よし、覚悟は決めた。余計な被害が出ないようにポケットの中身とか全部出して靴も脱ごう。お泊まり用として放り込んである下着の替えも一応あるから全部ずぶぬれになったまま戻らないという事も無い。どこまでの事をされるかどうか解らないが、死ぬことは無いだろうと覚悟をしておく。


「心の準備できた。優しくお願いする」

「了解、やってみる。まずは水浸しにするね」


 文月さんがイメージを作り始めると、俺の形の水の壁……前に見たなこの形。そうだ、以前水でシールドを作って酸を防げないかって話をしてたな。あの時のイメージに近い。ちゃんと首のところは開けておいてくれている。全身をイメージしたら俺が窒息してしまうからだろう、配慮がなされている。


 水の壁は少しずつ前進しつつ、俺の体を徐々に覆っていく。冷たいが、水風呂に比べれば楽な温度だ。多分これが【水魔法】のイメージするところの水の温度なんだろう。服の隙間から体の内側へ水が入り込んでくる。くすぐったいという感覚は今のところ無い。じんわりと濡れていくというわけではなく、


「どんな感じ? 」

「あんまりいい気分じゃない。服のままプールに飛び込んだらこんな感じなんだろうなぁっていう、こう下着周りが落ち着かない感じ」

「ちょっともぞもぞさせるね」

「もぞもぞって何……うわっ」


 突然水の壁がうねり始めた。洗濯機に入れられた洗濯物の気分を味わい始めたという所だろう。服の中を、服の外を水の流れが出来ては全身をくまなくさすり始める。緩めのジェットバスを全身で受けたらこんな感じなんだろう。


 全身がグネグネして変な感じだが嫌いな感触ではない。膝の力を抜いてもこの姿勢が維持されるなら、それに身を任せるのは悪くないんじゃないかな。


「さすがにここで俺が力尽きて膝着いたら溺れるよね」

「それも含めて実験かな。試しにおぼれてみますか? 」


 やめとこう。溺れてバランス崩して息出来なくなって……という可能性もある。そのまま水流に若干身を任せつつしばしこの感触を楽しむ。


「なんか段々気持ちよくなってきたかもしれない。洗濯物も悪くないな」

「そろそろ水どけまーす。水が落ちたら乾燥させますので水たまりからどいてくださいね」


 水が体を通り抜けて後ろへ行く。全ての水が通り抜けるわけではなく、服が吸い込んだ分の水分は俺の体にとどまったままの様だ。俺の後方で水の塊は力を失い、水たまりになった。全身が水に塗れて重い。早く乾燥してほしいなぁ。


「乾燥かけまーす」


 容赦なく乾燥をかけていく……のはいいが、予想よりも冷たい。いや寒い。これはあれだ、気化熱でガンガン体温を抜かれている感じだ。乾燥とは言うものの本当に水分を抜くだけの乾燥で温めてくれるわけではない。あくまで水を操るのが【水魔法】なので暖かさとかそういうものは考慮してくれないのだ。


「先生、すっげえ寒いです。気化熱で体温がマッハでやばいです」

「全部乾くまで我慢してくださいねー。そこまでが実験ですから」


 下着が乾く。股間が寒い。段々俺の分身が自信が無くなったようにどんどん縮んでいく。これは水風呂に入った時並みに寒いぞ。どんどん小さくなってまるで乾燥と共に無くなってしまっていくようだ。これは他人で実験しなくてよかったものだと思う。


「先生、寒さがマジヤバイです。唇青くなってませんか俺」

「う~ん、気化熱そんなにすごいのかぁ。じゃあ人には使えませんねぇこのやり方」

「服脱いで服だけ乾かしてもらっていいですか。そろそろ限界です」

「解りました。【水魔法】で服を着たまま洗濯乾燥するのは無理がある、という知見が得られましたしこれで終了にしましょう。テントで服脱いできてください」


 この場で脱ぎたいぐらい寒いんだが、テントで、と指定されたので素直にテントで脱いで服を外に出す。保管庫に予備の下着を入れていて本当に良かった。これが無ければ濡れた下着でモンスター狩りとしゃれこむところだった。違和感とかで多分戦闘にならなくなっていただろう。


「下着替えるので覗かないでね」

「その間に服乾燥させておきますね」


 やはり服だけ乾燥させるほうが早いのだろう。こっちが着替え終わるのとほぼ同時に乾き切った服が用意されていた。


「【生活魔法】の万能さが解った気がする。あっちはきっと体温を下げることなく体を綺麗にしてくれるんだろうなぁ」

「長時間潜るなら欲しいスキルですね。持ってるだけでダンジョン探索のQOLが上がりそうです」

「とりあえず【水魔法】で人間を洗うのは危ない。特に乾燥が危ない。水で濡らすだけ濡らしてもらって体はタオルで拭くのが良さそうだな」

「良かったですね赤の他人で試さなくて」

「風邪ひいたらキュアポーション飲んで活動だな。それにしても体が冷えた。コーヒーもう一杯飲んで温まるか」

「コーヒーは体を冷やしますよ。ココアとかコーンスープのほうが良いんじゃないですか」

「ちょうど先日仕入れたココアがある。それにしよう。ところでこの洗濯機、どのぐらい……スキルポイントなんてないから具体的に言いづらいな。感覚で言うとどのぐらいの燃費なの」

「そうですね、全部でウォーターカッター十発分ぐらいの疲れってところですか」

「やっぱり燃費はあんまりよくないな。人間洗濯機は諦めよう」


 湯を沸かすとココアを二人分入れる。温まるなぁ……体は綺麗になったがなんだか大事なものを失った気がする。これも経験だと前向きに考えることにしよう。しかし体が寒い。寝袋が欲しいと言えば欲しいな。今度予備に入れておくか。ここの気温は一定だからまさかこんなところで必要になるとは思わなかった。保管庫に入れておこう。


 縮こまった俺の分身が温まって元のサイズに戻ってきたところを確認する。体が冷えるという事はカロリーをそのまま消耗するので、洗濯ダイエットというのも良いかもしれんが風邪をひくのが関の山だろうな。考えるのは止めよう。


 体が温まったところで仮眠の準備をする。今日は出来るところまで行こうと思う。十二層を通り越して十三層へチャレンジしても良いと思っている。十一層のオークで切れ味を試して、十二層のオークを通り過ぎ、十三層のマップを埋めるコースを提案しようと思う。十層でどれだけ消耗するかがカギだな。


【雷魔法】の特訓のおかげで同時に三匹ぐらいまでなら相手できるようになった。射出を出来るだけ使わず十層を突破するという野望はそろそろ達成できそうだ。


 保管庫をできるだけ使わず突破していくのは自分の力を試すにはちょうどいい。さすがに十匹来た時は保管庫のお世話になるだろうが、それ以外の局面では出来るだけ【雷魔法】で対処していきたい。


 色々やりたいことが出来ているのはダンジョン探索として良い傾向だ。このモチベーションをいつまで維持できるか、十三層に降りたとして、スケルトン相手にどこまで自分が通用するのかも試さないといけない。やる事は多いな。エアマットに横になり枕を取り出し、仮眠する。ちょっと寒いがここは風邪をひく気温ではないし、服は乾いているので寒さを感じる事も無い。安心して夢の世界に旅立つことにしよう。



作者からのお願い


皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。

続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。

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[気になる点] 水魔法で直接水を気化する場合に気化熱が奪われるなら、人体を氷漬けにできる「気化冷凍法」も、頑張れば実現できるってことですかね?
[一言] つまり気化冷凍法ができる!
[良い点] こんばんは。 小さい時にご飯にシチューかけて食べてたら、家族から「ゲテモノ食い」とか言われて肩身が狭かったなぁ···。今は某メーカーさんがシチューオンライスを販売してくれたりと、漸く時代…
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