280:落ち着いて潮干狩りを
おはようございます、安村です。仮眠もしっかりとって疲れは取れました。目覚めも良い、ダーククロウありがとう。時刻は午前三時といった所。ダンジョン内は雨は降らない。ダンジョンに入る前に濡れる事はあるけれど中に入れば何という事は無い。
いつも通りのルーティンで寝起きの支度を整えると、外出中の札を貼り付けて六層方面へ戻る。うっかり田中君が見ていても良いようにエコバッグは持ったままだ。今日はいつもより量が少ないので片手で全部持てるぞ。そして、良い加減邪魔になっていた紙皿の山を全て背中のバッグに背負い込む。前回は保管庫に入れたおかげで大変なことになったからな。ちゃんと次回に活かしたぞ。
シェルターに停めてあった自転車のハンドルの両側にエコバッグをぶら下げると、若干フラフラしながらも六層へ向けて漕ぐ。本当はハンドルに買い物袋をぶら下げて走るのはだめらしいが、ここならだれも見てないし、公道……公道なのか? ここは。とりあえず私有地ではない事は確かだが公道かどうかはダンジョン庁と国交省の判断を仰がなければならない。
ともかく誰も見てないしぶつかる可能性はゼロ。自分でバランスを崩して転ぶことはあるだろうが探索者は自己責任の職業だ。転んでも自分が悪い。自転車を停めて六層に上がる。
数時間ぶりの六層はいつも通りの客入りだ。寝て起きた身としてはさっき来たって感覚がまだ抜けていないが、ここでもしっかりと帰りの分の肉と魔結晶を補充していこう。革は……でたら利益だが出なくてもいいや。嵩張るし。
そういえばこの革は胸当てなんかに使われたりもしているんだろうか。ジャイアントアントの牙が使われているならこの革も防具に使用されていてもおかしくない。今度鬼ころし行ったら探してみるか。
両手がふさがっているとはいえ【雷魔法】は問題なく使える。バツンと雷を飛ばして足元にドロップが転がって来るようにタイミングを見計らう。同時に二匹来ても問題なく使用できるようになったのはスキルの成長だな。
さて、もうだれも見てないだろう。荷物を保管庫にシュルッとしまっていつも通り手ぶらで茂らない君を通ると、毛根を刺激するように一発蹴っていく。この刺激で茂る様になってくれたらうれしいな。
茂君も何時もの通り茂っている。茂君までの間ピカピカ光りながら接近、茂君にたどり着くとサンダーウェブ。茂君一回分をきちんと処理すると足元まで行って範囲回収。これもテンプレみたいになってきたな。失敗して一斉に襲われるようなことにならないだけマシではあるが。
六層の残りの行程を同じやり方で進んでいき、一本目の木も掃除すると、そのまま五層へ上がる。五層も誰も通ってない通りの人も居なければモンスターもほとんど居ない寂しいサバンナだ。ちょっと駆け足で進んで密度のある所で狩りをする時間を作ろうと試みる。
五層のダーククロウも綺麗に片づけて行く。微々たるものだがこういうのをコツコツ貯めていくのが貯金を増やす大事な要素だ。
一羽平均で大体二十グラムといったところか。五十羽倒せば一キロ。これが大体茂君一回分になる。一日往復して二キロ。三回往復して布団屋へ行けばそこそこの量という計算だ。小西六層がまだ混んでない、人が少ないからこそできる芸当。もうちょっと稼がせてほしい。
これも保管庫スキルが貴重なスキルである事がすべて悪いのだ。みんながみんな保管庫スキルを持っていれば……そうすれば俺の狩場も狭くなるな。ただ荷物の多さに辟易しなくてよくなるのは良い事だと思う。査定カウンターの前で保管庫から言われた順にドカドカと荷物を出せばいいのだ。
五層を通り抜けて四層に差し掛かる。時間は……開場まであと四時間といった所。移動時間を抜いて二時間ちょい足りないぐらい。それぐらいの間潮干狩りが出来る。なんて素晴らしい。収入もあって潮干狩りも出来て、俺は幸せなんじゃなかろうか。兄弟たちとの再会が待っている。急いで俺は一層まで上がる事にした。
四層にたむろするゴブリンたちを【雷魔法】で焼きながらドロップもきちんと拾い、三層へ。三層でもグレイウルフとゴブリンを焼いてドロップをちゃんと拾い、二層へ。急いで三層四層を駆け抜けたので十分ほどスライムに割く時間が増えた。素晴らしい。
二層に入るといつもよりモンスター数が少し多く感じられる。そういう日もあるだろう。グレイウルフが一層への道端でこんにちはしてくる。こちらもこんにちはとあいさつ代わりの攻撃を加える。挨拶が無事に済む。ドロップが出る。拾う。三層四層を短く終わらせてきたのに二層で時間を食いそうだ。これは結局プラマイゼロになりそうだな。
道行くグレイウルフをドロップ前に雷撃で焼肉にすると、焼肉から焼いてない肉が出る。内側はやはりまだ生だったか。火力が強すぎるのかなぁ。
二層をいつもより五分ほど時間を余分にかけながら一層に出た。ここから先はボーナスタイムだ。精神安定剤を今日も補充していくぞ。まずは中身の詰まっているであろう小部屋からだ。
定期的に通っている小部屋にたどり着くと、そこは兄弟たちが勢ぞろいする夢の空間だった。みんなただいま。やぁ今日も元気そうだね。たまにはお小遣いを上げよう、ほらバニラバーだよー。
うん、美味しいねぇ、僕も美味しいよ。目に付く兄弟たちをバニラバーを時々挟みながら潮干狩りしていく。みんな嬉しそうに黒い粒子に変わっていった。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
久しぶりに、本当に久しぶりにスライムからヒールポーションを手に入れる。これはまだドロップテーブルが回り切ってない可能性のあるヒールポーションだな。まだスライムがスキルオーブを生み出すまでには時間がかかるらしい。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
十三階層のマップがどのくらいの迷路かは解らないが、小西ダンジョンの広さから見て複雑である可能性は低い。経験上マップはそこそこ狭く、スケルトンの密度はそこそこ濃く、といった所だろうな。
さて、いつ頃十三層にたどり着くようにするか。今日明日か、それとももうちょっと時間を空けていくか。タイミングはいつでもいいっちゃいいんだ。行かない選択肢もある。直刀のオークでの切れ味も試してみたいしな。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
気が付いたら小西ダンジョンの最先端を走っている事になってしまった。そのつもりは無かったんだがこれも成り行きという奴かな。こうなったら最初に十四層に突入する子になってしまっても良いかもしれない。
テントもう一つ買うか。七層に置いてある大きい奴を。広間みたいなところがあればそこに滞留するように出来るかもしれない。何にせよ十四層のマップも作らなければならないか。小寺パーティーと合同で進めるようならそれが一番いいんだろうけど果たして予定を合わせる事が出来るかどうか。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
最初に飲み会やった時にレインインストールして交流しておけばよかった。今更過ぎるが、やはり横のつながりというのは大事だな。
よし、この部屋は綺麗になった。次の部屋へ行こう。一杯溜まってる場所は他にもある。時間もまだある。もうちょっと癒しタイムを満喫できるな。
一層のスライムを道すがらのものも含めて全て潮干狩りしていく。スライムも喜んで体を差し出してくれる。みんな兄弟明日だい明後日だい。ここで直刀を使うのは却って時間の無駄なので、熊手を使うか何なら素手でスライムの中から直接核を抜いたり、レパートリーはいくつかある。
スライムのドロップもそこそこ溜まってきた。これも後でエコバッグに入れて保管しよう。スライムゼリーで一袋。魔結晶はまとめて。ヒールポーションは背中のバッグ。ここまででサクッと二百匹ほど処理したのでそれなりの量は溜まっている。金額はそれほどのものではないが、精神的な安らぎは金に代えがたい。
もう一つの小部屋に着いた。やはりここも兄弟たちが一杯だ。楽しんでいこう。時々上から降ってきたりもするが、落ち着いて剥がして核を潰してしまえば問題ない。この見渡す限りのスライムが巡り巡って俺の血肉になる。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
リズムよくスライムを潮干狩りしている音だけが響く。やっぱり俺には決まった工程で決まった動作を続けていくのが苦じゃないらしい。普通なら多すぎてうんざりするか、バニラバーが足りなくて狩れるだけ狩って後は他人に任せるという行動を取るのだろうが、俺は気にせず全てを平らげていく。
これをすべてバニラバーで狩り続けることは今の俺には無理だ。バニラバーの在庫はまだまだあるとはいえ、俺の喰う分は残しておかないといけない。気に入った食事は大事だ。七層では料理をしてるとは言え、こういう状況で小腹が空いている時はカロリーバーと水でストイックに決める事も厭わない。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
グップツッコロンパン。グップツッコロンパン。
そろそろ四百匹ほど狩った計算になるか。スライム潮干狩りを始めたころは一日七百匹ぐらいが限界だった。今ならもっと多くのスライムを狩ることが出来るだろう。夜間狩り万歳。この階層全てのスライムが俺の心を満たす。
お、君はわざわざ近寄ってきてバニラバーをねだるのかい。リクエストにお答えしてバニラバーをあげよう。バニラバーに駆け寄ったスライムは美味しそうにバニラバーを頬張っている。そして満足しきって全てを消化する前にその命を狩り取る。そもそもスライムは命という概念なのか? まぁどうでもいい。スライムを一つ狩るたびに俺の心は癒されて行く。
この一層でここまでで狩ったドロップ素材を換金しても精々五千円ぐらいだろう。だが金額は問題ではない。金額以上の癒しを提供してくれている。それは金を稼ぐよりも大事なことだ。
アラームが鳴る。開場三十分前の合図だ。そろそろ出入口に戻ろう。そして朝一でダンジョンを出て査定に向かうのだ。エコバッグを保管庫から取り出すとさっきまで狩っていたスライム素材を仕分けして詰める。そこそこの重さにはなったが、まだ俺の両腕には余裕がある。これだけ楽しめれば今日は上々だろう。
出入口に向かう間のスライムは放置していく。近寄ってきて俺のドロップ品を食べようとしてくる奴は論外だが、それ以外のスライムはおおよそ無視していく。
出入口に着くと丁度開場だったらしい。開場と共に入ってくる探索者に挨拶をしながら退ダン手続きを取る。
「今日は……いつもより少なめですか? 」
「そうですね。今日は慣らし運転だったので」
「そうですか、儲かっていれば何よりですね。お疲れ様でした」
受付嬢と二、三会話を交わし、査定カウンターへ向かう。エコバッグでそれぞれ品物を分けているので査定の時間も短縮されるだろう。
「また朝一ですかー。ずいぶんお稼ぎになったのではー? 」
「今日は少ないほうですよ。じゃあよろしくお願いします」
お互い慣れたのか、どうせ暇なので査定している様子を観察する。まずエコバッグごと魔結晶の詰まったバッグを量りに乗せ、中身を取り出した後エコバッグの重さを引いて記録していく。次はスライムゼリーの番だ。
「また一層で夜間潮干狩りですかー。今入っていった人たちの分は残ってますかー? 」
「一番奥のほうで潮干狩りしてたのでかなり残っていると思いますよ」
「それならいいんですけどねー」
やんわりと咎められてしまった。むぅ……。革の枚数を数え、ポーションの色を確認してはパソコンに記入していく。手慣れたものだなぁ。十分ほどで査定は終わり、金額が書かれたレシートを受け取る。三十四万六千九百五十円。直刀買った分の利益は出せたはずだ。上々の成果だ。
支払いカウンターで振り込みを依頼し、鼻歌を歌いながら帰路に就く。今ならバスにも間に合うだろう。間に合わなくてもこの時間は三十分に一本バスが出るようになったので待つ時間は少ない。これもダンジョン効果だろうか。
バスに乗ったが今日はしっかりスライムを狩ったので疲れはあまり感じていない。今日は寝なくて済みそうだ。今日は起きたままバスを降りることが出来、運転手に「今日は寝ませんでしたね」とまで言われてしまった。そこまで俺は毎回寝ていたっけ……自信がなくなってきた。
電車に揺られて最寄り駅に着くと帰り道にコンビニで朝食昼食を兼ねた肉まんとホットスナック、それから……パスタは最近良く買ってるから今日はパスだな、おにぎりを二種類ぐらい買っていくか。
おにぎりも海苔が薄くなってきたな。そろそろご飯が透けて見えてくるかもしれない。後は唐揚げ弁当をチョイスした。カロリーオーバーな気がしないでもないが喰いきれなかったら夕食に回そう。
家に着き、一息つこうとすると疲れが体を支配し始めた。今日はあんまり戦闘は行ってなかったが、スライムを狩って精神的に満たされたことでその分体の疲れが強調されているのかもしれない。
ここは片づけをしたら仮眠する事にするか。大量の紙皿をゴミ袋に突っ込み、洗い物とツナギの洗濯をすると体の汗を流すのはシャワーだけにしておく。
身ぎれいにしたところでパジャマに着替えてブランチと行こう。コンビニで買ってきた飯を胃に詰め込んでお腹がいっぱいになったところでおねむの準備はばっちりだ。今日も快適な仮眠を提供してくれるはずの布団に横になると、やはり疲れていたのか寝付くまで時間はかからなかった。起きたら何するかな……
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